参の噂 ~忘れられない・・・~
風鈴寺景織花の話。過去と現在、一人の少女の葛藤を垣間見ると・・・
「一二・・三四・・・・」
ここは校舎と同等の広さを誇る小中共同体育館の裏。未だ人の手入れが行き届いていない鬱蒼とした草木地帯に、彼女はいた。名を【風鈴寺景織花】。褐色の肌に白いマスクを付けた景織花は、頭の中の混濁を消し去るように数を数えながら、筋力トレーニングをしていた。景織花はどこまでも強さを追い求める性格であり、筋力トレーニングを欠いたことがない。誰にも邪魔されずに鍛えたい景織花が気に入った場所、それがこの草木に囲まれた場所なのだ。
現在景織花は逆立ち腕立て伏せ、片手親指バージョンをしていた。景織花は母に倣って金の混じった長い黒髪、第一・第二ボタンを開けっぴろげ、スカートの丈を膝下まで伸ばしている。まさに母のようなカッコいい『不良』になりきるための努力である。そんな景織花が、何故陰険女子三人組に属したか・・・
―景織花は小学三年生の頃、初めて『いじめ』を受けた。上履きに画鋲を入れられたり、机をカッターで凸凹にされたりマジックで落書きされたり、ノートを破られたり、階段を降りる時後ろから押され落ちそうになったり、陰口も散々言われた。担任の先生に言おうとすると、いじめの主犯から親に言いつけられると脅され、景織花は両親に心配掛けないように心の傷を深淵に押し込め、体の傷を必死で隠し続けた。
そんな日々が一か月も続いた時、ある吉報が舞い降りた。自分のクラスに転校生がやって来たのだ。景織花は転校生を一目見た瞬間、悪魔の囁きが頭を過った。
〝自分の身代わりにあいつを差し出せ〟
景織花はその甘い囁きに耳を傾けるか考える間、既にあの集団が行動に移していた。景織花がどんなに抵抗しても、どんなに口で止めろと言っても聞く耳も持たなかったいじめ集団は、転校生が現れると、まるで軍隊蜂が新たな餌に乗り換えるように、その転校生に狙いを変えて新たないじめを始めたのだ。その転校生の名は【髀皚雅】。ボサボサ髪、いつも割れている眼鏡、ずっと下を向いてモゴモゴと小声で何を言っているのか聞こえない上に、人付き合いが下手。まさにいじめられて当然のターゲットであった。そうして景織花も、いつしかいじめの軍団に加担していた。そうしなければ自分がまた虐められると、本能的に分かっていたからだ。これは学校で生きていくためには、仕方のない事なのだ。そう言い聞かせなければ、自分を正しく保てなかった。
だが、そんな景織花をもう一人の、心の中の別の景織花が真っ向から否定した。そしてその否定を表に出すため、自ら筋肉トレーニングを始めたのだった。自分が弱いから、強いものに媚び諂い、自分とは違う弱い存在を皆で一方的に攻撃する。数が多ければ多いほど、それが確固たる『正義』になってしまう。こんな惨めなことがあるのだろうか?群れなければ逃げるか、卒業するまで苦痛に耐え続けるしかないのか?
景織花はある日、ふと母の学生の頃の写真を目にした。その写真に写る母の姿は若く、とてもいい笑顔で仲間達に囲まれていた。見た目は不良そのもので、第一印象は明らかに悪かった。だが景織花は段々と、その笑顔に見惚れるようになっていった。そして気づくと景織花は、母の目指すあの写真のような笑顔を、いつか自分も仲間を作って、笑って写りたいと思い始めていった。
だがいじめに加担した景織花の記憶が消えたわけではない。雅が学校に来て一か月後、再び学校を転校したことを聞いた時、景織花はもう後戻りできない場所にいた。小学高学年になった景織花は、いじめの主犯に付き従う右腕として、学校中の生徒に恐れられるようになっていた。景織花はいじめをする時の快感を味わう度、いじめられていた自分を忘れることができた。
―それから中学生になった今でも快感を味わうため、自分と同じ想いを持ついじめの加担者と手を組んだ。その上更に偶然なことに、自分の肩代わりをしていた髀皚雅に再会したのだ。景織花は雅を再見した途端、雅を虐めていた快感を思い出し、再びその快感を味わうため、雅を再びターゲットに選んだのだった。
「もう・・しない・・・・しないって決めたのに・・・・」
景織花は弱い自分を否定するように、無心で逆立ち腕立てをやり続けていた。ふと零れる涙が手の甲に落ちる度、いじめの快感を忘れられなかった自分を激しく恨んだ。だが一度味わったあの快感を、今更忘れることなんてできない。あの相手を甚振る高揚感をもう一度・・・私は―
そんな変えられなかった過去に苛まれる景織花の後ろを、一人の吊りスカートの少女が近づくのであった。
短くも、辛い彼女の過去。いじめという麻薬を止められなくなった景織花の行き着く果てとは―
学校という監獄に出口はない。思いやりがあれば、優しさがあればあるほど、自らに傷つけ、放置し、耐え続け、・・・死を選ぶ。雅と景織花、二人の少女の物語の始まり・・始まり・・・




