7の噂 ~足音タッタッタ~
ガングロ女子は肌を黒く塗った独特なファッションガール。そんな彼女は崩れた化粧を素早く直していた。
が、そんな彼女の手鏡に映った顔は自分の顔ではなく・・・
「ん・・・・あれ?さっきの女子ってこのクラスに居たっけ・・」
ガングロ女子は先ほど崩れた化粧を直すため、手鏡と化粧品を器用に使っていたのだが、自分の顔が映っているはずの手鏡から、ヌッと煌びやかな髪をした大人の女性の顔が左上から突然現れたのだ。
「!・・・っていないし・・何よもう!」
そして一瞬にしていなくなり、ガングロ女子は幽霊でも見たかのように面食らった。そしていよいよ苛立ちが頂点に達したガングロ女子は、バンッと机を強く叩いて立ち上がた。そして【秋羽先生】に「トイレに行ってきます!」と怒り交じりに言うと、ズカズカと地面を鳴らして教室を早歩きで出ていった。張本人である【囗清水晶】はというと・・・ずっと鸑門少年の席に隠れていたらしく、鸑門の顔を見て小さく言った。
《あれ(・・)も反射すること忘れてた・・ごめんなさい》
「・・・ああ!」
―どうした攣ヶ(つが)山?先生に質問か?
「いえ!何でもありません!」
しょんぼりと謝る晶を見た鸑門少年は、秋羽の言葉を上手く躱して、漸くガングロ女子が教室を出て行った原因が自分であることを思い出した。攣ヶ山鸑門という男は急いでいる時、どんな相手であっても自分の壁になるなら、殺気を振り撒き常軌を逸した行動でぶっ壊してきた。だが今回のガングロ女子の場合、今までのぶっ壊してきた時よりも一線を画していた。更にはぶっ壊した時の記憶は落ち着いた頃に思い出すので、気づいた時には相手が更に怒り出すか、若しくは怯えて二度とこちらに近づいてこないかの二択であった。
鸑門少年は思い出した記憶を整理して、ガングロ女子の一連の行動を自分の記憶に当てはめていった。
(・・まさか・・・)
晶は頷いて言った。
《・・パパの思ってるとおり》
(やっぱり・・)
鸑門少年は暴走した自分を思い出す度、巻き込んだ人に謝ろうと近づいては、何度その相手に逃げられてきただろう。自分の押さえられないこの衝動を抑えるために、今まで必死で克服しようとしたが、結局のところ成果はなかった。そして今回もまた・・・
《でも黒いの(ガングロ女子)もパパに怒られる非は十分にあった。やり過ぎだったけど》
(うっ・・)
晶の最後の一言に反応する鸑門少年に、晶もまた悲しげな顔で言った。
《でもそれとこれは別。原因は晶。教室を出て行ったのは晶のせいだから》
(いや、これは僕のせいだ・・・)
《ううん。待ってて、私が謝ってくる》
晶は思い詰めた顔でスッと立ち上がると、真っすぐガングロ女子が出て行った出口を見据えた。
(何を・・って!)
―タッ・・・タッタッター
(ちょっと待ったー!)
晶はガングロ女子を追って教室を出て行った。晶を目で追いながら鸑門少年は心の中で叫ぶが、晶の姿は既に教室の外にあった。
―?
―どうした佐々木野。木が心配か?
―・・・さっき誰かが通り過ぎたような・・音しなかった?
―ああ、そういえば・・・
晶が教室を走り去った後、教室内の全生徒の耳に晶の足音が聞こえた。『丁度真ん中の席の方から後ろの出入り口の方まで幽霊の足音が聞こえた』という噂が実しやかに流れるのだが、それはまた別のお話。
“晶が出した音は、鸑門以外の人間にも聞こえる。”
鸑門少年は新たに発見した晶の秘密を忘れないように、ノートの隅に書き記した。
「・・・・・・」
その時鸑門少年をじっと見つめる人物が一人。斜め後ろの男子の席。足音の発生源が鸑門の席からだと先んじて聞き取ったその生徒は、じっと頬杖を付いて鸑門を見つめているが鸑門少年はまだ気付かない。鸑門少年が今考えていることは・・
(もしあの女子生徒に晶のことがバレたらどうなるだろう・・)
晶とガングロ女子が出会った時に起こる最悪の事態だった。石が人の形を成して動いている。これが夢ならと思って鸑門少年は頬を抓るが、(痛い・・これは現実なんだ)と理解した。僕はとんでもない石に出会ったのかもしれない。しかし鸑門の心の中には未知なる恐怖と共に、ワクワクした好奇心も少なからずまたそこにあった。
晶を今すぐにでも追いたい。けど・・
(国語の授業も逃せない。勉強が苦手は僕が一科目でもサボったら・・)
鸑門少年は自身の勉学の弱さを痛いほど知っている。今までテストで満点を取ったことがなければ、勉学で嬉しかった経験など一度もない。どっちを選ぶのかは明白であった。
(勉強だ!)
黒板に向き直った鸑門は、晶を信じるという名目のもと、授業を再開するのだった。
ちょっと短めになりました。とりあえず鸑門は勉強が苦手、晶が出した音は他の人間にも聞こえるということが分かりました。囗清水晶の由来は、『水晶』という言葉と習っていない常用漢字ではない漢字を入れようとした結果です。何か習っていない漢字を付けたい衝動に駆られる作者は、名付け親には向いていないでしょう・・・では次回。