落ちこぼれの理由
「おい、大丈夫か?」
卒業式の前日、僕は校舎裏で蹲っている一人の少年に声をかけた。
「そんなボロボロで、痛くないか? まだ保険室に先生いるかな...」
彼の髪や制服は、泥で酷く汚れていた。制服には泥によって付けられただろう足型のスタンプ。それも大量に。誰から見ても、リンチにあっていたということは明白だった。
「おい、立てるか?」
彼に手を伸ばす。とりあえず保健室に連れて行って頭を...シャワーなんてないよな。制服も洗わなきゃ...。
「......だ」
「え?」
どうするかを考えていると、俯いていた少年が声を出した。
「どうしたんだ? どこか痛―」
「...したんだ」
...え? 何を言っているんだ? よく聞き取れない。
「君、どう―」
したんだ。その声は、何かに全てかき消された。
「約束したんだ...!」
瞬間、突然。
理解に数秒の時間を要した。
目の前に、言葉に詰まりながらも精一杯の声を張り上げ、叫ぶ少年。僕はいきなりのことで戸惑い、酷く驚いた。それに―
「や、約束? 約束って...」
約束。
「『あの子』と、約束したんだ。だから、今はこのままで...」
...僕には、彼の言葉が理解できなかった。
意味が、わからなかった。
頭が全く追いつかない。
とりあえず、この子をなんとかしないと。
もう、それだけだった。
「君、一体何を―」
直後。
彼は差し出した僕の手を退けた。そのまま体は横をすり抜け、どこかへと走り去ってしまったのだった。
僕はぽかんとしながら、しばらくその場に立ち尽くしていた。
夕暮れ、春の風が吹いている。
とても、寒くなった気がした。
次の日、僕は卒業式を迎えた。
学校を去る前、僕は彼を探してみた。だが名前も学年も知らないために探す宛もなく、とうとう見つけることはできなかった。
胸に違和感を残したまま、僕は学校を去ったのだった。
彼のことは、未だ一切わかっていない。
なぜ彼がリンチにあっていたのかも、彼が言っていた『あの子』も、約束の内容も。
多分これからも、僕がそれを知ることはないのだろう。
ただ。
僕はどうすれば良かったのだろう。
リンチになる前に助ければ良かったのか。
走り去る手を捕まえれば良かったのか。
『あの子』や約束について聞けば良かったのか。
それとも―あれで良かったのか。
僕は、未だに答えを出せないでいた。
ふっと思いついたやつです。