玖の噂 ~赤と黒の大地震~
現在二色の力を身に纏う水晶玉から生まれた少女、囗清水晶。
そして邂逅する二人、加害者と被害者。今や己を傷つけ死のうとする景織花に、静かに記憶の奥底から憎しみを蓄え続けてきた雅。
――二人の再会により、物語は加速する…
ここは仄暗い血の池世界、風鈴寺景織花の心が作り出した戒縛世界『核石』。界内を埋め尽くす無数の管は不気味に蠢動し続け、下方には膝下まで侵蝕する血の池地獄が悪臭を放っていた。
そんな明らかに異常と化した世界で、二人の少女は見つめ合う。一人は贖罪の目を、もう一人は憤怒に溜まった憎しみの目を向けて…
自分が作り上げた多重人格達は姿形を変え、何本もの鉄の棒となって本体の腹部を、胸部を、手足の節々を次々に貫いていき、『磔の全裸少女のオブジェ 作:風鈴寺景織花』へと変貌を遂げた【風鈴寺景織花】。
――長きに渡って自分を痛めつけてきた風鈴寺景織花を、記憶の奥底から静かに憎しみ続けてきた【髀皚雅】。
二人の邂逅。加害者と被害者。その現場を目撃していた二人は、小柄な男子中学生【攣ヶ(つが)山鸑門】、水晶から産まれた人の形を成した鸑門より1.5倍背が高い(自称)女子中学生【囗清水晶】。鸑門と晶は今、目の前で行われている光景に息を飲んでいた。しかし、それだけだった。鸑門は麻酔針で全身を串刺しにされたように、体がピクリと動かない。そして晶は――
(これが人間の感情と感情のぶつかり合い…)
震える手をもう片方の手で抑えようとするが、もう片方の手も小刻みに震えだす。景織花と雅。二人の人間を前に晶の顔は苦悶の相へと変わり、髪は見る見るうちに赤と黒が入り混じり、不気味で陰鬱な色へと変貌を遂げたのだった。
鸑門と晶が見つめる先では、景織花に虐められていた記憶が甦った雅が、唾と怒りを景織花に飛ばしていた。
「お前さえ…お前さえいなければ――!」
「ごめんなさい。許してくざざい…いままでおんどーに…」
「うるせえー!」
雅はいつまでも謝り続ける景織花を見て、激高する憤怒の感情が雅の体を突き動かした。雅は片腕を大きく振り翳すと、先端を拳に変え景織花の顔面に勢いよく振り下ろした。
「ぶっ!」
「…これで終わるかよ。…あたしの痛みはこんなもんじゃ――!」
雅の血管は皮膚の上から見えるほど浮き出し、目は血走らせ、喉ははち切れんばかりに限界まで上げた。まるで鬼だ。眼鏡を掛けていた頃の雅とはまるで別格、いや別人であった。だがそれほどまでに今まで苦しみ抜き、それを今までどこに隠し続けてきたのか。虐めを経験したことのない鸑門には、到底考えられるはずもなかった。
「あ…ああ…」
すると鸑門の隣から呻くような声が聞こえた。晶の額はびっしりと大粒の汗を流し、瞳孔は点字まで小さくなり、体の震えは尋常じゃないほど激しさを増していた。
「晶――?」
更には鸑門の呼び声に反応しない。それが、鸑門が晶に違和感を覚えた最大の理由だった。鸑門は異常をきたした晶に視線を送ろうとした、その時。静かなる地鳴りが下方からやってきた。
――ドドド…ドドドドド…ドドドドドド…!
