烈戦
ビートレイの制御を脱して暴れだした妖魔王。足元にいる俺たちを踏みつける大足がこれまでにないほど大地を揺らして精霊たちを刺激した。物理的な衝撃以上に大きく乱れた地面から、そのエナジーと岩石を突き上げる。
「ファイム・スピア」
状況を察したアムが放った法術が妖魔王の背部に突き刺さり燃え上がった。その攻撃で意識がそれた隙に、俺とビートレイは突き出した岩石群の合間をぬって抜け出す。
ビートレイはアムたちに駆け寄りながら、大声で懇願した。
「私の制御を離れて暴れ出してしまいました。このままでは街も壊滅してしまいます。どうか手を貸してください」
返事もせずに飛び掛かるヘルトとそれに続く聖獣エイザーグと変化したグラチェ。俊敏性は群を抜くコンビが撹乱しながら攻撃を加える。
左から妖魔王に接近するヘルトに向かって腕を振り回したその先から炎の壁が屹立。ヘルトが急制動して迂回する頃には撹乱した効果は意味を失う。
巨大なぶん攻撃を当てやすい反面、妖魔王攻撃の規模が尋常じゃない。避けるにしても大きく動く必要があるため、俊敏性だけでは連続的に攻撃をおこなえない。
「それで、協力を惜しまないっていうお前は何をしてくれるってんだ?」
「そうですね、こんなのはどでしょう」
背中に背負っていた杖を地面に突き立て、笑い顔を少しだけ崩して法文を唱える。
「ヴェディ・キャンプ・トリート」
杖を中心に巨大な法術陣が広がった。
「水の癒しの陣です」
その陣の範囲は一般的な陣の半径の三倍はあろうという物だ。ヘルトやアムたちの居る場所まで効果が届いている。
「それからもうひとつ。妖魔王の弱点を教えます」
「弱点?」
「えーと、弱点というか勝てるとしたらこれしかないと思うんですけどね。妖魔王の額にある法具を貫けば、その中枢に繋がった法具の呪力が内側から妖魔王の体を吹き飛ばしてくれるでしょう」
「そんなあからさまな弱点を用意していたのか」
「緊急時の安全装置です。とは言えあの妖魔王から簡単にその場所を狙えますか?」
確かに思うほど簡単ではない。それもあの高い位置にある額を、攻撃を避けて正確に狙うとなればその難易度はどれほどのものか。
「でもヘルトさんならばその槍でひと突きでしょうけどね」
「お前はいつか絶対地獄に落ちるぜ」
「はい、私もそう思ってます」
俺の罵倒など意に介さない態度が余計に腹立たしい。だが今はそのビートレイの作戦に乗って妖魔王を倒すしかない。このことを伝えるべくヘルトに向って叫んだ。
「あの額の法具だ。あれを貫けば妖魔王は倒せる!」
呼びかけを聞いて俺のそばに降り立ち、激しく乱れたその息を整えながらビートレイを横目で見た。
「彼からの情報かい?」
「そうだ、緊急時の安全装置だと言っていた」
「あの巨体と強く太い体毛、それに濃密な陰力でこちらの通常攻撃なんてまったく届かない。彼の言うことは信用に値しないがそれくらいしか手がないな」
「俺たちで援護するからヘルトはあれを狙ってくれるか?」
「任せてくれ」
少し離れた場所で聞いていたアムも頷いてグラチェに指示する。
「ヘルトを護ってくれ」
飛び回るグラチェは一度ヘルトの横に着地し、再び妖魔王へ向かって行った。
ただただ見ていた人たちもヘルトの闘いに刺激されて援護を開始する。さすがに前衛に立つ者はいないが、法術による中遠距離攻撃で注意を引き、妖魔王の俺たちへの攻撃を少なからず阻害してくれた。
「グラデ・ファイム・ブリッツ」
アムが顔面に向けて放った炎の散弾は巨大な手のひらに防がれて燃え上がった。それに乗じてヘルトが足元に接近する。
少し狙いがブレて地面に打ち込まれた拳に飛び乗り、その上を駆け上がろうとするが、巨体を思わせぬ反応で叩き落とされてしまう。
背中から落ちたヘルトはその勢いで跳ねて立ち上がるが、妖魔王の爪が伸びたように発射された陰力の槍がそのヘルトを狙った。
回避不能と思われた攻撃はヘルトを突き飛ばしたグラチェの腹を貫く。
「セイング・サーク・スラッシュ」
一拍も間を置かずグラチェに駆け寄り、光の刃で陰力の爪を切り飛ばす。
地面に横倒しになったグラチェの腹に刺さった陰力の爪は分解して空に消えた。
「ギガンティック・ザンバーーーー!」
『おらぁ!』
アムの叫びにリンカーの気合も込めた巨大な斬撃が妖魔王の胸部に激突して巨体をよろけさせるが、やはりその攻撃も体まで斬り裂くには至らない。それほどに奴は強く、何よりアムの力が落ちているのだ。
『こんちくしょうめ! アムが万全だったらおめぇなんざ敵じゃねんだからな』
リンカーの悔しがる声が俺にだけ届く。
腹にふたつの穴を空けられたグラチェだがその闘士は衰えない。アムの『ヘルトを護れ』という指示をまっとうするために、フラフラしながらも彼の前に立ちはだかる。
「ありがとうグラチェ」
ヘルトの礼の言葉に低く唸って返すが、その傷は軽くない。
「グラチェ、おまえは下がれ」
俺の言葉を聞いてからアムを一瞥すると、アムの頷きを見て仕方なさそうに後ろへ下がった。
「私が治療します」
そう進言したのは、ノラを失った衝撃から半分意識を飛ばしていたウラとハムだ。
「大丈夫なのか?」
「はい」
真っ赤な目に涙を残したままで返事をする。
「さぁグラチェ、治療しましょう」
弱々しく鳴くグラチェ。ウラに促され一時後方に下がる悔しい気持ちが伝わってくる。
アムの法技を受けた胸をぼりぼりと掻いた妖魔は、たびたび飛んでくる後方支援の攻撃を飛び交う蚊を追い払うようにうっとうしそうに腕を振って払った。
その隙を狙おうと背後で槍を構え照準を付けるヘルトが闘技を繰り出す力を溜めると、その力に反応して首をそちらに向けた。
振り向きざまを狙ったヘルトは尾の一振りを受けて、転がりながら彼方の仲間たちの近くに飛ばされてしまう。
もっと援護をしたいのだが、俺もアムも強い法術法技を連発する力がない。
魔女との闘いで深く傷つき消耗していることも相まって、勝機を見いだせないままさらなる消耗を強いられていた。





