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ガラス珠の少女  作者: Sin権現坂昇神
第二章 因堕応報-いんだおうほう-(仮題)
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肆の噂 ~殺気~

階段から転げ落ちた鸑門と雅は、一先ず保健室で休息を取っていた。ガラスの少女は鸑門の傍でぐっすりと眠っていた。保健室の先生【大関宗満】は今起きている鸑門に近づき、いい話し相手になってもらおうと策略していたのだった・・・

 【攣ヶ山鸑門(つがやまがくと)】は忘れていた記憶を、一つまた一つと思い出した。意識を失う前に誰かの(くつ)に激突し、階段を転がり落ちたことを思い出した鸑門は、真っ先に体の痛みを確認した。だが既に、ガラス(だま)の少女【囗清水(いしみず)(あきら)】の力により完全に回復していて、傷の痛みはなくなっていた。


(…晶の力で治ったのか)


と安心した鸑門は、続いて気になる体の左側を占める圧迫感のする方へ目を向けた。


―すぅー…すぅー…すぅー…


そこには晶が鸑門の体をしがみ付くように眠っていた。晶は力を使うと眠たくなるようにできているのか、ただ眠たかっただけなのかは分からない。だがその晶のあどけない寝顔を見た鸑門は、何か見てはいけないものを見ているような気持ちなり、ちらりと目線を右に向けた。すると――


「ん?どうしたんだ。男子中学生」

「!」


そこにいたのは鸑門の右側で椅子に座っている、白衣を着た女性の姿であった。鸑門はビクリと驚いたが、冷静に観察してみると胸ポケットの位置に『保健の先生 大関(おおぜき)宗満(むねみつ)』と名札を発見して、大きく胸を撫で下ろした。

だが鸑門はまさかここまで白衣の似合わない先生がいるとは思わなかったのか、まじまじと宗満を眺めた。髪は黒の短髪で、顔はどこかカッコよさが内側から(にじ)み出ているようだ。それと極めつけなのが――


「どこ見てんだ? 発情期少年」

「はっ! 発情期少年じゃありません! ()ヶ(が)(やま)(がく)()です!」

 宗満はじっくりと自分の顔や下の方を見てくる鸑門に、両の足を大げさに組み換え威嚇(いかく)するような目で(にら)みつけた。鸑門はハッと我に返ると、晶の方を向いて己の名を明かした。

鸑門は己を叱咤(しった)した。女性に対して何て失礼な態度を取っていたのだろう。女性の逆鱗(げきりん)に触れるなってテレビの人が口を酸っぱくして言ってたことを忘れていた…。だが宗満はすぐに目を鸑門から()らして続けた。


「そうかそうか。攣ヶ(つが)(やま)…か……ちなみに私の名前、憶えているか?」

「え――」


 宗満は『攣ヶ山』という名前に対し、少しだけ考えるような動きを見せた。鸑門は先生のまさかの切り返しに狼狽(うろた)えたが、さっきの名札に書かれていた名前を思い出して、すぐに平静を取り戻して答えた。


「大関宗満先生・・ですね」

「大当たり。よろしくな。変態鸑門」

「鸑門です! よろしくお願いします。大関先生」


 鸑門はこれ以上自分の失態を残すわけにはいかないと、ここに(ちか)った。…保健室の先生。鸑門はふと昔のことを思い出した。前の学校では体が横に広いおばあちゃん先生だったが、目の前にいるのはとても綺麗で、初対面でありながらそこまで緊張せずに会話出来ることを、鸑門はとても幸運に思った。鸑門は宗満に「本当に保健室の先生か?」を聞こうと思ったが、まだ初対面相手にそこまでずけずけとした質問は早いかもしれないと思い、一先(ひとま)ずこの疑問を胸の奥に閉じ込めた。そして鸑門は次に疑問に思っていたことを聞いてみることにした。


「僕はどのくらい寝てましたか?」

「う~んと、三十分くらいだな」

「そうですか…」


 鸑門は残念そうに答えた。授業は始まってしまった。誰かにノートを写させてもらうしかないが、自分に友達がいるわけがないと自分の不幸を呪った。


(! …そういえば大黒(おおぐろ)泊里(とまり)!)


 そうだ。同じクラスで初めて知り合った女子生徒、大黒泊里の存在だ。彼女は偶然にも自分の席の後ろであり、頼めばもしかしたらノートを貸してくれるかもしれない。鸑門は貸してくれなかった場合のことを()えて考えず、貸してくれるであろうという希望的観測の元、泊里にテレパシーを送るように願った。(泊里先生お願いします)――と。

 ベッドの上で両手を合わせて祈るポーズを取る鸑門に、宗満は奇妙な奴だなあと思いながらも、鸑門に伝えるべきことを思い出した。


「あ、そういえばお前の右隣に一緒に落ちた女子もいるぞ。また起きてないけど」

「! …怪我は」

「あ…ああ。治ってた。いや治した治した!」


 宗満は焦った顔で答えたが、鸑門は治したのは晶なのだと確信した。そして(そば)で眠る晶を見て、心の中で(ありがとう晶)と言った。ただ一つ心残りなことがある。それは何故隣の女子が自分に激突するほど走ったのかという疑問であった。だがそれよりも己の体が完治したことを、大いに安心した鸑門であった。

ふと鸑門は右側のカーテン越しの女子の方を見た。すると、胸の奥からもやっとした不安が生まれた。これは鸑門の経験上、何か嫌な予感がする前兆だ。鸑門はしがみ付いて眠っている晶の肩を揺すって、小さな声で言った。


「晶…起きてる?」

「すぅ―…」

 

隣で何か考え込んでいる宗満にバレないように、宗満が見ることのできない晶に話しかける行為。これ以上の声量を出せば、高確率で宗満にバレるであろう。鸑門は先ほどよりほんのちょっとだけ大きな声で、もう一度言った。


