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遥(はるか)なりウィンブルドン

GS(グランドスラム)を頂点にATP(世界テニス)が熱狂する夏のシーズン到来である。ATPランカーのKondoも好きなテニスに全身全霊打ち込んでいく。


Kondoがテニスに目覚めた少年時代。星野コーチの指導のもとにラケットを振る頃。テレビや雑誌で見聞きしたグランドスラムを子供心に最大の目標とし日々研鑽を積んでいる。


ATPトップのみが出場を許される憧れのグランドスラム。世界中のテニスフアンが注目し最高のステージにある。少年時代のKondoが夢物語に憧れは当然なことである。


ところがどっこい。高卒と同時にプロ宣言をしたもののATPランキングは下位低迷のKondoである。


Kondoの気持ちと裏腹にグランドスラムは各々開幕をし知らぬ間に閉幕してしまう。全豪・全仏。そしてKondoの憧れ全英ウィンブルドンである。


欧州テニス最高峰のエンシュージアム(熱狂的な声援)は全世界に伝わり閉幕とともにスゥ~と引く。


夏の暑さはスゥ~と消え秋の爽やかな気配になる。


「夏が終わったのか。欧州は四季が明確ではないから一年が知らない間に過ぎてしまいそうだ」


Kondoの夏は試練のものにしたい。Enevと掲げたスキルをひとつひとつあげておきたい。


欲張れば多彩なショットを身につけてここ一番の大切な場面で試合に使いたい。

焦りにも似た激しい練習をKondoはこなす。だが気持ちと裏腹にATP参戦の戦績は芳しくはない。

世界と戦うATPチャレンジャー(下部)が勝ち上がれず世界とのギャップを悩み焦りだけが残ってしまう。


KondoとしてはATPランキングを最低グランドスラム"予選"に突入する200~300位は欲しい。


下位ランキングKondoをサポートするのがJr.(ジュニア)からライバルとして君臨するブルガリアの若き英雄Enev(エネブ)である。

Kondoの同級生はお互いにお互いを尊敬し合い高みを求める。


ジュニア時代から意気投合した同級生である。プロテニスプレイヤーとなって再会を果たし切磋琢磨を誓う。


ふたりはATPランキングを駈け上がりテニスプレーヤー憧れのグランドスラム出場を狙う。


日本を出た理由をKondoは説明する。


「ATPランカーはいくらでも強いヤツがいる。日本という狭い島国に百年いてもATP世界テニスは狙えない」


単身欧州に乗り込みグランドスラム出場を果たす意気込みである。


ところがブルガリアの雄EnevにATP"ダブルス"ランキングで大きく水を開けられたKondo。


このランキング差は早めに埋めておかなければATPのダブルスに出場ができない。下位ランカーでEnevに迷惑が掛かるとして歯を喰いしばり追い掛ける。


シングルより先にダブルスランキングアップに躍起した。


なりふり構わずダブルスに出場し優勝か準優勝でポイントを稼ぐ。


Enevは夏の真っ盛りにKondoをねぎらう。


「Kondoよく頑張ったな。ランキングアップは褒めてやるよ。ATPダブルスもまずまずだ。まあライバルの俺から言うのもなんだが偉いな」


ランキングが約50位差。これからATPツアーはふたり揃ってシングルもダブルスも対等である。


夏の猛練習KondoのダブルスランキングはなんとかEnevに追いつく。


「Enevにひけをとることは嫌だな。ランキングにせよテニスにせよ」


EnevはKondoにエールである。


「僕らの夢はATPトーナメントで決勝対決をすること。ダブルスはガンガン打ちまくり優勝しかない」


EnevはニコニコしながらKondoにプラクティス(練習)しっかりやろうぜと言う。


ライバルの笑顔はここまでである。勝ち負けがはっきりするテニスという世界は厳しい。


「ツアーの優勝はシングルもダブルスもこのEnev様だ。ブルガリアの若き英雄が優勝のメインポールに名前をあげる。単複とも優勝しているEnevさまの名誉は永遠に刻まれる」


ブルガリアの英雄Enevとて勝負が目の前にぶら下がると別人だ。


「シングルのKondoは俺にどうしても負けてしまう。悔しい悔しい泣きます泣きます。"準優勝"に終わりますアッハハ」


勝負は常にEnev様が持ち帰る。ブルガリアの英雄は勝ち負けにこだわりである。


自信家Enevは腹を抱え笑い控え目なKondoは照れた。


照れ屋のKondoは英雄Enevに感謝しなくてはいけない。


プロ転向後のATP自己最高ランキングを更新出来たのはEnevのお陰である。


ブルガリアの英雄Enevが心折れるKondoを強引に引っ張たからこそ今日がある。


冗談にもツアー万年準優勝男と言われたKondoは言い返したい。


「そりゃあEnevには何かと感謝したい。だけど言い過ぎだ。なんで僕がEnevに決勝で負けるんだ。負けるつもりはないぜ」


互いに暑い夏に体力の限界を知り切磋琢磨。


「最高レベルのテニスを目指して技術向上だ。ハイレベルな戦いは敗北を招きはしない」


仲のよい同級生。Kondoが英語に慣れてくるに従い意思の疎通もうまくいく。


「シングルは僕が優勝だ。表彰台のメインはKondoに決まっている。日の丸の旗が翻っているわけだ」


Enevはちゃんと予想して欲しい。優勝はKondoの名を間違えないように。たどたどしい英語は正確に話さないといけない。


Kondoはたどたどしい英語で言われたら言い返した。

シャイなKondoを奮い起たせる。


「日本のテニスファンに誤解を招いたりしてはいけないな。優勝は"Kondo様"になる。負けた英雄Enevは準優勝である。誤解しないように頼む。決勝では若き"三河"の英雄Kondoにまったく歯が立たない"と訳を訂正してくれなくちゃアッハハ」


"三河"(みかわ)とはなんだ?Enevは日本の意味不明な単語に首をひねった。


EnevとKondoはひとしきり笑い飛ばしミッチリ練習をこなす。目指す目標はグランドスラム。ATP下部のツアーで勝とうが負けようが通過点になる。互いに相手の欠点も良さも押さえて日々の練習であった。


練習後クラブハウスにいく。ハウスのラウンジでスナック程度の軽食(サンドイッチとサラダ)を取る。


Kondoはブルガリアの料理に馴れてくる。食に関し好き嫌いのないKondoは2〜3回口に運べば何でも美味しい美味しいとなる。


ラウンジはクラブ会員でごった返し。ワイワイガヤガヤとテニスにフアッションに華が咲く。


ラウンジに大型テレビがデンと置かれ全米オープンテニスの中継である。日程では男子が準決勝(録画済み)。女子はこれから決勝だった。


テニス会員は全員テレビ画面に釘付けである。テニス関連番組を常に流し地元のブルガリア選手の試合は積極的に録画されていた。


「このテレビにEnevもたまに映るんだな。フューチャーズとチャレンジャーも録画で試合が見える」


地元だからEnevは大切にされていた。


ラウンジで会員と食事をするEnevとKondo。全米テニスに目が輝いた。

世界四大大会のグランドスラムがテニスプレーヤーの夢である。


小さな頃から過酷な練習に耐えに耐えたのは明確な目標があるゆえ。それがプロテニスプレーヤーである。

全米テニスオープン女子決勝戦。テレビ画面に大映しされたのがベルギーの女子テニスプレーヤー・エナンだった。


エナンはKondo・Enevと同世代1982年生まれ。


日本のKondoはとにかくEnevは欧州Jr.テニスで顔を合わせている。

「同じ歳のエナンとは正直大差だ。僕は試合に負けて悔しいつまらないと思う暇にエナンはWTAをガンガン掛けあがったよ」


ベルギーの女子テニスと言うと1973年生まれの美人バンルーストが有名で第1人者。


美人バンルーストはテニスコーチと結婚。後に離婚し旧姓ミブモナミに戻した。

結婚していた時が一番成績がよかった。愛の力がテニスに反映された証拠だろうか。


ベルギーというとドネーラケット。ベルギーのクバン(フランス語文化圏)に本社がある。


ドネーは地元ベルギーの選手なんだからと旧姓ミブモナミの時にラケットを提供をしていた。


だけどドネーでは勝てない。ギブアップされ契約解除である。


エナンはベルギーのリェージュ出身(ワロン地方)。エナンは1999年ベルギーリェージュのフューチャーズ(ティア5カテゴリ)に参戦をする。当時は17歳で世界テニスで戦えるような実力は未知であった。地元有望選手だからワイルドカードを出したという程度。


リェージュの女子フューチャーズは盛り上がりである。バンルースト以来のベルギー選手。しかも地元リェージュの女子高生。


エナンはやたら背丈がヒョロっとしていかにもひ弱に見える。観衆はせめてエナン1回ぐらいは勝ってと祈っていた。


その地元の女子高生エナンがリェージュに名前を刻む。


リェージュフューチャーズ(ティア5)の優勝を勝ち取った。


決勝まで危なげのないエナンのテニスである。サービスで勢いをつけ押して押して相手が怯むとネットについてボレーをビシバシ決めていく。


地元ベルギーのメディアは両手を挙げてエナンの優勝を褒め讃えた。


この大会のスポーツニュースの見出しにバンルースト以来の神童現れるが踊る。

エナンは地元リェージュで初優勝をかっさらい波に乗る。


「私はプロテニスで優勝をしたわ。まだまだテニスというものがわかっていないけど」


怖さ知らずの18歳。伸び盛りの青春真っ盛りはWTA女子テニスを勢いと若さで勝ちあがる。


負けようが負けまいが大会のグレードを構わずにアップをしていく。ノンストップの弾丸ライナーというイメージか。


WTA女子テニスのティアカテゴリーを駆け抜け気がついたら全英ウィンブルドンに出場していた。


地元ベルギーではエナンの若さとテニスの勢いからひょっとして"優勝"するんじゃあないかと期待される。

弾丸リェージュネエチャンは強いぜ。


このエナンは2002年ドイツオープンで観戦をしたことがある。当時エナンの名前は知ってはいたがさほど強いとは感じはしなかった。


試合で印象に残るのはウィルソンを片手バックにして積極的なネットプレーを展開していた。


ネットに詰め寄る瞬間はエナン自信に満ち溢れてノソノソと駆け寄るイメージだった。迷いはないのである。


日本のKondoとエナンは同世代。Kondoの1999年は高校2生であった。


この時期の高校生Kondoは充実していて世界Jr.で活躍する。秋に全日本でベスト8(金子敗退)である。


高校生時代にはウィンブルドンやローランギャロスのJr.に参戦を果たすが高2が際立つ。日本テニス協会は粋な計らいをみせる。せっかく欧州まで足を伸ばしたのだから東欧ハンガリーのブタペストチャレンジャーのワイルドカードを出している。


高校生のKondoが生まれて始めて体験する世界の強豪テニスであった。


女子高生エナンは世界で結果を残すが高校生Kondoは残せなかった。ただそれだけのことである。


グランドスラム全米テニスはエナンが優勝する。対戦相手に弱さを見せず横綱風格にて優勝を果たす。


クラブハウスで全米テニスの優勝を見るKondoとEnev。同世代のプロテニスプレーヤーの勇姿はどんな風に目に見えるのか。


熱狂する全米オープンが終わると秋風である。


星野は欧州へテニス留学に出掛ける。テニスクラブでは副支配人であり取締役に名を連ねる身分だった。


個人の事情留学ぐらいでクラブを長く空けることは出来ない。


クラブの支配人と株主総会は星野の事情を把握していた。


辞令を命ず。


星野副支配人殿。


当クラブより欧州テニス視察を命ず。


期せずして星野はクラブハウスから欧州留学をする。立派な仕事である。


長期に星野がいない間はサブのコーチ3人が力を合わせ埋める。クラブハウスの専任コーチは全員が星野の教え子である。若いコーチにはKondoの同期もいた。

星野コーチ安心して欧州に行ってください。


欧州テニスでしっかり見聞を広げてください。あみちゃんもお父さんと一緒に元気で帰国してください。


星野と娘あみ。クラブハウスの壮行会でのメッセージであった。


「お父さんがいるから安心しています。海外に出たら食事が大変だけど」


あみは簡単な日本食を祖母から習う。あみにとっては欧州で英語がわからないより料理の方が困難だった。

欧州に父娘が行くという星野家。マンションのリビングにパソコンを据えあみが一生懸命に祖父母にインターネットを教授する。


「コンピュータだからって難しく考えないで頂戴ね。やり方は簡単なことなの。パソコンは怒ったり拗ねたりしない」


祖父母は孫の教えに目をパチクリするばかり。テレビのリモコンも難しい世代である。


「いいわね。よくやり方を聞いて。このボタンを押して画面表示。アイコンが出るからクリックしてね。可愛い熊さんが出る。熊さんが出たらクリックを二回してちょうだいね」


あみは祖父母に欧州からのメールを受けて欲しい。


Kondoやテニスに関するインターネットを見て欲しかった。


インターネットを教えると祖母にだけあみ所有の携帯電話を与えた。女同士でこっそりやりとりしたいと思ってである。


メールの開き方と送り方を教える。現代っ子に普通にある携帯メール。


いささか祖母には理解不可能な難解ものである。


「ふぅ〜あみちゃん助けてよ。おばあちゃんには難しくてわからないよ。詳しいことは隣の人に聞くよ。コンピュータ会社にお勤めだからね」


隣近所にあみからの秘密のメールがばれてしまいそうだ。


「テニスクラブに(あみの携帯を)持って行ってもいいかね。事務所の女の子がチャチャっとやって教えてくれます」


アチャア〜


祖父母ともインターネットに拒否反応を示してしまった。


「覚えてくれないかしら。隣のおじちゃんなら携帯ぐらいわかるだろうけど」


あみのおすましお気に入り写真を送信したらお隣さんに見られちゃうのかなっ。

恥ずかしいお年頃の娘さんだった。


「欧州テニス留学は別に大学というわけではないんだ。学籍はロンドンのスポーツアカデミーにある。インターネットがあるから欧州のテニス選手権をちょいっと覗いてはリポートをアカデミーに提出する程度。難しい論文を披露しなさいではないさ」


