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偽りの英雄 聖闘女アムサリア  作者: ミニチュアハート
~英雄と宿敵の章~
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決着

 わたしの誕生祭に国民から贈られた素晴らしき法具は、突如乱入してきたエイザーグとの闘いによって完膚なきまでに破壊されてしまった。しかし、その法具たちは奇跡的な現象によって意思を持って新生し、危機的戦況を盛り返した。


 大聖堂から人々が逃げ出すまであとわずか。あと一分ほど足止めできればみんなは逃げ切れる。それまで足止めすればいい……。なんて甘いことは思わない。この場でエイザーグを倒してみせる。もう人々を襲うなんて思いたくなくなるほどに。


「エクス・フォッグ・ウォーラル」


 吐き出された炎哮を濃霧の法壁が遮った。


「あと二回」


 ほんのわずかな油断でも、背を向けて逃げる人々は一瞬にして八つ裂きにされてしまう。そんな意思を置き去りに、エイザーグがわたしの横を駆け抜けた。


「ゲイル・ジャベリン」


 転身させた勢いのままに振るった法技が生み出す風の槍が、逃げる人たちに迫るエイザーグの足に突き刺さる。倒れる魔獣を追い抜いて、わたしは大扉の前に立ちはだかった。


「あと少し。ここをしのげば我々の勝ちだ」


 鎧が言う。


「こいつを叩き斬って勝ちだろ!」


 剣が言い返した。


「奴を倒したいのは山々だが、わたしもそろそろ限界だ」


 出口まで二十メートル。人数は百人程度。出血のせいか手足はしびれ眼は霞む。全身の痛みのおかげで意識を保っている感じだろうか。残りの心力もすずめの涙だ。


「使える法技はあと一回」


 全員の脱出まであと数十秒。残りは怪我人を抱えた巫女たちだけとなったとき、エイザーグに猛烈な陰力が集束し始めた。


「ぐるぅぅぅぅぅぅぅ」


 唸る破壊魔獣の口元にバチッと電撃が走った。


雷哮(らいこう)か?!」


 一度だけ見たことがある。雷を纏った陰力の砲撃が三人の闘士を焼き殺した攻撃だ。放たれれば後方の人波もろとも通路を走る多くの人が黒焦げになるだろう。


 わたしは咄嗟に剣を上段に構えた。


「わたしの取って置きだ! 剣よ鎧よ、頼む。奴の雷哮(らいこう)を……」


 エイザーグを討つため自ら構築している未完成の法技だ。奴の雷哮(らいこう)に対抗するにはこれしかない。


 いく度の絶望に折れなかった心から、心力を絞り出し、増幅して法技を錬成しようとするのだが、あきらかに心力が足りない。


(わたしの全力はこんなものなのか!)


 心と体のありったけを注ぎ込み、意識の飛びそうなわたしに、優しく確かな言葉がかけられた。


「君はもうひとりではないぞ」


 鎧の言葉で残ったひと握りの心力が膨れ上がり、同時にエイザーグのアギトが開かれる。


「おおおおおおおおお」


「くらいやがれ、クソたれ魔獣!」


 気合のこもった剣の叫びに続けて、わたしも法技の法文を叫んだ。


「グラン・ファイス・ブレイバァ!」


 闘気と心力が込められた法技が一瞬早く放たれた。


 雷哮を巻き込む法技の斬撃は、上段からエイザーグの頭を叩きつぶす。わたしの体は咆哮の衝撃と雷撃の残滓によって後方に弾かれた。


「アムサリアー!」


 シエラさんは消えゆく雷哮を受けながらも、吹き飛ぶわたしを受け止めて大扉から外に転げ出る。そして、苦痛に歪む声で叫んだ。


「扉を閉めなさい。急いでっ!」


 巫女たちが一斉に扉を押すとゆっくりと扉が動き出し、邪気の満ちた大聖堂との境界を作っていく。狭まっていく扉の向こうでうつ伏したエイザーグは、静かにこちらを見ていた。


 突き刺さるような悪意の奥に、ほんのかすかに感じる悲しげな感情の波動。


「お前はいったい何者なんだ……」


 この問いに返ってくる言葉はない。


「必ずまた来る。おまえを助けに」


「助けるってどういうことだよ?」


「その考えは理解できないが、奴が苦しんでいるからだろう」


 扉は静かな音を立てて閉まり、一瞬の静寂のあとに魔獣の遠吠えが響き渡った。


「みんな、急いで教会から出なさい」


 逃げる人々の最後尾を護っていたシエラさんの指示を受け、巫女たちも外へと向かう。


「アムサリア、良くやってくれました」


 彼女は最後に受けた雷哮の痛みに耐えながら、わたしの肩を担いだ。


「出せるものは全部出し切りましたが奴を倒せませんでした」


「本気で倒すつもりだったの? あれほどボロボロにされてたのに」


 彼女はあきれ果てた顔でわたしを見た。


「もちろんです。でも、すべてを出し切っても力が及びませんでした。ここで気を失うのが物語の定番なんでしょうけど、体中が痛くてとても気を失いそうにありません」


「それは助かるわ。私も体が痛いから、あなたを抱えて外まで行くのは大変なの。どうか外まではそのまま自分の足で歩いてちょうだい」


 長い回廊を抜けていくつかの扉をくぐると、外界への光が見えてくる。その先では脱出した人々が声を上げてわたしを迎え、たくさんの感謝の言葉を投げかけていた。その声は大空に響くほどなのに、だんだんと小さくなっていく。


 わたしの記憶はそこで途絶えたが、最後に見たみんなの泣き顔と笑顔はしっかりと覚えている。


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