夕食
ゴトゴトとゆるやかに揺れる馬車の振動で目が覚めた。外は夕日が沈もうとする黄昏時で、乗客が入れ替わっているところを見ると何度か停留所に停まったようだ。そのあいだに夢を見た。どこかの部屋でアムサリアと奇跡の鎧が会話をしていた。また彼女の記憶が流れてきたらしい。アムサリアが最後の決戦に出る前日。そのことを心配していたのは奇跡の鎧のラディアだろう。
バスの客席前方にある時計を見ると十八時を回っている。十四時のバスに乗ってこの時間まで寝てしまうとは、朝の訓練疲れか? あまりの馬車の快適さにうたた寝を通り越して熟睡してしまった。
ここはどこだと考えたと同時に彼女のことを思い出す。
「アムサリア?」
あたりを見回して彼女を探した。
「起きたかい」
とうぜんだが返事は隣の席から返ってきた。
「そこにずっといたのか?」
寝ぼけていたのか横に座る彼女に気がつかなかった。
「その質問には答え難いな。いた気もするがいなかった気もする」
「なんだよそれ?」
「馬車に乗る前にもそんな話をしただろ。キミが寝ると言ってからわたしはここから離れていないが、キミが寝ているときにわたしもどうしていたのかわからない。それはラグナが毎晩寝ているときも同じだ」
俺が寝ているあいだは彼女も意識がない。俺にしか見えないし声が聞こえないことと関係があるのだろうか。
「そうそう、またアムサリアとラディアの夢を見たんだ。エイザーグとの決戦前日の夕暮れのときに部屋で話をしていたよ」
「あぁ、あのときか。ラディアは不機嫌だっただろ?」
彼女は思い出して苦笑した。
「悪いとは思ったんだが慎重なラディアはきっと反対するだろうと思ってね」
「あんたを思ってのことだろうに」
「わかっているさ。だが、状況は切迫していた。闘士たちが消耗し切ってしまう前に強引にでも士気を上げて決戦に挑む必要があった。そのための『武器』が手に入ったからな」
「武器?」
気になるキーワードに俺は飛びついた。エイザーグに挑むにあたって、それを決断し得る『武器』とはいったいなんなのか。
「お疲れさまでした。あと五分ほどでシグヤ中央広場停留所に到着します」
俺たちの目的地へ到着する案内が流れた。
「どうやらその話は次の機会だな」
またいいところで話が途切れるのか。
丘を下る道に入ると大きな街が見えてくる。夕飯時の活気ある街の光だ。
「腹も空いてきたし街に着いたらとりあえず飯にするかな」
小声でそうつぶやきながらチラリと横目でアムサリアを見ると、やはり恨めしそうに俺を見ていた。
「仕方ないだろ、俺は腹が減るんだから」
「いちいち見るんじゃない。わたしのことは気にしなくていい」
「そんな目で見られたら気になるって」
家でも食事のときは毎回こんな目で見られていたのだ。
「まさかあんたの未練はその食欲が関係してたりしないよな?」
「し、失礼なことを言うな。そんな理由で出てきたわけがなかろう。死んではいてもわたしは聖闘女だぞ!」
言葉のチョイスが微妙で、まったく聖闘女の威厳が感じられない。何度目かの時の英雄の意外な一面を垣間見た俺は、改めて彼女も年相応の女の子なのだと認識した。
俺は奇跡の英雄であるアムサリアが霊体として現世に現れた謎を解くためにこの街にやってきた。馬車は街門をくぐって街道を数分進むと、噴水のある馬車停留所に止まる。
「ご乗車ありがとうございました。お忘れ物御座いませぬよう、お気をつけください。十五分の休憩後、次の停留所である王都正門前に向かいます」
荷物を持って馬車を降りるとすぐに大きな商店街の通りが目に入った。イーステンド王国で三指に入る大きな街は人波も流石の規模で賑わっている。
父さんの戦友のお店で夕食を済ませた俺は、ずっと黙っているアムサリアが気になって声をかけてみた。
「アムサリア?」
「ん?」
心ここにあらずという感じの返事だった。
「ずっと黙り込んでどうした?」
「うーん、実はこの町に来てからなにか妙な感じがしていて、それを考えていたんだ」
そう答える彼女の顔は今までになく神妙だ。
商店街のメイン通りをそのまま五百メートルくらい歩くとまた大きな広場がある。そこは観光スポットとなる建物が多く立ち並ぶ噴水広場だった。その正面に堂々と建っているのがクレイバーさんの博物館。閉館時間ということで来館者が出てきている。
「おーい、アムサリア。着いたぞ」
ずっと考え事をしているアムサリアに到着したことを報告するが気がつかない。肩を叩いて知らせたいが触れることはできないので、もう一度大きな声で呼びかけた。
「アムサリア、着いたぞ!」
彼女はハッとしてようやく正気に戻った。
「ほら、あそこがクレイバーさんの経営している博物館と研究所だ」
アムサリアは、「おーー」という声を出しそうな顔で建物を見回して上を見上げると、
「なっ! なななな……、なんだこれは!」
今度こそ大きな驚きの声を上げたが、その反応は予想通りだった。
目の前の巨大な建物には、大きな文字で【聖闘女アムサリア平和博物館】と書かれ、その下には三枚の大きなアムサリアの絵が飾られているのだ。
右側には剣を振るって闘う姿が描かれ、左側はお茶を飲んで笑う姿。そして中央には胸から上の肖像画がこれでもかと言わんばかりにかがり火に照らされ鎮座している。
「ラグナ、これはいったいどういうことなんだ?」
その声は震えていた。
「軽く説明しただろ? 個人の趣味が大きく反映しているって」
「アムサリア……平和……博物館」
彼女の恥ずかしさが伝わってくる。
「なんでわたしの名前が入っているんだ?! それになんだあの肖像画は!」
「いや、俺に抗議されても。平和を取り戻してくれたアムサリアと邪悪な魔獣に対する警戒心や危機感、それ以上にアムサリアのことをみんなが忘れないようにあんたの博物館を作りたかったらしいよ」
「そこは悲しい闘いの記録を忘れずにとかそういったことのためなんじゃないのか?」
思ってもいなかったことに聖闘女は激しく動揺している。彼女の言い分を半分聞き流して博物館に向かうが、アムサリアはあーだこーだ言いながらついて来きた。
退館する人とすれ違って館内に入ると俺たちに、受付の女性画が寄ってきた。
「お客様、間もなく閉館になりま……す。あら、あなたは」
どうやら俺のことを覚えていたようだ。
「こんばんは。こんな時間にすみません。今日はクレイバーさんに会いに来たんですけど、戻ってませんか?」
「館長は一週間前に大聖法教会に行かれて、まだお戻りになっていません。大雨で馬車の通る街道が崩れたとかで」
「やっぱりまだ戻ってないんですね。ならリナさんはいますか?」
リナさんはこの博物館の館長の補佐をしている。
「リナは閉館作業で館内を回っております。最後は出入り口のチェックをするのでここに戻りますから、あちらにおかけになってお待ちください」
俺たちは受付を抜けた先のソファーベンチを案内された。
「んー、ちょっと観たい物があるんだけど回ってもいいですか? 聖闘女アムサリアの鎧が観たいんです」
「そうですか。ではリナが戻りましたらそちらに向かったと伝えておきますね」
俺はお礼を言って鎧の展示されているはずの三階の奥を目指した。





