壱拾八の噂 ~駆動する慾~
慾。それは生物が生きる目的。
慾。それは進化の根源。
慾。それは生。
慾。それは一。
「慾ってのは気持ちええな…」
対峙する一匹と一人。教室の廊下の一点を牛耳る巨大な壺から、八本の蛸足をくねりと蠢く妖怪。だが八本の蛸足の先は綺麗な断面図を残して無くなっている。そして腸を三本の蛸足によって貫かれた小柄な人間は、自ら切り取った五本の蛸足を美味しそうに頬張っている。刃物もない攣ヶ山鸑門がどうやって蛸足を切り落とし、剰え千切った蛸を食べる奇行に至ったのか。女子二人は常軌を逸した鸑門の変貌に、驚きすぎて時が止まったように固まっていた。
そんな中、息鸑門本人はいたって普通に蛸をむしゃむしゃと食べていた。ただじっと花子さんを見つめながら…。花子さんとは、黒髪おかっぱで赤い吊りスカートを履いた六歳くらいの少女であり、髀皚雅を妖怪へと変えた張本人にして、今現在その妖怪を己の手足として操り鸑門たちを殺そうとしている敵である。
鸑門は蛸足の最後の一本を美味そうに咀嚼し、喉を鳴らして食べ切ると、ポツリと呟いた。
「あ~あ。…もしこの手に醤油が合ったら、もっと美味しかったんだけだけどな…いや酢飯と合わせて寿司ってのも悪くないな………なあ、嬢ちゃん」
「!」
漸く鸑門が花子を呼んだ。だが今までの鸑門と違い、喋り方が以前と異なっていた。おかっぱ吊りスカートの花子さんは、現状を理解しようと必死に頭を働かせた。そしてある仮説を考えた。
憶測だが――鸑門は背後で未だ動けぬ仲間(景織花)を守るため、自身に向かってきた三本の蛸足を自らの腹で受けたと同時に、身体を三百六十度回転させた。そうすることで蛸足の動きを固定したのだ。その後、回転した際の勢いを利用して、すぐさま景織花に向かってきた五本の蛸足を切断し、それをなぜか喰った。これが現実の出来事であるとは到底思えない。だが現に、これ以外に思いつかないのだからしょうがない。
花子さんは、両手を蛸壺の中に突っ込んで、妖怪を操っている。蛸壺妖怪は元人間だ。花子が髀皚雅という人間を、面白半分で妖怪に変えたのである。だが全ての蛸足が切り取られた今、状況は優勢とはいい難い。花子さんは汗を一筋垂らし、負けじと言い返した。
「う…うるさい――あんた…誰? 本当にさっきまでの人間なの? 全然…違うじゃない」
だが如何せん怒気が籠っていない。別の何かへと変わった鸑門に対する恐怖と怯えが入り混じっていた。鸑門は自身に巻き付いた三本目の蛸足を摩りながら、飄々(ひょうひょう)と答えた。
「あんたじゃないって、俺…いや関西弁ならわいか…うちか。うちの名前は攣ヶ山鸑門。…腹減りフォームってところやで♪」
たどたどしい関西地区の方言。誰もが一度は通ったことがあろう(ない人はごめん)関西弁を鸑門も昔、必死にマスターしようとしたことがあった。だが結局マスターする前に飽きて、今では中途半端な関西弁になってしまったのだった。それを誰にも覚られないように標準語で話されるよう努力し、今に至るわけだが…今の鸑門は中途半端な関西弁を恥ずかしげもなく使っている。
「鸑…門…?」
鸑門の変貌に風鈴寺景織花は傷が回復したというのに、全く動けずにいた。今目の前にいる鸑門は味方か。それとも敵か…。少なくとも自分を守るために蛸足を全て切断したことは事実。だがその経緯が現実離れしていることもまた事実。現か夢か。景織花の心は混乱の一途を辿っていた。鸑門は話を再開する。
「今のうちは、腹が減り過ぎてどうしようもなくなったことから生まれたもう一人の俺…うちや。つまり、俺は生まれたての赤ちゃん同然ってことやから…手加減してーな?」
「うっさいなあ! もう黙れ!」
鸑門が言い終わる直前。花子さんのイライラは頂点に達した。花子さんが素早く両手の指を動かすと、蛸壺の中にいる雅が苦痛の叫びを上げた。雅はまだ生きている。否、花子におもちゃとして生かされていると言っていい。雅の嘆きは妖怪の力を倍増させるのだ。
「あああああ!」
雅が叫びは、上部にある壺の口から更なる数十本の蛸足を生み出すや、ターゲットを鸑門に絞って、一斉に攻撃を仕掛けてきた。だが――
「おお…まいど~」
――ザザシュッ
「うんめえな~むしゃむしゃ」
今度は完璧に理解した。鸑門は手刀を使ったのだ。手を刀のように変え、蛸足を切断する。…出来るのか? 人間に……そんなことが――。だが自身の視界がそれを証明している。自分が放った十本の蛸足が綺麗な断面図を露にし、千切れた蛸足をまたも鸑門が両手いっぱいに持ち上げ、喰らい始める。同じ失敗を二度見せられた花子さんは、ギリッと歯軋りした。鸑門は今尚、余裕の顔を見せている。ここまで屈辱的な戦いは初めてだ。
