プロローグ
明治38年(西暦1905年)
頭上で弾丸が風を切り裂きながら通りすぎていく。
塹壕から顔を出した隣の味方が、一瞬でただの肉塊になって倒れていく。
前から聞こえるのは機関銃の命を刈り取る無慈悲な連射音。
後ろからは、若い士官が突撃せよと叫んでいる。
次々と仲間達が塹壕から飛び出して行き、そして死んでいく。
(くそったれめ。こんな弾丸の雨の中をどうやって突破せよというのだ…。)
心の中で、無茶な命令を叫んでいる、若い上官に不満をぼやく。しかし、このまま突撃しなければ、命令違反で罰される。
(大丈夫だ…。今回も上手く行く。俺はこのくそったれの戦争を一年も生き残って来たんだ。そう簡単に死ねるか。)
自らを奮い起こし、突撃の体勢をとる男。そして、上官の命令と同時に塹壕から身を乗りだし突撃する。
塹壕から飛び出してほんの数歩進むと、脇腹が急に熱くなったように感じた。腹を見ると軍服に穴が空いておりそこから血が滲み出ていた、傷を見ると同時に、足に力が入らなくなり、ふらふらと泥に倒れこんでしまった。
(熱い熱い熱い痛い痛い!!)
傷口を手で抑えるが、大量の血液が、なお、流れ続けている。その傷は、すぐにでも応急手当てをしないと、死をもたらすことは、誰の目から見ても明らかだった。
しかし、周りでは、自分と一緒に突撃を行った味方達が次々と機関銃の餌食になっていく。
倒れている自分の数センチ上を銃弾が駆けていく。
こんな状況では、自分で応急手当てをするどころか、誰も助けに来ることなどが不可能であった。
(畜生。死んでたまるか。絶対に生き残ってやる!!こんな支那の訳のわからん所で死んでたまるか。)
男の脳裏によぎったのは、死んでいった戦友達の、無惨な最期の姿であった。
(あんな人間とも分からんくなるぐらいにぐちゃぐちゃにされ、故郷から遠く離れたこんな地で死んでたまるか。)
激痛に耐えながら、手に持っている三十年式小銃を杖代わりにして立ち上がり、塹壕に戻ろうとする。
(後、少しだ…塹壕に入れればまだなんとかなる…!!)
しかし、塹壕に戻ろうとする男の背中を、機関銃の弾は逃がしてはくれなかった。
次々に弾丸が男の背中に迫り、突き刺さっていく。
(くそ…死なんぞ…俺は、こんなところで絶対に…。)
赤目雄二郎 二〇才 旅順にて戦死