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開封の日

作者: 秋保嵐馬

 今日は待ちに待ったタイムカプセル開封の日だ。


 10年前。


 小学校卒業式の日。


 俺達は校庭の隅にタイムカプセルを埋めた。


 10年後の卒業式と同じ日に級友達は再会し、それは掘り出されることになっていた。


 その日が今日なのだ。


 俺は懐かしい母校に向かった。


 向かいながら考えていた。


 実は、タイムカプセルの中に何を入れたか、どうしても思い出せないのだ。


 入れる物は自由とされていた。


 級友達は、いろいろなものを入れる物として考えた。


 10年後の自分へ向けての手紙や音声メッセージ。


 友達と写した写真。


 使っていたボールやゲームソフトなどのおもちゃ。


 満点のテストを入れようなどというやつもいた。


 どんな物を持ってくるかは、卒業式当日までお互いに秘密だったのだ。


 俺は何を入れたのだろう。


 でもまあいい。


 今日タイムカプセルを開けば、それは分かるのだ。


 この日は日曜日だった。


 約束の時刻少し前に行くと、もうかなりの人数が集まっていた。


 どいつもこいつも22歳の若者になっている。


 しかし、10年前の面影が残っていた。


 中山、市川、岩崎……、何人かは直ぐに名前が分かった。


「よーし、定刻だ。


 それじゃあ、掘り出すぞ」


 男何人かがスコップを手に取り、目印の木の根元を掘り始めた。


 ほどなくガチッと音がして、銀のカプセルが姿を現した。


「おお、ちゃんと埋まっていたぞ!」


「なつかしー」


「早く開けてー」


 周りの者たちが口々に声を上げた。


「待て待て。


 ここはやはり、我らの担任である松田先生に開けていただくことにしようじゃないか」


 学級委員だった土井が言った。


 相変わらず仕切ってやがる。


 松田先生は俺たちが6年生の時の担任だ。


 当時は先生になって3~4年目ぐらいの若いきれいな先生だったが、やはり10年分、齢をとっていた。


 それでも品の良さは変わらない。


 実は俺は小学校の頃、ちょっぴり松田先生に憧れをもっていた。


 クラスの男子で同様の気持ちを抱いていたのは俺だけじゃなかったはずだ。


 だが、もう結婚されて、お子さんもいるようだ。


「光栄ね。じゃ、開けるわよ」


 松田先生は、カプセルの鍵穴にキーを差し込み、ロックを解除した。


 カプセルが開かれた。


「開いたあ!」


「どれどれ?」


「あん、見えないー」


「押すなよ」


 タイムカプセルの周辺がちょっとした混乱状態になった。


「はいはい、静かになさい! 私が順番に配るから、名前を呼ばれたら取りに来るのよ」


「はーい……」


 松田先生の声に、俺たちは10年前の小学生に戻って返事をしていた。


「伊藤君」


「はい」


「小川さん」


「はい」


 先生は次々に名前を呼んで、タイムカプセルの中の品物を皆に手渡していった。


 10年前の自分からの手紙を読む者、写真を懐かしそうに眺める者、皆、それぞれに10年前の思い出にひたっていた。


「――和田君。


 以上です」


 先生の呼名は終わった。


 え?


 せ、先生、俺のは……?


