壱拾七の噂 ~目覚める鸑門・暴食~
『自信』を手に入れた晶は強く祈り始めた。景織花の傷が治りますように…と
煌めく黒髪。穢れなき褐色の体は今、脇腹を横一線に穿たれ両側から大量の鮮血が止めどなく溢れ出していた。原因は眼前に佇む大きな瓢箪であり、瓢箪上部の穴から幾本の蛸足が飛び出しては、鸑門と景織花めがけて一斉に放たれ続けた。負傷した褐色少女・景織花を抱えながら、一学年下の鸑門は小学生時代のバスケ部で培ってきた体力をフルに使って、幾本の蛸足を避け続けていた。
「もっともっと傷つけちゃえ! 妖怪ちゃん!」
雅を妖怪化させたおかっぱ吊りスカート少女・花子が満面の笑みで嘲笑う。花子はまるでこの状況をゲームとして楽しんでいるようだ。
鸑門の体力は遥かな速さで削られる一方、蛸足は未だその速さを保っていた。そもそもあのモンスターに体力の限界などあるのだろうか…。防戦一方を強いられている鸑門は、徐々に不安と焦燥に駆られて始めていった。景織花の方は荒い息を吐きながら必死に横腹を両手で塞いで、辛うじて意識を保っている。が、両手の隙間から防ぎきれないほど出血が続く中、景織花の命は刻一刻と消えていった。
瀕死の景織花を、瓢箪の中に閉じ込められている雅を助けたい。けど、今のままじゃ…
解決の糸口が見えず、鸑門が苦悶に満ちた叫びが出そうになった、その時。景織花の両横腹から火が燃えだす謎の発光現象が起こったのだった。
(泊里の力――どんな傷も癒す赤き力…)
5秒前。褐色少女・景織花の内なる世界から二人を見守るガラス珠の少女・晶は今、両手を握り締めながらある力を呼び覚まそうとしていた。初めて生まれた力。泊里の流した血で生まれたその力は、晶の呼びかけに答えるように、景織花の両横腹の傷口を赤い炎を発光させた。
「ん…」
「どうした? 大黒」
「あ…いや別に…」
同時刻。一年三組の教室にて。大黒泊里はいつものように頬杖を付いたまま窓の外を眺めていた。国語の教師の声を聞きもせず、黒板に記された文字を書き写すことすらしていない。授業よりも保健室に運ばれた二年生と晶(ついでに鸑門)の方がよっぽど大事である。だがどうやって教室を出ようか…仮病といっても様々だ。お腹が痛い、トイレに行きたい、生理痛、お化粧直し…は無理か。と、考えている最中にそれは起こった。
突如泊里の体が熱くなったかと思えば、泊里の瞳が赤色のガラス珠に変わったのだ。瞳の変化は本人では知りえないが、体中に温かい炎に包まれたような感覚に襲われたことは解る。教師はそんな泊里の変化に気づいて声を掛けた。しかし泊里は一連の現象が晶であると察したかと思えば、急いで教室を出ようと勢い立ち上がった。――瞬間。
(よしっ! 待ってて晶~……あ、れ? 急に眠たく――)
ガタン。と急速な眠気に襲われた泊里は、そのまま机に突っ伏し、長い眠りに就いたのだった。
「赤い炎…ってことは!」
鸑門は目の前で景織花の傷口から燃える炎を見て、少し前に見たことのある出来事を思い出した。それは今から少し前の午前中、泊里というガングロ少女と出会い、傷ついた時に起こった現象のことである。そしてそれを使った張本人は、景織花の中にいるガラス珠の少女・晶であった。
「景織花を助けて…泊里」
炎は晶の想いに答えるように、段々とその勢いを増していった。傷口から流れ出る出血は徐々に少なくなり……褐色の肌は見る見るうちに傷口を埋めていった。服は破れたが、破れた穴から見える少女の瑞々(みずみず)しい褐色肌は、炎と相まって更に艶やかに見えた。
そして傷口が完全に塞がるのを確認すると、鸑門はホッと胸を撫で下ろした。だが本当に安堵するのは蛸足を防ぎきり、雅を救い出し、この世界から脱出してからだ。鸑門は再び蛸壺妖怪の方に視線を移した。景織花の呼吸も少しずつ安定し、景織花は心の中に住む晶にこう言った。
「ありがとう。命の恩人だね。晶…」
「景織花…」
晶は照れ臭そうに微笑む景織花を見て、つられて笑った。するとその時、晶の目から映る景織花の姿が一瞬だけぼやけて見えた。「あ、れ?」と晶が不思議に思ったが、体の端々から意識の糸が切れ始めていることに気づいた時には――
「晶…どうしたっすか? そんなにゆらついて…」
ふらつきながら自分に近づいてくる晶を見て、景織花は何の疑いもなく抱き合う準備をした。景織花の前まで近づいた晶は、そのまま倒れるようにして景織花の胸に崩れ落ちた。
