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ガラス珠の少女  作者: Sin権現坂昇神
第二章 因堕応報-いんだおうほう-(仮題)
18/29

捌の噂 ~因縁合流~

ついに交わる因縁が

二人を深き闇へと誘い込む…

―ここは……


 (みやび)は先ほどまで殺意の冷気渦巻く保健室にいたはずだった。


先ほどまで、己に備わった力『眼鏡越しで視界に映った対象物を、目を開け続けている間だけ石に変える力』を使って、目の前で行われようとする殺人現場を辛うじて食い止めていた。だが一緒にいたガラス珠の少女・(あきら)の意外な行動によって、事態は一変することになる。ガラス珠から生まれたと自称する晶は、石になった鸑門(がくと)に触れ、そして晶もまた石のように動かなくなった。だが三十秒後、晶は再び動き出した。晶の手は自然と雅の目の前に、差し伸ばしてきたのだ。躊躇(ためら)う雅。それを他所に、晶は半ば強引に雅の手を絡め取る。瞬間、雅の意識はそこで途切れた。




 雅の意識はジェットコースターのように高速で走るが如く流れていった。そして気づくとそこは、まるで心臓の中にいるような、薄暗い赤に包まれた世界に浸っていた。(つばく)んだ赤い管が赤の世界を取り巻いて、ドクンッドクンッと世界が(うごめ)く。下方には赤い血のようなぬるま湯が膝下まで(つか)っていた。そして灯りのない薄暗い世界に、膝下まで浸かった晶と鸑門、そして地面から突き出た何本もの棒に全身の至る箇所を貫かれ、空中に固定されている景織花(きょうか)の姿を発見したのだった。

息は出来る。だが突然こんな世界に来てしまった雅の心臓は大きく揺動(ようどう)し、腹の底からゾゾゾッと来る嘔吐感(おうとかん)(こら)えることで精いっぱいになっていた。気分は保健室に比べて、圧倒的に悪い。


「晶? 一体何を、どうしたんだ?」


驚く鸑門。だが晶は無表情で「連れてきた」とだけ伝え、引っ張られるようにして雅の頭が晶の肩に当たった。晶の身長は二メートル近くあり、雅の頭一つ分くらい大きいのだ。

雅は晶と鸑門の声を聴くや、まだここが天国や地獄のような黄泉の世界でないことに大きく安堵した。心臓の激しい高鳴りも少しだけ収まった気がする。落ち着きを取り戻した雅は、戸惑う鸑門に向かってこう言った。


「あなたは階段の時ぶつかった。…え――っと」

「パパ」

「パパ!」


 鸑門は晶の言葉に驚き、晶もまた鸑門の声に目をまんまるにして驚いた。鸑門はすかさず晶に「だから変に誤解されるからやめてって…」と訂正を求めるが、晶もすかさず「でも本当」と頑として譲らなかった。鸑門がどうしたもんかと首を傾げながら、ふと雅の方を困った顔で振り返った。


「パパ――さん…?」

「いやだから―――」


 雅は割れた眼鏡のつるを掴んで、目を凝らして鸑門を見つめた。だがふと己の能力のことを思い出し、ハッと我に返った。眼鏡を掛けたまま動く物体を見つめ続けたら石になってしまう…のだが、鸑門は己を凝視する雅の顔と晶を交互に見ながら晶と口論していて、石になることはなかった。何故石化能力が発動しないのか、雅は困惑した。

そんな中、晶は鸑門の会話を中断し、景織花の方に指差し、雅を目で合図した。


「あれ、解る?」


 景織花の体には、関節部や主な臓器の中心を何本もの棒が無慈悲に貫いていた。まさしく残酷絵を見せられているように…雅はその光景をまじまじと見ると、思わず「あ…」と口を手で塞いで哀れんだ。鸑門も今一度景織花の姿を見つめて、何とも形容し難い顔に変わった。

 役者が揃ったところで、晶の口から透き通るような綺麗な音が流れ出た。


「この棒状のものを取り除くには、この三つの珠と雅…あなたが必要不可欠…」


 淡々と話す中に突然己の名を呼ばれ、雅の体が止まった。そしてゆっくりと首を左右に振って答えた。


「私…ですか? ――でもこの人知りません…」

「えぇ?」


 晶は素っ頓狂な声を上げて驚いた。雅は次いで「だから助けることができません…御免なさい」と、頭を深々と九十度以上下げて、景織花の前で謝った。


「本当に…知らない?」

 

 晶は焦る気持ちを抑え、淡々と雅に言い寄った。だが雅は秒を空けずに「はい」とだけ答えた。晶は思った。『知らない相手を助けることはできない』。でもそんなはずはないのだと、鸑門は言おうとした、が、言えなかった。(いじ)めの被害者と加害者。両者は再び相まみえた時、どんな気持ちなのか、鸑門は知っていたからだ。それはとても辛く、痛い。会っただけでも嫌なのに、自分を傷つけた相手を助けるなんて絶対にしたくない。

 ―――ならば、ずっとこのままでいいのか。と聞かれたら、鸑門はこう言うだろう。


このままじゃ駄目だ!


