拾の噂 ~元凶レクイエム 前編~
景織花と雅の…は混じり合い、一つの事実を提示する。
来るはずだった楽しい未来は、悉く消えうせた。
※令和一年八月十二日深夜に、一文字変更。
下から24行目(空白も含む)の「六年生」を「三年生」に変更いたしました。という訳で景織花と雅・例喰笑の当時の学年を三年生に最終決定いたします。もしまたこのような事態になった場合は、迅速に変更いたしますことをご了承ください。
一度だけ。
たった一日だけ、話したような気がする。
「初めま…して…風鈴寺景織花…です」
「! 髀皚雅ッげす!」
お互いたどたどしい自己紹介。でもそれでも…私は嬉しかった。今まで辛い事しかなかった私にとって、初めての転校生との会話を成功させた。それだけで私はとても大きな勇気が生まれたのだった。そうだ。私は一目見た瞬間からこの人のことが…で。…友達になりたいと私の体全部がそう感じたんだ。
――でもそれだけだった。それだけの会話で全ての勇気を使い果たしてしまったのだ。もう次の言葉が思いつかない。背後にナイフで刺すような視線が私の体を重石に変える。その子のせいで私の学校生活は地獄と化した。体に消えない傷を何度も刻まれ、私の心はもう逆らう怒りもない。ただただ怯える小動物。ママに言うなんて死んでも嫌…そうだ。そんな私と会話して髀皚さんにもしものことがあれば…
髀皚さんがあの子の玩具になればいいのに…
え? 私は一体何を思ったのだろう。私じゃない。…でも、私の頭の中にしっかりと聞こえた…。怖い。…怖いよ…私は一人…私は…
「風鈴寺さん」
「! ……え? な、何? 何ですか」
そんな私の席の前で一人の女子生徒が立っていた。さっき話した髀皚さんだった。俯きながらもちらりと私を見て、唇に力を入れて立っていた。何故また声をかけたのだろう。私はあなたに掛ける言葉なんて何も思いつかないのに…
「昼休み…学校の案内をしてくれませんか?」
「…え」
頭が真っ白になった。考える頭も体を動かす頭も止まって、ただ髀皚さんの顔をまじまじと見つめていた。私はそれにどう返せばいいか。断る? 受ける? 私はどうしたら…
「行ってあげればいいじゃない、風鈴寺さん」
――グサッ
背中にナイフが刺さったような感触。いや違う。私の背後からあの子の声が聞こえただけだ。そう、私をいつも虐めて楽しんでいるあの…
「例喰…さん…」
例喰笑。私は口から吐き出しそうになる衝動を抑えながら声を出した。心と体に溜まった汚物。好きで溜めたわけじゃないのに…無理やり私に汚物を押し込んで、押しつけて私の全てはめちゃくちゃになった。例喰笑は気に入った生徒を見つけては、好き放題弄んで、呻き声やリアクションが取れなくなった時点で捨てる。文字通り灰人になるまで…。そして私はその何十人目のターゲットであり…今の私は灰人寸前だった。彼女の後ろ盾はもちろん両親であり私一人で同行できる問題ではなかった。教師を加えても、親を加えても例喰笑の声一つで社会から永遠に追い出されるのだ。
私が例喰笑のことを考えていると髀皚さんは続けて言った。
「駄目…かな?」
私は背中でナイフを刺すような目で睨む例喰笑のことを必死に忘れ、ただ純粋に髀皚さんのことを考えた。そうだ。今話しているのは私と髀皚さんだ。そして髀皚さんを見た時から私の答えは決まっていた。
喉から出そうになる悲鳴を押さえ、私は口の中で言葉を決めた。
「…うん。案内する」
「本当?」
「うん」
「嬉しい!」
「…うん!」
話はとんとん拍子に進んで、笑顔が下手な私は素敵な笑顔の髀皚さんに学校案内をすることに決まったのだった。例喰笑の怪しい笑みを見逃したまま…
(あ~あ、つまんなあい…)
朝のホームルーム。例喰笑は退屈そうに教室の天井を眺めていた。ここ数か月遊んできた【風鈴寺景織花】の反応がここ最近芳しくないのだ。最初の時のように嫌がらなくなったし、痛がらなくなったし、何よりも嗚咽しながらこちらを見なくなったことが何よりも…むかつく。弱いくせに、ただ私の望み通りの顔を見せ続ければいいのに…何十人もの奴隷を作っても、結局私の望んだ奴隷にはならなかった。そんな中で見つけた景織花だったが、またこいつも他の奴隷のように使えなくなっていた。
――もういらない。捨てよっか…