テニス選手育成が認められた星野。欧州のジュニア育成に力を入れるクラブや学校には聞きたい話しがごまんとあるようだ。


欧州への旅支度を整える娘あみ。親娘水入らずで旅に出ることは生まれて初めてである。


旅行用トランク鞄にあみの作ったばかりの真新しいパスポートを入れた。父親の使い古した10年パスポートと一緒に仲良くポシェットにしまいこむ。


あみは父親について行くだけのことだが海外に赴任となると心が踊る。


星野は星野で気持ちも引き締まる。


「欧州に行く目的は留学だが第一に娘のあみを元気づけてやりたい。チマチマせせこましい日本列島から大陸的な気候の欧州に行けば気分転換になる」


父親星野としては可愛い娘のために"欧州観光旅行"をする。欧州諸国はあみが行きたいという国をいくらでも行くつもりだった。あみが喜ぶ顔がみたいのである。


「欧州にはテニスはいくらでもある。首都にいけば大なり小なりある。ウィンブルドンとかローランギャロスとか」


テニスコートにいけば選手とそのコーチ家族。オフコートの付き合いには星野は父親の視線を持ち娘あみを若い選手との架け橋にさせたいとも思っていた。


「あみが欧州で活躍するチャンスもある。海外では日本女性は人気さんらしいからな」


こうして星野父娘はセントレアからフライトをする。空路は北欧ヘルシンキ(フィンランド)である。


最初の訪問国を北欧にしたのは理由がある。綺麗な自然風景がフィンランド。あみに喜ばれるのではないかとヘルシンキを星野は選んだ。


フライトしたフィンエアーの機内。星野は嬉しそうな娘を見てホッとする。


「お父さん北欧は大自然の宝庫なんだね。写真を見るとお伽の国みたい。私夢見ているようだわ。首都ヘルシンキって綺麗な街なんだろうね」


手元のガイドブックを嬉しそうに眺めて夢を見ていた。


「あみは北欧が嬉しいかい。そりゃあ良かった。お父さんは二回目のヘルシンキなんだ。少しはあみに街を案内できるかなアッハハ」

世界Jr.テニス選手権は欧州諸国で開催される。Jr.育成コーチは引率保護者として常に海外遠征に同行であった。


セントレアから約13時間の長いフライトを経て8月のヘルシンキに到着する。


秋のような気候の街ヘルシンキだった。飛行機を降りるとヒンヤリ。あみは荷物をイミグレーションで受け取るとさっそく父親に長袖シャツを出した。


体調管理は身内の娘だからこそであろうか。


「ありがとう。お父さんが風をひいたら大変なことだよアッハハ。ところで心配なのはあみの英語。言葉は大丈夫か」


あみは現役の女子大で英文科1年である。英語は好きな科目で専攻である。


だがジャパニーズ英語に馴れたあみの英語。聞き齧り程度のそれは欧州諸国で通じるのか。


フィンランド語が母国語である。観光客には英語のツーリスト案内である。


「うーん英語はどうかな」

星野としては高い授業料を女子大に支払う身分。少しは役に立ち元が取れなくてはと秘かに思う。


女子大生あみは中・高校でオーラル(聞き取り)など本格的にやらない。非英語圏日本人全体に言えるがヒヤリングには苦労し苦手である。


父娘は定刻に空港のロビーに降り立つ。フィンランドテニス協会理事の出迎えを受ける。


あらっ~


ヌゥ~と現れるのは思わず見上げてしまうほどの大男だった。あみは海外に来たなあっと実感をする。


「ミスター星野ですね。そして可愛い娘さん。あみさんですね。ようこそ我が国フィンランドにいらっしゃいました。長いフライトで疲れたでしょう」


身長は190はあろうかの理事である。あみはしゃがんでもらいがっちり握手してもらう。


山のような理事を見上げる日本の娘さん。口をあんぐり開けて眺めるだけのあみだった。


理事の話す英語を懸命に聞きたいと耳を傾けた。インテリな理事はクリアな発音の英語である。が哀しいかな不馴れなあみに聞き取れない。


「イヤ~ン駄目だわ。ウェルカムとサンキューぐらいしか聞き取れない」


中学1年ぐらいのヒヤリング英語である。後はさっぱりでひたすら無意味にニソニソするだけである。


こうして星野親娘の欧州旅行(テニス研修留学)はスタートする。


星野の奨めであみもロンドン語学学校の生徒になっていた。語学は専修程度である。インターネットで授業の課題をリポートし返信する程度。ロンドンの語学学校は授業料さえ支払って頂けたら後は何も申しませんである。学籍だけは授業料の支払いで確保されている。


ヘルシンキホテルに投宿したら早速星野はテニスコートを訪れる。ヘルシンキ郊外のJr.テニス事実を精力的に見て回る。


成長過程にある子供のテニスを見ることは星野の生き甲斐であり生活がかかっている。疎かにしない。


ヘルシンキテニス協会は星野のジュニア指導を見たくてたまらない。当然テニスコートで熱が入り仕事に熱中してしまう。


娘あみはおざなりである。

「お父さんとJr.テニスを観戦したらヘルシンキ観光に出かける。せっかく来たんだから海外旅行もしなくてはな」


父親とテニス観戦ばかり連れられたらあみはさぞかし退屈だろう。あみが飽きて厭になるかと気心を入れた。


「お父さん心配しないで。あみも子供たちが好きよ。かわいいキッズテニスは楽しみよ。北欧ヘルシンキのお子さんが熱心にラケットを振る姿なんて感動ですもの」


テニスっ子あみはまんざらでもない様子である。子供時代にKondoを慕いテニスコートで遊んだことを思い出す。


フィンランドテニス協会理事と星野はテニスラウンジで盛んにJr.育成方針を語る。日本のJr.育成過程はどこに秘密があるのか。理事はいろいろと探りを入れてくる。


「ジャパニーズ星野のJr.育成は世界中から注目されている。フィンランドは北欧であり冬のスポーツが盛んな国。子供がテニスに興味を示さず成長してしまうことが悲しい」


北欧フィンランドはスキー王国である。冬季オリンピックならばジャンプとノルディックはお家芸。ジャンプ競技と距離スキーは子供らの憧れである。理事もスキーにはかなりの思い入れがある。


「私も子供時代には学校のヒーローとしてジャンプに憧れました。かっこいいからと女の子の前で飛んでました。でも夏のスポーツでテニスもまんざらではなかった」

理事は冬に足腰をスキーで鍛えフィンランドのデ杯選手にまでなることができたと自慢である。


「フィンランドにテニスは根づくかどうか。Jr.育成キッズテニスの指導者にヒントはあると思います」


理事は自分が取り組んだテニスを若い選手に継承してもらいたい。熱を入れた話は涙ぐましいものとなった。


「ところで娘のあみちゃんですか。お嬢さんに質問です。フィンランドにムーミンがいることはご存知ですか」


マンガは好きなあみ。


「妖精のムーミンですね。私が憧れているのはスナフキンです。そうだフィンランドでしたね」


マンガの世界にいるムーミン谷。フィンランドでは実在で世界から子供が楽しみに訪れている。


「ムーミンを紹介しましょう。あみお嬢さんにムーミン谷をお見せしましょう」

理事に連れられムーミン谷へ。クルマを運転する理事はぼやいた。ムーミンは子供の人気者でヒーローたるもの。だがテニスは違っている。


「ムーミンもスナフキンもマンガの中でテニスをやってくれないかなあ」


フィンランドの子供は間違いなくラケットを握りウィンブルドンを知るであろう。


ワクワクしながらムーミン谷を訪れるあみ。歓迎された博物館ではたっと思い当たる。


※日本のマンガムーミンとフィンランドは少し形態が異なる。


「あれっなんか変だなあ。ムーミンのお人形さんってこんな感じなのかなあ」


デブっとしてイカツイ感じがした。あみは鬼瓦のような父親に似てなくもないかなあと思う。


何気なく星野を見た


ムーミン人形を見て思わず吹いてしまった。


ぷぅ


「おっあみ。ムーミンがそんなに楽しいか。よかったなあ。理事さんにお礼を言わなくちゃあなあ」


星野がにっこりムーミン谷をノソノソと歩いてみる。2~3の観光客がムーミンの人形がいるわっとカメラを向けた。


バチャ


あらっムーミンって悪役キャラクターもいるんだわ。

星野たちはヘルシンキからタンペレを抜けロバニエミ(サンタクロースの村)に向かう。


フィンランドになぜサンタクロースがあるのか。


真っ赤なお鼻のサンタクロース。トナカイの(そり)に乗って子供たちにプレゼントを贈る。そのわかりやすいイメージから世界の子供たちが想像を逞しくした。


フィンランドにはサンタクロースさんがいますか


寒い国には馴鹿(トナカイ)さんがいます。サンタクロースさんは休んでいるんですか。


サンタクロースは世界中探してどこにいますか。


とある子供さんが世界から手紙を出した。その返信をフィンランド郵便局がしていく。子供の夢は壊さないでいこうと親切心ある局員がいた。


「サンタクロースはフィンランドにおります。会いにいらっしゃい。プレゼント持って待ってます」


返事をもらった子供のためにロバニエミに観光リゾートを作って村とした。


ロバニエミ村のサンタクロースは英語・フランス語・ドイツ語も喋る。さすがは国際派である。


観光客に雑ざりあみはゆったり座るサンタクロースの前に立つ。日本女性あみは珍しいもの。すぐ目に留まる。


サンタクロースは観光客の中からあみに出なさいと手招きした。


「おお可愛いお嬢さんですね。お嬢さんはいくつかな」


女子大生あみは幼く見られる。あまりモノを考えないため中学生程度に間違えられた。幼い子供扱いである。


お嬢さんの名前は?


お父さんと一緒なんだね


どこから来たんだい


簡単な英語でサンタクロースおじさんはあみに質問をする。


あみはエヘヘッと苦笑いをする。英語がよくわからない。


「名前はあみです。日本から来ました」


中学生並みの受け答えである。英語はネタギレし日本語で喋るとサンタクロースは首を盛んに傾けた。


うん?アフリカの原住民だったのか


サンタクロース博物館にはサンタさんからの手紙コーナーがある。


「お手紙は日本にも送られるのね。あらっ日本語もサンタさんはわかるみたい」

あみはさっそくおばあちゃんにサンタクロースからの手紙を送ることにした。手紙はクリスマスである。


"中学生のあみ"が肥ったサンタクロースのお腹を撫で撫でしてフィンランドを満喫する。


可愛い中学生の女の子に遊んでもらえたサンタクロースはいたって喜びである。

「日本の中学生はちょっとひねているなあ」


あみが北欧フィンランドを満喫している頃。


KondoとEnevはATPランキングアップのため欧州テニス(下部カテゴリー/フューチャーズ・チャレンジャー)を過酷なツアースケジュールとし自らの糧としていた。


ワンランクでも高くATPをあげたい。


二人の目標はシングル/ダブルスともに決勝進出である。寝食を供にするふたりの同級生は息のぴったり合うパートナー。知らず知らずにダブルスのスペシャリストになりつつある。


ATPツアーのダブルス成績がアップし始めたらシングルの取りこぼしが減っていく。


トーナメントに出場をしたらベスト8~4にコンスタントに残れる実力がついてくる。


季節は全米テニスが終わったばかり。次節のグランドスラムは翌年初っぱな全豪である。


ふたりは憧れのグランドスラムの名を聞き目が輝いた。ATPランキングの上昇によっては手の届く距離にグランドスラムがある。


「ダブルスはATPランキングがあがってる。間近な大会全豪(ダブルス)まで手が届く距離だ」


毎月曜発表されるATPランキング。ツアーに勝つとKondoは発表が楽しみである。

二人の誓いはシングル/ダブルス世界制覇である。だが肝心要のシングルランキングがアップしないことにイライラが募る。


Kondoが単身挑んでいる欧州テニス選手権。頂点には全英と全仏のグランドスラムが双頭の鷲のごとく光り輝いている。


Jr.(ジュニア)時代のKondoはグランドスラム夢に見てラケットを振り続けたことがある。ちょっと試合で勝てば手が届くと思い星野コーチに叱られた。


「グランドスラムに手が届けば星野さんに恩返しになる」


欧州テニス選手権にグランドスラム以外に全独・全伊テニスもそれなりの規模の選手権になっている。優勝賞金ATPポイントは当然高くなる。


ならばランキングをアップし出場してやろうかと思う。


しかし。


現実に出場はATPランキング100以内かそれ相当な実力のある選手の話である。

ATPランキングはKondo300位台(自己最高記録更新中)。


グランドスラムやセミグランドスラム大会場もまだまだ夢の夢の…。


Kondoには欧州テニス選手権チャレンジャーが関の山である。


ダブルスが面白い程ランクアップしていく。


「Kondo喜べよ。俺たちのダブルスはATPポイント100ぐらい加算でグランドスラム招待状が届くぜ。チャレンジャーを2大会優勝したら行ける」


チャレンジャーならば頑張ってみたら2週連続はいけそうだ。


ダブルスでと言われたKondoはグランドスラムに目が輝く。


手の届く距離に憧れのグランドスラムがやってくる。

ふたりは来週からのチャレンジャーをシングルを捨ててダブルスのみに絞るかどうか相談する。


「2大会にダブルス優勝をすればATPランキングは文句なしだ。来年の全豪から招待状が届く。僕はチャンスがあればトライしたい」

Enevはグランドスラムに行けるチャンスは逃したくはないと目を輝かせた。


「全豪をつかまえるチャンスがあるなら出場権を手に入れたい」


Enevはこれからのツアーは身近な全豪を目標にダブルスだけに集中しよう。ATPランキングを上げようじゃあないかと提案する。

Kondoもグランドスラムは高校時代に夢見たクチ。ダブルスパートナーは気の合うEnev。文句も言えないところではある。


だが待って欲しい。


KondoもEnevも目指すグランドスラムはシングルテニス。Kondoはシングルをメインにあわよくばダブルス出場を果たしたいと思う。全豪だグランドスラムだとはしゃぐEnevを諭す。

「僕は欲張りなのかもしれない。いやバカなのかもしれない。全豪にダブルス出場は名誉な話だ。僕は日本を出る時にシングルで世界テニスと戦いたいと誓ったんだ。

KondoのATPシングルは低く300台前半。直下の全豪本選出場に間に合わないかもしれない。


だが地道にATPツアーのランクをアップさせていけば期間に余裕がある春の全仏や全英に間に合うかもしれない。


ダブルスに集中したいEnevと物別れとなってしまう。


「Kondoよく聞いてくれ。俺たちはチャレンジャー2大会優勝するだけだぜ。何もシングルを疎かにするとは言ってやしない。ダブルスであろうがシングルスであろうがテニスにかわりはない」


このダブルス重視かどうかのテニス感の違い。蜜月を構築するふたりに陰を落とし微妙ないざこざは如実に試合に反映する。


ATPランキング上位で臨んだ直下の大会。優勝するぜと挑んだチャレンジャー(ダブルス)はなんと緒戦で敗退した。敗戦相手はまったくの無名ペアであった。KondoEnevペアになって初めての屈辱を味わう。


KondoもEnevもこの予期せぬ敗北には堪えた。


「日本の格言に『身の(たけ)に合った』というものがある。望外なる思いをしたらいけないという理屈さ」


それを言うなら身の丈というより『捕らぬ狸の皮算用』『逃がした魚は大きかった』


負けたコートでは観客がどうしたらよいかわからないでいる。優勝候補の敗北など初日にお目にかかるとは。


KondoからEnevに手を差し出した。Enevはコートにへたりこみ下を向いたまま動けない。


緒戦敗退はATPポイント獲得失敗となる。勢いで行ける全豪への夢は絶たれてしまった。


「Enevもう一度最初からやり直しだ。グランドスラムはいつも僕たちを待っている。どんどん挑戦しよう。全豪が終わり次に全仏。全仏がダメなら繋いで全英さ」


コートにガックリ項垂れたEnev。全豪への夢物語からなかなか醒めない。Kondoを見上げ仕方ない顔をした。


「仕切り直しだな。1からやり直すか」


腰のあたりに重い石があるかのごとく立ち上がった。

「ああっKondoよ。やり直したいものだ。シングルスにダブルスにもう少しうまくなってみたい。俺たちに世界と戦うに不足なものがある。しっかり補っていこう」


全豪に絶望したEnevは感心をした。Kondoを見直した。


こいつは絶望という感情を知らないのか。奈落の底に叩き落とされても笑顔で平気なタイプなのか。


ひょっとしたら明日から何食わぬ顔でテニスをしているんじゃあないか。


「KondoふたりしてATPランキングをアップしよう。チャンスがあれば世界のトップ10を狙い打ちだ」


口を尖らせたEnevは立ち上がりラケットをギュと握りしめた。


星野の教え子Kondoは冷静になる。失敗した場合に星野から教わる教訓をふつふつと思い出す。


逆境を喜べ。今が底だと思えばそれ以上悪くならない。


楽観してしまえ!