―――と。それに鸑門が見てきた景織花の記憶の中の二人と現在の二人の顔は、正しく小学生から中学生へと成長した姿だと確信できる。だが雅の顔を(うかが)ってみると、本当に景織花のことを知らないような面持ちに見える。虐めという痛みと悲しみ、そして一時の愉悦と自分勝手な自信しか生まない過去など、誰が好き好んで思い出すのだろうか。加害者なら武勇伝にでもしているのだろうか。


(知らないなら、忘れているならそれでいいじゃないか!)

(…でも、苦しみ続ける風鈴寺景織花という少女をこのまま見捨てて……本当にいいのだろうか――)


鸑門は自問自答を只管(ひたすら)に続けた。だが全く見えてこない。景織花を助けたいという気持ちと、雅の過去を穿(ほじく)り返したくないという気持ち。この二つの気持ちが鸑門の頭の中でぶつかり合い、次第に鸑門の心を摩耗(まもう)していくのが自分自身でも分かる。己のできることなどあるのだろうか。もしあったのなら、一体何をすればいい?

 そう思った矢先、景織花の目がこちらを見上げてきた。視線の先は―――髀皚(ももしろ)(みやび)である。景織花は雅の顔をじっと舐めるように見つめてくる。雅も景織花の視線を受け、本能的に視線を横に反らした。が、景織花は構わず雅を見つめ続け、ついに三分が経過した。

(しばら)く見つめていると、景織花の瞳孔(どうこう)はどんどん小さくなっていった。


「…お前……!」


 遂に景織花の口が開いた。まさか己の顔を見てそこまで驚かれるとは思わなかった雅は、思わず「え…?」と驚き返した。二人は(ようや)く見つめ合う。…一秒から十秒ほど見つめた後、景織花は小さく雅に向かって口を開けた。


「もう少し…近くに……来て」

「え……あ…はい!」


 抑揚のない(かす)れ声。よく耳を澄まさなければ、聞こえることなどなかっただろう。雅は言われるがまま景織花の元へ近づいた。雅が近づくにつれ、景織花の顔が徐々に青ざめていく。そして互いの距離が拳一つ分まで近づくと、景織花は更に震えた口で言った。


「眼鏡……取って」

「…はい」


 雅は弱弱しくも景織花の要求を拒否することはなかった。そして雅はつるを(つね)んでゆっくりと眼鏡を外す。雅の素顔は(さら)された。だが景織花は三度要求してきた。


「髪を前に出して、二つに束ねて見せて?」


 雅は三度景織花の言われたとおりに眼鏡を胸ポケットに納めつつ、自由になった手で後ろの長い髪を二束に分け、残りの手で胸ポケットからゴムを取り出し、交互に結んで前に出した。そして少しだけ恥ずかし気に「これでいいですか?」と答えた。

すると景織花は、雅の顔を頭上から垂れ下がった髪の先端までを何度も見渡した。終いには両目から大粒の涙を流して、(こうべ)を垂れたのだ。雅はいきなりの事態に手を上下させ慌てふためく。そんな雅を他所に、景織花は震えた唇を一生懸命に動かした。


「――ごめぇん…なさぁい…私のせいで……髀皚(ももしろ)さんを………辛い目に―――」


 雅は景織花の涙ながらの言葉を聴いた途端、さっきまでの慌てた雅から180度一変した。雅の眉間は鼻先に攻めんばかりに(しわ)を寄せ、瞳は静かに景織花を見据え、両拳を強く震わしながら握りしめた。逆立っていた雅の髪は一瞬に、サラサラヘアーへと変わり、雅は音が聴こえるほどの深呼吸を吐いて、語り始めた。


「今更? あんたのせいで…私がどんな目に遭ったか!」

 

雅は語気を強めながら景織花の髪を掴みあげ、己と同じ高さにまで引っ張り上げた。その顔はまさに般若同然の激情・怒りの面そのものであった。

虐めの言葉を変えようと思いましたが、変えませんでした。言葉が思いつきません。どれほど重い言葉にしようとしても、まだまだ形容しきれないくらいに深く根強い、言葉を見つけ出すことが出来ません。

あと何年経てば、虐めという言葉が、しっかりとした犯罪を裁くための言葉へと変わっていくのか。とりあえず今苦しんでいる人、今も苦しんでいる人に、この物語を読んでほしい。そう思いました。

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