6の噂 ~水晶は煌めく(めざめて)・下~
石→女の子?
「は・・裸!?・・・」
僕が女性の裸を見たのはいつ以来だったろうか。母以外には目の前の女性で二人目だ。今にも消えそうな輪郭の中に収まる薄橙色に煌めく素肌。そして肉付きがほっそりとしている中で、肘まで垂れる大きな巨乳。虹色に輝く長い髪が首筋から床まで伸び、大人びた顔つきに純白の瞳の女の子・・・女の子というよりは大きな女人と言った方がいいだろうか・・・。
「・・・・・」
女人は起きて早々(そうそう)あっけらかんとした顔で、ジーっと【攣ヶ山鸑門】の顔を覗き込む。鸑門少年は一目見た瞬間から、女人の爪先から頭の端まで、恍惚な眼差しで見蕩れていた。だが鸑門少年の記憶からぼんやりと時計の針を思い浮かんだ。
「ハゥ!」
―・・・意識が飛んd・・飛ぶわけにはいかない!遅刻は御免だ。無遅刻無欠席が唯一の取柄だった僕が、全裸の女性を見ただけで終わるわけにはいかない。とりあえず深呼吸。からの思いきり自分の頬を叩いて、女人のあられもない姿を、すぐさま毛布で隠して言った。
「とととっとりあえず・・・僕の新品のパジャマ着てくださいっ!新品など(の)で安心して大丈夫でふ(す)!」
「・・・・・んー」
女人は焦燥する鸑門少年の言葉を聞くと、ゆっくりと頷いた。焦る鸑門にゆっくり女人。相反する二人の時間を、時計の針が刻々と刻み続ける。
「やばいばやばいびゃびゃい!やびゃい!!!」
鸑門少年は明かなタイムロスに舌を噛み捲ったが、無理やり平常心に戻すと、冷静に今判る女人のデータを分析した。
(僕の言葉が判るということは、日本語が解るってことだ。髪が赤かったり青かったり黄色かったり、光の当たり方で色が何色にも変わってたから何人か判らなかった。最終的に色は、僕の毛布の灰色を映し出すような灰色だった。・・・?ってことは無色透明の髪?・・・いやそんな髪見たことない)
鸑門少年は髪の色で外国の人かどうかを判別している。因みに鸑門少年は、日本では黒と白髪しか見たことない。
(いやいや今はそんなことどうだっていい。早く学校に行かなくちゃ・・・急いで服を持ってきて・・・・あ、改めて考えると僕の身長と女性の身長が全然合っていない。どう考えても身長百八十センチくらいある・・・)
「え・・っと合う服がなかったです。ごめんなさい」
体格差さえまともに確認できない自身の不手際に、鸑門少年は謝罪と共に情けない気持ちに苛まれた。すると女人はゆっくりとした動作で鸑門少年に右手で手招きしてきた。裸でそんなポーズされたら、思春期の男子ならいつ襲ってもおかしくない。だが今はそんなことに現を抜かしている暇などない。と、鸑門少年は躊躇なく本能を押し殺した。だが一向に手招きをやめない女人に鸑門少年は渋々(しぶしぶ)、渋々顔を近づけた。すると女人が僕に急接近したかと思えば、少年の右の頬と女人の右の頬が密着した状態で、少年の耳元に向かって小さな声で言った。
《【囗清水晶】》
「え?」
《名前》
まただ。直接脳内に語りかける声。この現象は学校でも聞いたあの声。やはりこの女人があの光の正体なのか?
