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エイリアン・ファーストアタック  作者: ゆずさくら
10/12

(10)

「だから!」

 俺がいらっとして大声を上げると、ガタっ、と奥で音がした。

 佐東は俺の方を向く。

「……」

 俺は慌てて立ち上がる。この音が、俺でも佐東でもないとしたら……

「課長!」

 姿が見えない。

「助け……」

「課長?」

 引き出されたコンソールの周辺に、課長の姿が見えない。

 ゆっくりとラックの列から顔をだす。

 ズルっ、と足が消えていくのが見えた。

 倒れた課長が、ラックの影に引きづられた、ということだ。

「もうダメかも……」

「佐古田、お前何を言い出すんだよ、何のことだよ」

 何か武器、武器になるものが必要だ。俺はサーバー室の角に積み上げてある部材から使えそうなものを探す。予備のサーバーラック用のレール。俺はそれを手にとった。重いが、当てればあの蜘蛛も潰れてしまうだろう。

「佐古田、だからなんなんだよ」

「佐東、お前も何か持てよ」

「だから、なんなんだよ」

「蜘蛛だ」

「クモ???」

「こんなでかい。毒で殺し、人の脳を食って操る」

 手で大きさを示すが、サーバーラックのレールを持っているため、うまく広げられない。

「は?」

「マジだって、さっき……」

 佐東は俺の言うことなど気にせず、ラックの端を回っていく。

「あっ、課長。どうしたんですか、その髪型」

「佐東、課長に近づくな! それ、髪の毛じゃない、蜘蛛だ!」

 急いで佐東の後を追う。

 課長、佐東、俺と順番にサーバーラックの狭い通路に並んでいる。

「おい、課長の頭に蜘蛛が……」

「な、わかったろ、俺の言うこと信じたか?」

「信じるよ」

 佐東が俺の横をすり抜けて後ろに回った。

 課長の視線はうつろで、どこを見ているのかわからない。前髪のように蜘蛛の足がかかっている。歩くのに手と足のバランスが合わないのか、たどたどしい歩き方になっている。課長の肉体を蜘蛛がコントロールするのだが、蜘蛛の意思がうまく伝達できないか、そもそもの制御方法が間違っているようにも思える。

 その課長の足が止まり、口が開く。

 体液が流れ出た後、痙攣するように動いたかと思うと、声が出た。

「バグ取りしてよ、バグ取り」

 なんの(バグ)を取れというのか。蜘蛛に殺されてまでゲームのジェム流出の心配をしているのか? それとも頭の上の蜘蛛をなんとかしろ、という意味なのか。

 俺は手に持ったレールで、課長の頭上の蜘蛛を突いた。

「えっ?」

 なんの手応えもなく、蜘蛛が飛び去った。

「バグ取りしてよ、バグ取り」

 課長が壊れたように同じことを言う。

「どこに消えた?」

「俺にも見えなかった」

 佐東が俺の前に出て、課長に近づいていく。

「やめろ、佐東」

「なんかへんじゃないか? 課長の足の様子をみていると、とてもじゃないが立ってられない感じがする」

 興味あり気に、どんどん近づいていく。

「佐東!」

 俺は佐東の腕を引いた。

 課長が、口を開け、がっ、と食いつくような格好をするが、佐東には届かない。

「うわっ」

「もう課長は助からない」

「自律していると思えないけど…… 動いた。ちょっとそれ貸してくれ」

 レールを手渡す。

 課長の肩の上にレールを伸ばし、左右に振った。

「なにしてるんだ?」

「ほら、これを見ろ」

 レールの先端に、絡みついた糸があった。

「蜘蛛の糸?」

「つまり、上から糸で吊ってるんだよ」

 ミシュミシュミシュ……

 音の方を見た。そうか、天井に糸があるのか。

 音がする方向の、天井を見た。

 赤い複数の目が見えた。

「いたっ!」

 俺は部屋の天井を指さした。

 課長の口が開いて、また溜まっていた体液が床に落ちていく。

 粘り気のある液体が溢れるいやな音。

「バグ取りしてよ、バグ取り」

 課長の頭に……

「また蜘蛛が乗ったぞ」

「佐東、レールで叩け!」

 大きく振りかぶるが、振り下ろせない。

「蜘蛛の糸か」

「今度こそ」

 佐東がレールを降り出すと、ガチャン、と音がして、天井の設備を壊してしまった。そして頭上の明かりが消える。佐東は近付てくる課長に、もう一度、振りかぶって、振り下ろす。

 鈍い音がして、課長が倒れてくる。

「やったか?」

 足元に、課長の体がうつ伏せになった。痙攣したように手足は動いている。

 頭から流れる体液が床に広がっていく。

「うぇっ、暗くてよく見えねぇ」

「お前が明かりを壊しちまうから」

「しかたないだろ…… えっ?」

「どうした、佐東」

 俺は佐東の足元に目がいった。課長が…… 課長が噛み付いている。

「いてぇ…… 死ぬほどいてぇんだけど」

 佐東が逆足で、課長の頭を蹴り飛ばす。

 俺たちは慌てて、明るい列に移動する。

 佐東は床に座って、サーバーラックに背中を預けた。俺は佐東の足首の様子をみる。

「がっつり噛まれてるな……」

 これはもうダメだ、という言葉を飲み込む。毒が回ったら、もう蜘蛛の餌食だ。

「寒い。なんとかしてれ、助けてくれよ。病院! 救急車呼んでくれ」

 俺は佐東と少し距離をとった。

「なんだよ、おい、寒いよ。違う、病院、痛いんだ。めちゃくちゃ痛い。早く救急車呼んでくれ!」

「すまん」

 みるみる顔が青く、毒々しくなっていくのを見て、俺は佐東を見捨てた。

 早く、ここを出なくては…… 天井に張られた糸を伝って蜘蛛が来ないか警戒しながら移動する。

「佐古田…… どこいくんだよ…… 寒い、痛い、暗い…… 助けて…… 助けてくれ」

 俺が声に反応して振り返ると、佐東は口から赤い体液を吐いた。

 咳き込むように体をうねらせ、また口から大量の液体が出てくる。

 苦しそうな表情……

「すまん」

 サーバーラック用のレールを探していた。今の所、武器のようなものはあれしかない。まだ多分あるはずだ。

 俺が佐東に渡したやつは、あいつが課長に噛まれた時に放り投げてしまった。あれを回収するには課長を飛び越えなければならない。危険を犯すわけにはいかない。

 ミシュミシュミシュ…… まずい。もう蜘蛛がこっちを狙ってきた。

「あった!」

「何があったんだよ」

 目から、口から、赤い体液を流している佐東が現れた。

 頭にはしっかりと蜘蛛を乗せている。

「バグ取りしてよ、バグ取り」

 声のする方を振り向くと、課長が腕をだらり、とたらし、うつむきながらそこに立っている。本当にただ吊り下げられているようにしか見えない。

「挟み撃ちだ。絶対絶命ってやつだぜ…… 俺を見殺しにした罰だ」

「違う、救急車を呼ぶつもりだったんだ」

「何言ってやがる、薄情なやつだ」

 マズイ…… 本当に挟まれた。逃げ道が…… ない。

 しかし、いったいいつの間に、俺の後ろに回り込んだんだ。

 課長は二つ先のラックの方で倒れてたはず。こっち側に回るには…… どう考えても俺の方が早いはずだ。レールを探していたが、そんなに時間は経ってない。

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