「星野コーチは北欧訪問なのか。毎日届くあみからのメールでわかる」


プレーに困った時のKondoは星野にコーチングをしてもらいたくなる。星野のテニスはKondoのすべての原点になる。


星野とあみの北欧滞在はフィンランドから隣国スェーデンに移る。


テニスに長年携わる星野は思い入れのある国である。

そのわけは


「お父さん私知ってるよ。スェーデンって有名なテニスプレーヤーがいたわ。お父さんのお部屋に写真があったもん」


エヘヘ


あみは両手バックを真似した。星野が若い頃盛んに真似をしたボルグのバックハンドである。


星野が憧れてテニスをした選手。プレースタイルをとことん研究しラケットを同じように揃えた。


その名はビヨンボルグ(スェーデン)。世界テニスに燦然と名前と記憶が残る名プレーヤーである。


星野の青春そのもの。テニスをすることはボルグに成りきることかもしれない。

ボルグの手にあったドネー(Donnay)ラケットは若き日の星野の手にもしっかり握られていた。全日本初出場のコートではドネーを武器に和製ボルグと化し有明を走り回った。


あみはボルグを父親の部屋のポスターで覚えた。


「ああっよく覚えていたね。そうだボルグの国だ。お父さんが一番憧れたテニス選手かもしれない。ノーベル賞もスェーデンのストックホルムで授与だね」


星野はヘルシンキからストックホルムへ優雅にフェリーの旅を楽しんだ。一面に広がるバルトの海を満喫をする。


「北欧のバルト海は素敵なんだね。私初めて見て驚いちゃった」


あみは飛行機に乗るわフェリーには乗れるわと欧州旅行を充分に満喫した。


ストックホルムでも星野は有能なJr.育成コーチとして歓待を受けることになる。


ストックホルムの港にはスェーデン王立テニス協会の理事さんが待っていた。


「ミスター星野ようこそストックホルムへおいでくださいました。我々はミスターのお越しをお待ちしておりました」


こちらの理事も背が高いのである。あみは高いタワーを仰ぎ見るようである。


「オオッこれはこれは。なんとかわいいお嬢さんでございますね。ミスあみ。えっとあみさんですね」


理事はしゃがんであみを見つめた。巨人と子供である。


到着する星野を温かく出迎える理事たち。行く国で父親が歓迎されるのを見てあみは驚く。


「へぇ~あみは知らなかった。お父さんって国際的に有名なテニスコーチなんだなあ」


出迎えた理事のメンバーに囲まれ挨拶をする父親を改めて尊敬する。


ストックホルムの郊外に王立アカデミーテニスクラブがある。この王立アカデミーテニスクラブはATP-ストックホルムオープンが毎冬開催されている。


スェーデン国内では権威と伝統のATPテニス大会となっている。


「このアカデミーからボルグは世界に羽ばたいたんだ。世界に続くはステファンエドバーグもだね」


ボルグフリークのテニス小僧は興奮覚めない。子供時代から憧れたスェーデン選手の写真がアカデミーのフロアにデカデカと飾りつけられて魅了していた。


テニス選手写真の中にスェーデン選手ビョークマンもいる。


星野は写真の前に立つ。感慨無量な面持ちで眺めてみる。スェーデンの理事はどうしたのかなと伺った。


「ビョークマンかっ。ジャパンオープンに出場してくれたな。あみはわかるかい」


ジャパンオープン出場のビョークマンはKondoと対戦をしたことがある。当時は高校生。世界の一流と戦うのである。星野は心配のあまりコートサイドまでついて行ってしまった。


世間から過保護なものだとか子離れがされていないコーチと非難された。


「Kondoは世界テニスと生まれて初めて対戦したんだ。あの試合は一生涯忘れられない。俺はせっかく育てた弟子のKondoが壊されてしまうのではないかと心配でたまらなかった」 


心配でたまらない試合はKondo劣勢のままスタートをしそのまま進行する。


星野は手に汗を握り戦況を見つめた。世界トッププレーヤーに高校生のKondoが何かひとつでも抵抗できたらと祈った。


星野は最後にはコートサイドで腕組みをし泣き出して見ていた。


Kondoのサービスがリターンされると全身がびっしょりとなる。18歳のKondoのサービスはスピードよりコントロール。世界に通用する以前の問題である。


Kondoのストロークは星野の教える教科書のようなもの。素直なストロークスイングは簡単に打ち返されていく。


Kondoのネットプレー。世界と戦うためにボレーは星野が最も力を入れていた。

Kondoのパッシングショット。いやダメダメ。パッシングするまでに勝負は見えてしまう。


星野が精魂込めて教えたプレーの数々はどれも世界のトップビョークマンに通用しなかった。


敗戦後に観客の拍手がパラパラと起こる。高校生としてはよくやったと温かい。ジャパンオープンは日本選手に温かい。


コートを離れて拍手も途切れる。Kondoはクラブハウスでひとり泣き崩れた。


この試合でテニス少年は恐怖感を覚えてしまった。テニスとはこんなにも恐ろしいものなのか。世界には化け物みたいな選手がうようよなのかとおじけていた。

星野は泣きはらすKondoに慰める言葉などなかった。

まだ18歳の高校生は成長過程である若きプロテニスプレーヤーの卵だった。


星野は王立アカデミーコートに招聘されていた。ストックホルムの子供たちの実戦指導を行う。


理論だけでなく実践するのは日本とスェーデンの指導方針に違いがあると言われたからである。


冬が長いスェーデンでは外のコートは使えない条件がある。そのため室内競技卓球も人気スポーツである。

室内コートでプレーはテニス・卓球・バッドミントン・スカッシュだろうが楽しみは変わらない。


室内を子供時代から駆けまくるスェーデンのJr.たち。星野からみたら雪のハンディをうまく克服してテニスに邁進してくれよっと祈る思いである。


星野はビヨンボルグと同世代の理事からあれこれスェーデンテニスの実情を聞く。


「今や我が国ではテニスを含むラケット競技は斜陽です。子供の興味を抱かせないマイナースポーツということ。ビヨンやエドベリ(エドバーグ)がいた頃はすでに過去の話です。フィンランドの子供は時節柄世界の人気スポーツ・サッカーに夢中でしてなアッハハ」


サッカーから溢れた子供がテニスをしている感じである。


星野は気合いを入れ子供にテニスを指導していく。テニスの楽しみと良さを充分に教えてやりたかった。


キッズテニスが終わってあみは街に連れていかれる。ストックホルムではイングリッドバーグマンが勤めていたデパートを巡る。理事の奨めたハンドバックをひとつあみどうですかと手渡した。


「わあっかっこいいなあ。ありがとう理事さん。お父さん私に似合うかなあ」


"中学の"あみには不似合いか。貴婦人にはふさわしいハンドバッグだった。


買い物で喜びのあみとは対照的に星野は落ち込む。憧れのボルグの国でテニスはマイナーと言われてショックである。


「次の国はあみのお気に入りになると思うな。あみだけでなくお母さんが生きていたら喜んでくれただろう」


ストックホルムから父娘は再びフェリーに乗船しバルト海をコペンハーゲンに向かう。これから向かうはデンマークである。


コペンハーゲンと聞いてあみは大喜びである。女子大生あみというより中学生並み。


「だって嬉しんだもの。アンデルセンの国だもん。そうだねっ子供の頃あみに童話集をお話してくれたお母さんも大好きだもん。お母さんが生きていたら喜んでくれただろうね。お部屋にある絵本のたくさんはおばあちゃんが読んでくれたの」


アンデルセンの童話集。ピノキオ・マッチ売りの少女・人魚姫


母親の温かさを感じアンデルセンの絵本に夢を見たあみ。僅かに母親の面影が蘇ってくる。


星野は父親として連れて来てよかったなあと嬉しい。

あみが憧れたアンデルセン童話。人魚姫は港の近く海岸に像がある。この人魚姫像はエピソードがある。


コペンハーゲンの観光名所として人魚姫の像を彫刻家に依頼する。彫刻家は早速人魚姫のイメージなモデルを募りデッサンから製作に取り掛かる。採用されたモデルは美人だった。


「なんと美しいモデルさんなのだ。足が細くてきれいだ。人魚姫だったから足は尾鰭(おひれ)でなければならない」


彫刻家はモデルに恋をしてしまいモデルの美しい足を描いてしまう。完成した人魚姫には普通に足がある。

さらに彫刻家は銅像完成と同時にモデルにプロポーズをして結婚をしている。この美人モデルは岡田真澄のオバチャンらしい。


もうひとつ人魚姫。大正時代。昭和天皇と良子(ながこ)皇后陛下はコペンハーゲンを含む欧州旅行に出かける。天皇皇后としては新婚旅行のコペンハーゲンだった。良子皇后は満面の笑みで人魚姫の像の前でお笑いになられている。


あみと星野はテニス協会の職員に案内をされ海辺を歩く。観光名所の人魚姫像に行く。


あみは幼稚園時代に生前の母親に読んでもらったアンデルセンが蘇ってくる。遥かかなたにある母親の思い出がそこにある。


「お母さんが読んでくれた絵本は覚えている。お母さんが読んでくれたお話は全部素敵だったもん」


あみは哀しい結末の人魚姫に母親をダブらせていく。

アンデルセン童話『人魚姫』は人間に恋をしてしまう。海に育ち海に生活する人魚は人間に恋はタブーである。


その恋はうまく実らなければ人魚自身海のモクズとなりこの世から消えてしまう運命を辿る。人間との恋に命を賭けウブな人魚姫は破れてしまう。


あみは父親と人魚姫の前でデジカメに収まる。父親と写真を撮ると笑顔をふりまき可愛い女の子を見せる。

だがどうしたことか。人魚姫の悲恋を改めて知りKondoの顔が浮かんだ。


人魚姫の哀れな結末悲恋が脳裏を過ってしまう。


あみはKondoを慕う女の子である。世界と戦うテニスプレーヤーはあみなどの女子大生は眼中にはないのではないか。


あみはお兄ちゃんが好きなだけだもん。別にお兄ちゃんと結婚したいとか思っているわけじゃないもん。


お兄ちゃんはお兄ちゃんの夢がある。世界的なテニスプレーヤーになるんだもん。


それに比べたら何にも取り柄のない女の子があみである。不釣り合いなふたりは恋が実ることはないのである。


あみとお兄ちゃんは…


あみとは別々の人生を歩むことになる。


お兄ちゃんとあみは関係ないもん。


優しい笑顔を湛える人魚姫がいるコペンハーゲン。幼なじみのKondoを恋の対象として見てあみ自身は悲しみの女性に映ってしまう。

あみはあみの手で人魚姫を携帯写真に撮る。写真の中にあるのは恋が実ることのないあみ自身であるかもしれない。


お気に入り写真を撮るとおばあちゃんにメールをしたい。


おばあちゃん元気ですか。あみは今コペンハーゲンにいます。素敵な人魚姫に逢いました。


おばあちゃんに送信メールをするとKondoにも人魚姫を送ろうかと思う。


携帯アドレスをクリックしてKondoのアドレスを探す。


「お兄ちゃんは子供じゃあないから。人魚姫なんかに興味ないだろうなあ。男の子だから人魚なんかに興味はない」


Kondoが見たらあみはお子ちゃまに思われる。ひょっとしたら笑われてしまうかもしれない。


あみは子供じゃあないもん

あみは女子大生になったのよ。


お兄ちゃんにちゃんとした女と見て欲しい。


あみは写真を消してしまう。ハッとしたら次の瞬間に無意識な消去をクリックしてしまう。画像は鮮やかに写メから消えてしまう。


あみの目に涙がうっすら光った。


星野は終日コペンハーゲンを観光する。デンマークテニス協会の計らいで英語の堪能な職員を案内役につけてもらう。


「えっコペンハーゲンって歴史的な街並みなのね。あみはもう少し世界史を学んでおくべきでした」


世界的な遺産を案内してもらうと父娘はノルゥエーはオスロを経由して英国入りをする。


「北欧諸国最後の訪問先だね。北欧は美しくて魅力があるな」


オスロは残念ながらテニスとは無縁になった。スキーノルディックの国にはテニスはなかった。


北欧に別れを告げると英国にフェリーで渡る。星野はあみにどうだいと尋ねた。

「キャア~イギリスに行くのね。イギリスは英国エリザベス女王のお国さん」


女子大生あみ。気品と格調高きプライドの英国に人並みならぬ興味である。


普段チャラチャラしている女子大生あみ。大学の専攻は英米文学である。当然イギリスは学問対象になる。

父親としては高い授業料を支払う英文学の女子大生。少しはあみが役に立たないかとぼやきたくなる。


「えっお父さんどうしたの。あみの顔になにかついているかしら」


英国というと英国人だけと思いがちだが内情は違っている。


・イングランド(ロンドン・スコットランド(エディンバラ)

・ウェールズ

・北アイルランド(ベルファスト)