「君が・・・ってそんな場合じゃない!早く学校に行かなきゃ遅れる!」
最早そんな悠長なことを考えている暇などなかった。ふと時計を見ると、とっくの昔に五分経過していた。後五分で学校に着かなければいけない。鸑門少年は制服をトップスピードで着替えると、冷蔵庫からバナナ一本をトップスピードで口に放り込んで、鞄を持って家を飛び出した。
「急げ!急げー!いーそーげー!」
もう無我夢中だった。そこまで走ることが得意でないにしろ、体は既に火事場の馬鹿力を発動していた。そして少年は時間ギリギリで登校する生徒の誰よりも早い足で、学校に向かって駆け出したのだった。
「ぜえ・・・ぜえ・・・とう・・ちゃく・・」
―おい、お前な・・・。
それから鸑門少年は五分も経たずに学校に着くや否や、校門前に立っていたのは三節棍をぶんぶんとぶん回す秋羽先生であった。呆れ顔で眉間に眉を顰める秋羽に対し、鸑門少年は未だ緊張を解くことはない。理由は明白。自分の席に着くまでが登校であり、こんなところで時間を食うわけにはいかないのだ。鸑門少年は荒い息を漏らしながらも、秋羽の目を半開きで睨みつけながら言った。
「ぜえ・・遅刻・・・じゃない・・ですよね・・では」
―何言ってんだ?おい、ちょっとま!?
鸑門少年は秋羽の返答を待つことなく、その場をトップスピードで後にした。秋羽先生は鸑門少年を見ながら、首を傾げてこう思った。
―あの女子生徒って新入生だっけ?・・・なんか光の反射で目がチカチカして見えたり見えなかったり・・・・って何言ってんだ俺?
それから更に三十秒後。鸑門少年は無事二階の一年の教室に着くと、目の前の一年一組の教室の中に入っていった。
中に入ると四、五人の生徒が友達数人を囲って、教室の角と角を陣取って五月蠅いトークを繰り広げていた。その他は芸をして周りを笑わせたり、自分の席に座って寝ていたり、本を読んだり、友達を囲って話していたり、カードゲームをしていたりしていた。だが鸑門少年は周りの音を一切無視し、自分の席の方に向かって行く。席は男女混合、名前の五十音順で縦列からして席は、教室の丁度真ん中に位置していた。
「・・・!」
だが自分の席を見ると、知らない女子が陣取って他の女子数名と話していた。だがそんなことは鸑門少年にとって関係ない。一分一秒を争うそんな時に四の五も言っていられない。鸑門少年は自分の席の前に立つと、徐に上履きを脱いだ。そして自分の机の上に立つと、陣取っていたガングロ女子が鸑門の気配に気づくや否や、舌打ちと同時に鸑門の方を睨んできた。
「何だよ、ハゲ。おまえの席なんてねぇよ死!」
「今すぐそこ退かなければ今からお前の首を絞める」
ガングロ女子の言葉を言い終える前に、鸑門少年はスッとガングロ女子の首に向かって手を伸ばしてきた。鸑門の顔は獲物を捕らえるハンターのように・・・
「!?」
鸑門少年の手がガングロ女子の首筋を捕らえる0.002ミリ前、ガングロ女子は目の前の男子が本気で自分を殺そうとしていることを漸く理解すると、椅子から転げ落ちながら席を外し、半泣き状態で自分の席(鸑門のすぐ後ろ)に座った。その後、ガングロ女子は顔を隠したまま、あまりの恐怖に体をガタガタ震わせながら泣いていた。
「二度目はない。次は必ず殺す」
―ビクッ
背後から聴こえた冷たい声に、ガングロ女子は小さな悲鳴を零した。鸑門少年のその言葉は正しく警告であり、そのお陰でガングロ女子の寿命が幾分か減った気分になった。鸑門少年が席に着いた直後・・
―キーンコーンカーンコーン・・・
丁度八時四十五分のチャイムが鳴り響いた。
「はあぁ・・」
鸑門少年は漸く全てのミッションをコンプリートしたことに安堵し、大きく息を吐いた。汗がこんなに出たのは初めてで、何故か後ろの席がガタガタ震えているように思えたが、気のせいだろう。さっさと必要な教材を揃えて一時間目の準備をしなくてはいけない。鸑門少年が粛々(しゅくしゅく)と授業の準備を始める中、あの殺意をもって首を絞めようとした現場を目撃したクラスの半数は、鸑門少年を恐れ終始震えていた。
「どうしたー!そんな暗い空気でー!!」
そんなどんよりとした教室に一際元気な声で入ってきた担当教師は【秋羽爽二】。先ほど正門前で鸑門少年を迎えた教師である。三節棍をこよなく愛す男。秋羽は何とかこのどんよりとした空気をぶち壊すため、次にこう言い放った。
「お前らに一つ言っておく。朝はシャキッと前を向く!」
―・・・・
「おいおい、これから初めての中学校生活が始まるっつうのによぉ・・」
二日目から生徒達に無視され、秋羽爽二は溜息を零して出席を取り始めようとした、その時。ペンを取り出し出席簿を取る際、出席簿の金属部分が太陽の光を捉えた。次の瞬間、太陽の光に当たった金属部分がうまい具合に鸑門少年の方に反射した。秋羽はその時鸑門を見て、再度首を傾げながら鸑門少年にこう切り出した。
―お前・・・何で女子生徒を握ってんだ?
