9の噂 ~赤水晶~
女子トイレの前に駆け付けた攣ヶ山鸑門少年。だが女子トイレに入るということは社会的に危ないと察したのか、トイレの前で待つことにした。だが中々出てこない(水晶から人間に変わった)【晶】に攣ヶ山鸑門は焦りが生まれた・・・、
(走った先ってこっちでよかったっけ・・・?)
【攣ヶ山鸑門】は一年一組の教室を飛び出した直後、【囗清水晶】の走った方向に目をやった。そこは階段を挟んで生徒専用トイレがあり、廊下の行き止まりには『調理準備・実習室』があった。現在調理実習室は出入り禁止になっているので入れない。禁止の理由は不明。階段に降りたかと思ったが、一年一組の教室にいる人間がすぐ隣の階段の音を聞き逃すとは考えにくい(授業などに集中して聞いていない生徒もいる)。禁止の調理準備・実習室は鍵が掛かっていて入れないということは・・・
(トイレか。・・・・ハッ)
鸑門少年は思い出したように躊躇った。もし晶と【大黒泊里】が女子トイレにいるのだとすれば、男子が入るなど言語道断。セクハラ・痴漢の疑いをかけられることは事理明白。
(仕方ない・・)
鸑門少年は保身のため、トイレの前で待機することにした。そして待機する間、熟考を始めた。
(晶・・来い!上手く女子に取り入って、仲良くなってこっちに来い!僕が女子トイレに入らずに済む!女子トイレの前で叫ぶのも危ないんだ!)
考えた末、鸑門少年は運よく晶が泊里と仲良くなって、女子トイレから出ることを祈った。
―・・
鸑門が祈りのポーズを取ってから刻々(こくこく)と五分、そして十分が経過した。だが一向に女子トイレを出て行く者はいない。幸い廊下を出る生徒も大人もいないため、鸑門はただじっとトイレの前で祈りを捧げても、驚く者は今の所いない。鸑門少年の顔はみるみるうちに焦りに変わった。
(後五分で教室に戻らなかったら・・・先生に怒られる!)
鸑門少年は体を震わせながら、進展しない現状に少しずつ焦りを見せた。
だが。
―キャー!
「!」
女子トイレから突如悲鳴が起こった。悲鳴の後、教室から出ていく者や階段からやって来る者がいないため、さっきの悲鳴は鸑門少年しか聞こえない大きさであることが分かった。鸑門少年はすぐさま悲鳴が誰なのかを考えた。
(今の声は水晶のような透き通る声じゃない・・・そして女子トイレから・・・ってことは・・!)
晶ではない女子生徒ということになる。鸑門少年の顔は晶ではないことで安心したが、もし晶でないとしたら・・と考えるや否や、忽ち顔が青ざめた。
(晶が何かしたんじゃ・・・!)
「晶!」
鸑門少年は居ても立ってもいられなくなり、女子トイレに走った。もちろん攣ヶ山鸑門は男子である。
―バタン(扉が開く音)
「・・・!」
鸑門少年は徐に女子トイレのドアを開けた。最初に映ったものは女子トイレの内装で、床と側面には薄ピンク色のタイルが敷き詰められており、奥には顔一つ分の換気用窓(覗き防止のための特殊加工がしてある。外から窓を見れば真っ白な風景にしか見えない)、そして天井には薄橙色の分厚い板が張り付けられている。次いで左側には四つの個室が並んでいて、出入り口の近くには洗面台が二つ、そして大きな鏡が一つあった。
鸑門少年は女子トイレの内装を確認した後、漸く洗面台の前にいる女子二人を発見した。
「・・えぇえ!?」
だが女子二人の様子が明らかにおかしい。特に晶の顔である。あの透き通るような晶の肌はそこにはなく、傍にいるガングロ女子の肌のような黒い何かが顔いっぱいに塗りたくられていたのだ。晶のすぐ傍に化粧品を両手に持った【大黒泊里】がいることから、泊里が晶の顔に黒い何かを塗ったことは明白であった。ふと泊里と鸑門の目が合った。
「うぅぉおりゃあああー!」
泊里は男子の気配を察知するや否や、すかさず鸑門に向かって体を勢いよく捩じると、そのまま三回転しながら横蹴りからの膝蹴り、そしてトドメに踵落とし攻撃を見事連続で命中させた。全ての攻撃を受けきった鸑門は、猛スピードで回転しながら後退し、後方の出入り口のドアでぶつかって、そのまま床に倒れた。泊里はかっこよく着地して、こう言い放った。
「男子!この『神聖なシークレット・レディー・オブ・フォレスト(神聖な神聖なる女子の森)』に入ってくんな!」
「うぷっ!・・・ううぅ・・」
鸑門少年は膝蹴りにより大ダメージを受けた腹部を抑えながら、必死に口とお尻から昨日まで食べておいた物が出ないように努力した。踠き苦しむ鸑門を見て、晶は泊里の手を強く握ると、慌てて言った。
《泊里ダメ。パパをいじめちゃダメ!》
「パパ?・・こいつが!?・・・・意味分かんない」
だが泊里も晶の口から出た「パパ」発言に疑問を呈した。鸑門少年は痛がりながら、泊里と晶の会話を耳にして驚いた。
「いってて・・・(何で二人が会話できるんだ?・・・って、そうかあの鏡のせいか・・・)」
洗面台にある大きな鏡のお陰で晶の姿が見え、他人であっても肌に触れれば会話ができる。鸑門少年は新たな発見を逃さぬように、速やかに生徒手帳に記録した。晶との会話に成功した人物はこれで二人目。鸑門少年は激痛で顔を歪ませながらも、とりあえず泊里との会話を試みた。