鸑門はふと、背後で呆気に取られている景織花に向いた。
「なあ景織花ちゃん」
「……え?」
呆けた顔で鸑門と目が合った景織花は、自分に指を差して確認した。鸑門は「そうや」と頷くと続けた。
「今の俺は美味しいもんなら、それが敵でも何でも食いちぎることができる。だがまあ人間ってことに代わりはない。俺が攻撃すれば攻撃するほど、元に戻った時の反動がでかいねん。だから元の俺が死なんように戦わなあかん。そんで俺はあと一回しか力を使えへん。…だから景織花ちゃん。後は任せてええか?」
「…ど、ど~んと任せるっス!」
もう一人の鸑門の説明はよく解らなかったが、景織花はとりあえず胸を叩いて力強く答えた。鸑門は笑顔で頷くと、今度は花子の方を向いた。
「晶ちゃんが寝てても、あの作戦を使うんや。今の俺なら一度だけ攻撃を防ぐことが出来る。そんで景織花ちゃんが雅ん(みやびん)を助ける…でええな?」
景織花は力強く頷いた。晶とは、ガラス珠の少女であり、鸑門が晶の生みの親にして、今は景織花の中で疲れて眠っている少女である。そんな景織花の様子を察したかのように、鸑門は勢いよく地面を蹴った。
「おぉし…行くで!」
「くそ…くそくそくそくそー!」
鸑門が全力でこちらに向かってくる。花子さんはビクっと恐れを抱きつつも、無理やり指を高速に動かした。雅の悲鳴は更に上がり、蛸足が壺の口から次々と湧きだした。蛸足は全て鸑門に注がれる。つまり――
「そらそらそらー! 俺はここやで~!」
「さっさと死ねー!」
景織花は、夢中で鸑門を殺そうとする花子さんを見て、先ほど鸑門が言ったことを思い出した。作戦は今しかない。もう後はない。雅を助けるのは今だ。動ける今しかない。この隙は絶対に逃さない!
景織花は覚悟を決めると、鸑門の背後にぴったりと付いて行った。降ってくる蛸足は全て花子さんに見えない位置で避け続けた。鸑門は次々と繰り出してくる蛸足を加速する勢いに任せて、突き抜けた。
(なんで当たらないの!? あんな人間に…私のおもちゃが…)
花子はどんどん迫ってくる鸑門を前に、一瞬手足が震えた。恐怖、それが花子の隙となった。手が震えたことで操っていた蛸足が一瞬だけ違う方向へ走った。今この一瞬だけ、鸑門への攻撃はない。鸑門はもう一度地面を強く踏み込むと、一瞬にして花子の目の前まで接近した。
「おいたは終いや…花子ちゃん…」
鸑門は花子の両腕をがっしりとホールドすると、背後に向かって声を張り上げた。
「今や!」
「押忍!」
景織花はトンっと地を蹴るや、真上にジャンプした。華麗な弧を描いて、天井の壁に着地すると、今度は真下にある壺の入口に視線を移した。
「今行くよ…髀皚さん!」
景織花は更に天井の壁を強く蹴ると、そのまま壺の入口に突っ込んだ。だが壺の入口はニ十本近い切られた蛸足で大渋滞を引き起こしている。これでは中に入れ…
「はああ!」
ない。そんなことは景織花には関係なかった。景織花は並々ならぬ努力で鍛えた時分の体の関節をどんどん外しながら、蛸足の密集地帯の中を手で掻い潜っていく。息をするのも忘れ、無我夢中で蛸足を引っ張っては千切っていくこと、約半分。ついに自分が入れる隙間を見つけた景織花は、するりと壺の中に入っていった。
「苦しい…!」
壺の内部は水。息が出来ない。…そして――
「ぼぼいおあん(髀皚さん!)」
ブクブクと泡を出して、水中で苦しそうに漂う雅を、景織花は上からそっと抱き寄せた。雅の体はとても冷たく、とても震えていた。
鸑門はイーブイかな? というわけで腹減りフォームこと、新・鸑門のお披露目回でした。欲望ということはこれからも増える可能性はあるかも…? ガラス珠の少女・晶も色で増える予定なのにこの作者は何で勝手に増やすのか…バカなのか。ハイ。そして次回、いよいよ第二章も佳境に差し掛かります。雅と景織花が今後どうなっていくのか…。
そして私事ですが、近いうちにReゼロの映画を観に行きます。その前にポケモンソードアンドシールド買います。多分途中で飽きます(断言)。遊戯王は遊戯のカードが案の定高い。一応全種一枚ずつは揃ったけど、今月の出費からして三積みは年越しになるかな…と思います。とりあえずマジシャンズソウルズつえー! 種類多すぎて現時点でMax60枚デッキになりました。三銃士(全七種)と三幻神も入っているのでもっと事故りやすくなりました。…ハア。




