壱の噂 ~事の始まり~
【鸑門】と一緒に昼食を食べる、【泊里】と【晶】の目の前にぼさぼさ髪の少女が転がってきた。そして鸑門と雅は出会った。雅の上履きの裏に鸑門の顔が減り込む形で・・・
男女階段追突事件から三分前のこと。生徒達が教室から散って、昼食を食べ始める頃、眼鏡女子【髀皚雅】はトイレを目指し、校舎三階二年生の廊下を歩いていた。
(はあ・・・結局二年四組の教室には行けなかったな・・)
昨日女子陰険三人組に命令され、雅は同階の一番奥にある二年四組の教室に行かなければいけなかった。だが結局鍵を手に入れることが出来ず、とりあえず二年四組の教室を目指していると、丁度二年四組の教室から一人の生徒が出て行くのを目撃した。雅も入れるかと思ったが、残念ながら教室の中に入ることは叶わなかった。
そして翌日。雅は同じクラスではないことを見越して、女子陰険三人組から見つからないように、ビクビクしながら過ごしていた。
(そういえばあの時―)
雅は三人組の恐ろしい顔を忘れるように、昨日の二年四組の教室のことを思い出した。そしてふと、上着ポケットから一つのボタンを取り出した。
(これは教室から出てきた人が落としたもの。・・服からして男子生徒・・かな。背も低い
し、学年の人かも・・・)
雅は男子生徒のことを推理し始めた。するとどうだろう。先ほどまで恐怖で体を震わしていた女子生徒は、今では空想の中でワクワクドキドキする女の子になっていた。
(もしボタンの人に会ったら、何を話そうかな・・ちゃんと話せるかな?私なんかが・・)
自分が不幸体質だということを自覚している雅は、出来るだけ人と関わらないように生きてきた。そんな孤独の自分を救ってくれたのが校長先生であり、雅にとっては命の恩人なのである。
そして楽しい雅の推理タイムも行き詰まりを見せる中、ついにあの三人組が足音を消してやってきた。
「随分元気ね?眼鏡さん」
最初に声をかけてきたのは、三人組の真ん中に位置する、背が低い代わりに横に広い女子【是清穂御代】。今回はガムを噛んではいないが、いつでも噛めるように、両ポケットに新作ガムを常備している。
「あ・・」
雅は穂御代の声を聴いた瞬間、生気を失ったような顔になって顔を上げた。一番会いたくなかった。だが同じ学校で同じ学年、会わないわけがなかった。雅は学校を休むことも考えていたが、校長に心配をかけてはいけないという強い信念があった。二人組は穂御代の顎を上げると同時に、一斉に雅を取り囲んだ。
「約束、忘れてないだろうな」
褐色肌・マスクを被った【風鈴寺景織花】は、静かに言った。母親譲りのジーパンをスカートの下に履いて、両手をジーパンのポケットに入れて歩くのが、今の景織花の流行である。後は眉間に皺を寄せ、睨むように周りを見渡せば、立派な不良高校生の完成である。そして今は雅を睨みつけ、めいっぱいガンを飛ばす。雅は三人の鬼の首を取ったような顔を見て恐怖に震えながらも、喉から絞り出すように声を出した。
「・・・ないです」
「ああ?(景織花)」
「行ってない・・です」
雅のその言葉に、三人は目を見合わせて、卑しくニヤリと笑った。そして同時に、三人の罵声が飛び交った。
「あんたこの私の約束を破ったね!」
最後の一人。金髪・雀斑で一番背の高い【廃田巫奈】は、誰よりも厚い口紅を付け、両頬に紅い粉をたっぷり付けて、雅を強く罵った。彼女の化粧は他のどの生徒よりも分厚いのだ。巫奈に続いて、景織花、穂御代の順で始まった。
「鍵すら開けられないなんて、脳みそ潰れてんじゃないの?」
「いっぺんシめていい?」
【シめる】とは気が済むまで暴行することで、景織花が使う不良用語である。そして十分に怒りが体に溜まったところで、景織花がついに雅の襟首を掴んだ。そして思い切り雅を自分の方に押し出した。次に穂御代が雅のお尻めがけて蹴りを入れ、最後に巫奈に背中から肘打ちを食らった。まさに三対一の一方的なリンチが、生徒達の行き来する廊下で行われていた。
だが止める者はいない。誰一人としてあの陰惨な空間に入りたくないのだ。虐められている人には可哀想だが、助ければ返って自分も一緒に虐められる。その気持ちが他の生徒達の心を一つにして、雅と陰険三人組の空間を上手い具合に避け、その四人の空間だけが廊下から遮断する形になっていた。こうなってしまっては、正義感の強い人でも助けることは難しい。
