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ガラス珠の少女  作者: Sin権現坂昇神
第二章 因堕応報-いんだおうほう-(仮題)
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漆の噂 ~核石(かごのいし)~

何時からだろう…

こんなに苦しくなったのは―

何時からだろう…

こんなになっても行きたいと思ったのは―

 鉄の棒は()じ込むように褐色肌の少女の体を貫いて、こうして黒の世界の芸術品としておかれて(・・・・)いた。制服は鉄の棒に絡め取られるように破れかぶれになり、少女の顔は首から下に垂れ下がったまま全く動く気配はない。少女の名は【風鈴寺(ふうりんじ)景織花(きょうか)】。鸑門はその無機質と化した景織花から目を反らすことが出来ないまま、ただ目の前の光景を見つめるしかなかった。

 棒は茶色に()びつき、景織花の肉との接地面からは全く血が流れていない。刺さっているにもかかわらずだ。これは明らかにおかしい。しかも棒自体も全く景織花の血が付いていない。なら景織花はどうやって二十本の棒に突き刺さったのだろうか。

鸑門は何故? どうして? と思考するで、この凄惨(せいさん)な現場を少しでも冷静に保とうとした。高鳴る心臓の鼓動を胸囲の筋肉で抑えながら、景織花を端から端までじっくりと観察した。血を出すことなく串刺しにされた少女は、今どんな気持ちなのだろう……

 鸑門がそう思ったその時、景織花の左小指が微かに外側へ動いた。


「……だ…れ…………?」


 景織花は顔を上げることなく、弱弱しい声を出した。鸑門の気配に(ようや)く気付いたらしい。(さいわ)い首から上は無事なのだが、よくこの状態で意識を保っていられるのか、と鸑門は感心した。景織花の生きようとする何かが働いてくれたのなら……と鸑門は意を決し口を開いた。


「僕は攣ヶ山鸑門(つがやまがくと)。えっと、――あなたが風鈴寺景織花…さん?」


鸑門は落ち着いてから今一度景織花を見ると、服が鉄の棒の串刺しに巻き込まれ(ほとん)ど破れていた。つまり今の景織花は裸も同然なのだ。鸑門の返事に景織花は首を下に(かたむ)けた。鸑門は目のやり場をすぐさま黒の地面に移して、より一層平常心を保つことにした。

景織花の顔は鸑門からでも見えた。光を失った黒瞳、荒れた白長髪、干からびた唇、小学生時代の景織花と今の景織花を比べると、その違いは明らかであった。成長の意味でなく、生気の意味で景織花は何もかも死んでいた。鸑門は景織花の顔を確認しながら、言葉を慎重に選んだ。


「風鈴寺さんの過去を観ました。そして分かった気がします。多分その鉄の棒は、風鈴寺さんが生み出したもう一つの人格…だと思う。そしてそれが風鈴寺さんに刺さっているということは、風鈴寺さん自身の芯が他の人格がとる行動に反発した結果、他の人格は自分の存在意義がなくなることを恐れ、数の暴力で風鈴寺さんに攻撃した…と、まあ全部僕の妄想だけど――」


 照れ笑いを浮かべる鸑門に、景織花の目が少しだけ光った。景織花は小さな声で「何で、解るの? そんなに――」と(つぶや)くと、鸑門は続けた。


「風鈴寺さんに会うまでに三つの(たま)に触れてきたから…って言っても信じてもらえないですよね。――でもこれだけは分かる。早くその棒を取ら除かないと。風鈴寺さんが危ないんだって。風鈴寺さん、我慢してください」


 鸑門は早速景織花から向かって左側に立つと、まず左腕の肘部分に貫いている鉄の棒を握り締めた。そして景織花の腕を掴みながら、反対の手で棒を掴んで思い切り引っ張った。「ぁあ!」と、当然のように景織花の口から悲鳴が聞こえた。