「・・え?何言ってるんですか?」
準備を終えた鸑門は、きょとんとした顔で秋羽に答えた。秋羽は改めて鸑門を見るが、さっきまでいた筈の生徒の姿は見えなくなっていた。更に他の女子席を見ても、全員の女子が席に着いていて、先ほど目撃した女子の姿はなかった。
―見間違いか・・・いや何でもない。すまないな
「はあ・・・」
鸑門少年は一体何だろうと思い、ふと圧迫された手の先を見た。
「ほ?!」
右手の先、地べたにちょこんと座る囗清水晶の姿があったのだ。
(でも服が・・・ってその服・・・)
服はしっかりとこの学校に合った女子生徒の着る冬服を着ていた。ホッと胸を撫で下ろすが、すぐに我に返ると、鸑門少年はすぐに他の生徒達を見渡した。
(・・・あれ?・・・誰も晶を見ていない。無色透明でいろんな色に変化する髪なら誰でも注目するはず・・・???)
《私はパパしか見えないし、聞こえない》
(え?・・・どういう)
また鸑門少年の直接脳内に響く晶の声。鸑門少年は三度目なので左程驚かなくなっていた。
《パパの禿の部分に私の魂が埋め込まれた。それがある限り、私を見て感じることができるのはパパだけ》
鸑門少年は必死で理解しようとするが、つまり周りからみれば晶は『幽霊』という意味なのだろうか?晶は即座に鸑門少年の考えを否定した。
《違う。晶はもともと石だった。そんな私を初めて感じ、触れ合ったパパは私のパパであって、私が唯一この身を許すオンリーワン》
「おい攣ヶ(つが)山、何ボーっとしてんだ。出席だぞ!」
「!は、はい!」
鸑門少年は突然の先生の声に慌てふためいたが、晶との会話を聞いてこないということは・・・
《そう、この会話もパパと私だけの空間で成り立っている。だから誰にも邪魔されない》
(でも遮られた)
《それはしょうがない。周りから見れば、晶と会話している時の鸑門はボーっとしているだけの変な人》
(それは恥ずかしい・・)
《とりあえず授業が始まるからその後で》
晶は何かを察したように話を切り上げた。
―キーンコーンカーンコーン
九時のチャイムが鳴り響く。晶はこれを予測していたのだ。一時間目の合図。一時間目は国語、僕が一番苦手な科目である。
(この授業は絶対見逃せない。国語の後であっちの階段で話そう)
まだ鸑門少年は晶の言葉の半分も理解していなかったが、とりあえず次の授業に集中することに決めた。
《分かった。じゃあ散歩してくる》
晶はそう言うと、鸑門少年の手を離れ、一年一組の教室をテクテクとアヒルのごとく歩き回り始めた。鸑門少年は晶に問いかけた。
(本当に見つからない?)
晶は振り返ることなく頷いて答えた。
《パパの持ち物を持っている人か、極度の直射日光が当たらなければいい。今は丁度日差し避けのカーテンが覆ってあるから・・》
(・・・確かに日光が当たれば水晶も煌めくな・・・・)
―キラン
「ん?・・・今の・・」
《あ》
(え?)
ここは教室。太陽以外にも光らせる道具は五万とあるこのご時世に、晶は不用意に手鏡でメイクをしているガングロ女子に近づいていた。不思議そうに鏡を覗き込む晶に、ガングロ女子が気付かないわけがなかった。
時間がないので簡潔に、晶はスタイル抜群の身長179センチの女の子。瞳の色・・純白、大好きはパパ。職業・・・娘!