8の噂 ~鏡からこんにちは~
ガングロ女子のイライラは既に頂点を超えていた。このイライラをどうしたらいいか。ぶつけたい気持ちを震わせんながら、鏡を見るとふと後ろから声が聴こえた。透き通るような、まるで水晶のような純粋な声・・・
「はあ・・・もうイライラする!」
ここは一年一組の教室を抜け、階段を通り過ぎた先にある女子トイレの中。ガングロ女子は崩れたメイクを水で洗い流していた。ガングロ女子は自分なりの化粧道があり、誰よりも早く流行の化粧を見つけては、流行の発信源となり続けていた彼女だった。しかし最近は化粧ブームも下火になり、誰も自分に見向きをしなくなっていた。ガングロ女子は自分の信じてきた化粧道に裏切られた気分になり、今も尚憂鬱な日々を送っていた。そんな状況の彼女に、【攣ヶ山鸑門】、次いで【囗清水晶】との接触が彼女の平常心をゼロにした。
「何なのよ、あの態度!マジむかつくんですけど!私の邪魔するなっての!」
ガングロ女子は何でもいいから殴りたかったが、トイレの殆どは硬い材質で出てきているために、このイライラの感情を消し去ることができずにいた。ストレス。溜り溜ったストレスが今の彼女の全てを着実に蝕んでいた。・・・そんな時、
《黒いもやもやが充満してる・・・》
「!・・誰?」
ガングロ女子は声がしたすぐ後ろを振り返ると、そこには床のピンクのタイルと同じ髪をした女子が立っていた。その女子はいつの間にかガングロ女子の右手を握り締め、真剣な顔で話しかけてきたのだった。
「・・あ!あんたあの!」
ガングロ女子はすぐにその女子の顔が、手鏡に映り込んだ女子だと察した。
《ごめんなさい。驚かせてしまってごめんなさい》
晶は深々と頭を二度も下げて謝った。しかし手を握りながらの謝罪により、ガングロ女子は本当に心から謝っているのかと正直半信半疑であった。でもそれよりもガングロ女子の目線は、晶の髪の艶の方に行った。
「あんたの髪・・キラキラして綺麗・・・じゃなくて私と同じクラスだったけ?」
《・・・》
晶が首を横に振る時に起こる。多種多様な色合いに変化する髪に、ガングロ女子の目は忽ち奪われる。同級生・・・にしては身長がやけに高く、声も時々途切れることがある。体の輪郭も背景に溶け込みすぎて時々(ときどき)同化していようにも見える。そう。どこか人ではない。人を模った何かに・・・
「あんたまさか・・・妖怪の類?」
《!・・》
「図星か!」
ガングロ女子のトンデモ発言に晶は目をまん丸くして固まった。だがゆっくりと首を横に振る晶に、ガングロ女子はガックシと肩を落とした。進展しない状況を変えるため、ガングロ少女は一先ず自己紹介することにした。
「私は【大黒泊里】、あんたは?」
《【囗清水晶】・・・》
名前にしては普通だったので、泊里は少しだけホッとした。
「そ、まあさっきの件は一先ず許してあげる」
《ありがとう》
「で~もっ、一つ条件」
《?》
晶は首を傾げて泊里の顔を見た。
「ちょっと顔貸しなさい」
泊里はそう言うと晶の頬に触れると、ニヤリとほくそ笑んだ。
―それから三十分経った頃・・・
コツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツ・・・
―おい攣ヶ(つが)山、五月蠅いぞ!
「!・・ごめんなさい・・・気を付けます」
鸑門少年はなかなか戻ってこない晶に、不安を隠せなくなっていた。シャーペンの先端を机の上にコツコツと当て、それが教室の中を大きく鳴らし続ける。まさに教師や他の生徒にとっては立派な騒音問題であり、教師の秋羽に注意される始末。一応初めての授業でもあり、苦手な国語に集中しなくてはならないのだが、もうそれも限界に達していた。晶が何か危ないことをしていないか、人間ではないということが原因であの女子と言い争いになっていないか。・・・いや寧ろ言い争いからもっと酷いことになって・・・晶を映す方法を幾らでも作りだせるこの現代で、囗清水晶は生きづらくはないだろうか。鸑門少年の不安は次から次へと頭を過り、またシャーペンをコツコツしそうになった時。
(もう限界だ!)
「先生後ろの席の人がなかなか戻ってきてないので、見に行ってもいいでしょうか?」
―!・・・何だ、攣ヶ山。知り合いなのか?
「え・・・っと、はい!」
嘘だ。だが教師を説得するには、これくらいはっきり言わなくてはいけない気がした。嘘をつく自信はなかったが、秋羽は「う~ん」と僕の顔をジーっと見つめながら「分かった」と、何か決心したかのようにこう言った。
―分かった。十五分以内に帰って来いよ。
丁度一時間目の授業の終了時刻を十五分切った頃。先生の許可が下りたことで、鸑門少年も決心がついたように立ち上がった。
「・・・ありがとうございます!秋羽先生!」
鸑門少年は颯爽と教室を出て行った。だが鸑門が出て行った後、泊里と鸑門の諍いを目撃した生徒達の噂が始まった。
―ねえ。知り合いって絶対嘘だよね?
―知り合いだったらあんな酷いことしないっしょ?先公バカじゃん(笑)
―あの女子ももう話しかけんなっての。メイクも古臭いしさあ(笑)
―言えてる~ハハハッ
―あいつもし女子がトイレに居たらどうすんだっての
―そんなもん一つに決まってんじゃん。それ目的で言ったんだろ
―ああ、そういうことか~
憶測がさらなる憶測を呼び、生徒達の低レベルの噂の基盤が完成していく。だがそんな中、ただ一人の生徒が頬杖を付いたまま、無言で鸑門を目で追い続けた。名を【解能闌】。女性の美しさを持ち合わせた、れっきとした男子である。鸑門少年はそんなことは露知らず、晶の方に向かって走って行った。
一年一組、総勢二十人。他もそんなくらいの数なので二、三年合わせて結構な人数です。校長やるじゃん。【大黒泊里】(おおぐろとまり)。ついにガングロ女子から卒業した泊里の運命やいかに・・では次回。