故郷 -前編-
昔、儂はある伝承を聞いたことがある。
その明暗の境界も曖昧な山には光と闇が混在し昇る者は忘却されるのだと...!
手紙というのは必ずしもこのテラスで読むのが最適解という訳ではないのだが私の定位置はここだ。
そして今日の手紙は真っ黒な外套と、真っ白な衣を身に着けた二人の男から戴いた。
ファンレター?というものでは無さそうだしいつも通りざっと目を通してみる。
どうせ過去を帳消すことはできないだろうし。
とりあえず内容を...
~黒き外套を纏う男より戴いた手紙~
もし君が生きているのであれば儂は復讐せねばならん。
儂の大事な大事な愛娘を危険な地へ送り、そして屍にした。
今更死で償って貰うには遅すぎる。さあXXXX山に御出でなさい。
儂は君に憂苦の闇を以って復讐をする義務があるのだ...
~純白の衣を纏う男より戴いた手紙~
もし貴方が生きているのならば私は祝福しなければなりません。
私の聡明で堅実な愛娘を黎明の地へ送り、そして黄昏にしました。
今更善意で償って貰うには遅すぎます。XXXX山にすぐに来るのです。
私は貴方に安寧の光を齎す天命があるのです...!
XXXX山...か。今は亡き爺に話だけは聞いてた。
数多の伝承を産み出した山なんだとか。
さあ夢の後始末へいざ登山しよう。
険しくもなく登山道は整備されていた。
妄想に取り憑かれた者たちが満たすまで作ったとも言われる道。
やはり此処には曖昧な話が多くできる。
次第に道がなくなってきた。洞窟の横穴には松明が規則正しく並んでいた。
しかしこの道なりに進んで差出人が居る場所へ着くとは限らない。それでも進むしかないが。
やがて長い長い横穴には松明の火すら並ばなくなっていた。
だがそこは嫌に明るかった。
「お待ちしておりました...」
「こんな拓けた場所で何を?」
「貴方様を待っていたのです...さあこちらへ」
左右対称の崖にできたまっすぐな道を進む。
彼が居る壇上は大きくかったのだがやはり左右には崖がある。
どういう思惑で拓いたのか。
「ここまで来たという事は手紙を読んだのですね」
「渡されましたので。読まないと失礼ですし、暇なので」
「しかしここまで来るとは余程物好きなのですな」
「よく言われますわ。ところで手紙は二通なのに差出人は貴方だけなのですか?」
「ええ。私はあくまでも業の深い人間です。しかし展翅した蝶の様に時折光も見せます」
「私への復讐をするのでしたっけ。それでも祝福をするのですか。矛盾だらけな正常な人ですね」
「儂が正常ですって?何を仰る。最近の若者は世間に流され気が狂ったのですか」
「そうですねぇ、やっぱり私は気が狂ってます。貴方の愛娘を死なせた。あの人が素直すぎたのが悪いのです」
「儂の方が狂っているのだ!誰が何を言おうと儂は異常なのだ!娘を殺した善人が今目前に居るのに!儂は殺さないのだ!慈悲深いのだ!生命あるものへ正義の鉄槌を下さないのだ!娘はさぞ悲しんでいるだろう...だが此処で殺しては赦されないのだ!」
「そうですか...じゃ私帰りますんで。もう夕食の時間です」
「貴方にはこれが見えないのですか?」
振り返った私の眼には冥い白色をした鉤爪を模した刃が映った。
「儂は今すぐにでもその双眸を貫き冥界へ堕とせるのだ...」
「試してみますか?」
「何故、目前で止めているのか分からないのか...?儂は殺せないのだ。だから妄想だけでも殺しているのだ」
「哀しい方ですね。娘の敵も何かしらの光によって蝕まれる。あっ、貴方が殺せないのならばこの崖から落ちて自尽しましょうか?」
私は相手の答えを聞く前に崖を落ちた。