そんな想いが頭を過った。そんな時、このクラスに転校生がやってきた。殆どの生徒を奴隷にして遊んだ私にとって、これはまさに渡りに船。ワクワクしながらその生徒を観察すると…名前は髀皚雅。雅はまさかの風鈴寺景織花のことが気になっているらしい。自己紹介をしている時に景織花を見た瞬間、その生徒の瞳孔が開いたのをはっきりと見えた。
そう感じた時、頭上に雷が落ちたような感覚が起こった。そして焦土と化した私の頭にある案が転がっていた。
――このまま行けば景織花と雅はいずれ友達になるだろう…だったら私がその楽しい未来を変えればいい。最低最悪の未来をこの二人に与えてあげればいい…
例喰笑は怪しく笑った。何て名案! 私大好き! そんなことを脳内で叫びながら、その名案を更に子細に考え始めた。
それから放課後。景織花と雅は一日の最後を惜しむように、手と手を握り合っていた。朝のぎこちない会話に比べ、今の二人はとても仲が良くなったような気がする。互いに目と目を見つめ合い、時折微笑み、何もないのに笑うくらいに…
そんな二人に例喰笑は、にっこりと作り笑いを浮かべながら近づいてきた。景織花は本能で雅の背中に隠れるが、例喰笑はそれを無視して雅に顔を向けた。
「初めまして。例喰笑です」
「初め…まして。髀皚雅…です」
「少し二人きりでお話したいのですけど…よろしいですか? 景織花さん」
例喰笑が理路整然と話す中、景織花は頬を裂くように笑う例喰笑に見覚えがあった。景織花は覚った。例喰笑が何を考えているのか。そして例喰笑の命令は絶対。景織花は目を上下左右に動かしながら助けを求めようとしたが、いつの間にか教室には三人以外誰一人としていなくなっていた。それもそのはず、例喰笑の近くにいたい生徒なんかいない。もし例喰笑の視線を受ければ、思いつく限りの地獄を味わうことになる。
雅を助ける人間はこの学校にはいない。景織花は諦めたように小さく頷くと、例喰笑はパアッと顔を明るくして答えた。
「ありがとうございます。…では、髀皚さん。こちらへ…」
「うん…」
「あ」
「どうしたの?」
「…いや」
雅はどうして景織花が怖がっているのかと疑問に思ったが、例喰笑が急かしてくるのでそれ以上考えることはなかった。
…そしてその放課後。雅の地獄が始まった。景織花も例喰笑の命令のまま、例喰笑の玩具となって、雅と遊ぶように(・・・・・)なった。いつしか雅は景織花を憎むようになり、景織花も暴力の快楽に目覚めていくのだ…。
そうだ。例喰笑は逸らすのが上手い。自分に向けられた殺意や憎しみを他の誰かに向けさせるのが、誰よりも…
「! …これは…」
風鈴寺景織花は当時の小学三年生の姿で、昔の教室に立っていた。がらんどうになった教室で椅子と机だけがきちんと並べられている。グラウンド側の窓から差し込む橙色の夕日が教室の色を染めていく。景織花は意識がはっきりするのを感じながら、なぜ今まで雅との出会いを忘れていたのだろうかと考え始めた。
それと同時にもう一人。景織花の隣で景織花と同じように当時の姿となって現れた。
「今の…」
髀皚雅は先ほど流れた光景を見て、それが自分の記憶の中に既にあり、今まですっかり忘れていたことを、意識がはっきりするより早く本能で察した。雅はふと景織花の顔を覗いてみると、自然にその顔が自分の顔のように感じられた。
「あんたも…」
「うん。何で…忘れてたんだろう…」
「これが…二人の記憶なのか?」
そしてもう一人の声は姿と共に、雅と景織花のちょうど相中に現れた。雅と景織花は同時に驚き見やると、背が丁度同じくらいの攣ヶ山鸑門の姿が見えた。思わず「(背が)おんなじだ」と言おうとした景織花だったが、なんだか言ってはいけない気がして止めた。
雅は少しずつ鮮明になっていく嫌な記憶を頼りに、こくりと頷いた。
「うん。ここが私たちの地獄の始まり。忘れていた楽しい一日の思い出…」
雅はただ静かに、しっかりとした口調で答えた。
名前が安直ですみません。変な名前にしようとした結果が【例喰笑】というわけです。投稿ペースを見ればわかるかと思いますが、最近のペースは月刊雑誌に近い。というか他にも書きたい作品、最低限書かなければいけない作品があって、中々進みません。確かにガラス珠の少女第二章はいよいよってところですが…もうちょっとだけ待っていただければ絶対に終わらせます!
では次回。…何日か後に…また会いましょう。




