新生
「大天使シルンよ、どうかアムサリアを護ってください」
「彼女に力を与えて」
歓声は祈りに変わった。
「みんなの想いのこもった剣と鎧があっという間にこの有り様か。わたしの力が至らないばかりにすまない。だが、ここまで来たんだ最後まで付き合ってくれ」
この期に及んでそんなことを口にする自分がいる。
体は重く呼吸は乱れ、法具もこんな状態だがやめるわけにはいかない。朦朧としつつある意識の中でも今までの修練の成果なのか体が勝手に動いた。
最初からこれだけの動きができれば勝てたのか。この闘いの経験がわたしを成長させたのか。ボロボロになりながらも紙一重で耐えている理由はわたしの力だけではないだろう。
「お願い法具たち。アムサリアを護って」
少女の強く祈る声が背中を支えてくれた。
「俺たちの剣よ、彼女の力を魔獣に叩き込んでくれ!」
男性の叫びが剣を握る力をくれた。
かすむ視界の中で猛撃をかいくぐり、魔獣の腹部に剣を突き入れた。
「トルクス・エンハンサー」
筋力強化の法術と気勢を込めて振り抜いた剣は、甲高い音を上げて剣先の三分の一ほどからへし折れてしまった。腹部を深く突き刺された魔獣は苦しみの声を上げ、振り向きざまに頭部を低くし身構えた。
「まだだ、まだ闘える」
「そうだ、まだやれる!」
そのあと押しの声は、まるで自分ではない者が発したように聞こえた。
「バスター・ストライク」
低い姿勢から突いてきた角をかわし、これで打ち止めとなるであろう重撃の法技を、頭部を叩き割る思いで振り下ろした。相応の衝撃を両腕に伝えた法剣は耐久限界を超え、残った剣身も折れ崩れた。
痛みの怒りか屈辱か、鋭い視線でわたしを射貫いた魔獣は、その頭部に陰力が集束していく。これはさきほど見せた咆哮の予兆だ。
渾身の気を込めて身構えるわたしに咆哮が放たれた。猛烈な衝撃が身体を打ち、濃密な陰力の放射が心と魂を蝕んで、残った鎧も光を散らして消えていく。
心力も体力も振り絞ってこの攻撃に耐えたとしても次はない。ただ、生来の負けず嫌いな性格が諦めることをさせないだけだ。
「それでいい、護りは任せて心を強く持て。そして、その先に踏み出すんだ!」
怨念の咆哮を受ける中で語りかけられたわたしは、キラキラと光を放ちながらその絶望の淵から飛び出した。
終息し始める咆哮から体側へと飛び出し砕けた剣の柄を強く握ると、しっくりとした握り応えと確かな重みが感じられる。
「そのまま全力で振り抜け!」
さきほどとは違った声に後押しされて、自然な体の流れのままに横一線に薙ぎ払った。
剣としての機能など無いはずなのに、まるで法術で強化されたような斬撃に衝撃もともなって、魔獣の体を横向きのままに大きく押し飛ばした。
振り向き身構えたときに握った剣を見ると、美しく輝く強靭なひと振りの法剣へと新生している。さらに、粉々になったはずの鎧は、白く輝く神々しい鎧へと姿を変えて、わたしの体を包んでいた。
国中の人々の想いのこもった法具が、目の前にいるこの破壊魔獣とのたったの一戦でボロボロになってしまったが、より力強い波動を放って今再びわたしと共にある。
「いったい何が起こったんだ?」
しかし、今それを考えるだけの思考力も時間もない。変わらず全身に痛みとしびれがあり、体力の尽きかけた体は重い。なのに、それらが少しずつ癒されていくように感じるのは、柔らかく温かな白い光がわたしを包んでいるからだろうか。
次々に起こる不思議な現象の中でもエイザーグを攻める手は止めない。その攻勢に乗じて後方から歓声も聞こえてくる。
「この期待に応えるのがわたしの目指す英雄たる者の使命だったな」
「その意気だ。おまえの残った力を、おれが奴に叩き込んでやるよ」
「まぁ待て、今は少しでも身体を回復させなければ」
今度はハッキリと聞こえた。何者かがわたしに話しかけている。
「おまえたちは誰だ?! どこにいる」
ギリギリの闘いのさなか、近くとも遠くとも言えるその声の出どころがわからない。
「おれはここにいるぜ」
「私は君と共にある」
わたしに話しかけているのは剣と鎧なのか? それとも客観視する冷静な自分と話すことで、二重、いや三重人格になってしまったのか?
「きっと驚いているのだと思うが、今は為すべきこと成そう」
「奴をぶっ倒すんだろ!」
「違うぞ。人々をここから逃がすんだ」
法具たちの妙なかけ合いを聞いて、乱れていたわたしの心は少しだけ落ち着きが戻ってきた。
わたしに起こったこの奇跡的な現象を今理解する必要はない。人々を助けて、わたしも生き残ることができたなら、そのときゆっくりと考えよう。
「ロッグ・ウォーラル」
岩の壁が床からせり上がり、唸り迫る魔獣の下顎をカチ上げる。さらに三枚の壁がエイザーグとわたしを遮ったタイミングで声を張り上げた。
「今ひとつの奇跡が起きた。みんなの想いが込められた法具は、わたしが倒すべき宿敵との闘いの中で、真の力に目覚めた。これからもみんなの想いが必要になる。だから、今は生きてここから抜け出そう。わたしはもう大丈夫。どんなに離れても、この法具を通じて想いは届く。魔獣はわたしが絶対に抑えるから慌てずに進むんだ」
大聖堂の出入り口の大扉は、落ち着きを取り戻した人々によって大きく解放された。人の波はスムーズに流れ始め、最前列にいる人たちもゆっくり後退していく。
大聖堂の半ばを越えて人々が下がったところで、法術によって作られた岩の壁に亀裂が走って勢い良く四散した。
わたしが飛び散る岩の破片をくぐり、エイザーグに向かっていったところで、再び風切り音と金属音の飛び交う闘いが再開された。
「この調子なら一分はかからない。おまえたち、奴を抑える力を貸してくれ」
「心力をしっかり練り上げて錬成しろよ。そうすればおれが特大の法術法技を叩き込んでやる」
右腕に握った剣の言葉を聞くと、やれそうなイメージと力が湧いてくる。
「落ち着くんだ。君の今の状態では、法術を使える回数はそう多くない。適切に使わないと人々が脱出する前に力尽きてしまうぞ」
鎧は冷静に状況を把握しているようで、逸るわたしの気持ちを抑えて魔獣を観察させた。