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偽りの英雄 聖闘女アムサリア  作者: ミニチュアハート
~英雄と宿敵の章~
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開戦

 何が起こったのか、何をするべきかライヤ様も含め誰も理解できず動けない。エイザーグと最前線で闘ってきたシエラさんも呆然としている。


 大混乱の大聖堂は後方の出口に人々が殺到して避難が滞っていた。大聖堂にいる何千人という人々が、その一点に向かって押し進もうとしているのだから、まともに避難できるはずもない。


 それを壇上から見下ろし、まるでニヤリと笑うかのように口角を上げて牙を剥き出した魔獣は、天を仰ぎ胸を膨らませ大きく息を吸い込んだ。


「セイング・エアロ・シルド」


 エイザーグが吐き出した炎哮(えんこう)に、聖なる風の盾がギリギリ間に合った。邪悪な炎に削られていく障壁にわたしは必死で心力を送り込むが、法術の盾を越えて漏れ出る炎と陰力により、近くにいる人々は吹き飛び気を失い倒れてしまう。


「ハル、早く逃げろー」


 あまりの出来事に腰を落とし座り込んでいるハルに向かってわたしは叫んだ。


「そんな、アムを置いて逃げるなんて。私もアムと同じ巫女なんだから……」


 顔を引きつらせ体を震わせながら、その場にとどまるハルだが、あきらかに魔獣への恐怖に心が浸食されている。


「今のキミの実力では無理だ。早くここを離れろ!」


 エイザーグから十メートルもない距離にいるハルは、次の瞬間には噛み千切られてもおかしくない。


「逃げるんだ!」


 こちらに気を引くために腹の底から声を絞り出してエイザーグへと飛びかかると、振り下ろす剣よりも早くエイザーグの前脚に叩き落とされた。


「アムー!」


 ハルの声が聞こえた。立ち上がり壇上袖を見ると、視線を合わせたハルは顔をクシャクシャにした泣き顔でわたしを見たあと、控え室へ続く通路を走り去った。


「それでいいんだ」


 エイザーグは壇上からわたしを見据えたまま動かない。わたしたちが恐怖に蝕まれていくことを楽しんでいるのだろうか。後方ではいまだに避難ができてない人々の波でごった返している。


 そうして、幾秒が過ぎただろう。いつ襲いかかってきてもおかしくない状況だが魔獣は動かない。


(なぜだ。なぜ襲ってこない?)


 単独で奴と闘える者などいない。これまでのように零番討伐隊の者がわたしを護ってはくれないという心の焦りが全身を硬直させている。体は動かず、頭も回らないのだが、そんなわたしに子どもの泣き声が聞こえた。


(わたしはなにをしている? ほんの数分前にみんなの前で誓ったではないか。みんなの期待に応える英雄になるんじゃないのか!)


 剣を握る手に力が入る。震えていた膝にも力強く地を踏みしめる感覚が蘇ってきた。


(人々の期待がわたしの力となり、わたしの活躍が人々に希望を与える。それがわたしの目指す理想の英雄像だ)


 わたしは再びエイザーグに向かって足を踏み出した。


 エイザーグがその気なら一瞬で詰め寄れる距離なのだが、なぜか襲ってこない。まるで、わたしの行動を待っているようで身構えている感じもない。狂気の魔獣の眼前でわたしは無防備に剣を掲げた。本来はあり得ない危険な行動なのだが、わたしはそのまま大きく息を吸い込み叫んだ。


「みんな、わたしの声を聞け。今からわたしが破壊魔獣エイザーグを叩き伏せる」


 大聖堂にわたしの言葉が反響する。


「あわてることはない。さきほどのわたしの誓いを思い出して欲しい。みんなの期待に応えると言ったはずだ。信じてくれ、わたしは伝説の英雄、聖闘女リプティの生まれ変わり。この時代の聖闘女だ」


 切っ先をエイザーグに向けてこの言葉を突き付けた。


「その力をおまえの体と心に刻んでやろう!」


 エイザーグは遠吠えを大聖堂に響かせ、それを開戦の合図とし、わたしが体験したことのない闘いへと突入していった。


 これまでの幾度かの闘いで奴の攻撃の種類は把握している。いつも陣形の中心で護られていたが、ただ立っていたわけではない。いつか来るかもしれない直接闘う日のために、ずっと頭の中で闘っていたのだ。


 何度目かの爪の猛襲を掻いくぐり、エイザーグのわずかな隙に踏み込んで力の限り剣を振るうと、切っ先が赤黒い体毛の奥の肉体をわずかに斬り裂き、纏う陰力も吹き散らす。


「グルゥガァァウ」


 エイザーグが唸り声を上げたことで『この剣ならイケる』と闘志がみなぎった。


「落ち着け、見定めろ」


 焦る自分の中に冷静なもうひとりの自分を作り出す。経験上これができているときは上手く立ち回れた。単純な力や速さではとうてい勝てない。身体能力ではなく反応、反射、判断といった能力が必要なのだ。


 何度も弾き飛ばされてはいるが、みんなの想いのこもった鎧のおかげでどうにか命拾いしている。


「ありがとう。おかげでまだ闘える」


 自然とそんなふうに心でつぶやくと、


「礼には及ばない」


 そんな声が聞こえた気がして口元が少しほころんだ。


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