19 望郷の文届き、紅葉散りゆく中で・・・・・・
お久しぶりでございます!世間は立春(でも、まだ冬だね)ですが、こちらはまだ秋真っ只中です。
紅く色付く葉が、本陣の中をはらはらと散っていく。
数枚の葉が目の前を散っていく中、東條は文を持ったまま止まってしまった景之を見ていた。
一体何が書かれていたのか、信じられないという顔をして目を見開きひたすら文に書かれた文字を見つめている。
その文を持つ手も小刻みに震え、誰が見ても普通じゃない動揺の仕方だった。
「殿。いかがなさいましたか? 文には何が書いてあったのかのう?」
顔を覗き込んで東條が声をかけても、景之はいっさい文から目を離さない。ひたすらに『何て事じゃ・・・・・・、何て事じゃ・・・・・・』と呟き続けるばかりだ。
(こんなに動揺している景之を見るのは初めてじゃのう。前の北の方様が亡くなられた時も、先代が亡くなられた時もこんなに動揺してはおられんかった。はてさて、いったい文には何が書かれていたのかのう)
こんな時だというのに、東條はあまりにも珍しい景之の様子についついじっと感心して見つめてしまう。
それも、こんな姿めったに見られるものではないからだ。
普段常にある眉間の皺すら消えている。おそらく、西角が側にいたら同じようにしばらく眺めていただろう。
と、しばらくしてあまりにも何もしない東條に不安を覚えたのか、文を持ってきたままそこにいた使者が不安そうに声をかけてきた。
「あ、あの東條様。殿は? 殿はどうされたのでしょう? 国元で何かあったのでしょうか?」
「ああ、すまぬすまぬ。心配せんでよい。恐らく国元でなにかあったという訳ではないと思うのう」
「し、しかしっ」
「大丈夫じゃよ。ささ、仕事がまだ残っておるのだろう? ここはわしにまかせて、戦の準備に戻られよ」
「は、はあ・・・・・・」
まだ、不安そうな顔していたが東條が言うと使者は本陣を去っていった。
彼もまた、国元からの急な文と、それを見た景之の様子に何かあったのかと思ったのだろう。国に家族を残しているのだから気にするのもしょうが無い事である。
だが、なるべく心配させないように笑って送り出した東條も、実際、国元で何か問題が発生したとは思ってはいなかった。
それも、何かあったのであれば、逆に景之がここまで動揺することはないからだ。むしろ、冷静に判断して指示を出すに違いない。
第一、そのような内容は櫻姫ではなく、西角が送ってくるはずなのである。
おそらく、文に書いてあるのは櫻姫に関する事に違いない。そう思うと、書かれていることは必然と限られてくる。
はたと、事前に来た文の内容から東條はある可能性に思い至った。
「もしやな・・・・・・。ふむ、いずれにしても殿には正気に戻ってもらわねば」
このままでは、先ほどの使者のように周りの兵たちに余計な不安を与えかねない。
ここに来てやっと東條は景之を正気に戻すために肩を揺さぶって声をかけた。
「殿! 殿! いかがなされましたかのう?」
「・・・・・・えっ、あ、ああ。東條!」
はっと、景之は顔を上げて東條の顔を見るとやっと我に返った様だった。それでも、まだ動揺が消えないのか、うわ言のように呟いて振るえる手で持った文を東條に見せてきた。
「と、東條! すまぬが、これが真の字か、嘘偽りないか、見間違いないか確かめてくれ!」
「ほおほお、まあ、落ち着かれよ。どれどれ」
こんな面白い姿見た事がない。
いつもの無表情ぶりはどこにいったのかと内心笑いを堪えながら、東條は差し出された文に目を通した。
文には、櫻姫らしい丁寧な美しい文字が綴られている。初めは文が遅くなってしまった謝罪や自分は大事ないこと。城の近況など書かれていた。
そして、ちょうど文の中間くらいに、景之のこの動揺の原因となる文字が書かれていた。
それは、東條の予想通りの内容であった。
「ほお、これはこれは」
予想していた事とは言え、思わず東條も目を見開いてしまう。だが、すぐに目元を綻ばせて側にいた景之に顔を向けた。
「ど、どうだ東條!?」
「はい、確かに間違いのうございませぬよ」
「ま、誠か!?」
「誠にございます」
何がそんなに不安なのか、面白いほどに確認をしてくる景之の様子に、東條はおもわず苦笑をもらす。