「せっかく女子大で英文学を勉強しているんだから頑張ってしゃべっていかないと。英国を満喫したいなあ」


ロンドン語学学校の授業料すらもったいないことになる。


あみたちはニューキャッスル港から陸路でロンドンに向かう。


ロンドン。人口800万人の大都市。世界4大都市の誉れ。

星野はビクトリア・(コーチ)ステーションに到着すると日本人の歓迎を受ける。日本大使館からお迎えの車があった。


「ようこそロンドンへ。星野さんお待ちしておりました。長い旅でお疲れ様ですね。あみちゃんも疲れでしょう」


英国テニス協会は日本大使館と密な関係で大使館を通じ星野には接触をする。


大使館で星野はもてなしを受ける。英国大使は星野と同じ愛知出身だった。エリートコースを歩み東大テニス部出身。


「大使は大のテニスフアンなんです。大使館で練習試合もやられ腕前は衰えはしません。今も休暇にはラケットを握られています。

星野さんは選手時代から憧れのファンなんです。なんでもその昔に全日本で活躍されたプレーを見たそうです。全日本の勇者福井さんとの試合だったそうです」


世間は狭いものである。星野がたった3回しか出ていない全日本であるかもしれないが観戦したとは。大変に貴重な存在である。


星野がホテルにチェックインすると大使の秘書から電話が入る。


「星野さんに早くお逢いしたいと申します。車を回しますから大使館まで来てください。夕食の晩餐会は盛り上がります」


星野とあみは長旅の疲れを癒しホテルのシャワーを浴びて着替えをする。


冷蔵庫を開けるとオレンジジュースがある。グイッと父娘で仲良く飲み干す。


「お父さん英国のジュース美味しいね。天然果汁のジュースだよ」

星野はグイッとコップ一杯煽ると満足する。あみはごくごくと二杯目を注いで飲み干す。喉がカラカラだったなあと思い忙しく玄関にいく。


お迎えの黒塗りリムジンには盛装をする運転手が待ち受けていた。


「お父さん凄いね。英国の王様になった気がする」


ホテル玄関先には大使館職員が礼儀正しく立つ。


「大使は星野さんにお逢いするのを楽しみにしています。再会は全日本以来だそうです。もうロンドンに来られるのを待ちに待っておられました。正直にロンドンに来られるとわかってからは仕事にならないようで。


(星野の後ろのあみを見て)

こんなに大きなお子さんもいらっしゃるのですね」


職員は附属品あみに関して予定にないという顔をした。


「ようこそ星野さん。お待ちしておりました。ささやかながら夕食を用意いたしました。お口に合うかどうか。お楽しみください」


大使館主宰の晩餐会は華やかに行われた。


「わあっお父さん凄いご馳走ね。私生まれて初めて見たわあ」


日本大使館の板前が腕によりを掛け日本料理をふるっていた。普段は英国の要人のために晩餐会はあった。

あみは改めて父親の偉大さを感じた。父親のテニスの腕がかような晩餐をもたらしたのである。


星野を迎え入れて大使は上機嫌である。東大テニス部から見たら全日本プレイヤーは雲の上の存在だった。

さらに星野は日本を代表する名伯楽のJr.育成コーチである。大使としてはテニスを職業にでき羨ましい限りである。


「お嬢様のあみちゃん。私はお父さんのテニスプレーヤーの時代からのフアンなんです。全日本を観戦して以来星野選手のフアンになりました」


いきいきとしたプレースタイルは印象的であった。


負けそうになればなるほどテニスが冴えてなかなか負けない。


思わず応援したくなる選手だ。


大使は理路整然と星野のテニスを語る。法律のごとく星野のテニス業績を説明しだす。


横にいた星野はお恥ずかしいかぎりとソッポを向くしかなかった。


大使の晩餐は星野の話題でひとしきりだった。娘のあみは始めて聞く父親の現役時代である。また数少ない父親のテニスフアンである。


あみのメールボックスに受信が入る。


「あらっ珍しい。おばあちゃんからメールだ」


祖母は隣のおじさんにメール送信を頼んだ。


あみちゃんへ


あみちゃん元気そうですね。新聞にお父さんとあみちゃんのロンドン滞在の記事が掲載されていました。おじいさんとふたりで写真を見ています。あみちゃんのかわいい顔が嬉しいです。

大使はロンドンの記者に電話を掛けたらしい。テニスの星野が欧州諸国を娘とともに滞在すると記事に書かせたらしい。


「やだあ新聞にあみとお父さんが掲載されているわ。新聞に載るならもう少しお洒落したかったなあ」


あみは髪の毛にワンクッション大きなリボンをつけたかった。リボンはKondoを意識していた。


ロンドン滞在のあみは語学学校に通うことになる。欧州諸国テニス事情はますます忙しくなり英国からドイツフランスと星野は飛び回るはめになる。


あみは星野と別れて大使館のドミトリーで生活する。こちらには日本からの短期留学生がいた。


「あみがひとりになると心配だ。食事の世話は大使の奥さんに頼んだからいいが」


大都会ロンドンで愛娘あみをひとりにすることは大変な決断である。


「お父さん心配しないで。私も女子大生ですからね。ちゃんと学校に通います。王国ブリティッシュだからいろんな国からお友達がやって来てるわ。外国のお友達と仲良くなることは楽しみよ」


大使館にも学校にもテニスコートはある。あみはプレーもできた。


「ドミトリーのお友達と仲良くテニスします。英国でテニスをするなんてかっこいいなあ。だからお父さん心配しないで」


昼間は語学学校に通いつかの間の学生気分に浸っていた。


星野はドーバー海峡を挟みフランス出張から欧州ツアーをスタートさせる。


たいていはジュニア育成キッズテニス講演を依頼である。星野の育成メソッドには裏付けがあり各国の指導者たちは熱心に耳を傾けていた。


短期滞在の間に約10ヶ国を目まぐるしく回る強行スケジュールである。


あみは英国に滞在するとブルガリアでは汗を流すKondoとEnevがいた。


「なんだKondo。いつも携帯ばかり眺めるじゃあないか。彼女からのメールなのか」


ちらっとEnevはあみからの写メを覗いてみた。


「なんだいKondoの彼女って。子供じゃあないか」


18歳に見えないあみちゃんであったか。


あみからのメールで星野たちの欧州での様子はだいたいわかっていた。


「星野さんは欧州を講演旅行しているのか。忙しい身分になったなあ」


フランス・ドイツを駆け抜けポーランドから東欧諸国に入るようである。


「ATPのツアー日程と合えば再会もできる。東欧諸国は関係ないなあ」


むしろあみのロンドン滞在の方が再会の可能性はあった。


KondoはATPマネジメントに問い合わせてみる。ロンドンもしくは英国ツアーに参加したい。


「おっスコットランドにチャレンジャーがあるのか」

Kondoが希望すれば日程は抑えられ英国へフライトできる。Kondoは早速あみにメールである。


"来週ATPチャレンジャーエジンバラがある。あみに旅費を振り込むから来てくれないか"


Kondoのツアー日程と宿泊ホテルを教えた。


メールを受けたあみは大喜び。欧州に旅立ったKondoと久し振りに会える。


「わあっお兄ちゃん素敵。英国に来てくれるわ。エジンバラだったらスコットランドね。古城を中心にして綺麗な街並みが広がるのよ」


あみはKondoと再会できると喜び。だがKondoは苦虫だ。


ATPエジンバラチャレンジャーはKondoを遥かに越えるハイランクのエントリーリストが手元に届く。


ATP300位台のKondoはタフ以外なにものでもないトーナメントになる。


「本選のドローはATP150~250クラス。単純に僕は一回勝てば恩の字だな」


きら星のごときATPランカーに弱気なKondoをチラッと見たのはEnevである。

「Kondoの彼女のためチャレンジャー優勝を飾ろうぜ」


Kondoを押し退け携帯をグイッともぎ取る。Enevの前に表紙のあみがニッコリ微笑んだ。


「エジンバラは英国だな。おいKondoこれからの季節は寒くないか。ソフィアも寒冷地だがスコットランドは緯度が北極圏により近いからな」


ツアーバックに毛皮のコートを忍ばしKondoとEnevはソフィア空港からロンドンへ飛ぶ。


「Kondoは楽しみだな。カワイコチャンがアッアーンと待ってるんだもんな」


Enevはキスする真似をしおどけた。


ロンドンに到着するとふたりは別行動になる。エジンバラチャレンジャーの開幕戦に間に合うように現地集合だ。


Kondoは日本大使館へタクシーを飛ばす。目的地に近くなるとあみの顔が浮かんでくる。


ブルガリアの携帯を出し電話をチャレンジしてみる。異国モバイルゆえ通じるかどうか。


リーンリーン


「ハローあみか」


Kondoの一言に電話口の向こうでキャッキャと若い女の子の喜ぶ声がする。


キャアッお兄ちゃん!


あみが話声にならない声を発していた。


「今ねタクシーで大使館に向かっている。早くあみに逢いたいよ。しばらく見ないからカワイコチャンになっているだろうかアッハハ」


あみの声を聞いて携帯を切るとタクシーは大使館の正門にピタリと到着である。

Kondoを階下の窓口から見ていたあみ。タクシー到着を確認する。


お兄ちゃ~ん


片手を振りながらかわいい女の子がタクシーに駆け寄ってくる。


あみの視線の先に久し振りに見るKondoがいた。


あみ!


あみが駆け寄ってくる。子供の頃と変わらないあみがそこにあった。


「あみ久し振りだな。至って元気そうだ。ロンドンで日本が恋しくてホームシックかと心配した」


日焼けをし逞しくなったKondoをあみは尊敬の眼差しで見つめた。


あみがKondoを手招きし大使館に入る。大使館職員が出迎えた。


「これはこれはKondo選手。ようこそ英国へおいでくださいました。欧州テニスの活躍ぶりはよく存じ上げています」


欧州テニスの活躍?


大使館がテニスのことを?

大使館では職員一同英国ウィンブルドンを頂点にテニスに関心が深い。というのもウィンブルドン出場をする日本人選手は大使館によく招かれていた。


ATP世界テニスを転戦するKondoを褒め称える。


「お兄ちゃん実はね。大使館の皆さんは大変なテニスフアンなんだって」


現役のテニスプレイヤーが登場する。館内は蜂の巣を突っついた騒ぎである。女子事務員さんは騒ぎが大きなものだった。


「へぇ初めてKondo選手を見たわ。背が高くてハンサムさん。カッコいいなあ」

外務女子事務員はあみに聞こえるかのようにKondoを褒めた。


お兄ちゃんはカッコいいに決まってるもん。だってあみのお兄ちゃんだもん


「Kondoさんには彼女いらっしゃるのかしら。世界のテニスを転戦しているから日本人だけとは限らないかもね」


彼女?お兄ちゃんの彼女?

日本人に限らない?


えっ!


ちらほらと耳障りな言葉があみに突き刺さる。


ひょっとしたら女子職員にKondoを取られるかもしれない。イヤ~ン(取らないで)


お兄ちゃんはあみだけのもの


大使館ロビーで職員の方々と来賓として挨拶をするKondoがいた。その背後にあみは寄り添う。


チョコチョコ


幼い時からKondoを慕いちょこまかついて回るあみがいた。


うん?


後ろからお兄ちゃんと呼びあみが来る。


どうかしたか?


