(9)
「さっき調べてみたんだが」
「なんだよ」
佐東が、いつになく真剣な表情になった。
「ネットは情報統制されているみたいだ。SNSは全部アウト。IP直打ちでいくつかの掲示板を見たが、宇宙船とか異星人の侵略とか、そんなワードが並んでいる」
「はぁ?」
宇宙船、異星人? なんだ、俺が出会ったあの蜘蛛のバケモノのことは? 内容が飛躍しすぎている。
「バラバラなことを書いているんじゃなくて、全部の掲示板が一致している。それらの情報からすると、異星人の本隊はアメリカで交戦中だってところまでが一致した意見だ。じゃ、なぜこっちにも連中がいるのかは分かっていない。異星人の少数の部隊が、降りる先を間違えたんじゃないかって話だ」
「間違えた…… って、地球を侵略しに来た連中がか? 誰かが仕掛けたデマなんじゃないのか。単なるデマにしちゃ大げさだな。例えばアメリカ映画のプロモーションとか」
「まあ実を言えば……」
パソコンを向いていた佐東がこっちを見る。
「三分の二ぐらいは疑ってるさ」
と言って、笑う。
「けど、マジだったら…… って部分のがあるのも事実だ」
「……」
その異星人侵略話を疑っておいて、俺の奇怪な蜘蛛の話を信じろ、というのも無理があるか。と俺は思った。もしかしたらあるかもな、と同意してから、こっちの話を持ち掛けるべきか。
「……かもな。ありえない話じゃないだろう」
「えっ」
「とりあえず道が封鎖されているのは事実っぽいし、そのせいなのか俺は地下鉄で奇妙なものを見た」
「地下鉄? えっ、なんだよ佐古田。何を見たんだよ」
「実は、ここにくる前……」
「おい!」
佐東が俺の後ろの方を見て『チッ』と軽く舌打ちした。『おい!』という声の主は課長に違いない。
振り返ると、思った通り課長がいた。課長は腰に手を当てて立っていた。この状態はもうキレる寸前だった。ヤバい、と俺は思った。
「来てんなら!」
バチーンと机を手で手でたたき、大きな音を響かせた。
「早く言ってよ~ 辛いのよ~」
声は驚くほど大きかったが、口調は優しかった。
こっちは課長が怒っていると思っていたから、ちょっと気が抜けた。
「は、はい」
「バグ取りしてよ、バグ取り」
これは課長の口癖だった。課長自身、あまりIT系に詳しくない人だったのに、このゲーム担当になり、制作に関わりながら知識を深めていったのだ。そこでソフトウェアの不具合のことを『バグ』と呼ぶことを知り『バグ取り』とか『虫取り』ということばを好んで使うようになったのだ。
「もうさ、怖くてさ、心細くてさ」
課長は話し続けた。
「なんかネット変だろ? どこも見れない。URL直打ちでなんとか見れるところがあるけど」
「……」
課長も異変を感じているんだ、と思った。
「課長、ネットが変なら、今復旧を焦る必要はないんじゃないですか?」
「そうもいかないんだ。メンテ状態にしているはずなのに、ジェムはサーバーから払い出されているんだよ」
「そんな、まさか」
急に佐東が立ち上がった。
「バグ、というよりハッキングされてるんじゃ?」
「……とにかく見てくれ」
佐東と俺は課長について、俺たちのゲーム部門だけの小さなサーバールームに向かった。
不動産会社の業務用に使っていたサーバーをアウトソーシングした際、サーバー類が全部クラウドに移行したのだ。だからこのサーバー室がまるまる空いた。俺たちも、クラウドサーバーを使うことでもよかったが、自分たちで一からやってみたかったから、この部屋を使わせてもらうようになったのだ。
課長が、カードを操作して扉を開く。佐東もカードを当てて音がする。俺もいつもの通りカードを読み取り機にあてる。
「ピーピピピピ」
入室エラーの音だった。
「あれ?」
俺はサーバー室の前で立ち止まった。
このサーバー室では注意事項が二つあったはずだ。必ずカードを操作して入ること。入る操作と出る操作が正しくあってないと入れない。だから、フロアの入り口からちゃんとカード操作をしなければならないのだ。そしてもう一つは消火設備だ。消火設備が作動し始めたら、速やかに出なければならない。確か、二酸化炭素かなにか……
「ほら、早く入れ」
扉を持っている課長はあごで指図する。
今は佐東も課長もいるから、いざとなれば出れるだろう、と思い、俺は中に入った。
佐東が明かりをつけると、俺たちは課金管理をしているサーバーがあるところへ進んだ。
ラックを開け、コンソールを引き出し、画面を見る。
管理ツールを立ち上げると、ジェムの数値を示す値が増えている。
「ほら、ほら、これ……」
課長は半ばパニックだった。
課長が自然とコンソール前を空けるので、佐東が入ってデータベース内の値を確認する。
数値は管理ツールで表示されているものと同じだ。佐東が跳ね上がっていく管理ツールの数値を見ながら、もう一度データベースの値を表示更新すると、やっぱりその時点の数値に一致した。
「マジだ。佐古田、ゲーム側は本当にメンテ状態になってるか? 確認してくれ」
「確かに変だな。ちょっとみてくる」
俺はゲームの入り口と、各スマフォとゲームの状況をやり取りをするサーバーに向かった。
ラックを開けようとして、ラックの中に赤い光を見つけ、手が止まった。
「ミシュミシュミシュ……」
俺は音に驚いて、背中を後ろのラックにぶつけた。
「どうした佐古田!」
「……」
俺は恐る恐るラックを見上げる。さっきの赤い光。あれが本物なら、ラックの中に蜘蛛が入っていることになる。
いやそんなはずはない。大体、大きさ的にそんな隙間は…… 体が柔らかくて潰れるのかもしれない。あるいは子供の蜘蛛とかだろうか? 俺の居場所が蜘蛛にバレたんだ。けどなんで俺を狙ってくるんだ。背中、背中に蜘蛛の糸がついているとかで、居場所が分かってしまうのか。
……等々、頭の中で色々な考えが交錯していく。
ちょっと待て。さっきの音。音は確かにあの蜘蛛のものだ。他の人にも聞こえたのだろうか。
「どうした……」
「佐東、いま、今なんか音聞こえたか?」
「なんだよ音って?」
そう言いながら、やってきた佐東は俺に手を差し伸べた。
「佐東! そこそこ」
俺は正面のサーバーラックを見るように指さす。
佐東は俺に差し伸べた手をひっこめ、サーバーラックをじっと見る。
「なんか赤い光あるか?」
「LEDのことか? 赤いのは点いてないな」
「違う、LEDじゃない。赤い目だ。蜘蛛の目」
「またアプリの話か?」
さっき蜘蛛の話を伝えておくべきだった、と俺は思った。このサーバールームに蜘蛛が入っているのかもしれない。
「ほら、立てよ。音なんてお前のスマフォでゲームやってる音しか聞こえなかったぞ」
「なんだよ、ゲームやってる音って」
「さっきの蜘蛛がくる音がしたらからさ」
「えっ、その音、お前にも聞こえたのか?」
さっきの音は空耳ではなかったわけだ。つまり、地下鉄の蜘蛛がここにいる、ということになる。
俺はポケットに入れたスマフォを佐東に見せた。
「えっ? どういうことだよ」
「壊れてるのさ。電源が入らない。だからミシュミシュ言うはずないんだ」
「けど聞こえたぜ」