(12)
必死に扉を抑えていて、手がしびれていた。
ここも危ない。どこを通って蜘蛛が入り込んだかわからないが、とにかくここに居続けることは危険な気がしていた。建物の外、つまり天井のない外の方が、安全だと思われた。
俺は天井を見ながら慎重にあるいた。
歩いていると、見えない細い糸に触れる。
遠くから、ミシュミシュミシュ…… と音が聞こえる。
やっぱりこのオフィス内も危険だ。
俺は姿勢を低くしてオフィスを移動して、扉についた。
俺のIDカードをあてる。
「ピーピピピピ」
エラーで開かない。
当たり前だ。最初の入る操作を忘れているから、内側のどこでやっても操作エラーとなるのだ。
ミシュミシュミシュ……
必死に何かを思い出そうとしていた。
ここからは出れる。俺は扉をじっと見た。
レバーの近くに、丸いプラスチックカバーがかけられている。その中に、金属のつまみのような仕掛けがある。確か、これが……
プラスチックカバーを回していくと、緩んでいく手応えがあった。
完全にプラスチックカバーを取り外すと、中の金属のつまみを操作した。
「カチャリ」
錠が開く音がした。
「助かった!」
エレベーターホールに出て、呼び出しボタンを押す。
誰もいないのかエレベータが動き出すまでに、時間がかかったような気がした。
ポン、と音がなって、エレベータの上のLEDが点滅した。
俺はそこの前にに立つ。
無人のエレベータを待っている俺は、大きくため息を突いてうつむいていた。
ここから脱出して、さてどこで夜を明かせばいいのか。
さっきみたいに戦闘機の轟音が響くようだと、寝ることもできないな……
俺は、そう思って壁に体を預けていた。
ピン…… ポン…… となってエレベータの扉が静かに開く。
俺は無意識に乗り込んで、1Fのボタンを押す。
閉まる扉の反対側に、靴が見えた。
まさか、人が乗っていたのか。
靴から視線を上げていくと、ずっと足が続いている。ビックリするほど短いスカートで、ふとももをがっつり堪能した。
俺はためらわずにそのまま視線を上げていった。
ボリューミーなヒップライン。くびれた腰、エレベータの振動で揺れる大きな胸。
美しい肌の首元、そして、輝くようなリップ、通った鼻筋、魅力的で大きな瞳。キュートな前髪が全体の印象とは逆に顔を幼く見せている。
完璧だった。
完全に俺好みのセクシークイーン…… えっ……
「なんで助けてくれなかったの?」
水沢さんの声。頭には…… 蜘蛛……
気がつくのが遅すぎた。
大学生だろうか。若い男子がスマフォを見つめながら乗ってくる。その若い男子学生は、昔はやったゲームの黄色い電気ネズミのスマフォカバーをしていた。
イヤフォンをしているが、結構、音が漏れている。
「ミシュミシュミシュ……」
地下鉄が動く音の中でもその漏れ出てくる音。
「何やってるんだ?」
と、友達なのか、一緒に乗ってきた同じ年頃の茶色い髪の男がたずねる。
「いや、動くかな、と思ったんだけどな」
「音はしてるじゃないか」
「蜘蛛が出る場面ばっかり繰り返し」
「まあ、エイリアン・ファーストアタックからまだ数日も経ってないし、動いているソシャゲの方が珍しい」
「いつになったら大学始まるんだろうな」
茶髪の男が電車の外を指差す。
「ほら、あそこ。まだ煙が上がっているところもあるんだぜ。都心の復興が先だ」
「そうだな。エイリアンの宇宙船から漏れ落ちたっていうビック・スパイダーの掃討作戦も終わってないしな」
「いったいあの日、何人が死んだんだろう」
その言葉を聞いて、まばらな乗客全員が、ため息をついたように思えた。
終わり