あみがKondoの横に並ぶ。すくっと顔をあげKondoを見る。やおら腕にくるりと自然に手を回した。


お兄ちゃんはあみのもの


大使館の職員がヘェ~と感心である。


おふたりさんは仲良しなんだね。星野コーチの娘さんと星野コーチの御弟子さん。


「おいおいよせよ。みんなが見ているじゃあないか」

Kondoは恥ずかしくなり手を引っ込める。大使館にクスクスと笑いがもれその場がなごむ。


あみはKondoを離さない。他人に取られてはと思い身を寄せてしまう。


Kondoに手を振りほどかれたら腕にくるりである。女子職員の視線があみにあるとわかり一層ぎゅうぎゅうからだを寄せてしまう。


「もうあみやめてくれ。恥ずかしいから離れて!みんな見ているからやめなさい。いつまで経っても子供さんなんだなあ」


Kondoは困惑してあみを睨みつけた。


Kondoにキッと睨まれたがエヘヘと笑い舌をペロッと出した。お茶目な女の子を演じてしまう。


大使館としてKondoをもてなしたいと晩餐に招待をする。


「夕方に大使も帰ります。テニスの好きな大使でございます。プロのKondo選手が来たと申しましたら喜びます」


晩餐はちょっと困るなあっと照れた。


「たまたま知り合いのあみが日本大使館にいるから来たまでですから」


晩餐などというもてなしは心苦しいと思う。Kondoはこのままエジンバラに飛んで行きたかった。


「お兄ちゃん大使さんてねテニス部出身なのよ」


晩餐ではあみがKondoをエスコート。緊張するKondoにあれこれ大使館の様子を教えていく。まるで父親星野のテニスコーチングのように。


晩餐での大使はいたって陽気である。難しい欧州外交のいざこざをテニスの話題だけは忘れてしまえる。


「Kondoくんは全英ウィンブルドンに興味はありませんか(参戦しませんか)」


プロに転向して間もないKondoである。ウィンブルドンの名は敏感に反応をする。


「しっかりATPランキングをあげて将来的には出場を果たしてみたいですね」


今はATPランキング300位である。今後どんどんアップしウィンブルドンには必ず来たいと願っている。


「私のロンドン在任中に日本選手がウィンブルドン参戦されることを期待しております」


大使はKondoに早くランキングをあげ全英ダイレクトイン(予選なし)を果たして欲しいと付け加える。


「テニスプレーヤーから見るグランドスラムとはいかような大会ですか。いえね僕自身も大学テニス部出身でしてね」


大使はロンドン郊外のローンテニスクラブでラケットを握っている。英国でテニスをすることはひとつのステータスにもなるためプライドを持って日本プレーヤーと名乗る。


「大使館仲間もローンクラブには参加をしています。参加者は欧州諸国からもアメリカやオセアニアと幅広く集まっています」


アマチュアのテニスでは大使など日本人であるから欧米人に負けることはない。

「所詮はアマチュアはアマチュアでしょうけど」


大使はなぜ欧米人テニスに日本のテニスが通じないのか。大変に悔しいと強調をした。


「Kondoプロはこれから世界テニスのATPに挑戦をしていくわけです。日本のテニスも捨てたものじゃあない。意地というものを見せて欲しいですよ」

大使の通うローンテニスクラブ。ロンドンに住む様々な要人が集う社交の場になっている。


「クラブでは常にテニスの話題で持ちきりなんですが」


世界四大グランドスラムで誰が優勝した。


次の世代にいる若い伸び盛りのプレーヤーは誰か。


次のATPやWTAトーナメントはどんな名前が優勝賜杯に刻まれるか。


日本でなくともロンドンテニス社交に華が咲く。


「そんな時に我々日本人は一抹の寂しさを覚えるわけです」


社交の場でつまらない話題に陥る場面に遭遇する。


あなたの日本からウィンブルドンに出場するプレーヤーは誰かいますか。

大使は顔を曇らせ日本テニスの話題に口をつぐむ。


「現役のテニスプレーヤーにお会いする機会我々は少ないですからね」


各国の大使は母国のプレーヤーがウィンブルドンに出場すれば声援する。


その声援のチャンスが日本大使館にないと現役プレーヤーKondoに"苦情"している。


会食を楽しむKondoとあみ。ふと手が止まってしまう。


「全英ウィンブルドンに限ってATPランキングはいくらで出場できますか」


大使のローンテニスでは常に母国のテニス事情がプレーヤーが自慢になっている。


日本大使館ではウィンブルドンが素直に楽しめない。

「ATPテニスで母国のプレーヤーが活躍してくれますと盛り上がりますね。その国の子供たちがテニスに憧れラケットを買い求めコートに足を入れてくれます」

弱小なる日本テニス。Kondoには耳の痛い話になりそうである。


スポーツ日本の場合。


子供のスポーツはまず野球ありきである。プロ野球選手に憧れる。


中日ドラゴンズフアンのKondoとて例外にあらず。テニスクラブにいかなければ高校野球に明け暮れドラゴンズを夢として追いかけたであろう。


野球の次サッカーであるからテニスラケットを握ることなど夢の後にランキングされてしまう。


「大使仲間でもそのテニス人気に言及することが多くてね」


若きテニスプレーヤーKondoに子供が憧れを持つ試合をして欲しいと願った。


「ATPを勝ちウィンブルドン出場を果たしていただきたい」


世界四大大会グランドスラム出場。いずれ同格な憧れであるが特にウィンブルドンをと大使は口にする。


Kondoはあみと顔を見合せどう返事をするべきかと戸惑いである。


「僕も大使さんと同じです。子供の時からウィンブルドンに憧れラケットを握ってきました。大使のお言葉をしっかり受けとめて約束を果たしたいと思います」

プロとなったKondoは日本からウィンブルドン出場へ夢物語から現実的なものにしていかなくてはならない。


日本からATPテニスに参戦をした限りはグランドスラムに出場は目標であり成し遂げねばならぬ使命感である。


だがKondoの見たATP世界テニスは決して甘い世界ではなかった。


嵐のような世界のテニスはKondo自身がよく感じていた。


目の覚める速いサーブにまず面食らう。テレビの中で見た憧れのトッププロのサーブは異次元であり人間わざと思えない驚異すら感じた。


スペインやフランスのクレー出身プレーヤー。正確にいつまでも繰り出すストロークは自滅しない。


攻めても攻めても打ち返してくるストローカー。打球は遅いものの自らはアウトにならない。


「日本テニス界を応援していただく大使の前ですが」

Kondoはテーブルの下で拳を握り自らを鼓舞させる。せっかく日本テニスを応援していただける大使の前である。


「僕のテニスはまだまだ課題が多く発展途上なんです。ATP世界テニスでランキングアップするには時間が必要です」


Kondoがつい本心を出してしまう。多大な期待を寄せられては期待倒れになりかねない。


ウィンブルドンどころかグランプリカテゴリーの下部大会チャレンジャーでも勝てる保証などない。


というのは…


Kondoは泣き事をこぼしたくなりグッと堪えた。


自らも週末にラケットを握る大使はKondoに聞きたくなる。


日本を飛び出しATPを戦う戦士はどうやって世界に立ち向かうのか。

「個人的なことを言わせもらえば」


大使は身を乗り出した。テニスは三度の飯より好きである。


「私は高校・大学(院)とテニスをクラブ活動の一環として楽しんで来ました」


少年の頃高校受験を終えると校庭を眺めた。大して広くもない学校のそこにテニスコートがあった。


「大学の受験競争も体力が必要だ。ひとつ高校時代に鍛えてやろう。運動部に入るか」


のんびりとボールを追いかけた姿は誰にでもプレーができそうに見えた。


「愛知県だから野球部と最初思っていたんだけどね」

校庭を離れた敷地にある硬式野球の練習を見に行く。あまりに激しい練習に恐れを知る。


「自分で言うのもなんだが。お坊っちゃんなもので」

野球を断念してテニス部を選ぶ。


「ところがその高校のテニス部はとんでもないところだった」


大使も知らなかったが県下でも有数な名門クラブだった。所属する選手は中学時代から全国に名前が轟き渡るテニスエリートばかり。高校テニスで名を売り名門大学にテニス推薦で行く魂胆もある。


「ちょっと健康のために高校ではテニスを。最初の日に大間違いに気がついた。今を思えば野球部の方がましだったアッハハ」


負けず嫌いな大使はずぶの素人からテニスに取り組む。同級生はすでに中学テニスのエリート。学校で軽くラリーをしてすぐさまATPジュニア大会に出場をしている。


「忘れもしないね。こっちはサービスもろくろく入らないというのに同級生エリートは毎回新聞に掲載される試合で大活躍だ」


負けん気が芽生えはするも敵対心にはならない。最初から勝負はついていた。


「僕の同級生はKondoさんも知っているだろ。引退してからはテレビのバラエティにいつも出ているからな」


長く日本ランキングNo.1を記録した選手の名前が飛び出した。現役を知らないKondoにはバラエティーのお茶目な姿が浮かんでしまう。


「大使とご学友でしたか。今はデ杯の監督さんで活躍をされています。いやあ同級生だったとは驚きです」

高校時代の大使はなんとか正選手に選ばれて普通の高校生のように試合に出たいと練習に励む。


「その時に思ったのは」


高校インターハイでは負けなしのエリート。しかし舞台を日本Jr.から世界Jr.にするとまったく勝てない。

世界Jr.ランキングは下位低迷しいくら戦ってもアップしない。


大使は日本テニスの現実を目の当たりした思いである。


「テニス素人の率直な意見だが。日本には日本だけのテニスがある。世界には世界のハイレベルなテニスがあるのではないかと思ったよ」


エリートたる同級生はインターハイや国体は横綱クラス。まず負けるシーンを見たことがなかった。


「このあたりの成績はKondoさんも同じだね。全国中学テニス選手権優勝しそのままウィンブルドンJr.までノンストップで出場を果たしていらっしゃる」


KondoのJr.時代は日本歴代テニスプレーヤーの誰もが果たせない好成績で新記録ある。


テニス好きな大使に過去を言われ恥ずかしいKondoである。


「Jr.時代は…。そのぉ~勢いだけといいましょうか」


当時のKondoのテニスは星野Jr.育成コーチの言うとおりにプレーである。


言いなりにラケットを振りさえすれば勝ちは転がりこんでJr.のKondoはいつも勝利者であった。


今振り返ってみたら出る試合出る試合星野のアドバイスだけでラケットを振りさえしたら勝ちを拾った。


気がついたら日本の同世代に敵はおらず。


海を越えウィンブルドンJr.であったりローランギャロスJr.である。


大使はKondoのテニス歴を秘書に調べさせてある。きらびやかなテニス歴は目も眩むものである。


会食が進み大使はテニスの話題に熱がこもる。


「私にも息子がふたりいましてね」


親である大使が高校・大学とたいしたテニス選手ではなかった。ならば夢を息子に託したい。


「上の子が高校1年なんです。嬉しいことにテニス部に所属していましてね」


大使の身内に及ぶ。長男はは18以下テニストーナメントJr.時代真っ只中である。


「アッハハ。我が家にテニスラケットが転がしていましたからね。子供の遊び道具というのはテニスラケットとボールでした」


"違いますよっ"と秘書は手を振る。


たしなめられて大使はイヤアッ~ばれたかっと万歳をした。


大使自身が息子さんの手を取り幼稚園からテニスの手解きをする。


愛知には中日ドラゴンズがありまずは野球である。だが2人の兄弟とも遊びというのは父親の厳命によりテニスであった。


「アハハッ困ったなあ。バレてしまったか」


秘書はこっそりとKondoとあみに耳打ちをしてくれた。


息子さんは二人ともテニス英才教育の真っ只中である。所属する名古屋のテニスクラブではサーブ&ボレーを目指すプロ趣向の積極的なテニスである。

長男はKondoプロのようなネットに果敢に出る攻撃的なテニスに憧れていた。


「Kondoくんの華麗なボレーはテニスをプレーする者みんな真似がしたい。私にはお手本のようなもの」


愛知の同郷のKondoに一歩でも近寄りたいとクラブで高校でラケットを振る。


高校受験でしばしのブラックがあったものの入学と同時に全日本Jr.テニス選手権に参戦を果たす。


当面の目標は全日本テニス選手権出場である。


「我が息子にしてみたらKondoくんの華麗なプレーを盗みたいものだ」


テーブルでおとなしく大使の話しを聞いていたあみ。息子さんがJr.育成選手と知ると。


「息子さんは高校1年ですか」


星野Jr.育成コーチのレッスンを受けてはいかがですか。


「おおっこれはこれは」


あみは秘書にアドレスを渡した。テニスクラブ星野副支配人への直通アドレスである。


日本で指折りのテニスコーチの名前を出され大使は御満悦であった。


「高校時代にしっかり基礎練習を繰り返されたら強くなれますよ。それと優秀なテニスコーチにつくことでしょうか」


Kondo自身が星野の恩恵に預かり今がある。我が身を手本にされ研鑽して欲しい。


大使に招待された晩餐は盛り上がりKondoもあみもロンドンの一夜を楽しく過ごす。


「明朝のフライトでエジンバラに向かう。このATPはランキング下位の僕は苦戦が予想される」


僚友Enevの手前シングルは優勝してやると息巻いたKondoではあった。


試合が近いと弱気である。

「お兄ちゃん頑張って。私も学校の授業をやりくりしてエジンバラに行くもん」

エジンバラはATPチャレンジャーである。チャレンジャーとは言え全英・ウィンブルドンが間近に迫るこの時期。


欧州チャレンジャーはいずこの大会もランキングを高めたいプレーヤーが犇めいていた。


「あみ聞いて欲しい」


ウィンブルドン本戦ダイレクトインはATP100以内が絶対条件である。


下位ランカーのKondoなどはウィンブルドンはウィンブルドンでも予選大会を目指す。(ATP300番台カットオフ)

「エッ!お兄ちゃん本当なの」


ATPエジンバラチャレンジャーの開催要項。


優勝者はATPポイント獲得以外にオプション(付加価値)がついていた。


「ああっチャレンジャー優勝をすると全英出場のWC(ワイルド)がもらえる」


※ワイルドカード…主催者推薦。本戦は予選免除出場となる。


「僕もウィンブルドンがプレゼントだったとは知らなかった。さすがに英国テニス協会は違うな」


優勝目指す日本テニスプレーヤー。ウィンブルドン出場を夢にみてATPを戦う。

弱気なKondoでエジンバラに行ってはいけない。


「お兄ちゃん頑張って優勝しましょう。うーん私今から学校に頼んで休講にしてもらいます。あみも一緒にエジンバラ行きたい」


"奥様"のあみが同行しなければKondoは勝てないと勝手に思い込む。


「お兄ちゃんがウィンブルドンで試合をするのあみは観たいなあ」


出場が決まれば父親の星野は飛び上がって喜ぶに違いない。


「全英出場だなんて。今の僕には夢のまた夢さ。それよりチャレンジャーをいかに勝ち上がるか。ひとつでもふたつでも勝てば御の字だね」


謙虚なのか弱気なのか。Kondoは身支度を整えホテルから空港へ向かう。


あみも同じフライトに搭乗をしたかった。


「えっ~イヤン。飛行機は満席で乗れないなんて」


奥様は翌日便に回された。

Kondoはエジンバラに到着しEnevと合流する。久しぶりに見るライバルは頼もしい姿に見えた。


「Kondoしっかりやってきたかい。エジンバラチャレンジャーはATPチャレンジャーだがその大会の意味が違っている」


Enevもウィナーがウィンブルドンにあると思いしばし興奮である。


「優勝したら芝生のコート。夢の開花となるわけか」

KondoとEnevは全英Jr.に出場したことがある。憧れの芝生のコートで力一杯プレーをしたことは今でも忘れない。


「KINGが背後にあるから出場選手は目の色が違っているらしいぜ」


ATP400~500位クラスの選手は一発逆転ウィンブルドンWCカードを狙う。


地道にATPポイントを稼ぐより目の前のチャレンジャー優勝でチャラである。


出場者リストを眺める。シード選手のATPランキング100後半が目に焼き付けられる。いずれもKondoより遥かに高いポイントであり対戦の結果が手に取るようにわかる。


「アハハッ笑わせるな。なんで100位クラスのくせにチャレンジャーなんだい。予選を通過する度胸がないのか」


Enevも同じ思いである。

「チャレンジャー優勝で全英出場。そりゃあ目の色変わる」


普段戦うインターナショナルカテゴリーの下部大会で優勝すればよいわけである。ATP100ランカーにしてみたら赤子の手をひねるようなものとなる。


「Kondo頑張って(ダブルスは)優勝しようぜ。シングルもダブルスもEnev様は勝つんだからな」


ダブルスはKondoが邪魔をしなければ勝てる。またまたEnevお得意の優勝宣言が始まった。


二人は練習コートに足を運びラケットを握る。短いフライトの旅のKondoに疲れはみえないようである。


「Kondo気合い入っているな。ガンガン飛ばし緒戦からヒートアップしようぜ」

フライトで気圧の違いを体感したばかりのKondo。いたってからだが軽く足の運びが軽やかである。


「どうしちゃったんだ。ネットダッシュが鋭いじゃあないか。俺のサーブが遅くなったのか」


Enevの矢のようなサービスもなんのその。アプローチショットがビシッと決まりガンガンネットを取る。サーブ&ボレーの手本まさにここにありである。


「からだが軽くてね。エジンバラの涼しげな気候も僕の味方さ。なんせ足腰が軽快なんだ」


ウェイトトレーニングで上腕部に筋力。それに追随をして下半身が強化されていた。


「日本大使館で日本食を久しぶりに食べたら調子良くなっている」


大使に激励されあみの笑顔を見て精神的にリラクゼーションをされていた。


ぴょんぴょんと跳び跳ねたKondo。週の始まりは楽しみとなった。


翌日のお昼過ぎに"奥様あみ"がエジンバラに到着をする。


「ヒェ~エジンバラって素敵な街なのね。大都会ロンドンと違って空気はおいしく自然が緑があるわ」


空港に降り立ったあみの第一印象である。


「あれっちょっと待ってくださいね」


あみは帽子のひさしに手をかざしまわりの風景を眺めた。どこかで見たような感じがしてしまう。


スコットランドはもちろんエジンバラも初であるはずだが。


空港からホテルへタクシーを使う。


「ようこそお嬢さんエジンバラへ。日本からおいでになられたのですか。英語は大丈夫でございますか」


タクシードライバーはゆっくりと日本人あみに語りかけた。発音は極めてクリアにである。


「ホテルまでの道のりはちょっとしたエジンバラの目抜通りでございます」


タクシーの走りはあみに観光となる。


「お嬢さんに時間がおありになれば観光案内をしてさしあげたいでございます」

あみはどうしてエジンバラに来たのかと聞かれた。


「ATPエジンバラチャレンジャーが開催されますから」


テニスのために来ていると告げてみる。


「ほほっテニスでございますか。英国の盛んなスポーツのひとつがテニスでございます。というとわざわざ日本からいらっしゃいましたんですね」


チャレンジャーに日本人テニスプレーヤーが参戦するのかと尋ねられた。


あみは勢いをつけ自慢話をする。


「ジャパニーズKondoが出場でございますか。私も若い時はウィンブルドンを目指していたこともございました」


ウィンブルドン?