「晶!? 晶!」
景織花の必死の問いかけも晶の耳には届かない。よく見ると晶の顔には汗がびっしょりと噴きだし、身体が途轍もなく熱くなっている。が、長い息をしているということは…晶はぐっすりと眠りに落ちたのだった。晶が眠ったことで泊里の異常もなくなり、景織花の赤い発光現象も煌めく黒色の髪も元に戻った。景織花が震える声で背中越しの鸑門に告げた。
「晶が…眠っちゃった――」
「! 嘘…だろ?」
信じられるわけがない。晶がいなければ晶の考えた作戦が成功する確率がゼロになってしまう。でも、確かに晶は色んな力を今日一日で使ってきた。起きたばかりの晶には荷が重すぎたのかもしれない…。鸑門は知らず知らずのうちに晶を疲れさせていたことを漸く理解した。そして胸の奥からいっぱいの謝罪が鸑門の胸を埋め尽くした。
「何そっちで無視するの? ゲームは皆でするものでしょ?」
だが敵はそれを待ってはくれない。花子は苛立ち気にそう呟くと、「やっちゃえ蛸さん!」という掛け声を上げるや、蛸足は一斉に鸑門と景織花へ放たれた。傷が治ったとはいっても、そうすぐに動けるとは限らない。そう花子は考え、蛸足を一本余計に景織花に向かわせた。
(あぁ…だめだ。晶がいない中、俺は…景織花はどうやって――)
鸑門は自分に向かってくる蛸足を前に、現状を打破する兆しを完全に失った。晶に聞かされた時は絶対に成功させて見せると思っていた。だが、晶がいないとなれば話は別だ。人間二人にどうしろというんだ。鸑門は手足をぶらりと下げたまま、己の腹に向かってくる三本の蛸足を静かに受け入れた。そして――
――ぐじゅっ!
「あ~あ。何勝手に諦めて…もっともっと遊ばせてよ…」
花子はさも残念そうに、蛸足に腹を貫かれた鸑門のざまを眺めていた。…だが少し変だ。
「ん? 蛸足八本で…こいつを貫いた蛸足は……三本? あれ――でも」
花子は訝しげに鸑門の腹を注視する。確かに三本貫いている。だが景織花の方はどうだ。貫かれるはずの景織花は未だ貫かれておらず、何故か驚いた顔で鸑門を眺めている。花子も倣うようにして、鸑門の顔に注目する。と――
むしゃむしゃむしゃ…
最初に感じたのは咀嚼音であった。そして次は…
「食ってみると結構上手いな…醤油が欲しい所だ――」
片方ずつ二本の蛸足を持った男が、美味しそうに一本の蛸足を齧っている姿だった。
「おーい! 大黒!」
「すぴ~」
「…起きる気配なし…」
その頃、三年一組では…突如机から崩れ落ち爆睡を始めた生徒。泊里を見かねた教師が必死に起こしに入っていた。のだが、全く起きない。大きな鼻提灯を出しながら、涎を垂らし気持ちよく眠っている。周りの生徒はそんな泊里を見て、ひそひそ話を始めた。だが教師はそれを見逃すはずもなく、キッと生徒らを睨み渡してこう言った。
「授業再開! 大黒は放課後補習!」
泊里が眠る中、密やかに泊里の補習が決定した瞬間であった。
――泊里大好き…
「晶~あたしもだあいすきぃ…ぐへへ…」
そんなことは露知らず、泊里は夢の中で自分に甘えてくる一回り大きな晶との逢瀬を満喫するのであった。
前に比べて少数ページで終わらせました。…つまり次回は多文になること間違いないでしょう。鸑門が蛸足の美味しさに気づいた時、この窮地はどう変わるのか。晶不在となった今、鸑門の真骨頂は是非次回をお楽しみに。
さて私事ですが、遊戯王については最近儀式モンスター『メガリス』デッキにハマっております。つがい勝手は悪そうに見えますが、補助カードが増えれば回りやすくなるでしょう。頼みますよカード製作の人…。そしてアニメはいよいよ秋アニメですが、無限の住人というアニメが楽しみです。けっこうグロイですが、まあAnotherや進撃の巨人で鍛え上げられた私の眼には赤子同然にしか見えません。ぼく勉二期や、大罪三期(?)、ヒロアカ(三期?)歌舞伎町シャーロックとやらも楽しみです。やっぱオカマの出るアニメは楽しくて好きです。歌舞伎町といえば銀魂ですが、映画も楽しみにしてます。
映画といえばプリキュアやら冴えない彼女の育てかたも見なければ…ゲームはまだモンハンをやってますが、そろそろ別のゲームも消化しないとまずいかも…ということで長ったらしい最近の作者事情を最後まで聞いて下さりありがとうございます。きっと良いことありますよ。