雅は必死に抵抗しているものの、三人の方がガタイもよく、好戦的で戦闘力も上なために、抵抗する腕ごと攻撃される。非力な雅がすることと言えば、眼鏡を死守することだけだ。スカートが態と捲られ、メロンパンのマークの黄緑パンツを生徒達に見られようと、眼鏡だけは飛ばされないように守っていた。
「馬鹿じゃねえの?尻守れっての(笑)」
薄ら笑いを浮かべる穂御代の言葉に、ハッと察した雅はそのまま屈むことで、これ以上のパンツの公開を防いだ。だが陰険三人組からすれば、すぐさま作戦Bに移行するだけだ。三人とも片足を上げたかと思えば、雅目がけて上から勢いよく踏みつけた。何度も何度も背中が無数の上履きの痕が残るほど踏まれ、雅の心は折れそうになった。涙腺が外界に出ようとしたその時、ふと恩人の言葉を思い出した。
〝泣きたい時は逃げろ。逃げは負けじゃない。立派な自己防衛だ〟
恩人の顔はもう覚えてはいない。だが自分がとても小さい時に聞いた言葉であることは間違いない。雅はその言葉を信じて、涙を必死に堪えた。そして三人の隙を見て、咄嗟に陰険トライアングルゾーンから脱出すると、無我夢中で走り出した。穂御代は逃げる雅に向かって叫んだ。
「待てよ、バイ菌!」
「走ることなら私に任せな!」
景織花はニヤリと笑うと、小学校との徒競走で何度も一位になったことを思い出した。
「【二代目チーター風鈴寺】を継いだ私の足の速さを舐めるんじゃないよ!」
母子ともに足の速さに自信があり、逃げる年の数=(いこーる)元マラソン選手の父を何度も捕まえるくらいに足が速い。母を一番に尊敬し、父を人一倍愛する景織花はクラウチングスタートで駆け出した。
「待て待て待てー!」
(!追ってくる・・・!)
雅は後ろから聞こえる怒号と、迫りくる鬼婆顔の女子の覇気に背中を押される形で、速度がいつもの一・五倍も出た。確かにこの速度なら景織花から逃げきることができる。だが・・・
(行き止まり・・・!)
距離は有限。雅は、瞬く間に行き止まりの音楽室まで差し掛かった。雅は一か八か、目の前の音楽室を間一髪で回避した。だが反動が大きすぎた。
「う!」
雅の右足の付け根に大きな負担がかかり、強い痛みに襲われた。そしてさらに最悪なことに急カーブしたことで、左折してすぐの階段に気づけなかった。
(落ちる!)
今度は左足が床から階段への境界線を優に超え、下り階段の方に体が傾く。そして階段を一回転したかと思えば、目の前に・・・いや、雅の上履きに、【攣ヶ山鸑門】の顔が現れた。鸑門は下り階段の中間付近で昼食をとっていたので、まず一回転後に鸑門に激突。激突する際、鸑門の鼻が折れた。その後二人が合体した形で、二人仲良く四回転し、二階の地面と二人の片腕が強い衝撃を受け、二人とも気絶という形で終息した。着地した際に鸑門の右腕、雅の左腕が骨折した。
「ちょっと・・大丈夫?」
「・・・気絶してる・・・早く治さなきゃ!」
鸑門と一緒に昼食を取っていた、ガングロ女子の【大黒泊里】とガラス珠の少女【囗清水晶】は、急いで鸑門の所まで駆け下りた。鸑門と雅、どちらもまだ息はしているが、特に傷が酷いのが鸑門の横にいる女子の方であった。
―あっちか!待てー!!!
晶は急いで自分の力を使って雅の傷を治そうとしたが、三階の方から罵声を吐きながら近づいてくる女子の声を聴くと、泊里が晶を止めた。
「もしかしたらと思うけど、今の声から逃げてきたんじゃない?この子」
泊里の鋭い推理に、晶はさらに追及した。
「・・つまり?」
「見つかったらもっと酷いことされるってこと!」
「・・?」
「とにかく急いで保健室に向かうよ!」
「・・・・うん、解った。でもパパは私が担ぐ」
「じゃあ私は眼鏡で!・・さあ行くよ!」
「るぴっ」
晶は綺麗な敬礼をした後、パパこと鸑門を背負った。泊里も眼鏡っ子を背負うと、すぐさま一階の保健室まで駆けだした。
ついにガラス珠の少女の第二章の開幕です。文が長くなってすみません。でも削るところがないので、そのまま投稿した次第です。そして第一章の初めから登場していた雅と鸑門は漸く出会い、どうなっていくのか。次回に続きます。
補足:髀皚雅。髪はぼさぼさ、割れた眼鏡を掛けている中学二年生の女子。
陰険女子三人組
是清穂御代。日常的にガムを噛む、寸胴の中学二年生の女子。
風鈴寺景織花。褐色肌、マスクを被った中学二年生の女子。
廃田巫奈。金髪、顔は雀斑、背が高い中学二年生の女子。陰険三人組の一人。