あみはハッとする。ドライバーの英語をミス聞きしてしまったか。


「ウィンブルドンだなんて!ATPツアーがあるからエジンバラに来ただけです」

あみがホテルにいくまでタクシーはテニス談義に溢れてしまった。


「英国テニスは斜陽化して元気がございません。いつの間にか世界テニスと大幅な実力差ができてしまいました」


長年に渡り全英ウィンブルドンは開催されてはいるが英国人から優勝がないことを嘆く。


英国人優勝はフレッド・ペリーにまで遡る。


「今の英国でフレッド・ペリーのプレーを見たヤツなんてまずいないですよ。すでに歴史上の人物」


テニスは好きで毎年テレビで観戦はする。しかし英国プレーヤーはパッとしない。ドライバーはトホホですよとおどけてみせた。


「ウィンブルドンはテニスプレーヤーの憧れの大会です。大会に出場を果たすだけでも名誉なことですわ」

あみは思いつく英単語を並べ立てた。テニスの好きなドライバーに憧れのテニスについて話してみる。


「ところで日本人はテニスをやりますか。いやっ子供の人気スポーツにテニスは入っていますか」


子供の憧れのスポーツ?


英国はスポーツが盛んな国。運動神経抜群な子供の選択肢にテニスが入ってくる可能性が低いらしい。


「英国王室が積極的にテニスしてくれないかなあ」


言われてあみは日本のスポーツ事情を思う。


日本の場合男の子はまずテニスをやろうかと思わない。


あみ自身も子供の頃クラスメイトにテニスをしている女の子は少なかった。


「日本は野球がありますから」


名古屋には中日ドラゴンズがあり少年たちは少なからず憧れを抱く。


あみの父親星野も例外ではなく少年ドラゴンズの会員証を持ち歩き公園や校庭で野球グラブをつけていた。

「野球ですか?あのヘンテコな木の棒で白い小さな球を打つやつ。アメリカンベースボールかな。英国にはベースボールがなくて」


野球はテレビの国際ニュースで見る程度である。


ドライバーは英国にいてはルールがわからないからっとご免なさいと謝った。


「その野球ってやつ。日本には子供の憧れがあるわけですね。羨ましいなあ」


野球がNo.1とすればテニスの人気はどれくらいか?


「えっとテニスの人気ですか」


あみはどう答えるべきか困ってしまう。星野のテニスクラブですらも子供の会員の場合長く続かないのが現実である。


中学生になると部活動が始まり野球やサッカーに夢中になるパターン。テニスは足が遠退く有り様だ。


「ええっと…日本でテニスは人気のある方だと…」


言葉を濁すあみである。子供の憧れにはなり得ないとどうしても言えないのである。


そのうちホテルへ到着する。明確な回答をしなくて済むと思いホッとした。


「お嬢さんご利用ありがとうございました。ATPエジンバラチャレンジャーを教えていただいた。チャンスがあれば観戦に参ります。ジャパニーズも応援。ブリティッシュも頑張ってくれと声援にいかなくちゃ」


チャレンジャー開催中となればひとりやふたりぐらいお客さんを運ぶこともある。テニス会場に行く可能性が高いのである。


「お嬢さんの彼氏のジャパニーズプレーヤーによろしく」

ホテルにチェックインするとさっそくKondoにメールを入れる。


「お兄ちゃんエジンバラに到着しました。テニス会場に参ります」


メール送信をクリックする。すぐKondoから返事が来る。


「今から練習コートに入るよ。Enevも一緒だから紹介する」


ゆっくりおいでと言われる。


ブルガリアのEnevに紹介と聞きあみはエヘッと舌打ちをした。


「お兄ちゃんのお友達さんですからね。失礼のないようにしなくちゃ」


当初あみはKondoとお揃いの白いテニスウェアを着ていくつもりであった。最新ダンロップモデルである。

「ピンクのダンロップウェアにしましょ」


なにかと派手な衣装(ウェア)を選び袖を通すことにした。


ホテルから近隣のテニスクラブまで目と鼻の先。派手なコスチュームあみがとことこ歩く。


途中の道すがらすれ違うチャレンジャー出場のプレーヤー・コーチがある。


「ハロー!しっかりプレーしましょう。頑張ってください。目指すはウィンブルドン」


ことあろうことにATP(男子テニス)の選手と間違えられた。


「私は女の子なんだけどなあ」


プレーヤーに間違えられたのは嬉しいことか悲しいことなのか。


クラブハウスにつくと柵越しにテニスコートが見えている。ATPランカーがアップしながらラケットを振っている。


あみの到着は予選の最中であった。チャレンジャーとは言え優勝者に全英ウィンブルドンがプレゼントされる。ATPランキング下位の選手でも一攫千金の夢を追い求めてしまう。


バシッ


ビシッ


世界テニスを目指すプレーヤー。打球音と身体能力が違っていた。


「ヒェ~凄い速いサーブだわ。サービスを打ったは打ったで打球を追う足の早いこと早いこと」


スペイン系のプレーヤーをあみは目の前に見る。ベースラインにしっかりポジションを構えひたすらストロークを繰り返す。


普段星野なクラブで様々なテニススタイルを見ているあみ。あまりの力強いストロークの応酬に度肝を抜かれてしまう。


「おーいあみ!こっちだ」

コートサイドにいるピンクギャルにKondoが手を振る。熱心にコートを見つめるあみはどうやら気がつかない。


うん?


初めてみるスペイン選手のプレー。Kondoより少し若い感じでATPランキングは下位だった。


「あれはスパニッシュだ。長いラリーに特徴がある」

クレーで鍛え上げられた正確なストロークはミスをしなかった。結局相手は根負けをし敗退した。ストローク合戦はイライラしたら負けである。


この予選あがりスパニッシュとKondoは初戦で戦うことになる。


「あっお兄ちゃん。スペインさん強かったね」


Kondoは本選ドローをチェックした。ATPエジンバラチャレンジャーは下部大会ではあるがレベルの高いトーナメントだと実感である。


あみはクラブハウスへ行く。ラウンジには練習コートの空きを待つ選手とコーチでごった返している。


試合が間近ということもあり日本からの可愛いいギャル登場もわからないようだ。


ハロー


Kondoの横からEnevがニッコリ顔を出す。あみとは初対面である。


「ようこそエジンバラへ。ミスあみ」


気さくなEnevにピンクの小娘はポンッと肩を叩かれた。


エッ?


Enevだよっ。


Kondoからはメールで名前と写真を送られていた。


「ヒエッ~ブラボー!カワイコチャンだねっミスあみ」


なんてチャーミングな女の子だろうかとEnevはおどけてみせる。


「Kondoのガールフレンドはこんなに綺麗なのか。日本人形みたいなドールあみちゃん。僕がブルガリアの貴公子Enevだよ。Kondoよりテニスが巧くて申し訳ないがアッハハ」


あみとEnevは初対面と言ったがジュニア時代にEnevの試合を日本で見ていた。


「あみは覚えているか。高校生の東山国際ジュニアテニス。僕はEnevとペアを組み優勝したんだ」


あっあの時の外国人さん!

朧気ながら思い出す。Enevがコート狭しと走りKondoがボレーで決めた。


「思い出したわ。ごめんなさい。私忘れて。ジュニア時代のEnevさん見ていたわ」


オッ!


「あみちゃんは僕を知っている?えっ~嬉しいなあ。ブルガリアの貴公子Enevだよ」


冗談まじりに挨拶をかわす。Enevはピンクギャルあみに親しみを感じる。日本の女性は奥ゆかしいと聞いている。


ATPは晴天のコートで開幕をする。全英ウィンブルドンが近いこと。英国の若いテニスプレーヤーが出場すること。


英国のフアンがテニスそのものに餓えメディアも押し寄せていた。


「キャア~テレビカメラがたくさん。びっくりしたわ」


ATPチャレンジャー大会は若いプレーヤーばかり。女子大1年生のあみより年下もいた。


「このチャレンジャーは格式が違っているな。僕も心して大会に挑まなくては」

Kondoはキリッと口元をかみしめた。


◎1回戦


Kondoは予選あがりのスペイン選手と対戦。


「お兄ちゃん頑張ってね。あみはしっかり応援します」


コートに入るKondoのテニスバック。着替えからドリンクからとひとつひとつあみがチェックをしていた。

内側のポケットにはあみ直筆の"お兄ちゃんフアイトだもん"の声援があった。

「これを見ると高校時代を思い出すなあ」


プレーヤーズシートでKondoは昔を蘇らせた。


1回戦は定刻に始まった。

サーブ&ボレーのKondo


スペイン独特のベースラインストローカー


エジンバラの観客はプレースタイルのまったく違う二人に目を見張った。


「あの走り回るやつがジャパニーズか。日本のテニスは初めて観るよ。ジャパニーズKondoは積極的にネットを奪い詰めていく」


ネットに詰めたKondoはボレーを面白いくらいに決まる。


「ああっウチ(英国)のヘンマンみたいだな。アハハッジャパニーズ・ヘンマンか」


ヘンマンの名前が出ると観客はぞろぞろと集まり出す。


へぇジャパニーズか


英国で日本人は珍しくはない。日本がやるATPテニスが珍しい。


Kondoのポイントが決まる。ピンクギャルの可愛いあみがパチンパチンと拍手する。それが呼び水となりひとりふたりと仲間が増えていく。


パチパチ パチパチ


プレーをするKondo。あみの応援に変化があると気がつく。ボールに集中する間に観客の顔をぐるりと見渡してみた。


まばらであった観客がぼつぼつ埋まり出している。


「(下部大会の)チャレンジャーなのに観客が多い」


コートにあるちらほら観客はなんとなく埋まり拍手を送る。


Kondoはチラッとあみを見る。明るい日射しの中にピンクは目立つ。


プレーヤーズシートの後ろピンクギャル。Kondoと視線が合う。恥も外聞もなく"わあぉ~"と両手を挙げ背伸びをする。


ニッコリ笑って日の丸の小旗を振る。


「お兄ちゃ~ん頑張って!いけいけKondo」


英語のざわめきの中にあみのかわいい声援が伝わる。

Kondoも嬉しくなる。欧州テニスで日本語を聞くことは滅多にない。


「ああっ頑張るよ」


あみの笑顔に癒されかわいい声援でリラックスしてくる。


シュ!


パッ!


バシッ!


ダンロップから繰り出すショットひとつひとつ。Kondoの思うように決まり始める。


こうなるとKondoは手がつけられない。スペイン・ストローカーはなす(すべ)がなく防戦に終始していく。


開始早々に試合は一方的となり短時間でKondoの勝ちが決まる。


6-2

6-2


快勝であった。敗者は悔し涙を目にためていた。


「やったあ~お兄ちゃん万歳」


ピンクギャルが小躍りし日の丸の小旗を高々と振り上げた。


パチパチ


エジンバラの観衆から俄に拍手が起こる。


「良かったなあジャパニーズ。ミスターKondoが勝ちあがったぜ」


Kondoの試合が終わると観衆は隣り合わせのEnevへ移動をする。


「あみもおいで」


汗をタオルで拭きながらKondoに促される。


「うんわかったわ。Enevさんにも勝ってもらわなくちゃ」


ちゃっかりしたピンクギャルはKondoの腕に手を回した。


大好きなお兄ちゃんですもん


Enevの試合は楽ではなかった。対戦相手は伸び盛り育ち盛りのデンマーク選手。このエジンバラチャレンジャーでウィンブルドンをゲットする強い意志を持っていた。


試合途中からKondoらが声援するも試合は膠着しており1-1の五分であった。第3セットにまでもつれ込む。

「デンマークはやるなあ。Enevのサービスを軽々リターンされている」


サービスで体勢を崩しネットで仕留める。Enevのテニスが思いに任せない。


「畜生め。なんとレシーブのうまい奴なんだ。ガンガン打ち込んでも楽々リターンされてしまう」


プレーヤーズベンチに座り焦るEnevがある。


Enevの背後には試合が済んだKondoとあみがいる。

「お兄ちゃんEnevさん頑張ってもらいたいね」


あみはスコア1-1のボードを眺め息をつめる。


「EnevとATPランキングを比較をしたら格下の相手なんだけどな」


いつものチャレンジャーならEnevの力量で充分に勝ち上がるはずであった。


同じくベンチに座るデンマークは激しく肩で息をする。


「このチャレンジャーで僕は負けたくはない。なんとしても優勝をするんだ。憧れの芝生のコートに立つんだ」


ドリンクを一口含むと汗がどっと流れた。


「ちくしょう。第2セットで(Enevに)好きなだけ走らされちまった。足がガクガクして震える」


ベンチで太ももを盛んに叩き足が戻ることを願う。


Kondoもその異変に気がつく。Enevとの試合は途中から見たのでどれだけタフであったかわかってはいない。


ただわかるのはEnevの足を絡ませ走らすテニスの餌食になっていたことだった。


「第2セットまでは足が持つには持つが今からはどうだろうかな」


Enevもデンマークもすでに疲労困憊となってマックスを迎えそうである。


「あみ見てごらん。ATPの世界テニスとは苛酷なもんだ」


タイム!


主審が第3セットを告げる。


Enevはグイッとラケットを握りしめ気力の昂りを見せつける。


デンマークはタオルで汗を拭きよいしょと立ち上がる。


ヨロヨロ~


あっ


観衆に足縺れがわかってしまう。コートにはただ立っているだけである。


コートサイドは一瞬にしてシーンと静まりかえる。


サービスを打つEnevには足に故障を来す姿はどう映ったのか。


「お兄ちゃん。あのデンマーク選手の足が…」


あみが言うが早いか。サービスが打ち込まれた。


バシッ!


