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偽りの英雄 聖闘女アムサリア  作者: ミニチュアハート
~英雄と宿敵の章~
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悚然(しょうぜん)

「やっぱりアムサリアはこのことに関係しているのか」


「ともかく早くここを離れましょう。あの法具の呪力も長くはもたないわ」


 すでに邪念獣は動き出している。悠長に話し合ってはいられない。


「鎧は俺が持っていくよ」


 鎧は輝力の波動を発したままだが鎮まるまで待つ時間はない。闘志を失った俺は早くここを立ち去るべく、奇跡の鎧を運び出そうと触れた瞬間、ギィーーーーーーーーンと脳天で音が響き、光が広がって世界が真っ白になった。


「うおぁぁぁぁぁぁ!!」


「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 俺が叫ぶと同時にアムサリアの声も聞こえた。


 一瞬で大量の何かが頭の中を走り抜け、それは夢を忘れていくようにすぐに消えた。


 頭に流れた衝撃は体の芯もしびれさせて四肢の先まで伝わった。直後に体の力が入らなくなり、崩れるようにして倒れてしまった。


「ラグナくん! ラグナくん!」


 リナさんの声がだんだんと遠くなっていく。


「あぁぁぁぁぁぁ……ぐぅっ、うあぁぁぁぁぁーーーー!」


 しかし、いまだ苦しむアムサリアの声はハッキリと聞こえてくる。


「アムサリア、今……助ける……」

 

    ***

 

 気がつくと俺は部屋の隅に立っていた。目の前にはベッドに横になって眠る少女がカーテンの隙間から覗く月明りに照らされている。その少女はアムサリアだ。


 さっきまで俺と同じように苦しんでいたことを思い出し、彼女のそばに寄ろうとするがなぜかその場から動けない。


「これは夢か」


 俺はこの場面がエイザーグの決戦前夜、つまり少し前に見た夢の続きであると感覚的に理解した。そして、あのときと同じで奇跡の鎧ラディアの想いに共感している。


 アムサリアはそう大きくない体を鍛えぬき、輝力の創生力と蓄積量を数倍に高め、高度な法術を身に付けた。それほどの強さに成長した理由は、その容姿からは考えられないほどの強靭な精神力の賜物だ。しかし、その精神も張りに張って限界に迫っていることをラディアは気づいていた。


 聖闘女の称号を(かん)されてから、アムサリアは国民の期待を一身に受け、常人ではあり得ないであろうたゆまぬ努力を積み重ねてきたが、そのつらさを微塵(みじん)も感じさせず弱音ひとつ吐いたことはない。


