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桜咲  作者: 夢雲まり
夕想の章
10/23

8 想終、香りを乗せ風吹き抜ける中で・・・・・・

回想外伝の部分を景之視点でお送りします。

丘の上に新緑の香りを乗せた風が吹き抜けていく。

その香りを堪能するように景之は大きく息を吸い込んだ。肺一杯に広がる新緑の香りがなんとも心地よい。

と、隣でくしゅんと小鳥が鳴くような可愛らしいくしゃみが聞こえた。

目を向ければ、櫻姫が口元に手を当てていた。その姿がなんとも愛らしく口元が緩みそうになったが、景之は心配そうに顔を覗き込んだ。


「大丈夫か?櫻」

「あ、はい。大事ありません」


櫻姫は嬉しそうに目元を綻ばせて、少し恥ずかしそうに微笑んだ。

その表情も、また何とも可愛らしく景之は思わず見とれてしまう。

と、櫻姫はこっそりとした仕草で手を擦り合わせていた。そう思えば心なしか、体が震えているようにも見えた。


そろそろ夏を迎えるとはいえ、朝夕はまだまだ肌寒い季節である。日が沈み始め、風もでてきたためか体が冷えてしまったのだろう。

景之は櫻姫の手を自らの手で包んだ。掴んだ手は水のように冷たい。自身の手で包み込んだ手を暖めるように摩る。力を入れすぎないように優しく温まるように。

突然の事に驚いたのか、櫻姫は少し戸惑ったような顔で景之に目を向けていた。

その顔に、景之は優しげに微笑んだ。


「手が冷たいではないか。こうしていれば、幾分かは温かいだろ?」

「あっ、はい……、温かいです」


そう言って、櫻姫は頬を赤くして恥ずかしそうに顔を俯ける。その恥らう様子がまた何とも可愛らしく、またも景之は目を奪われていた。


(そういえば、初めの頃も震えていたな。まあ、震えの意味が違うが……。今思い出せば、あの夜は散々であったな……)


と、思い出すのは婚儀の日の宴会の席の事である。









宴会の席で、景之は自分らしくもなく酒が進んでいた。

家臣に声を掛けられ顔を上げれば、周りにいる者全員にじっと目を向けられ、横を見れば櫻姫が座っていなかった。

あまりにも把握しきれない状況に、さすがの景之も困惑した。

とにかく、隣にいたはずの櫻姫がいつ席を立ったのかすら分らなかった事態に、自身が相当緊張していたのだという事だけは辛うじて思い知る事となった。


ただでさえ言い馴れない櫻姫の名を痞えながらも言いつつ、いつ頃席を立ったのかと聞けば、西角も東條も驚いた様子を見せた。

心なしか、2人が(主に西角だが)どこか呆れている様に見える。あまりの自分の失態に気まずくなり、景之は思わず、その時は2人から目を逸らした。

しかし、さらに戸惑う事はその後に起きた。


始まりは、声を掛けてきた家臣が今晩の事について話しかけてきた時だった。

初めは宴会を遅くまでやっていいか心配しているのかと思った。だが、どうやら家臣はその事ではなく婚儀の夜、つまり初夜を心配してくれているようだったのだ。

広間にいた家臣全員が声を合わせて言った時には、見た事もないほどの連帯感に驚いた。いつもこれ位の連帯感を持って行動して欲しいと思ったほどである。

だが、徐々に家臣に言われた内容が頭の中に入ってくると景之は思わず目を逸した。

その後、中堅の家臣達を中心になにやら夜の心配をされ始めたのだが、その内容を景之は実を言うと覚えてはいない。

なぜなら、初夜の事について考えていたからだ。


といっても、好色な想像をしていた訳では、けしてなかった。

それよりも、もっと切実な問題があったのだ。

初夜については、昔、無理やり老齢の家臣にそういった事が描かれた絵巻物を見せられたり、若い家臣達がこそこそと話しているのが耳に入った事があったため、それとなくは知っている。