足は痙攣状態となって左右の動きに対応ができにくい。


15-0 Enev


観衆は黙ったままである。

ビシッ~


30-0 Enev


足が微塵も動かずで見ていられない。


主審は盛んにコートを見つめインジュアリー(治療)を告げるのか気になった。


ゲーム1-0 Enev


0(ラブ)ゲームで先取をしたEnevは戸惑う。半病人を敵にまわし試合はしたくはない。


観客はざわめきやがて野次となる。


試合を止めよ!


見ちゃいられない


主審の権限で試合を止めよ

デンマークサイドにもクレームは届いた。ベンチ裏に陣取るコーチも顔が曇りがちである。


「お兄ちゃん見て。あのコーチさん怖い顔で選手を見ているわ」


コート上の選手には試合を止めるも続行するも権利がある。


しかしサイドにいるコーチには…


「コーチは辛いだろうな。わざわざデンマークからエジンバラまでやってきて足元がこれでは」


ふらつきながらEnevとコートチェンジをする。足は痙攣がひどく引きずりながら歩く。


誰が見ても痛々しい姿である。


コーチの前を通ると痛みに堪える顔をチラチラっと見せた。


まだ勝負は決まらない。


気丈夫な振る舞いを見せる。コートサイドにいるコーチと目が合う。


「おい!もうよすんだ。おまえの気持ちはよくわかる」(デンマーク語)


コーチは両手を口にあて大声で叫ぶ。


止めよ!


止めるんだ


若い選手は小さくかぶりを振り"嫌ダっリタイアはしたくない"と顔に表した。

サービスラインに立つ。足元がふらつき体の軸そのものが安定しない。


「ちくしょう震えが止まらないや。サービス一発で決めてやる」


余力をふりしぼりトスをあげる。足が効かないならばひと振りのラケットで決めてやる。


シュパッ~


フォルト


サービス球はコントロールされずコート外へ。


「お兄ちゃん。あの選手さん大丈夫かしら」


観客はブーイングを始める。


痙攣なんだぜ。ドクターストップかけてやれ


試合にならないぜ。マナーがなっていない


止めてやれ


試合は中断してやれ


主審はマイクスイッチをオフにする。デンマークにプレーを中断するよう促し手招きをする。


「足元がフラついていますね。インジュアリーを取ります」


主審からマイクで命じられた。


「インジュアリー?ちょっと待ってくれ。僕はちゃんとしているぜ」


大きく(かぶり)を振る。さしてプレーに支障を来すものはないとジェスチャーである。


選手が不必要と言う限り主審はどうしたものか思案である。


「大丈夫だ。プレー続行をしたい」


主審に心配ご無用と意思表示を見せサービスラインに戻る。


ヨロヨロ


ヨロヨロ


細身の体に力が入らない。危うく転びそうにもなってしまう。


スッテ~ン


言わんこっちゃない。足が縺れ倒れた。すぐさまコーチは観客席から飛び出し様子を伺う。


手に筋肉鎮痛スプレーを持ち痙攣する太ももを冷やす。シューシュー


タオルをコートに広げマッサージを繰り返してみる。

「大丈夫か。立てるか」


硬直した筋肉は悲鳴をあげ重過労の名残りを見せていた。


「主審~リタイアだ!プレーは不可能だ。ドクターと担架が必要だ」


コーチは肩を貸し選手を抱えた。手塩にかけてこれからの選手をいとおしく思う。


「ヤダッ!リタイアなんかしない!誰が止めろと言うんだ。試合をしたい。僕はウィンブルドンへ行くために試合をするんだ」


プレーは止めないよっと強行にコーチを突き放したりもする。


若輩な選手である。みるみるうちに悔し涙が溢れ顔がクシャクシャになっていく。


「よしよし泣くな。よく頑張ったじゃあないか。ATPランカーにイーブン(1-1)まで戦えた。コーチから見たら充分だ」


勇敢に戦ったプレーを褒めてやる。デンマークを出る際にチャレンジャーカテゴリーでは無理があるのではないかと心配もあった。


Enevとのプレーがタフ過ぎたがために体力がついていかれない。テニス自体は彼自身として立派なものである。


「まだまだ全英のチャンスはある。焦ることもないさ。お前は若いんだからいくらでもチャンスはある」


泣き崩れてコーチに寄り添うとぼとぼとコートを去る。エジンバラの観客からは温かい拍手が送られていた。


「お兄ちゃん大変なことになったね。あのデンマーク選手の足は大丈夫かしら」

あみはKondoにそれとなく尋ねる。


「こうしてみるとテニスは苛酷なスポーツだ。僕の見た限り単に痙攣だとは思うよ。しかし無理に無理を重ねて試合を続行したはずだから」


痙攣は一晩寝たら回復はする。そんな程度であれば心配することもないのであるが。


ヘタしたら神経や筋肉を傷めつけ取り返しのつかない最悪な事態もある。


試合後のEnevはKondoとプレーヤーラウンジで落ち合う。お互い試合の反省を話してアドバイスを与える。


「Enev大変だったな。第1回戦からタフな試合になってしまうとは。相手はインジュアリーか」


Enevはタオルで汗を拭きながらカフェをボーイに頼む。


ストロベリージュース


同席したあみは"あらっ"と目をクリクリさせた。コーヒーを頼んだことをちょっと後悔をする。


「ああKondo。試合を見てくれていたかい。正直大変だったよ。相手はATP参戦をして間のないやつらしい。ワイルド参戦でランキングがないから気を抜いたかもしれない」


Enevの頼んだストロベリージュースはさも美味しそうにテーブルにあった。


あみはもぞもぞとし始める。Kondoの顔を見たらEnevをうらめしそうにじろじろ。


…しまったなあ。私コーヒーやめてストロベリーがいいいあ。エジンバラのストロベリーって有名なのかなあ


あみのストロベリージュースに対するご忠心なようすを横にみたKondo。


「あみのコーヒーは僕がいただくよ」


あみは好きなドリンクを頼みなさい。


ヘェ~!ボーイさん!こちらにストロベリーちょうだい


ラウンジに笑顔のあみがあった。ピンクのテニスウェアがピンク色のストロベリーを口にする。


あみは満足感いっぱいになる。


「Enevの第2セット途中から見たが。僕としてはサービスを…」


KondoとEnevの反省会が始まる。思うところがあるKondoは早口で英語をまくし立てる。


「Enevのサービスはコースが読みやすいんだぜ。いくらコーナーを狙い打ちでも速くても」


ファーストが決まったら決まったでレシーブが曖昧な部分がある。


Kondoはこのエジンバラチャレンジャーは格段にレベルが高いことを念じてプレーをしろっと強調した。


「僕はサービスが単調になるのか。確かにレシーブがきついなっとは感じてはいたが」


反省することは様々に噴出をする。


プロテニスプレーヤーのふたりがああだこうだとやっている傍ら。あみはちょっと退屈気味である。


「英語がよくわからないからなあ」


ストロベリージュースは大変甘くて美味しかった。


退屈だから…


あみはラウンジの中をぐるぐる見学をしてみようかと考える。


「お兄ちゃんとEnevさん。ゴメンなさいね私ちょっと席をはずします」


あっそうかっ。ラウンジで昼食も済ませるからとKondoに言われあみは退席する。


ラウンジは昼食が近くなるに従い込み入ってくる。


試合が済んだ選手とコーチはラウンジで試合の反省会をする。


熱狂した試合を見てお腹が空いた観客たちは洪水のごとくやってくる。


軽食を頬張る若手選手にサインをねだる子供の波。


「おいあのテーブルにいるのジャパニーズじゃあないか」


エジンバラの子供にKondoとEnevが映る。


日本人のKondoは知らないがトヨタ自動車は知っている。Kondoのスポンサーロゴを見つけてサインをせがまれた。ピンクギャルのあみはラウンジが混んでくるのを察しテニスコートへと足を運ぶ。人気のない場所に行きたくなった。


すたすたと人混みをかき分け長い髪を靡かせる。ピンクギャルのあみはラウンジをさっさと歩いていく。


「おっおい!あれを見ろよ」


目立つピンクに指を差したのはテニス専門ケーブルテレビ局のディレクターである。


KondoやEnevの試合を録画した際に観客席で一際目立つピンクギャルあみも抜かりなくカメラに収めていた(やから)である。


「あのギャルはジャパニーズだろ。親しくKondoと話していた。たぶんガールフレンドだろうな」


ディレクターはカメラマンにあみを撮影しておけと命じた。


「ジャパニーズ(女の子)はエジンバラで人気がある。いや人気があるなしはテニスプレーヤーかどうかは関係ないが」


命じられたカメラマンはハンディを肩にひょいと持ち抱える。


女の子の盗み撮りは得意中の得意である。コートをチョロチョロ動き回るテニスよりは盗み撮りの方がよっぽど楽しみがあった。


小柄で華奢なあみは女子大生には見えず中学生ぐらいに見られた。


カメラマンはニヤリっと舌を舐めあみの画像を見つめた。


なにも知らないあみはやっとの思いでラウンジを抜けるとのどかなテニスコートの前に立つ。


「コートはいいですよ。私がコートに立つとどこからかお父さんが現れそうな気がするんだもん」


父親の星野が現れまもなく教え子Kondoがラケットを握りしめていそうである。

コートを見つめるあみはフゥ~と深呼吸をする。


人混みを離れて清々しいエジンバラの青空を見つめ開放感にしばらくひたる。


今のあみ気分転換に持ってこいであった。


「お父さん元気にしているかなあ」


ラウンジ前のセンターコートを眺める。


うん?


観客席に囲まれたコートの片隅に人影がある。なにやら淋しげな様子で男の子が座っていた。


タオルで半分顔を隠しコートをじっと見つめる。あみは誰だろうかと近寄ると見たことのある選手だった。

あっあの選手!


痙攣でリタイアしたデンマークではないか。


医務室でドクターより鎮痛剤を投与され痛みと痙攣は収まる。幸運なことに診断は筋肉の使い過ぎ痙攣であった。レントゲンを撮り骨や筋などに異常なしと言われ最悪の事態は免れ筋力の回復を待ちじっとしてたら完治すると本人に伝えた。

だがATPで勝ち抜かねばならぬテニスプレーヤーの身分に"しばしの休養"はアウトであった。


まもなく開催される全英ウィンブルドンに出場したい夢を開花させたいのである。


試合リタイア後デンマークは試合に負けた悔しさから涙が溢れて止まらない。長年指導を受けるコーチに泣きつきリタイアの悔しい気持ちをブッツケていた。

治療も終わり時間が経過。今は気を取り直して涙も悔しさも涸れコートに戻ってきた。


テニスプレーヤーはなにかとコートを見ると心が和むのである。


コートを眺めると足が動かなかった悔しさが蒸し返しそうになる。


祖国デンマーク・オーデンセを出る際に家族や友人に英国に行くんだ、ウィンブルドンへ行くんだと大見栄を張った自分を思い出していた。


ポツンとひとりいるデンマークの背後にあみは歩み寄る。


うん!誰か来たな


人の気配で振り向く。そこに長い髪をしたピンクギャルがいた。


泣き腫らした顔を見るとあみは軽く会釈した。


試合の勝者は一応に喜びを表し晴れやかでいる。ところが敗者は様々に敗因を持ち辛い顔でコートを去る。

テニスコーチ星野の娘あみ。物心のついた幼少からクラブで育ち勝者と敗者を見ていた。


試合に負け意気消沈するテニスプレーヤーに声は掛けない。例えそれが親しいKondoであったとしても。

チラッ


振り向いたデンマークはすぐジャパニーズの娘だとわかった。欧州人にはない会釈をするのは日本人ぐらいである。


このジャパニーズ娘は観光客でエジンバラにきたのであろう。テニスジャケットを羽織るのはテニスのフアンではないか。


あみは静かにその場に佇む。幼き頃のKondoが少年時代に舞い戻りコートにいるような錯覚をした。


デンマークの少年もあみもお互いを気にするでもなくジッとしていた。そのまま小一時間が過ぎる。


エジンバラの青空は雲が往来しお昼過ぎは晴れやかである。気持ちのよい清々しさがあった。


「君はテニスが好きなのか」


デンマークがボソッとあみに聞いた。


うん?


いきなり聞かれキョトンとするあみ。


「ええっテニスは好きよ。いろんなスポーツがあるけどテニスが一番好きよ」


デンマークは"好きよ"とあみが繰り返し強調するとニッコリとした。


そんなにテニスが好きになっているのか。


「(ピンクの)君は観客席から僕の試合を見てくれたのかい。試合は満足しなかったんだけどなあ」


まばらな観客席の中。最前列に座るピンクウェアは印象に残っていたようだ。隣にジャパニーズ・テニスプレーヤーKondoが座っていたことも僅かに記憶している。


「うん観てました。ハラハラどきどきしたいい試合でしたわ」


Enevの得意な左右に揺さぶるテニスがそこにあり引っ掛け回された試合である。


「そうか。良い試合だったか」


いいマッチ(試合)でも勝たなければ意味がないさ


「もう脚は大丈夫ですか?」


心優しいあみはデンマークの痙攣を気遣う。


「脚はもう大丈夫さ。普段走る練習はしていないから膝や太ももが悲鳴をあげてしまったんだ。ドクターも安静にして脚を休ませたら快復すると言ってくれた」

この会話がきっかけでデンマークはあみと親しくなる。


「君はテニスプレーヤーなのか。あのジャパニーズ(Kondo)の恋人さんなのか」

Kondoの恋人かと問われるあみ。真面目な顔をして"はい奥さんです"と言いそうである。


「…」


デンマークはあみの笑顔を見て心がなごんでいく。噂ではジャパニーズ娘は綺麗でおしとやかと聞いていた。


「僕はエジンバラチャレンジャーで優勝したかったんだ。祖国デンマークから久しぶりにウィンブルドン出場を夢見てしまった」


あみと同世代のデンマークはATP世界テニスに参戦して数ヶ月のルーキーである。


「僕はデンマークのジュニア(高校生)で負けなしだった。コーチの奨めでフューチャーズに出場をしてベスト4だった」


高校生で負けなし。あみはKondoのそれと同じだと思う。


このジュニア戦績がモノを言いたまたま勝ち上がったフューチャーズはたいしたことがないとワンランクアップを狙う。それがエジンバラチャレンジャーに参戦をする理由である。