「ごめんなさい! (やばい。今のでこれじゃあ、これ以上動かすなんて無理だ)」


 鸑門は焦っていた。いち早く景織花をその鉄の棒から救い出したい。だが景織花の過去を見た鸑門の気持ちは焦りを生み、景織花を更に苦しめる結果になってしまった。鸑門は鉄の棒をどうやれば取れるか、また考えなければならなくなった。


(どうする? …どうやれば風鈴寺さんを――)

「もう…げん……かい………」


 景織花は精いっぱいの(かす)れ声で放つ中、鸑門は眉間に(しわ)を寄せ必死に考えた。やはりこの人をこのままにしては置けない。鸑門も必死に考えを巡らせてはいるが、はっきりとした妙案が全く思い浮かばなかった。更に学校のテストの時以上に考えた。だがどれだけ砂漠に手を突っ込んでも、そこには何の異物(こたえ)も見つけられなかった。




 ここは保健室。割れた眼鏡を通して【髀皚(ももしろ)(みやび)】は、鸑門と景織花を見つめていた。雅が一定時間見つめ続けることで、見られたものは途端に石になる。雅が視線を変えなければそれは一生石となるのだ。現在、雅の目は震え始めていた。雅はこの力をコントロールするために、目を開け続ける訓練をしてきた。だが三分以上も見続けたのはこれが初めてだ。雅の目が段々と細くなっていく。眉間が歪み、頬が吊り上がる。


(このままじゃ晶のパパが彼女に切られてしまう……でも私の目ももう――)


雅の傍、雅の視線を外れた位置にガラス珠の少女【囗清水(いしみず)(あきら)】は立ち尽くしていた。雅をこのままにさせるわけにはいかない。このまま時間が過ぎて、雅の体力が限界に達したその時がパパの(さいご)だ。晶は何が何でも鸑門に触れたかった。それが出来れば褐色筋肉ガールから鸑門を引き離すことが出来る。そうすれば自動的に鸑門の命は守られ、晶は心置きなく戦える。そう思ったのだ。だが雅の視界に入れば石にされてしまう。石……? そうだ!


「晶なら、石にされてもそもそも囗清水晶…石!」

「ちょっと待って! 危ない!」


 ついに晶が動きだした。雅の制止を無視して、雅の視界に入ってきたのだ。もう迷っている暇はない。少しでも早くこの状況を打開しなくては…晶の想いは唯一つ。パパこと鸑門が生きていることだけだ。

鸑門の傍に着いた晶はすぐに体を確認した。だが、体は何の変化もない。つまり無事。これで雅の石化効果は晶には効かないことが証明されたことになる。そして晶はすぐさま鸑門の手を触れた。そして余った手で景織花の刀を持った手に触れた。雅はその一部始終をただ傍観していた。晶のパパを救うために、迷いなく自ら危険地帯に足を踏み入れる姿に、雅は確固たる意志を見た。




(下手に動かせば激痛で終わる…どうする?)


 その頃、鸑門は景織花を前に思案を続けていた。そして未だに答えは出せないでいた。確実に景織花の声が消えかかっていく。それが鸑門の焦りを大きくさせていった。

――目の前でなす術なく死んでいく人を放っておくわけにはいかない。それが父の言葉だった。だが自分に何ができる? 医学の知識は皆無、ただ学校の黒板の内容をノートに書き続ける日々を送ってきた。そんな自分に何が…


「パパ」

「! ―――晶」


 思い詰める鸑門の後ろで、透き通るような聞き覚えのある声がした。声の主は――囗清水晶。鸑門は咄嗟(とっさ)に後ろを振り返った。晶は走って鸑門の傍まで近寄ると、胸の上で抱えるようにして、それはあった。


