平和
「聖闘女と言う名の冠を被らされたわたしは、その後の魔獣討伐にかかわる闘いで常に最前線に立たされ、自分を鼓舞して人々の希望となり、闘士や法術士たちの士気を高めた。だけど、わたしは闘女にもなっていないただの法術士の巫女。戦闘能力も未熟で常に王都騎士団と先輩闘女たちに護られながら闘うフリをしていた、ただのお飾りだったのさ」
彼女は乾いた笑いを見せた。
どうやら物語と彼女の語る真実は少々、いやかなり違うようだ。
「しかし、わたしもその状態を良しと思っていたわけではないぞ。元々得意だった法術学にさらに力を入れて、上級法術の理解と錬成を習得し、恵まれてるとは言えないこの体格でも闘えるように鍛え抜き、剣術や体術も上級課程をクリアした。聖闘女として祀り上げられてから八ヶ月で、わたしは実力で闘女となったんだ。わたしを信じて声援を送ってくれる人々の心と、偽りの英雄として甘んじる悔しさが原動力となって、わたしは強くなった。だからこそ、どうにかデンジュラウルフの群との闘いを乗り越えられたのだがな」
そう語ったアムサリアの表情は誇らしげに見えた。
「とは言え、リプティのような神聖な力が目覚めたわけではないからな。特別な力なんて持たないただの闘女だぞ。どう転んでもエイザーグを倒せるわけがない」
彼女は倒せないということをこれでもかというほど強調して話す。
「奴はときおり夜更けに街に現れては破壊や殺人を繰り返していた。神出鬼没の奴を止めるためにわたしたちは国中を駆け回ったもんだ」
「あぁ、その話は父さんたちに聞いた。なんだかんだ言ってもアムサリアは何度もエイザーグを追い払ったんだろ?」
「わたしが追い払ったというのは正しくはないな。わたしがいた零番討伐隊はわたしを護衛するというのが一番の目的だった。クランやタウザンが加わる前の当時の十大勇闘士が五人もいる最強の布陣だったんだ。護衛たちに比べればわたしはたいした戦力にはなっていなかったよ」
そう言って小さくうなだれた。
「ここまでは聖闘女の称号を冠されただけの偽りの英雄である巫女が、一般の法術士から努力と根性で闘女になった物語なわけだが……。さぁここからが本題だ。わたしがどうやって奴と闘えるような聖闘女になったのか」
真の意味での聖闘女の誕生の物語。父さんや母さんと会う前のことで、絵本や書籍で読んではいるけど、本人が語る真実の物語に興味津々だが……。
「あれが馬車乗り場ではないか?」
馬車乗り場に到着してしまった。
停留所にはふたりの客が並んでいるので、とうぜんそこでアムサリアと話をしたら彼女の声が聞こえない彼らは、俺のことを独り言を話す変な奴と思うだろう。これからが本題だっただけに非常に残念だ。しばらく俺たちは無言で立ち並んで馬車を待った。
太陽が出たり雲に隠れたりと何度かする中で、俺はアムサリアが初めて現れたときの夢を思い出しながら考えていた。
「なんとも現実的な夢だったなぁ。俺があの闘いに参加していたみたいな臨場感。夢というよりアムサリアの記憶か。でもアムサリアの記憶にしては……」
「馬車とはあれのことだよな?! なんて大きな馬車だ。いったい何人乗れるんだ?」
巨大な客車を七頭の馬が引くのを見てアムサリアは驚いたようだ。
「座席は三十人分くらいはある。法珠っていう物を利用した保冷庫に食べ物も保管されているし、便所も完備されているんだぜ」
俺は周りを気にしながら小声で答えた。
この馬車はイーステンド王国が運営する国営のものなので、町を巡回する馬車と比べて少々豪華で便利な作りをしている。
停留所に停まると乗客が九人降りてきた。
客車の点検が終わり、停留所と隣接する駅舎から出てきた七頭の馬たちと交代する。
「この馬たちが巨大な客車を引いて王都中心部から最西部のこの町で折り返して、また王都中心部に向かうんだ」
数か所の停留所で休憩を入れる時間を合わせると、終点の王城前まで約五時間はかかる。この巨大な客車を引き続ければ、そりゃ馬もさぞ疲れることだろう。
俺たちはその少し手前のナックアーノまでなので、四時間ちょっとの予定だ。
客車の清掃や荷物の積み下ろしが終わり、搭乗の許可が出た。
客車の入口に立っている添乗員の女性に母さんから受け取った乗車券を見せると、女性は「はっ」と小さく声を上げて深々と頭を下げた。そのことを少し不思議そうに見たアムサリアは、三段ある階段で客車に入り、車内を興味深く見回していた。
「わたしの時代にはこんな凄い馬車はなかったぞ」
「エイザーグが討たれてから町がどんどん発展して、王国内の道も整備されたから王都から、離れた町や村にも人がたくさん住むようになったんだ。距離も長いからそれに合わせて快適な馬車に変わっていったんだよ」
俺は学校で習った知識を彼女に披露した。もちろん小声で。
他の乗客は前の席に座ったので、俺は左列最後部に座って窓側の座席に荷物を置く。
「しかし、こんなにすごい馬車なら値段も高いのではないか?」
「まぁな、普通の馬車に比べたら高価なんだけど……実は俺たち家族は無料なんだ」
「こんな豪華な馬車が無料?」
「なんと言っても父さんたちはこの国を救うのに貢献したからな。ときどき王城にも呼ばれることもあるしさ」
「住まいもそうだが命を懸けて闘ったことは無駄じゃなかったわけか。ふたりが平和な世の中で幸せに暮らしていてわたしは嬉しいよ」
そう言って笑うアムサリア。彼女の言うとおり命を懸けて闘ったその先に今の平和があるのだが、その平和な世を手に入れるために一番貢献したはずの彼女が、平和な世界で生きることができないという悲しい結末を迎えてしまった。その世の中を見ることしかできない彼女の気持ちは今見せている笑顔と同じものなのだろうか? こういったことも彼女の未練に繋がっている気がしてならない。
そんな俺の思いをよそに、彼女はにこやかな表情で俺の荷物のある座席に腰を下ろす。
横目で彼女の顔を見ていると搭乗口にいた添乗員が乗ってきた。
「この馬車は北の街ムサシラヤーマを経由して王城に向かいます。お間違えはありませんか? 間もなく出発しますので、もう少々お待ちくださいませ」
そうアナウンスされ、添乗員の女性は最前列の添乗員席に座って馬車の運転手に何やら声をかけた。
「それでは出発致します」
馬たちはゆっくりと歩きだし、客車はその動きに合わせて小さく上下に揺れる。
「なぁアムサリア、さっきの話の続きを聞かせてくれよ」
英雄に憧れる一般の巫女だった彼女が、偶然を利用されて偽りの英雄に祭り上げられたのだが、そんな彼女がどうやって破壊魔獣エイザーグと闘えるほどの闘女となったのか?
その理由が知りたくて彼女の未練を見つけ出すことを建前に、俺は中断してしまった話の催促をした。
「そんなに興味があるのだな。わかったわかった話してやろう」
にこやかだった表情を少しだけ引き締めて彼女は話を再開してくれた。