そんな事など気がついていないのか、景之は再度東條が間違いないと答えたのを見届けると、手にした文をぎゅっと握りしめて事実を噛み締めるように目を瞑って顔を上げた。
と、その様子を黙って見守っていた東條を置いて、急に本陣の外へと出て行った。
「わしに・・・・・・、わしに! 稚ができたぞーーーーーーー!!!」
聞きなれない大絶叫が聞こえ、慌てて後を追いかけて東條が本陣の外にでれば、感極まった様子の景之と、戦の準備に取り掛かっていた兵達が突然目の前で雄叫びをあげた殿の様子に驚いて目を点にし動きを止めて見つめるという、なんとも滑稽な光景が広がっていた。
しばらく、あたりは静寂につつまれハラハラと紅葉の葉だけが散っていく。
それは僅かな時間だったのだろう。
はっと先に我に返った兵の一人が、事の次第を理解したのか歓声を上げた。
「ま、誠にございますか!!」
「おめでとうございまする!!」
「おめでとうございまする!!」
周りからの祝福の言葉に、景之も感極まった様子で頷いて兵達を見ながら、拳を上げて言った。
「ありがとう皆の者! よし! 何としてでも戦を終わらせてさっさと帰るぞ!」
「「「「「「「おおおおおおーーーーーーー!!!!!!」」」」」」
妙な気合の入った雄叫びが当たりに響き、異様な熱気が辺りを包み込む。
その光景に東條は顔を綻ばせた。
(ここは『勝って帰るぞ!』というのが普通なんじゃが、まあ、景之様らしいのう。しかし、ふむ。いい具合に志気が上がったのう)
東條は妙にやる気に満ちた兵たちの様子を見た。
明らかに、先ほどより良い状態だ。
けして、兵たちの志気が下がっていたという訳ではない。が、長引く戦に少し疲れが見え、徐々にだれてきていたのはたしかだった。
今回の知らせは、次の本戦に向けてのいい鼓舞になった。
それに、いつも冷静沈着な景之がこのように喜ぶ姿を見せたのもよい効果だったのかしれなかった。
(ふむ。奥方様はほんに佐久良家にとって良い奥方様じゃ)
興奮が冷めやらないまま兵たちは作業へと戻っていく。
この調子だと、本当に景之に功名の一つでも立ててやれるかもしれない東條が考えている時だった。
「おお!!? なんだなんだ? 佐久良の者達は威勢がよいなあ!」
東條の耳に、懐かしい声が聞えそちらに目を向けた。
と、そこには昔馴染みの若武者と見慣れぬ長身のひょろ長い男がこちらへと向かってきていた。
どうやら景之も声が聞えていたようで、同じように目を向けて来た相手を見て、いつもどおりに眉間に皺を寄せていた。
「惟継。お前も来ていたのか」
「おお! 景之! 久しいのう!」
そう言って、親しげに近づいてきた武将は景之の肩をバシバシと叩いて快活に笑った。
男にしては色白で逆に黒々とした黒髪に、凛々しくつりあがった目じり。
一見、優男で冷たそうな印象を与える男であるが、内実は行動的で明るく話し好きな内側と外側に差がありすぎる。
見た目だけはつい最近見かけた人物と似ているなと東條はふと思った。
と、惟継は景之の肩をバシバシと叩いた後、隣にいる東條にも目を向けてきた。
「お? なんだ、今回は西角ではなく東條がきたのか?」
「はい。お久しぶりでございます、惟継様」
「ああ、久しいなぁ! って、そうだ! 景之!」
そう唐突に大声で言うと、惟継はいきなり膝をおって両手を地面につけた。
その事に、周りにいた兵達もぎょっとして見ている。景之も一気に冷静さがもどったのか驚いて目を見開いていた。
「先だっては、愚妹が迷惑をかけてすまぬ!! 兄者も父上も大層侘びを入れたがっていた。あいつも反省して今は城に篭らせておる! 奥方殿にもどれほど迷惑な事を! この惟継が代表して詫びる!! すまんかった!!!」
そう言って、惟継は一切の迷いなしに景之に向かって土下座をした。
そのあまりにも凄まじい勢いに、さすがの景之も少し慌てたように言った。
「惟継! もう、侘びについては十分に受け取った。櫻も気にしておらんから、顔を上げろ」
「しかし、わしの気が済まぬ!!」
「もう良いから! いいから、顔を上げろ。兵たちが何事かと驚いているわ」