「晶、それ――」

「景織花の思い出の一部。三つの『(おく)(たま)』」


 晶は鸑門が先ほど触れた三つの珠を持っていた。鸑門が触れた時は結構大きかったが、晶が持つとその小ささがよくわかる。晶は首を横に振って、眉を(しか)めた。


「でもこれだけじゃ足りない。後一人……景織花に最も深い傷を負わせることができる『痕心剣(こんころけん)』を探さなくちゃ――」

「こんころけん…?」


 鸑門は新たな単語に戸惑ったが、晶は焦らず答えた。


「あの棒の名前。風鈴寺景織花の人格達が姿を変えたもの。そして本体を傷つけるレベルまで達するには、今の風鈴寺景織花の『核石(かごのいし)』ではほど遠い」

「かごのいし?」

「この空間のこと。黒色は風鈴寺景織花の全てを現している、人間が『心』と言っている世界。そしてその中で絶命しかけているということは、本当の意味で風鈴寺景織花の命が危ないということ。内部が絶命すれば、外部の肉体も機能を失う。つまり――」

「植物人間…ってこと?」


 晶は無言で(うなづ)いた。鸑門は段々と晶の説明に納得し始めた。それが本当なら、やはり今すぐ手を打つべきだ。景織花を救うのは今しかない。晶は決心を固める鸑門に対し、更に付け加えた。


「けど今の風鈴寺景織花では、ここまで自分自身を瀕死に追い込むことは難しい。多分誰かがこの世界を(いじ)ったことで、風鈴寺景織花がこうなったんだと思う。と言っても、後数日でこうなることは目に見えていた―――けど」


 晶の口から明かされる真実の数々に、鸑門は夢中になって聞き入り、景織花は不動を貫いた。けど――の続きに、鸑門の喉が鳴った。


「景織花に刺さった棒を取るためには、原因となった三つの珠と一人の人間が必要」


 鸑門はその一人を三つの珠の中の映像を思い出しながら、ある人物を思い浮かべた。


「眼鏡の…子?」


 鸑門は一つ目の珠に映った雅の顔と、階段で激突する際に見た眼鏡の女子の顔が重なった。晶は即座に頷くと、何か(ひらめ)いたように目を見開いた。


「! …解った。ちょっと待ってて、パパ」

 晶は目を瞑って手を差し伸べた。鸑門や景織花に向けてではなく、誰もいない方向に―――




「え? …何ですか?」


 保健室にいる雅は明らかに動揺していた。それもそのはず晶はさっき鸑門と景織花に触れた直後、一緒に固まったように目を開けたままじっとしていた。それも三十秒。その間、雅は必死に目を閉じないように頑張った。三十秒経つと、鸑門を掴んでいた晶の手がスッと雅の前に向けられた。そしてこう言うのだ。

早く来て、時間がない―――と。だが雅は何が何だか解らず、晶を直視しないように考えた。だが晶が言った時間がないという言葉に、雅は多少なりとも焦りが生まれ、つい「うん」と答えてしまった。

すると、晶の手は雅の垂れ下がる片手を強引に掴んだ。雅は驚き、遂に晶を直視した。直視するほんの一瞬、雅の時間がピタリと止まった。雅の意識は肉体から消えていった。


「ん――」


 丁度その頃、保健室の先生【大関(おおぜき)宗満(むねみつ)】の意識は回復した。景織花に腹パンされ気を失っていた宗満だったが、昔の不良時代に色々痛い目を見たり、見せたりしたお蔭で丈夫になった体は筋肉パンチ程度でどうこうなることはなかった。だが割れたガラスの破片が倒れた先に落ちていたので、体の前面がガラスで血塗れ状態になっていた。

宗満は急いでその傷を治そうと、向かい側の棚に向かった時だ。鸑門のベッドのカーテンが少し乱れているので、少しだけ覗いてみると……


「灰色…って石!!」


 そこには石となった鸑門と筋肉モリモリの女子に、間を開けて雅が手を伸ばして固まっていた。まさに石の様に…宗満は少し考えると、「うん」と頷いた。


「ようわからん、後で聞こう」


 宗満はそう言うと、さっさと棚から救急箱を取り出し治療を始めたのだった。

死ぬ手前の景織花を前に、鸑門と晶そして雅が集結する。そしていよいよ雅と景織花が相対する。…次回へ


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