だが、実を言うとはっきりとした事を知らない。


どういう手順でどういった事をして、どの程度すればいいのかを知らないのだ。

誰かに聞こうにも、こういった話を気軽に聞いていいものか疑問でもあった。なにせ、一番近くにいた西角と東條はまるでそういった話をしないのである。

だから、気軽に話してはいけない神聖な行為なのだと景之はずっと思っていた。

しかし、この状況からしてそうではなかったようだ。


と、そんな事を考えていると古参の家老が確信をついた事を言いだした。

その声をきっかけに、騒いでいた他の家臣達、西角や東條までもがいっせいに固唾を飲んで視線を向けてきた。


なんとなくではあったが、景之は本当は知らないなどと言ってはいけない気がした。

家臣達の会話や、今の家老の口ぶりからして、この年齢の武士、というよりも男がその事を知らないのは変な事であるらしいのは悟った。

悟られてはいけないのではないか、だが、本番を迎える前に本当の事を知っておいたほうがいいのではないだろうか。そんな、葛藤が景之の頭でせめぎ合っていた。

その一方で、こんな事でなぜ悩まなければならないのかという理不尽さで自然と眉間に皺が寄り、問いを投げかけた家老を恨めしく思う自分もいた。


とりあえず、悟られないようにしようと無難な答えを言った。が、直ぐにあっさりと古参の家老に確信めいた問いをかけられ答えられなくなった。

元来、景之は嘘をつくのが苦手な方である。だから、顔には出さない様にと幼い頃から自然と表情は硬くなっていった。


景之の答えに、古参の家老は大げさなくらい嘆いた。恐らく酒のせいでもあろう。

いつの間にか、非難の矛先が西角と東條に向けられ始めた。

家老に攻められ東條はいつものようにのらりくらりと答えているが、西角は苛立ちを必死に抑えているのがわかった。

今では冷静沈着な若手家老の代表のようだが、元々頭に血が上りやすい血気盛んな人物だ。酒が入っているため抑えられるか景之は妙に心配になった。


と、そんな心配をしていると、また新たな古参の家老が手ほどきをすると言い出した。

さすがにこの場でそのような話しをするのはいかがな物かと(なんだか今更な気もしていたが)慌てて断ったが、そんな言葉も軽く流され、けして姫や女中達には聞かせてはいけないような夜の話を老齢の家老達は自慢げに話し出した。


何度か話しを止めさせようとしたが、次々と他の古参の家老たちも話し出し、果てはそれに中堅の家臣達も加わり、最後には若手の家臣達が質問する始末で大広間は先ほどよりも熱気がすごい大騒ぎとなったのである。

心なしか、当の主よりも家臣達のほうが楽しそうなのは何故なんだ。


景之は余りの熱気に気おされながら話を聞き流そうとした。

だが、意識して聞こうとはしていなかったが、目の前に繰り広げられる話が耳に入ってこない訳がない。

自然と、頭の中では櫻姫の姿が思い浮かんできてしまう。

白い寝間着に着替え、風呂上りにほんのりと染まった肌。思わず生唾を飲み込んでしまった。

不謹慎だと思いつつも、それに反して心の臓がありえないほどに脈打つのを止める事は難しかった。


我慢も限界に達した頃、景之は大騒ぎする家臣達に一言言って、広間を急いで抜け出した。

後ろから、家臣達の非難の声が聞こえていたがそれも無視し、取り合えず熱を持った頭を冷やすために急いで井戸へと向かった。

着物が濡れるのも構わずに頭から冷水を何回も浴びた頃には西角と東條が心配そうに様子を見に来ていた。その時には既に頭はいつもの冷静な状態に戻っていた。


だが、いざ自分も寝間着に着替えると、再び緊張が甦ってきた。

何度頭から振らい、冷静な気持ちを保とうと努力するも、やはり寝所で待っている櫻姫の姿が思い浮かんでしまう。

そうこうしている内に、とうとう寝所にたどり着いてしまう。

頭の熱を振り払えぬまま、景之は一つ深呼吸をして覚悟を決めて襖を開けた。




と、襖を開けた先に見た光景に景之は一瞬目が点になった。

先ほどまで頭の中にいた櫻姫がたしかにそこにいた。

乾ききっていないつややかな黒髪。ほんのりと上気した白い肌。ほっそりとした肢体。想像以上に美しい我が妻の姿がそこにあった。

だが、とうの彼女は景之に気がついていないのか赤い顔を両手に包み、首を振って身悶えていたのだ。ひたすら、何かを嫌がるように首を横に振っている。

景之は櫻姫が心配になって声をかけた。

と、櫻姫はやっと気が付いたのだろう。驚いた顔で景之のほうを見た。


その姿に、景之は再び目を奪われた。

白い寝間着姿に包まれた姿がなんとも儚げであった。肩に垂らされた黒い髪が相まって色香まで漂っている。頬は紅色に染まり、白い肌がさらに際立っていた。


景之がじっと見惚れていると、櫻姫は驚愕の目で顔から血の気が引くように青ざめていった。そして、何を思ったのか慌てて手をついて頭を下げた。

あまりの勢いに景之が驚いていると、櫻姫はその体勢で挨拶の口上を述べ始めた。

声が尋常じゃないほどに震えている。そして、畳についている手を見れば脅えるように小刻みに震えていた。


(……やはり、怖いのだな)


景之は一気に頭が冷静になった。

先ほどまで、初夜の事ばかり考えていた自身が急に恥ずかしくなった。

自身は櫻姫に心が惹かれつつあったが、櫻姫が景之に心を寄せていない事を失念していたのだ。

何故か、心のどこかで自分も受け入れてもらえるだろうと根拠の無い確信を持っていた。

だが、実際はどうであろう。

櫻姫も一国の姫。

自身が求めぬ相手との婚姻を受け入れる覚悟はあっただろうが、実際はこうして隠し切れないほどに震え脅えている。

いくら婚儀を済ませたとはいえ、出会ったばかりの男に組み敷かれる恐怖があって当然ではないか。


(西角と東條に何か言われるかもしれんが、これから先は長い。我々は夫婦になったのだ。徐々に距離を縮めればよいのだ……)


そう自身に言い聞かせて、未だ顔を上げず震えている櫻姫を見る。本心では一緒にいたい。

少し名残惜しくもあったが、景之は襖に手をかけた。

後ろから、少し不安そうに櫻姫が声を掛けてきたが安心させるように言って部屋を出た。


案の定。

私室に戻れば、未だにいた西角と東條に何事かと問い詰められた。

景之は適当にそれなりの理由を言ってそうそうに私室に寝る準備をさせた。2人は(主に西角だが)どこか、訝しげな顔はしてはいたが、何かあったのだろうとそれ以上は問い詰めてこなかった。


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