博物館
博物館の受付を過ぎると二階まで吹き抜けの広いホールが広がっている。そこは休憩や飲食できるテーブルが用意されていて普段は賑わっている場所だ。
このホールの目玉はなんと言ってもホール中央にある像だ。破壊魔獣エイザーグとそれに対峙する聖闘女アムサリアの等身大の像が飾られていて、闘いの臨場感が伝わってくる。
館内は、馬車で使われていた保冷庫同様に法具によって照らされているが、こうして館内の光が落ちるとより臨場感が増して魔獣の恐怖とアムサリアの勇ましさが色濃く見える。
「なぁぁぁぁぁぁ……」
振り向いてアムサリアを見ると口を開けて呆然としていた。
「すごいだろ。このこだわりよう」
今日は一階と二階は飛ばして直接三階へ上がってきた。三階は一階のホール部分も合わせた広さなので敷地としては下の階の二倍近くにもなる。
三階で展示されている物はこれまでとは違ってアムサリアの私物やエイザーグにかんする貴重な物が多い。アムサリアが過去に使っていて損耗した法具や法術学に使った教本など、実際に使用された物が並んでいるので、アムサリアマニア必見だ。
「これは! わたしのお気に入りだった人形じゃないか」
またしても叫ぶような声が俺の頭に響いた。
「ここはわたしが生活していた部屋? こんな物まで再現して。良く寝られるようにと先輩巫女にもらったまくらにも説明文が付けられているぞ」
ホール同様に魔獣と闘う小さなアムサリアの像が多数展示され、年表順に当時の様子を再現している。そんな三階の奥にアムサリアの無二の相棒である奇跡の鎧ことラディアが展示されているはずだ。
彼女はなつかしんだり恥かしがったり怒ったりしながら俺のことを忘れてか自分のペースで展示場内を進む。
「アムサリア早く行こうぜ。ここに来た目的は展示品を観ることじゃないだろ」
「まぁ待て。わたしも最初はあきれていたが、展示品もさることながら、ここに書かれている説明など本当に良く調べられていて逆に関心したよ。会話の内容まで調べるとはたいしたもんだ」
「愛の力なのかな?」
「わたしとクレイバーはそんな関係じゃないぞ」
聖闘女は真顔で否定した。
「愛がなんだって?」
後ろから別の女性の声が聞こえた。
「リナさん!」
声をかけてきたのはリナ=アウタス。この博物館で館長補佐兼秘書だ。
「ラグナくんこんばんは、一年ぶりくらいかしら」
「そうだね、この一年は入団試験に向けて頑張っていたこともあって、なかなか来られなかったんだ」
「わたしも春の集まりには予定が立て込んでて参加できなかったからね」
一年振りの再会で俺のテンションは一気に上がった。
「ところでどうしたの、こんな時間に。下で聞いたけど聖闘女が使っていた奇跡の鎧を観たいって」
「えーと、それは……」
なんと答えたらよいものか。アムサリアが現れたその謎を解くために来たと言ったら、また「妄想」という言葉を返されるのではないだろうか? と心配になった。
「ちょっと複雑な事情があって奇跡の鎧を確認したいんだ」
「鎧を?」
「ともかく鎧のところに行こう」
アムサリアにも伝わるようにそう言ってみた。
俺に続きリナさん、その後ろにアムサリアが並んで奇跡の鎧の展示場に向かう。通路の突き当たりにはロープの張られたスペースがある。その向こう側の台座に結界石の柱に囲われて奇跡の鎧が飾られていた。
鎧は名前に見合った強い輝力を纏い、ほんのりと光っている。相棒と再会したアムサリアはどうだろう?
「アムサ………………リアが着ていただけあって凄い力を感じるなぁ。奇跡の鎧と呼ばれるだけのことはあるね」
つい名前を呼びそうになったけど、うまく誤魔化せたかな?
「ふふふ、デザインもなかなかでしょ? 当時国民の願いを込めた鎧はおじさまの手によって作られたんだからね。奇跡の鎧になって若干デザインが変化しちゃったけど。デザイン画を見せてもらったら元の造形も変化後に劣らず素晴らしいものだったわよ」
おじさんの功績を嬉しそうに話すリナさんに見惚れていると、リナさんが何かに気づいたような表情に変わった。
「あら? ラグナくんあなた……」
リナさんが何かを言いかけたところで、「違う」と、今度はアムサリアが気になる言葉を言った。
「え?」
「これはラディアじゃない。見た目はそっくりだが別の鎧だ」
「偽物?」
俺の言葉にリナさんは強く反応した。
「ラディアだけじゃない、この三階に展示されていたエイザーグの爪や角の破片に体毛なども全部偽物だった。なんらかの方法で陰力を付与してあるだけでそっくりに作ったおもちゃだ」
「ホントかよ?!」
「どうしたの?」
リナさんが心配そうに聞き返してきたが、アムサリアの話に聞き入ってしまって返事もできない。
「この街を歩いていたときから妙な感じがしていた。この建物に入ってからよくわかった。この感覚は博物館の下から感じる」
この博物館の下と言えばクレイバーさんの研究所のことだ。
「ねぇ、ラグナくん?」
「ここには地下があるんじゃないか? そこに行けば何か掴めるかもしれない」
アムサリアとリナさんの顔を交互に見て、どうしたものかと考える。リナさんはそのまま俺をじっと見て眉をしかめてつぶやいた。
「ラグナくん、あなた、なんだか……重なってる?」
重なってるとはどういう意味だ?
「ラグナ行こう、きっと地下には何かある」
気持ちを抑えられないアムサリアが俺をせかすが、地下の研究所に勝手に行けるわけはない。行くにはリナさんの許可が必要だろう。
「あぁもう!」
頭が混乱してそんな言葉が出た。
「ラグナくん?」
「リナさん、落ち着いて聞いて欲しいんだ」
「な、なぁに?」
彼女は改まった俺の言葉に少し身構えながら返事をした。
「こんなことを言っても信じられないかも知れないんだけど……。ここに、破壊魔獣エイザーグを倒した聖闘女アムサリアの霊がいるんだ」
今度の驚きはあからさまだった。
「どこに?」
「ここだよ」
俺が手を向けた何もない空間をリナさんは凝視した。
「今から三日前、突然アムサリアの霊が現れたんだ。父さんにも母さんにも見えなくて声も聞こえない。なぜか俺にだけ見えるんだ。その彼女が現れた理由を探すために、当時彼女が身に着けていた相棒の奇跡の鎧に会いに来たんだよ」
リナさんは俺の話をぽかーんと口を開けて聞いている。
「そして、今ここで奇跡の鎧と対面したんだけど、これはラディアじゃないって言うんだ。彼女が感じる反応はこの建物の地下、つまり研究所からだって」
その言葉を聞いてリナさんの表情は変わった。
「そこに何かあるんだね」
リナさんは沈黙したまま俺を見ている。
「無理を承知で頼む。そこに俺たちを連れていって欲しい」
俺は腰を折って深々と頭を下げる。
クレイバーさん不在の状況で勝手に研究所に入れるのは問題があるだろう。でも、アムサリアが言うのだからきっとそこには何かがあるはずだ。
リナさんの沈黙が『ある』と告げている。十数秒の熟慮の末に彼女は口を開いた。
「わかったわ。研究所に連れて行ってあげる。たぶんそこにあなたたちの求めるモノがあるんだと思う。おじさまの求めるモノもね」
彼女は困り顔で微笑する。不謹慎だがそんな彼女の顔が可愛く思えてしまった。
「私について来て」
俺とアムサリアは目を合わせてうなずき合った。