 明日の闘いの果ては彼女の安らぎか、命の終焉か。それともさらなる苦しみの始まりに過ぎないのか。


 ラディアもまた人知れずアムサリアを心配し、自分だけで彼女を護れるのかと不安を抱えていた。そして、そのたびに思い出している者がいた。


「リンカー、お前がいればアムは苦しい思いをしないで済むのかもしれない。なぜお前は……」


「リンカー……」


 邪念獣の恐ろしさを心に刻まれた俺は、ラディアの不安に共感し、その名を聞いて激しく心を揺さぶられた。


「なんでこの名前が気になるんだろう?」


「それはきっとわたしと同じだからだと思うぞ」


 突如聞こえたその声に振り向くと、そこにはアムサリアが立っていた。


「なんであんたがここに?!」


「なんでと言われてもな。どうやらここは意識の世界とでもいう場所なのだろう。何がどうしてこうなったのかは、わたしにもわからない」


 見回すと、カーテンの隙間から月明かりが覗く部屋は消えていた。


「奇跡の闘刃リンカー」


「え?」


「さっきキミが言っていただろ?」


 そう、俺はリンカーと言葉を発していた。


「よくその名を知っていたな。クレイバーたちに聞いたことがあったのか?」


 確かに遠い昔に聞いたことがあった気もする。


「今、アムサリアに声をかけられる前に夢を……じゃなくて記憶を見たんだ。今度はラディアの記憶っぽいんだけど」


「奇跡の鎧ラディアと奇跡の闘刃(とうじん)リンカー。このふたりはわたしを助けてくれた大切な相棒だ」


 奇跡の闘刃については今の時代に伝えられていない。だからリンカーなんて名前はどんな書物にも載っていなかった。


「闘刃、なかなかの異名だろ? ラディアよりも格好いいのにしろってうるさくてな。口が悪くて性格も好戦的で荒々しいんだけど、ちょっと子どもっぽい奴なんだ」


 そんなザックリとした説明だったのに、なんとなく伝わった気がしたのは、ここが意識の世界だからだろうか。


「リンカーは確かに素晴らしい力を持った法剣だったが、あいつの一番良いところは、わたしに『できる!』『やれる!』『絶対勝つ!』っていう闘志を与えてくれるところだったんだ。だからだろう、今のラグナがその記憶を見たのは」


 俺は彼女に何も言えなかった。


「恐怖に負けたのか?」


「体に力が入らない。闘志が湧いてこない。アムサリアはあんな化け物と、あれ以上の化け物と闘ってたのか。俺には……」


「わたしも同じだったよ」


 俺が「無理だ」と言葉を続ける前に彼女は言った。そして語った。アムサリアが体験した圧倒的な恐怖と悲哀を。


「ラディアとリンカーを得たことでそれまで劣勢だった闘いが変わった。陰獣(いんじゅう)と化して狂暴化した周辺の獣どもを蹴散らし、ときおり現れる邪念獣(じゃねんじゅう)も単独で叩き伏せ、エイザーグさえも仲間と協力して追い払うことができた。人々の期待に応える聖闘女になったんだと、ちょっと調子に乗っていたんだな」


 アムサリアは過去の自分を振り返る。


「そして、最終決戦の半年前だ。もう誰も傷つけさせるもんかとひとりでエイザーグに挑んだ」


「そんな無謀なことをよく反対されなかったな」


 邪念獣でさえあの強さ。エイザーグにひとりで挑むなど俺には考えられない。


「されたさ。ラディアには猛反対されたよ。だから、他の闘女にもタウザンにもクランにも言わなかった。ラディアとリンカーを得たことでエイザーグと闘えるレベルに達したのだから、誕生祭のときよりも実力を上げた今のわたしなら、奴のすべての念を受け止められるという自信があった」


 彼女はグッと拳を握ってみせた。


「だが……そう思えたのは、真の破壊魔獣エイザーグと対峙するその瞬間までだった」


 その語りを聞いて、さきほど感じたのと同質の恐怖が俺の心を震わせた。


「鍛えた剣術や体術も、磨いた法術も通用しなかった。エイザーグはあのときとは比べものにならないほど強くなっていた。いや、強くなってたのとは違うな。変わっていたと言ったほうが適切だ」


 二十年前の記憶を思い起こして彼女はいっそう顔をしかめてみっせた。


「思い返してみれば、それまでのエイザーグはわたしに対して手心を加えていたのではないかとさえ思えた。決戦を挑むために大聖堂に乗り込み奴と再会したとき、エイザーグが放っていたその殺意はわたしに恐怖を植え付け闘志を奪い、奴を討てるなら死んでもいいという覚悟すら打ち消したんだ」


 しばらくの沈黙のあとに強く握られた拳をほどき、アムサリアは話しを続けた。


「その闘いはもう闘いとは呼べないお粗末なものだった。逃げるために生きるために剣を振るうなど、聖闘女を穢す行為だろ?」


 それはさっき俺が邪念獣に対してやったことと同じだ。遠い過去の話ではあるが、奇跡の英雄であるアムサリアにそんなことがあったとは驚きだった。


「そうそう、リンカーの話だったな。余計な話が多すぎた」


「余計どころか興味深い話さ。知られざる聖闘女の歴史だぜ」


 物語には描かれていない史実を知ることができる。それも本来ならこの時代に存在しないはずの本人から聞けるんだから、こんな凄いことはない。


「ラディアのおかげで致命傷は追わずにいたが、逃げることもできず防戦一方の展開だった。この決戦に賛同してくれたリンカーのおかげで、逃げ腰のわたしの法術法技もなんとか奴の気をそらす程度の威力を保っていた。邪聖剣クリア・ハートに勝るとも劣らない素晴らしい大発現能力だった……」


 再び沈黙するアムサリアはギリッと歯を食いしばり言った。


「そんなリンカーを……わたしは置き去りにして逃げたんだ」


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