「ぼ、僕は・・攣ヶ山鸑門。君の・・な・・名前は・・」
泊里は痛みを我慢してこちらに話しかけてくる鸑門を見て、首を絞めようとしたあの男であることを思い出し、再び恐怖心が蘇った。だがこのまま何も言い返さないのも悔しいので、泊里は少し鼻を高くして言い返した。泊里の芯は、二度の負けは許されないことにある。
「大黒泊里よ。悪い?パパ(・・)」
ムッと答える泊里を見て、鸑門少年は授業の間に考えていたことを話し始めた。
「パパはやめて・・・って違う。今日の朝。教室に着いた時、僕は大黒さんに酷いこと言った。しかも大黒さんの首を絞めようとしたことを謝ります。ごめんなさい。あんな怖い事をこれで許せるわけがないのは分かってる。けど、とにかく謝りたかった。女子トイレに来たことも謝ります。ごめんなさい」
鸑門少年は横に倒れた状態で、泊里の前で頭を二度下げて謝罪した。すると泊里の顔はあの時の自分の行いを思い出し、すぐさま首を横に振って応対した。
「待ってってば!それは私が100パー(セント)悪いって!・・・私だって周り見えてなかったし・・・自分の化粧ブームが上手くいかなかったせいをあんた達で八つ当たりして・・・だから謝るのは私!本当にごめんなさいっ!」
泊里も負けじと頭を思い切り下げようとした。が、勢いをつけ過ぎて地面のタイルに頭をぶつけた。
「痛ったー!・・頭が・・割れるぅ!」
泊里は激痛のあまり、化粧品を床一面に落としながらのた打ち回った。
「だいじょう・・」
泊里の頭から血が流れる現場を目撃した鸑門少年は、今すぐにでも助けようとするのだが、未だに激痛が収まる気配もなく、泊里を助けることができない。そして晶は赤い血を見た途端、体を硬直させて小さく呟いた。
《赤い・・・》
―サァ・・
晶は泊里の頭上から滲み出る赤い血を見た瞬間、時間が止まったように動かなくなった。「晶―?」
鸑門が動かなくなった晶を見て、思わず口走った。だが晶の変化はもう既に始まっていた。晶が動かなくなったのも一刻。晶の瞳が光り出したのを皮切りに、赤い水晶のような形の瞳に変わった。髪色もそれに呼応するかのように赤色に変わっていく。そして晶は泊里の手を力強く握り締めると、頭部から出た血が赤い炎の如く発光し、その赤い炎が傷口の周りを一瞬で覆いつくした。
「何して・・・」
《パパ・・・今は静かに・・》
「・・・」
手を触れなくても晶と会話ができる鸑門少年は、この一連の晶の行動を見届けることにした。今晶が泊里にしている行為は害を与える行為か否か。今決断することは出来ない。ただ最後まで見届けなければ、晶の行動の真の目的は分からないと思ったからだ。
「くぅっ・・」
泊里も痛みに耐えながら、晶の行動を終始見守った。そして見守っていくうち、血が炎と共に少しずつ小さくなっていった。泊里自身、血の流れが段々(だんだん)と引いていくのが感覚で解った。
そして―
《・・・もう大丈夫》
晶は全身(特に肩)の力を抜いて、安堵の表情を浮かべて言った。握った手の力も緩んでいる。泊里はさっきまで激痛に苦しんでいた時と、明らかに違う心地よい感覚に終始戸惑った。
「・・あれ?なんか温かい・・・それに血が止まったような気が」
「晶・・・いったい何を・・・」
鸑門少年は訝し気に晶を見た。晶は足を地べたにへたり込んだまま、言葉に表そうと鸑門に向かって身振り手振りで話し始めた。
《私もよく分からない。けど、泊里の血を見た瞬間自分でもよく分からないくらい「どうしよう」という感情が溢れてきて、気づいた時には泊里の頭の傷を必死に抑え込もうと・・・》
「・・やっぱり・・」
鸑門少年は晶の必死の説明にひと先ず安心した。晶のやった行為は害とかそんな行為じゃない。誰かを助けたいと思ったことでの行動だったことに、鸑門は喜んだ。だが晶の行為が実際害のないこうだったのか。晶は自分のやった行為を反芻して不安になった。
《余計なことだったかもしれない・・》
不安に駆られる晶に鸑門少年は、一呼吸置いて自分の体を確認した。もう痛みは引いている。そう思った鸑門は晶の元に駆け寄ると、晶の頭に手を置いて優しく撫でた。
「晶は命の恩人だよ。はあ~・・よかったあ~」
鸑門少年は漸く緊張の針が解けると、地面にへたり込んだ。晶の返事はなかった。ただ一筋の涙が頬を伝って、緩みきった唇の中に入っていった。晶は泣きながら笑っていた。泊里はそんな晶を見て笑って言った。
「泣くか笑うかどっちかにしろって・・・ありがとう、晶」
いつの間にか晶の髪は、タイルと同じピンク色に戻っていた。瞳も元の透明に近い白色に戻った晶は、透明な涙を流す普通の女の子に変わった。だが一つだけ問題があった。さっきまで化粧していた跡が涙で滲んで、晶の顔が少しだけ怖くなっていた。
多分この文章が、ガラス珠の少女の現時点で一番長い文章だと思います。なので少々時間がかかってしまい、投稿に多少の時間がかかってしまいました。申し訳ございません。前後編に分けようかと思いましたが、どこを区切ればいいか分かりません。読みづらかったらごめんなさい。晶、鸑門、泊里の三人はいったいどうなっていくのでしょう。ということで次回。ワートリ復活おめでとうございます!