歴史 3
「どうしたというんだ?」
「まさか聖闘女を名乗るとはな。ウォーラルンドの情報を聞き出すつもりが我々が情報を取られていたのか?」
「おい、なにを言ってやがる」
俺も立ちあがり拳を握った。殺気を纏っていては構えないわけにはいかない。
「これは、たとえ刺し違えてでもここから出すわけにはいかん。そんな流れかもしれんのだが、なぜお嬢さんはそんなに落ち着いているんだ?」
冷や汗の噴出したハーバンたちだったが、肝心のアムは冷静だった。
「刺し違えるわけにはいかないな」
アムもリンカーを握って立ち上がった。
食事の恩があるとはいえ、さすがにこの状況に少しはアムも危機感を覚えたのだと思ったのだが……。
「なにやってんだ!」
アムは左手でリンカーをくるりと半回転させテーブルに置き、ハーバンの前に滑らせた。
理解できないアムの行動に思わず叫ぶが、ハーバンたちも驚き顔だった。
「わたしが聖闘女なのがそんなに問題だったのか? 理由を聞きたいところだが、まずはわたしたちに敵意がないことを示しておこう」
この言動に対してハーバンの返答は、
「お嬢さんは法具がなくても法術を使えるわけだから、我々は常に首元に刃を突き付けられているに等しい。この行動が敵意の無い表れと言われても説得力に欠けるな」
青ざめた顔はハーバンたちにとってこの状況が最悪なのだと示している。
「なぜアムが聖闘女ってだけで……。俺たちは三週間くらい前までイーステンドにいたんだぞ」
「だが、聖闘女ってことならなにか情報のやりとりがあった可能性だってある」
興奮する俺とハーバンとは違ってアムは落ち着いたまま口を開いた。
「わたしがあなたたちの敵ならばわたしがここで聖闘女だとあかすはずはないのじゃないか?」
「そ、そうだ。あんたらの敵意を煽るようなことを敵陣の真っただ中で言うわけないだろ」
普通の考えならばそう思うはずだ。ハーバンたちも少し平静を取り戻したようだが、聖闘女だという言葉でこれほど取り乱すとはいったいどういうことなのか。
「君らが本当に騙しているのではなく、敵対する者ではないのなら、我々に武器の携帯をさせてもらおう」
「なんだそりゃ!」
バカバカしい提案に俺は言い返したが、アムは「問題ない」とその提案を飲んでしまった。
部下ふたりが部屋を出て武器を持ってくる。それをそれぞれに手渡し、すかさず柄に手を添えた。
「ともかくわたしがあなた方の敵ではなく、あなた方が敵視する者と関係ないことを証明すればいいのだな。ならばブンドーラの歴史と同じように少し長くなるが、今度はわたしの歴史を聞いてもらおう」
アムは椅子に座り直して話し始めた。
***
「……とういうわけで、もう二度と同じ悲劇が繰り返されぬように、わたしは蒼天至光を斬り裂き、神具に繋がれていた天使を切り離した。それでようやく二十年以上前から続いたこの事件は幕を引いたのだ。その天使から初代聖闘女リプティが生きているということを聞き、約三週間前にイーステンドを旅立った。先日ウォーラルンドで魔女との闘いに手を貸して、今日ここに至ったというわけだ」
たっぷりと十二分、二十数年分の歴史を語ったアムはカップに残っていたお茶をすすった。
「大分端折った部分はあるが重要な点は話したつもりだ。わかってもらえただろうか?」
話を聞いていた一同は多少聞き疲れたようで姿勢を崩しながら、この壮大なアムの歴史について吟味している。
「あぁ、んんっ。なにかね、その夢物語のような話を信じろというわけか?」
「夢でも創作でもない。嘘偽りのない本当のことだ」
「だってよう、ラグナ君が鎧の法具だったって? この剣が意思を持つ剣だって? そしてお嬢さんは二十年前に死んでいて、ほんのひと月前にこの世界に蘇ったって?」
「その通りだ」
「それが作り話なら良くできているよ。これだけ長い物語を即興で作れるとは思えないからな。だが、ちょっと突拍子が無さ過ぎてとても信じられん。それが本当のことだとしても、もっと真実味のある嘘をついた方が俺たちに信用を得られたんじゃないのか?」
一同が苦笑いしながらうなずくのに混ざって俺もうなずきたい気分だ。