そう言って、景之自ら顔を上げようとしない惟継を無理やり立たせた。
惟継はまだ謝り足りなさそうにしていたが、景之に睨まれてしぶしぶ口を閉ざしている。
本当に、これが先日佐久良家を騒がした、あの藤姫の実の兄なのかと思いつつ、東條はその様子を見ていた。
惟継は真嶋家の次男である。藤姫にとっては直ぐ上の兄にあたり、年齢も景之に近かったため幼少の頃から二人は知己の仲だ。もちろん、東條や西角も顔なじみであった。
惟継の見た目は、見目美しい妹に似てこれまた整った顔つきをしている。が、その中身は熱血感であり、西角曰く女子のように話し好きな男で、お澄なんかは『中身が残念な人ですよねぇ』などと、彼を見てよく言っていた。
「で、何しにきたのだ? お前も次の合戦に向けて備えなくてよいのか?」
ようやく景之も普段通りに戻ったのか、いつもの眉間に皺をよせた顔で話しかけていた。
惟継も落ち着いたのか、ああっと思い出したように真面目な顔をして頷いていた。
「そちらのほうはわしは万事問題ない。父上もいるしのう。実は信長様から内々に今回戦に参加している若大将を集めて戦の前に茶会を開きたいと話が来てな」
「内々に若大将だけ?」
全ての対象ではなく、若手の大将だけあつめて茶会を開くという常には無い申し出に、景之は殊更皺を深くした。その問いに、惟継は肩を顰めた。
「ああ、まあな。あの信長様の事だから何かしら策があるんだろうがな。で、数名の武将達に声がかかって其々人を集めて来いと仰せだ。そんな訳で、わしがお前を直々に迎えに来たというわけだ」
「それはまた、唐突な事だな」
「それがあの方のやり方なんだよ。で。今すぐ向かうんだが良いか?」
「ああ。東條」
景之がこちらを向いた。信長の申し出であるここで断る事などできない。
東條は景之の目を見て頷いた。
「こちらはおまかせください。万事準備を進めておきますのう。惟継様、ちなみに場所はどこですかのう」
「山の中腹にある寺だ。あっただろう、小さいのが。そこで茶会を開くそうだ」
たしかに、ここに来ると途中に小さな寺があった。
東條は頭の中で正確な場所の位置と、何かあった時のためにどうするか対策を考える。あの、信長の事である。内々に集めて何を考えているのか。
ただの酔狂か、それとも何かの策略か。いずれにしても油断はできない。
それは東條は景之に今後の事も含めて目線だけ合わせて小さく頷き。そして、そんな事もおくびにも出さずに惟継に返事をした。
「わかり申した。では、殿さっそく準備を」
「ああ、頼む。と、惟継。そちらのお方は」
「ん?」
景之の言葉に、惟継は初め何をいっているのかを分からず首を傾げたが、目線をおって隣にたっている長身の男を見て「ああ」と頷いた。
その時になって東條も、後ろに立っていた大きな男を改めて意識した。というよりも、景之が言うまですっかり存在を忘れていた。
よくよく見ると、目を引くほど背が高く目立つ存在であるのに妙に存在感がうすい男である。ふと目が合うと、長身の男は優しそうな目元を和ませてゆっくりと景之と東條に会釈してきた。
「ああ、すまぬすまぬ。紹介が遅れたがこちらは葛葉辰彦殿だ。今回、任された布陣が隣同士でな。一緒に連れてきた!!」
「葛葉辰彦でございまする」
そう言って、にゅっと前にでてきた辰彦はその大きな背をゆっくりと折り曲げてお辞儀をしてきた。
大きな体のわりにはゆっくりとした動きである。声もとても一軍を率いる大将とは思えないほどのんびりとした口調だ。
「佐久良景之でございまする。今後とも宜しくお願い申す」
そう言って、景之は対照的なきびきびした動きでお辞儀を返す。
と、景之が顔を上げても、辰彦は何故かじっと景之の顔を見つめてくるだけで何も言わなかった。
「・・・・・・」
「葛葉殿?どうされた」
「あ、ああ。こちらこそ宜しくお願い申す」
惟継に声をかけられてから辰彦ははっと我に返ったように慌てて、にへらと眉尻をさげて苦笑しながら頭をかいた。
(何かのう? 今の間は・・・・・・。それに、葛葉か。はて、どこかで聞いた事があるような)
辰彦の様子を見ながら、東條は妙に頭に引っかかりを覚えたがその答えがわかったのは三人が茶会へと向かった後であった。