 タイムカプセルの中を覗く。


 中にビニールでくるまれた何かが残っていた。先生は黙ってそれを取り出した。


 先生がそれを持つと、それまではしゃいでいた周りのやつらが静かになった。


 先生がビニールを開いた。


 中から出てきたのは封筒だ。


 少し黒く汚れている。


 差出人の名は……。


「それ、新藤の手紙ですね」


 土井が言った。


 新藤というのは俺のことだ。


「ええ……」


 松田先生の顔が少し曇った。


「なんて書いてあるんですか?」


「開けて下さい!」


 皆が松田先生を促した。


 おいおい待ってくれよ。


 俺の手紙を何で本人の俺の承諾無く勝手に開けるんだよ。


「じゃ、開けてみるわね」


 先生は手紙の封を切った。


 ああ! 先生まで……。


 先生は声を出して手紙を読み始めた。


「松田先生へ。


 えー、なんか照れますが。


 どうせ読むのは10年後なんで思い切って書いちゃいます。


 実は俺、先生のことが好きです。


 でも小学生と大人じゃぜんぜん釣り合わないっていうのは分かっています。


 しかし、いちおー、俺の今の気持ちを10年後の先生に伝えたくて、この手紙を書きました。


 10年後。


 この手紙の開封の日。


 俺、きっと先生に負けないくらいすてきなカノジョを見つけて連れていきます。


 そして、先生に紹介しますから楽しみにしていて下さい。


 ――つーか、この手紙を読むときには、きっと俺が先生の横にカノジョと一緒に立ってますから。


 そんじゃ。


 新藤より」


 思い出した!


 俺、先生にラブレター書いたんだっけ!


 あちゃー。


 恥ずかしーー。


 それに、先生の横に立ってはいるけど、俺まだ、カノジョいないじゃん。


 みっともねーー。


 でも、ま、いっか。


 そこはご愛嬌ということで……。


 照れ笑いをしながら周囲を見ると、なんだか様子がおかしい。


 手紙を読み終わる頃、松田先生は涙声になっていた。


 周りの連中からも嗚咽の声が聞こえてきた。


「新藤君たら、こんなこと思ってくれていたなんて……。


 なのに私の横にいないじゃない……」


「新藤もそう思ってたのか……」


「実は俺も先生のこと好きでした」


「まったく、それなのに新藤のやつ、来られなくなっちまいやがって……」


 先生もみんなも何言ってるんだ?


 俺はここにいるというのに!


「この手紙、どうしますか?」


 土井が松田先生に言った。


「中身は読んだから私には伝わったわ。


 今日はタイムカプセルの中身を持ち主に返してあげる日。


 この手紙も新藤君に返してあげましょう……」


 涙を拭きながら先生が言った。


 へー、返してくれるんなら、そりゃどうも……。


 俺は手紙を受け取ろうと手を出した。


 だが松田先生はそれを無視し、言った。


「誰かライター持ってる?」


「あ、ハイ。俺、持ってます」


 一人が松田先生にライターを差し出した。


「ありがとう」


 先生はライターを手に取ると、あろうことか、俺の手紙に火をつけたではないか。


 手紙はあっという間にめらめらと燃え、地面に焼け落ちた。


「新藤……」


「新藤君……」


 皆が言っている。


 なんだなんだ。


 なんだか葬式みたいに湿っぽいぜ!


「これで届いたわね。


 天国の新藤君にも」


 松田先生が言った。


 俺は耳を疑った。


 天国の新藤君?


 どういうことだ、一体!?


「まったく新藤のやつ、卒業式の朝、交通事故で死んでしまうなんて」


「血で汚れていたけどこの手紙、みんなでどうしてもっていうことで、ビニールにくるんでタイムカプセルに入れたのよね」


 ――!!


 皆の言葉で俺は全てを思い出した。


 そうだった。


 俺は卒業式の朝、交通事故で死んだんだった……。


 道理でタイムカプセルに物を入れた覚えが無いはずだ。


 手紙の黒い汚れは俺の血の跡だったのだ。


 タイムカプセルのことがこの世への心残りとなって、ずっと俺は成仏できないでいたのか……。


 俺の姿は誰にも見えていないのだ。


 俺の声も誰にも聞こえていないのだ。


 誰1人、俺に話しかけてこなかったのが、これで納得いった。


 でも……、何だか……、意識が薄らいできた……。


 自分が死んだとは知らず、10年間、浮遊霊として過ごしてきた俺。


 だが、どうやら先生が燃やしてくれた手紙と共に、天国に昇ることができるようだ……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白いが、といったところ。ありがちな設定だけに、もう少し捻りが欲しい。 今後に期待。 ps.十年間浮遊霊で死んだことに気付かないってあるかな。
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