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偽りの英雄 聖闘女アムサリア  作者: ミニチュアハート
~偽りの真実の章~ 前編
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交渉

 荷物を置いて柔らかなソファーに腰を下ろすと、五日間の旅の疲れが込み上げてくる。


「ウォーラルンドでの出来事に比べれば些細な事件だ。それでこんな良い部屋に泊まれることになるなら安いもんだろ?」


 窓際に立ちカーテンを開けながらアムが言う。


「アムの交渉術のおかげだな」


「交渉? 別にそんなつもりで言ったわけではないさ。勝者として敗者に配慮した条件を、無理のないように出しただけだ」


「それを交渉術って言うんじゃないのか?」


「もしそうならハルに感謝だな」


「ハルってハリゥ先生?」


「こんな感じのことはだいたいハルが言っていたことだ。別に学んだつもりはないのだけど」


 ハリゥ先生は俺が学生のときの先生で『ハル』はアムが呼んでいた愛称だ。二十年前に聖シルン教団でアムと一緒に巫女として仕え、共に学んでいた人であり、アムが現世に蘇ったことで喜びの再会を果たした。


 アムはそんな先生からさっき言ったようなことを聞いたというが、今の先生からは想像がつかない。彼女は当時かなりのちゃっかりさんだったらしい。


「悪いが先にお風呂に入らせてもらうよ。疲れもさることながら、やはり肌寒くなってきた時期の旅では川で行水とはいかなかったからな」


 部屋の奥の扉に消えていくアムを見送り、俺もスンスンと自分のにおいをかいでみる。


 川で体を拭いたり何度か着替えはしたが、やはり汗のにおいはあるだろう。


「俺も入ろかな」


 とつぶやいところで、またしてもアムと同じ部屋に寝泊まりするという事実にようやく気付く。


 テントの寝袋のときは外敵に注意を払い意識しなかったが、ワイフルさんのところに泊まったときは妙な空気になってしまった。あのときは一泊だったけど今度は何泊するのだろう?


 アムは二十年前に共に闘った相棒だ。それも人間と法具という関係で。


 彼女に対する強い想いはあるにはあるが、それは戦友というような強い絆から湧き起こるモノであり、故郷のイーステンドにはリナさんという憧れの素敵な女性がいるのだ。まぁ片思いではあるのだが。


 じゃばじゃばとお湯をかける音が耳に入り余計に気になってしまった俺は、とりあえず部屋を出た。そして、扉の前に座り込んで、あーでもないこーでもないと自分に言い聞かせるように自問自答と繰り返す。


「よう、どうしたんだこんなところで」


 そんな俺に声をかけてきたのは両腕に痛々しく包帯を巻きつけたこの家の主で、この街の元締めっぽいおじさんだ。


「えーと、ハーバンだったっけ?」


「おいおい年長者を呼び捨てかい」


「襲ってきた相手に礼儀をどうこう言われる覚えはないね」


「そらそうか」


 と笑って返してきた。


「君の名はなんだったかな?」


「ラグナだ。ラグナ=ストローグ」


「よろしく、ラグナ君」


 差し出された手に手を伸ばしかけたが、すぐに手を引っ込める。


「そう警戒するなよ。あのときは悪かった。だがここはこういう国なんだ。君らがウォーラルンドの件に絡んでなければちょっと物価が高くて隙あらば財布がすられる程度の陽気で楽しい街さ」


「財布はするのかよ!」と思わず突っ込んでしまったが、そんなことを言われて信用できるものではない。


「言っておくけど彼女の強さはあんなもんじゃないぜ。俺もそうだが法具を使った俺たちは魔女とだって闘えるレベルにある。特にアムの力は……」


「なんだって!」


 脅しを込めた注意喚起の途中でハーバンは爆声で叫んだ。


「魔女と闘っただと? 闘えるレベルにあるって?」


 息巻きながらそう言って俺の肩を掴んでくるその勢いに、ちょっと驚きながら話を続ける。


「俺たちは英雄ヘルトと一緒に魔女と闘ったんだ。俺の見立てではアムは魔女を超える化け物じみた強さだから、あんたらがなにを(たくら)んでいたとしても無駄だからな」


 ちょっと誇張(こちょう)した言い方ではあったがアムには呪いは効かなかっただろうし、万全な状態で正面から一対一で闘ったなら魔女を倒せたに違いない。妖魔王にしても倒せるんじゃないかというほど俺の中の期待値はかなり高い。


「おい、その話もっと詳しく聞かせてくれ。頼むよ、な、な」


 両肩を|掴み懇願(こんがん)とも取れる言い方のハーバンを押し返して距離を置いてから俺は言った。


「それは勝負に勝ったアムが決める。だからアムの機嫌を損ねないよう……」


 俺はそこまで言って数瞬の思考を挟み言い直した。


「機嫌を取って話して貰えるように努めるんだな」


 扉を開けて部屋に戻りかけた俺は扉を閉める前に頭を出してひと言付け足す。


「それと、アムの好きなモノは誠実で一生懸命な人と美味しい食べ物だ」


(交渉術ってこんな感じか?)


 その言葉に一瞬眉を寄せたハーバンは、ハッとなって階段を下りていった。

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