「おーい、晶さん?」

「んん~――。パパ?」


 晶は(のど)を鳴らしながら、ゆっくりと目を開けた。もしこの現場を誰かに、主に宗満先生に目撃された場合、布団の上に声をかけている変人であり、逆に光物を向けられ晶が発見された場合、この学校の生徒でないものとして追い出されてしまうかもしれない。晶は目を(こす)りながら鸑門をじっと見つめた。鸑門はそんな晶が愛らしく想いながらも、小さな声でこう伝えた。


「僕のことはもういいから。隣の人を看てあげて」

「…? でも、もうあの白服(宗満)が治療している時、気づかれないように治るスピードを早めたはず…だけど」

「なんかあの人を放っておけないような気がするんだ。さっき一緒に転んだ時、とても(おび)えたような感じだった。もし誰かにまだ追われていたとしたら――」


 晶は自分の心配より相手の心配をする鸑門を見て、少しだけ口をムッと口を(すぼ)めて答えた。


「パパ…心配性」

「駄目…かな?」

「ううん。(うけたまわ)ったぜ、パパリン」

 

晶はそう言うと、警察官がする敬礼のポーズを決めた。鸑門は思った。(また泊里が晶に変なことを教えたな)と。【大黒泊里】は晶を二番目に視認することのできる女子であり、晶の友達だ。鸑門が「パパリンって何?」と言い終わる前に、晶は鸑門の上を堂々と(また)いで通り過ぎていき、右側のカーテンの下を(くぐ)って、隣にいる女子のベッドに移動した。移動中、晶のスカートがひらりと(はだ)け、『BALS』と書かれた黄色いパンツを鸑門が思わず見てしまったが、鸑門は晶のパンツが隠れるまで凝視した後、すぐに脳内で保存した。誰のパンツをコピーしたのか見当もつかなかったが、今はとにかく隣の女子生徒にこれ以上の危害がないようにと願った鸑門であった。


(もしかしたら晶がその生徒を守ってくれるかもしれない…)


鸑門は晶が人ではない、ガラス珠から生まれた少女であることを知っている。そして今の所、晶の髪と瞳の色が『赤』に変わった時は、傷を治す力が発揮されるということが解っている。鸑門は今一度自分を分析(ぶんせき)してみた。鸑門の特技は、誰よりも速く走ることができる(緊急時)。そして力量には自信がない。晶が特別で自分は無力な存在。それを改めて理解した鸑門は、「はあ~」と溜息を付いた。





 丁度その頃、鸑門の右隣のベッドでは、晶が熟睡している【髀皚(ももしろ)(みやび)】の顔をじっと眺めていた。やつれた(ほお)に汚れた制服、割れた眼鏡をそのまま付けて眠る少女。そんな雅を見て、晶はもし眼鏡のガラス片が落ちたらどうなるのだろうと考えた。そして目に落ちた時のことを考えた結果、晶はすぐさま行動に移した。晶は手を眼鏡に向かってそっと伸ばそうとした、その時。


(! この感じ――痛いっ!)


 晶の胸のあたりが突然、針の絨毯(じゅうたん)()き付かれたような痛みが襲った。晶は伸ばした手をすぐさま自分の胸に当て痛みが収まるのを持った。だが一向に痛みが()む気配がない。晶にとって初めての感覚であり、晶は今の状況をどうしたらいいか必死に考えた。――鸑門に助けを呼ぼう。とりあえず晶はそう決断し、鸑門の方を向いた時、


「誰か…来る!」


 鸑門から見て対角線上、保健室の唯一の窓から突如として、殺気めいたどす黒い何かが向かって来るのを察知した。どす黒い何かは瞬く間に、空気のように保健室に充満した。その殺気めいた何かはベッドの中まで入り込み、晶はその何かを(もろ)に受けた瞬間、瞳の色と髪の色が一気に黒に染まった。


(これは何? 怖い! 怖いよ…パパ)


禍々(まがまが)しい何かが晶の体と心を(むしば)んでいく。『殺気』とはこれほど痛くて苦しいものなのかと晶は思った。だが殺気が保健室にやってきたということは、その本体である人間の存在もこちらに接近しているということだ。晶は雅の傍を離れないように、その場で殺気が来る方向を見やった。そして殺気の重圧が最大値に達した時―


―ガッシャーン


 保健室の窓ガラスが割れる音が聞こえた。保健室の門番である宗満(むねみつ)は突然の事態に驚き、すぐさま割れた窓ガラスの方に移動した。だが移動したすぐ後、「ウっ」という宗満の悲鳴、そして倒れる宗満のカーテン越しの姿に、晶は只ならぬ事態であることを嫌でも理解することとなった。


―こつこつこつこつ…


 足音が雅のベッドの方に近づいてくるのが解る。今起きているのは(あきら)鸑門(がくと)。晶は眠る雅の手をギュッと握り締め、こっちへ来ないでと強く願った。だがそれは叶うことはなかった。雅のベッドのカーテン越しで足音は止まった。そしてカーテンを強引に開け放つと、何者かが雅に向かって激しい声を浴びせた。


「お前を殺してやる!」


 彼女の名は【風鈴寺(ふうりんじ)景織花(きょうか)】。褐色(かっしょく)の肌が異常な筋肉の膨張により(あで)やかに輝き、右手には木刀を背中越しに構えたまま、雅の方をギロリと(にら)んでいた。

『殺気』。これは分かる人には何メートル先からでも分かるとされている。そして風鈴寺景織花もその殺気を漂わせながら、保健室にやってきた。その目的、動機はいかに・・・そして晶の『黒』の力とは?

では次回。

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