蓮華と清水蓮
パシャ―――
学校でのお昼休み。私は学校の裏庭でベンチに座り、弁当箱を広げて写真を撮っていた。相も変わらず「写真で繋がる世界」に投稿しようと思ったのだ。
慣れた手付きでサイトにアクセスし、今撮った写真を投稿する。そして私は弁当箱に箸を伸ばした。
パシャ―――
再び写真を撮った音が聞こえた。
写真を撮ったのは恐らく、目の前で花壇の写真を撮る男子生徒。満足気に保存された写真を見詰めている。
私はその男子生徒を見ながらご飯を食べていると、男子生徒は不意に私の方を見た。
「ねぇ君」
「わ、私……?」
辺りをキョロキョロしても、他に生徒は見当たらない。目の前の男子生徒は私に話し掛けているようだ。
男子生徒は私の隣に座り、マジマジと弁当を眺めて口を開いた。
「さっき、そのお弁当の写真撮ってたの?」
「え、あ……はい」
「昨日も、空の写真撮ってたね。写真、好きなの?」
「…お弁当はたまたまですけど、夕暮れの空とか、夜空とか。綺麗だなぁって思うと写真撮りたくなります」
私は訊かれた事に素直に答えた。
ちゃんと男子生徒の事を見てみると、私はその男子生徒を知っていた。名前は確か清水蓮。隣のクラスだ。
私の通っている学校は、同じ学年でも人数が凄く多い。その為、別のクラスの生徒まで覚えるのは難しかった。でも、この人の事だけは知っていた。
さっきみたいに、写真を撮っている姿を良く見掛けたからだ。
「ねぇ、他にも写真撮ってるなら見てみたいな。僕も写真撮るの好きで、他の人が撮った写真とか凄く興味あるんだ」
「それなら……写真で繋がる世界っていうSNSサイトがあるんですけど、やってますか?」
私はご飯を食べる手を止めて、再びスマホを取り出した。
「もちろんっ。君もやってるの?」
「はい。サイトに結構写真載せてるので、ユーザー名教えますね」
本当は、知っている人にユーザー名を教えるのは好きじゃなかった。「写真で繋がる世界」に居る私は、少しだけポエムだったから。どこか恥ずかしいのだ。
でも、清水くんなら良いと思った。同じ写真が好きなのだから、清水くんと写真の話で盛り上がりたいと感じたのだ。
私は再び、サイトにアクセスしマイページを開く。その時だった。清水くんが私のスマホを覗き込んできたのだ。
私は驚いてスマホを落としそうになってしまう。
「あ、あの……」
「この写真、見たことある」
「……え?」
もしかして、私のことフォローしてくれてる人かな?それなら少し嬉しい。
「君、夢みる少女さん?」
清水くんが口にした名前は、私が「写真で繋がる世界」で登録しているユーザー名だった。この際、名前の恥ずかしさはどうでもいい。それよりも、やっぱりフォローしてくれてたんだという嬉しさがあった。
「そ、そうですっ」
私は嬉々として返事をした。そして、清水くんの次の言葉を待った。
「そっか。君が夢みる少女さんだったのか」
清水くんもどこか嬉しそうに、再び口を開いた。
「僕のユーザー名、蓮華なんだ」
「え、えっっ!???」
清水くんの言葉に、私は大声を出してしまった。驚かない訳がなかった。清水くんが、あの蓮華さん??私が憧れていて、もしかしたら、昨日会っていたかもしれない蓮華さんだなんて。
そして、私の好きな人だなんて。
「凄い偶然。僕、ずっと夢みる少女さんと話してみたかったんだ。でも、ごめんね。僕同じ学年なのに、君の本名知らないや。僕は清水蓮。蓮華の蓮は下の名前、蓮から取ったんだ」
「あ、えっと、し、篠田。篠田唯…です」
あの蓮華さんが私の目の前に居る。
あの蓮華さんが蓮華さんが蓮華さんが…――
頭の中が爆発してしまいそうだった。
想像もしない出来事が起きたのだ。心臓はバクバクと早く、口元はわなわなと震えている。
まさか本当に会えると思わなかった。SNSは世界と繋がっているんだ。会う場所を決めずに、偶然会うなど奇跡みたいなものだ。そんな中、あの蓮華さんが私の目の前に居るなんて。
「し、清水くん、私の事ご存知だったんですね」
「ご存知も何も、夢みる少女さんの最初のフォロワーは僕だしね」
「えっ!??」
うそっ!私の一方的なフォローじゃ無かったの!??全然気づいてなかった。じゃあ、私が蓮華さんを知るよりも、それより前から蓮華さんは私の事を知っていたってこと??
「でも、昨日コメントしてくれたじゃん」
「あ、は、はい……」
やばい。蓮華さんが目の前に居て普通に私と話してる。予想以上にテンション上がるけど、やっぱり相手は男の子だし、恥ずかしい。
「篠田さん…?大丈夫?もしかして、体調悪かった?」
「えっ!?」
清水くんが突然顔を覗き込んでくるものだから、私は驚いて挙動不審になってしまう。さっきから驚きっぱなしで、清水くんに変な人だって思われちゃう。
「いえ……。蓮華さんはずっとお気に入りの人で、憧れだったんです。こんなにも綺麗な写真を撮る人がいるんだって。その蓮華さんが清水くんで、今私の目の前に居るなんて、緊張しちゃうじゃないですか」
私は冷静を取り戻し、素直に清水くんに気持ちを話した。本人を目の前にして、憧れとか話すのは、やっぱり恥ずかしい。
「篠田さんだけじゃないよ。僕だって緊張してる。だからお互い様だね」
清水くんは静かに話し、笑顔を浮かべた。その姿は、どこか私が勝手に描いていた、蓮華さんの姿のように思う。やっぱり、清水くんが蓮華さんなんだ。