驚天動地。『核石』全体が小から大へ、激しく震え始めた。晶の震えと共鳴するように段々と大きく激しく揺れ始めたのだ。膝下まで侵蝕する血の池にも伝達し、鸑門たちは体勢を大きく崩した。だがそんな状況でさえも雅はもう一度立ち上がると、磔状態の景織花を殴り続けていた。景織花は地面が揺れる度、地面から本体を刺し貫いている鉄の棒『痕心剣』から振動が伝わり、傷口の痛みと景織花の拳に悲鳴を上げる。
「何してんだ! 二人とも!」
鸑門は激怒した。だがその呼びかけは届くことなく、核石の地震音によってかき消されてしまった。そこまでして二人は互いに負い目を感じているのか。そんなにも互いを憎み続け、謝り続けるのか…。鸑門は今いるこの世界が崩れるかもしれない時でさえ、焦燥感を募らせるばかりで、何の解決法も見つけ出せないでいた。
晶に至っては、やっとの思いで体が動いたかと思えば、徐に顔を隠して蹲り始めた。その時、晶が大事そうに抱えていた三つの水晶玉は、チャプンっと音を立てて血の池地獄の中へと消え去った。景織花の記憶を覗くことが出来る水晶玉『憶珠』。晶にとってこの状況を切り抜く唯一の切り札であったはずだ。けれどそれを落としてしまうほど晶の心は雅と景織花の心に共鳴し、雅の怒りが絶叫へ、景織花の罪悪感が激痛へと変わって、晶の心を襲ったのだ。
「ああああああああ! ――――助けて…パパ――」
晶が出した精いっぱいの声は、鸑門の耳をするりと抜けた。すると今まで動けなかったはずの鸑門の体は、傷ついた翼が瞬く間に蘇った鳥のように体にかかる抵抗感が消え失せた。
「動ける。…これは!?」
そして見る。鸑門の隣で苦悶の顔を隠し、鸑門を祈るような目で見つめる晶の顔を。
そして見る。鸑門の眼下、血の水面に浮かぶ三つの水晶玉を。鸑門はそれを見た瞬間、今のいままで行き詰っていた思考回路が高速の光を帯びて、一直線にゴールへ向かっていくのが解った。
「ニヤ…」
鸑門の靨は卑しく吊り上がる。冴え切った禿頭を一撫でた鸑門は、自信たっぷりの笑みを浮かべて、いざ眼前の二人に向かって猛進を開始した。だが水の抵抗力と大きな揺れは鸑門の全力疾走を大きく削ぎにかかってくる。このままでは追いつくことなどできない。晶の声は、もう聞こえない。急がなければ…絶体絶命の危機を前に鸑門の口はふと大きく開かれたかと思えば、雅と景織花に向かって今まで出したこともない轟音を打ちだした。
「いいかげんにしろや…ハゲバカ共ー!」
「「…」」
だが景織花と雅はその声にすら聴く耳を持たず。続くように雅の拳は景織花の顔に叩きこまれる。寸前――
鸑門は更なる二撃を放った。
「雅………お前を世界一愛している!」
「!?」
ついに止まった。明らかなる鸑門の嘘に、雅の怒りのボルテージは一瞬だけ停止したのだ。その一瞬の隙を鸑門は絶対に見逃すわけにはいかない。鸑門は即座に雅の眼前に立ち塞がると、即座に懐に隠し持っていた三つの憶珠を雅の顔・右肩・胸に向かってぶん投げた。
だがその一瞬、鸑門は気づかなかった。鸑門の両手は大きく振り回す形となり、右親指は景織花の鼻の穴に、左人差し指は雅の鼻の穴にブスリと刺さったことを…。
「「「!!!!????」」」
驚愕の相に変わった鸑門・景織花・雅。だが驚く間もなく、三つの憶珠は全て雅の体にヒットした。それだけではない。ヒットした憶珠は雅の体に水面に飲まれる物体のように雅の体内に入るや否や、三人の脳内が同時に大爆発を起こしたのだった。
頭に煙を漂わせ、ばたりと倒れる三人。晶は鸑門が突如走り出し、二人の前で行った行為をまだ知らない。血の池地獄に吸い込まれるように、意識の失った三人が水面に飲まれようとする中、晶はぼそりと…
「パパ…?」
とだけ呟いた。
鸑門が導き出した答えとは…
まず改めまして二か月ぶりの投稿をお許しください。第二章の一通りの物語は書いていたのですが、いかんせん物語の行方に疑問が生まれていまして、それがちょうどこの話だったのです。なので漸く物語の方向性がより鮮明に、より納得のいくものになったので書かせていただきます。今は別作品『カミラギ・ゼロ』と同時進行という訳で書いていますが、もちろんどちらもい週間に一回以上は投稿できるよう努力する所存でございます。
漢字辞典を片手にせっせと書くぞー!




