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エイリアン・ファーストアタック  作者: ゆずさくら
3/12

(3)

『痴漢し放題だな』

「ばか、いまスピーカーでやってんだぞ、周りに筒抜けだ。そう言うのやめろ」

 と、そんなやり取りがあって、

『停電がホントか写真とれよ』

 とスピーカーから声がする。

「わかったよ」

 と言って、真っ暗な車両の先頭側に向けてスマフォを向けて写真を撮った。

 パッ、と明るくなる車内。

 俺には、そこに、なにかが…… なにかが見えた。

 産毛の生えた体と、あ…… 足…… 複数の目……

「ほら、おく…… えっ? 何これ……」

「ミシュミシュミシュ……」

 そこで俺は背筋が寒くなった。

 室内の冷気のせい? いや、違う。

 俺は何かが見えた。さっきのフラッシュで照らされた何か、あれは、あの大きさはヤバイ……

「ちょっと待てよ、マジかよ」

 通話している男が、そう言いながら写真を確認している。

「ほんとか? ちょっと、確かめ……」

 男はまた先頭方向にスマフォを向け、スマフォのライトをつけた。

 パッ、と灯りが点いた。

 何も…… 何もいない。

 何だ、勘違いだ、と俺は思う。しかし、スマフォで照らしている男は、興味深げに下、左右…… そして立ち上がって、もっ と前方の車両方向へ、と進んでいく。

 それにつられるように、俺たちも男を追いかける。

 次の連結器のところから、先の車内を覗く。

 前の方の車内も、ぼんやりとスマフォの画面の光で、両脇の座席に、ぼぅっと顔が浮かび上がっている。

 と、急に前方が暗くなった。男はスマフォを操作する。

 するとパッと、前方が、明るく、なって、誰か、誰かいる!

 いや、何か、ではなく、誰か、だった。スマフォの光は、誰かのお腹のあたりを照らしている。

「えっ?」

「ミシュミシュミシュ……」

 蜘蛛が出現する時の音…… えっ? なんでまた、今?

 俺が勝手に混乱していると、男はスマフォの明かりを少し後ろに引き、そして上を照らしていく。何故、この高さで腹が見えているのか……

 後ろにいる俺は先に気づいてしまった。

「キャァァァ」

 俺が気づくのと同時に、イヤ、俺より早かったかも知れない。

 水沢さんも、それ(・・)に気づいた。

 天井から吊り下げられた男の体。恐らく死んだとすれば、電車が停止した後だろう。死体がある状態で電車が走り続けるわけがないからだ。しかし、こんなに早く体から血が抜けるのか、と思うくらい顔が青かった。青い、という表現では足りない。毒々しいと言うべきだろうか。

 動かないから死体と思うのか、毒々しい色だからなのか、それとも首元に白い、真白い綱が首に巻きついているからだろうか。

 俺はそのまま、ブルっと震えた。

「し、死んでる?」

 先頭を歩いていた男は、先に驚かれてしまって、騒ぐに騒げないような様子で、そう言った。

「死んでる、でしょう?」

「触ってみてよ」

 水沢さんが俺に、なのか、先頭の男子に、なのか、そう言った。

 男は怯えたのか、一歩、また一歩と後退する。俺は思い切って手を伸ばして、吊り下げられている男の腹を押した。

 ブラーン、と天井を中心にして振り子のように男が前後に動く。

「し、死んで……」

「!」

 ドッ、と音がして、体操選手が着地するかのような音がした。

 首を巻いていた白い紐が落ちてくる。

 倒れた体は、右腕を下にして、膝を抱えるかのように床に『乙』の字を描いている。気が付いたように、いきなり口から、どす黒い体液がこぼれ出る。

「うぇっ……」

 俺は嫌悪感からそう言った。

 先頭の男は、しゃがんで落ちてきた体に触れ、さすった。

「大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」

 大丈夫なわけないだろう、と俺は思った。こんな色の肌はすでに死んでいる。俺は後ろから傍観していた。

「大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」

 何度も体を揺すっているせいなのか、動かないはずの体に変化があった。

「大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」

 落ちてきた男の体は、ぐらっ、と仰向けに開いた。

「大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」

「おい、もうやめろ、死んでる」

「大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」

「やめろって!」

 体をさすっていた男の動きが、ピタっ、と止まった。

 立ち上がって、俺を振り返る。

「あんたさっきから勝手についてきて、なんなんだよ」

 ドン、と俺の胸を手のひらで突き飛ばした。

 体をかわし切れず、水沢さんにぶつかってしまう。

「生きてるかもしれないだろ」

「死んでるよ。ずっと首を吊られてたんだぞ」

「ずっとか見てたのかよ?」

 面倒なことになった。と俺は思った。

「ミシュミシュミシュ……」

「って、さっきからこの音、なんなんだ!」

 と、男が八つ当たりするかのように俺に言う。 

「!」

「キャァァァァアァァァアーーー」

「うるさい!」

「う、後ろ」

 男が後ろをみる。

 さっきまで倒れていた男、つまり天井から吊り下げられていた男が、そこに立っていた。

「み、見ろ、生きてたじゃないか」

「違うぞ、頭の上を見ろ」

 俺は立ち上がった男、つまり天井から吊り下げられていた男の頭上に赤い光が見えた。

「蜘蛛っ!」

 違う。ただの蜘蛛じゃない。馬鹿デカい蜘蛛だった。そのせいか、蜘蛛が男を釣り上げているかのように思えた。

「キャァァァァアァァァアーーー」

 水沢さんも蜘蛛に気付いて、叫んだ。

 ぼとっ、と蜘蛛が落ちて、さっきまで天井から吊り下げられていた男の頭に乗った。

「……」

 俺は逃げなければならない、という命令が全身を駆け巡っているのに、手も足も動かないことに気付いた。

 全身の肌という肌が鳥肌になっている。もしかして、これが恐怖、なのだろうか。

「キャァァァァアァァァアーーー」

 水沢さんがまた叫び、俺の背中に張り付く。

 俺はその刺激で、やっと動けるようになった。

「逃げろ!」

 俺は水沢さんの方を向いて、後ろの車両に走り始めた。

「!」

 急に体が引っ張られた。動けない。逃げれない…… 俺は慌てて車両の先頭方向を、引っ張られている方向ほ振り向いた。

「何すんだてめぇ」

 さっきまで先頭をあるいていた男だった。ものすごい形相で俺を見ている。

「助けてくれ……」

 男は涙を浮かべている。

「お前も逃げろ」

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