疑問
二十年前、破壊魔獣エイザーグを倒した奇跡の英雄が、伝えられてきた物語の史実を自らの口で語ってくれた。
「ラグナ、どうしたんだ? ずっと黙ったままじゃないか」
話を聞いていた俺の頭の中では、初めてアムサリアが現れたときの夢と同じくらい現実的な場景が思い描かれていた。だけど、その内容が俺が知る物語とは違う。かなり重いものであったので、少なからずショックを受けた。
「伝説の英雄リプティの生まれ変わりってのは教団の作り話だったと」
「あぁ、そうだ」
「本当はただの教団の巫女で、偶然生き残ったことを利用されて、英雄に仕立て上げられていたわけか」
「あぁ、そうだ」
「だから英雄視されるのを嫌がっていたんだな」
「あぁ、そうだ」
返事は単調だけど表情はなぜか清々しい。
「俺的にはけっこう重い話だったんだけど、なんでそんな顔しているんだ?」
「わたしはどんな顔をしている?」
「曇りのないスッキリとした表情かな」
話し出す前の眉間に力の入った表情は欠片もない。
「確かにスッキリした気分だ。今まで心の内に秘めていた話をしたからかな」
ぐっと背伸びをしながら笑顔で応えた。
「アムサリアはリプティの生まれ変わりではない。そうなると、別の疑問があるんだけどさ」
「どんな疑問だい?」
「語られてきた伝説は、リプティの生まれ変わりのアムサリアが聖なる力に覚醒してエイザーグを倒したわけだけど、実際はそんな特別な能力なんて使わずに倒したんだろ? それってやっぱりアムサリアがとてつもない強さってことじゃないか?」
父さんたちの話とアムサリアの記憶から、エイザーグの強さが尋常ではないことは間違いない。そいつを単独で倒した彼女は確かな実力を持っていることになる。
「今話した闘いの中で、ひとつの奇跡が起きたではないか」
その奇跡とは、誕生祭で贈られた法具がボロボロに破壊されたあと、より強力になって新生したことだ。
「奇跡によって生まれた法具たちが、リプティの持っていた神聖な力の代わりさ」
「なんでそんな奇跡が起きたんだ? 心を持つ法具なんてのも初めて聞いたよ」
「実のところ、なぜそんな奇跡が起きたのかわかっていないんだ。本人たちにも聞いてみたが、自分たちがどうやって生まれたのか分からないと言っていた」
本人たちとはその法具のことだろうが、そいつらも分からないとなるとその謎は一生謎のままだろう。
「でも、その法具たちに心があるなんて凄いことが、なんで伝わってないんだろう?」
無機質な法具に心があるなんて、それこそ本当に奇跡としか思えない。しかし、その質問にアムサリアは笑って答えた。
「その理由はいたって単純だ。聞けばラグナも納得すると思うぞ」
「なんだよ、その納得する理由って」
「それはな、彼らの声がわたしにしか聞こえなかったからさ」
納得した。
「彼らとの会話は独り言にしか思えないだろうから、わたしも極力人前で話したりはしなかったし、会話は念話でもできたしな」
アムサリアにしか声が聞こえないんじゃ奇跡の法具たちに心があるなんて伝承されるわけがない。
「わたしを護りながら闘ってくれた者たち。タウザン、クラン、クレイバーといった共に闘い死線を乗り越える経験をさせてくれた掛け替えのない戦友。心を支えてくれた親友のハル。わたしを信じて応援してくれた人々。そして、心を持つ奇跡の法具の存在。他にもいろいろあるが、これらがあってわたしはエイザーグと闘える聖闘女になれたんだ。偽物のわたしがこの時代まで英雄として語られているのは、これが理由の大半だろう」
自分の手柄の大半が、自分以外の存在によるものだと自慢げに話す彼女の表情を見る限り、これらのことに未練があるとは到底思えない。そう判断し納得したとき、クッションの良い大型の馬車が減速し始めたのを感じた。
「お疲れ様です。間もなくフクサの停留所に到着します。降車するお客様は忘れ物のないようにお気を付けください」
フクサの中心街の停留所に着いた。窓の外を見ると多くの人々が行き交うのが見える。乗車していたひとりが乗降口に向かい、扉が開いて降りていった。
「ご利用ありがとうございます。乗車券を拝見させて頂きます」
そして、七人が乗ってくる。その中の三人組が俺たちの座る後部座席の近くに席を取った。
「こっちに来てしまったな。しばらくおしゃべりはお預けか」
「そうだな。先は長いから俺は弁当を食べてひと眠りさせてもらうことにするよ」
小声で彼女に返事をすると、彼女の視線を気にしつつ母さんの弁当を食べた。そして、「またあとで」と彼女に言って眼を閉じ、さっきのアムサリアの話を思い返す。
聖闘女リプティのような英雄に憧れていたアムサリアは、祭り上げられて英雄だったために英雄視されることを嫌がっていた。しかし、努力と根性、親友や国の人々の応援、それと奇跡の法具を得てエイザーグを討った。いくらリプティの生まれ変わりではないにしろ、胸を張ってもいいような結果を残してる。
釈然としない気持ちでそんなことを考えているうちに、いつしか俺は眠りに落ちた。