「僕はこのチャレンジャーで勝ちウィンブルドンへ行けると思ってしまった」


ATPランカーのEnevに臆することもなく互角の戦いである。痙攣リタイアがなければ勝負はどうなっていたかわからない。


「コーチに言われたんだ。俺のテニスは充分にATP世界テニスで戦えるぜっと」

絶対的信頼を得るコーチから褒めてもらったと微笑んだ。試合は残念になってしまったが内容は立派であるとおだてられた。


あみはフムフムとデンマークの話を聞く。英語は一生懸命に聞き取ればなんとか理解できそうである。


あみが相槌を打てば少年の顔に戻り打ち沈む暗さが晴れてくる。どうやらジャパニーズ娘に話すことにより明るく優しい性格が引き出されたようである。


この少年はデンマークでエリートテニス少年である。同世代のテニスをやる子供はすべからくライバルである。打ち負かすことはあれど打ち解けて話すことはまずなかった。


同じ年齢のあみに話を聞いてもらえることが第一に嬉しかったのかもしれない。

「ミスあみはテニスが好きかい。ウィンブルドンは知っているかい」


欧州の英国にあるウィンブルドン。日本男子は滅多に出場をしないためジャパニーズあみは知らないのではないかと勘繰る。


「ウィンブルドンは知ってますわ。テニスの聖地。最高峰のグランドスラムですもの」


そしてKondoがそのコートに立って欲しいと願っている。


「あっ知っていたかいアハハッ」


笑顔のデンマークは親しみを抱く。あみもつられてニッコリとする。


「このエジンバラチャレンジャーで優勝するとウィンブルドンのW・C(ワイルド・カード)がもらえるんだ」


ATPランキングが低いプレーヤーは本選はおろか全英予選にも出場する資格すらない。


誰しもチャレンジャー優勝一発の勝負に出てワイルドを欲しいと願う。


「そうね。優勝したらウィンブルドンだもんね」


それがKondoの手に渡ることをあみは願い応援をしている。


井の中の蛙。


大海を知らず。


デンマークの英雄はATP世界テニスに畏敬を表してしまう。


「僕はEnevのテニスに面喰らってしまった」


1-1のワンセットを取れたことが奇跡ではないかと思い震えが来てしまう。


「だからデンマークに帰ってもう一度練習してくる。世界には僕より強いプレーヤーはいくらでもいるとわかったからね」


すっかりあみに打ち解けたデンマーク。コーチにも話していない心の弱さを吐露していた。


女の子と仲良くしたことがない少年だった。異性の存在そのものを知らずにテニス一筋に打ち込んでいた。

「うん頑張ってくださいね。私も日本から応援しているわ。ジャパンオープンもあるわ。是非強くなって出場してください」


ピンクのあみをチラッと見る。


ジャパンオープン?


「あみはジャパンオープンを知って…ああそうか。君は日本だもんなっ。ジャパンオープンを知らなかったらおかしいアハハッ」


ついさっきまでベソをかいてシュンとしていた少年が笑い声を立てた。


「エヘヘッ私日本に住んでるもん。ジャパンオープンは日本テニスプレーヤーの憧れですからね」


Kondoが出場を決めた時をあみは思い出す。星野はマンツーマンでKondoに猛烈な練習を試練を与えた。


ジャパンオープンでKondoは嬉しいかな一回戦を勝ち上がる。


勝った相手は偶然にもデンマーク選手だった。あみはそんなことはまったく記憶にない。


「僕は尊敬する叔父さん(父親の末弟)がデンマークのテニスプレーヤーなんだ。小さな頃お父さんにコートに連れていかれて叔父さんの試合を見たよ」


この身内の憧れテニスプレーヤーはいつしか目標となりテニスが身近な存在となる。まもなくラケットを握りデンマークジュニアテニスの雄に成長する。


ジュニア参戦は叔父の姪っ子で"鳴り物入り"の子供だった。


「叔父さんはATPジャパンオープンに優勝しているんだ。だから僕もATP世界テニスで強くなって日本に行きたい」


ジャパンで優勝をしている?


デンマークの選手?


あみはATP世界テニスは疎い。世界トップクラスもおぼろ気なくらい。それこそKondoとEnevしかATPランカーを知らない。


「あなたの叔父さんが優勝しているの?ジャパンオープンでデンマークの選手なのね」


選手名は後でKondoに聞けばわかるかなっと思う。


「叔父さんを見せてあげるよ。かっこいいプレーヤーなんだよ。ちょっと待って携帯サイトにあるからね」

ダンロップ・ツアーバックをゴソゴソとやる。ノキア携帯が現れた。


クリック クリック


「ほらっこのサイトに叔父さんの優勝写真がある。ジャパンオープンの決勝戦直後なんだ」


あみは携帯を見せてもらう。そこには細身のデンマーク・テニス・プレーヤーがにっこりと微笑み優勝カップを誇らしげに持つ。


「あらっこの選手って」


あみはどこかで見たような気がした。


ジャパンオープンの優勝選手はどこかですれ違いをしているような。


あれっどこだっけ


「あっそうだ。どうせ見せるなら画像ではなくジャパンオープンの試合(動画)を見せてやるよ」


ジャパニーズのあみはデンマークの叔父さんプレーを見て喜んでくれるのではないか。


「残念ながらノキアは動画は再生されない。コーチのパソコンなら可能だ。あみ一緒にクラブハウスに来てよ。かっこいい叔父さんのプレーを見せてあげる」


僕の一番尊敬するデンマーク・テニス・プレーヤーなんだ


クラブハウスでコーチは心配していた。医務室から姿を消し時間が経っていた。

チャレンジャーを勝てると信じた少年。試合をリタイアし意気消沈が現れた。


うん?


どうしたことだ沈痛な面持ちはなく晴れやかな顔である。


少年の心変わりをコーチは見逃さない。


「痙攣は収まったのか。うん!歩けることは歩けるか」


あれだけ痛みに苦しみリタイアを悔いて泣きはらしたと言うのに。ATPに参戦しているとは言え子供は子供だな。


うん?


少年の背後にピンクのギャルを見つける。


ペコリ


コーチの怪訝な顔を見て大和撫子はゆっくり頭をさげお辞儀をした。


「こちらのお嬢さんは?」

ピンクの鮮やかなテニスウェアに身を包む"外国人"の女の子に見覚えはないかと思案し頭をひねってしまう。


「こちらのカワイコチャンを紹介するよ。彼女は日本の女の子なんだ。僕の試合を観戦してくれたんだ」(デンマーク語)


ジャパニーズ


女の子


ATPエジンバラは世界男子テニスだ。女子プレーヤーなど参戦していない。なぜ日本娘がいるのだ。


「まあまあコーチ。後からゆっくり説明する。そうだノートパソコン貸してよ。あみに見せたい動画があるからさ」


控えにあみのかわいい手を取り消えていく少年。試合の後遺症も痙攣もすっかりなくなった様子である。


あっ!お兄ちゃんだ


コーチのパソコンに映し出された試合はジャパンオープンである。有明コロシアムが懐かしい。


「あみはこの対戦相手ジャパニーズを知っているのか」


驚きももの木のあみ。あっ!と叫んだら息をハッと呑み言葉を失う


パソコン画面いっぱいにジャパンオープンの試合が拡大された。テロップがでかでかと出てくる。


ケネス・カールセン(デンマーク)VS H.Kondo(日本)

「あなたの叔父さんってカールセンなの。そうだわカールセンはジャパンオープンに優勝をしているわ」


うん?


「嬉しいなあ。あみはケネス(叔父さん)を知っているのかな。デンマークNo.1のテニスプレーヤーだったんだ」

見せられたカールセンとKondoの試合はあみと星野が張り切って応援に出向いている。テニスパークの職員や会員もである。


「この試合はパークのみんなと観戦したの。私はどこにいたのかな」


あみは記憶を辿ろうかと画面を除き込みをする。


画像いっぱいにピンクウェアの女の子がクローズアップされる。テレビカメラマンが観客席を映し出して可愛い女の子あみを見つけたのだ。


「いやダアッ~私が大写しされちゃったあ」


AP電の画像がデンマークのスポーツニュースに流されている。ジャパニーズあみは世界中に素顔を配信されていたのである。


「そうかこのギャルはあみなのか。そりゃあ知らなかったな」


ケネスカールセンはKondoとの熱戦で日本テニスフアンに顔と名前を覚えられていた。


あみもである。カールセンが欧州プレーヤーは知っていたがユトレヒト半島の住民は知らない。


「あみはジャパニーズKondoを知っているのか。えっ!なんだって。エジンバラに参戦している」


さんざん驚くあみ。今度は少年が驚く番である。


「そうなの。あなたの叔父さんはデンマークのケネスカールセンだったのね。ジャパンオープンでお兄ちゃんと対戦した背の高いサウスポーだった」


カールセンはアジアでのATPで好成績を残している(日本を含む)。


「引退してからだけど。叔父ちゃんも笑っていた。デンマークのある欧州テニスはパッとしなかったんだ」


現役では欧州ATPは全英や全仏を含む試合に毎年出場するもとんと優勝に縁がない。


「だけどジャパンや東南アジアではスイスイと勝ち上がれたらしいんだ」


アジアのテニスにコートにカールセンのプレースタイルはマッチしていた。


日本やアジアの風土や滞在中の食事がカールセンにマッチしていたのか。


現役時代ATPで二回しか優勝しない男は二回ともアジアで賜杯を手にする。しかも堂々とATPトップランカーをなぎ倒して文句ない優勝である。


あみは映し出されたパソコンを見て驚いてばかりである。デンマークに配信された画像はNHKが撮影したもの。解説やアナウンサーはデンマーク人である。


Kondoのプレーヤーズベンチ裏にちょこんと座るピンクギャルのあみ。試合のコートチェンジのたびにNHKはあみを映し出していく。

「やだあっ!私がいつもクローズアップされる」


音声は聞き取れないがあみは口に手をあて盛んにKondoに声援を送っている。隣に座る星野コーチも同様だった。


「君がこの女の子なのか。というと"Mr.星野"とはどんな関係なんだ」


あみたちの背後からデンマークコーチが問い掛けた。

「Mr.星野って。お父さんを知っていらっしゃるのですか」


コーチは明快に答えた。ジャパニーズの星野理論は欧州で有名である。


Jr.テニス育成の分野はいまだ手探り状態。星野セオリーにはオリジナリティがあり実績も伴う。


「私も2~3星野のJr.育成トレーニングを参考にした」


驚いてしまう娘のあみ。こんなところで父親の名前を聞かれ浸透しているとは。

デンマークコーチの隣席コーチが振り向いた。


「ちょっと御免よ。今君たちは"Mr.星野"を話題にしているようだが」


クラブハウスにいるテニスコーチが耳を傾けてくる。

「こちらのお嬢さんはジャパニーズか。星野の娘さんなのか。Jr.育成コーチの星野の娘さんか。本当か」

星野とあみの父娘が仲良く座る観客席を覗き見る。


「このジャパニーズ星野は大したコーチだぜ。俺もクラブで子供たちを教えるんだがセオリーと訓練方法を参考にしている。子供の特性を生かし伸ばしていくやり方なんだ」


俄にあみは脚光を浴びる。ジャパニーズ星野の娘さんは畏敬である。


エジンバラケーブルテレビ局はこのざわめきを見逃さない。騒ぎの中心を見いだしディレクターはカメラマンにピンクのあみをさらに追えと命じた。


「ディレクターどうやらあのジャパニーズは有名らしいですね。クラブハウスのテニス関係者がこぞって騒いでいますから」


さっそくジャパニーズあみの事情調査である。見た目からジャパニーズ娘は間違いないとして名前とどんな素性なのか知りたい。


狭いクラブハウスは当然KondoもEnevもあみの盛況ぶりに気がつく。


次の試合の作戦に夢中のふたり。中断し顔を騒ぎの主に向ける。


「おいKondoあれを見ろよっ。どうなっているんだ。ピンクのギャルはあみちゃんじゃあないか。カメラがあみちゃんに向いているじゃあないか」


エジンバラチャレンジャーはテニス専用ケーブルテレビが中継局になる。あくまでもテニス放映が主にならなければならない。


言われてKondoもあみを気にする。ラウンジで昼食を用意と言ったのに帰ってこない。どこに消えたのかと思ったらとんだ騒動の渦中にいるとは。


「(テニス専用)テレビがあみを撮影するのか。テニスプレーヤーでないんだからおかしいな」


日本で著名な星野コーチの娘があみ。タレントとしてテレビ出演もあり有名人でもある。


ところが日本より遠く離れたエジンバラでは単なるひとりの観光客である。あみを知る者など皆無ではないか。


「あのピンクウェアが華やかだよ。ラウンジで一際目立っている。ジャパニーズのカワイコチャンだからだぜ」


理由はとにかくあみにカメラが回るとは穏やかでない。Kondoは騒ぎを知ろうと席を立つ。


カワイコチャンあみを撮影するカメラマン。Kondoの近づくことを見逃さない。あみはKondoのテニスウェアを見ると目を輝かせるではないか。


「おっあれは試合で見たジャパニーズだ。そうか!ピンクギャルのジャパニーズと知り合いなのか」


ディレクターは大喜びである。テニス専門テレビに東洋の男女をアクセントとしてつけられる。


Kondoにカメラがサッと向けられる。プライドのある日本男児はムッとする。


「なんだいきなり。なにも説明なくカメラを回すなんて無礼だ。勝手な真似するな!」


カメラマンに向かい手を差し出し撮影を控えたまえとジェスチャーした。


Kondoとしては怒りを露にとなるが。


「ほほう~それが世に言う忍術なのか。サムライ映画にあるかもしれない」


ディレクターの歓心を買う。Kondoの手を振り込みの仕草は有名な"武士の手裏剣"だろう


ジャパニーズは今世紀でも江戸時代の"武道"や"もののふ"を重んじると聞く。大学で東洋史を好んで学んだ日々が思い出されていく。


「ジャパニーズKondoはテニスプレーヤーだけでなく武士道もやってくれる。サービス精神旺盛とは愉快なことだ」


ディレクターとカメラマンはひそひそと内緒話を繰り返しKondoの怒りを感じなかった。


「チィ~なにが武士道だい。怒って手を出しただけだぜ」


Kondoはあみに手招きをする。


「あみ昼食を食べたらサッサとホテルへ帰るんだ。試合は済んだから用はない」

Kondoは一刻も早くラウンジを出たくなる。


「お兄ちゃんちょっと待って」


ちょこちょことあみはKondoに歩み寄る。少ししゃがみかけて耳打ちする。


「えっなんだって」


テニスクラブからホテルへ戻るKondoは夕方からEnevと練習を予約していた。

シャワーで汗を流すと部屋であみがバスタオルを両手に待っていた。


「お兄ちゃんご苦労様でございました」


若い"奥さま"はよく気が利いた。


「お兄ちゃん夕方から練習でしたね。オレンジジュースはいかがですか」


Kondoがリラックスするように。あみは冷蔵庫からお気に入りエジンバラ・オリジナル・ジュースを差し出した。


「オッうまいなあ。エジンバラの特製ジュースなのか。蒲郡みかんみたいな味だな。あみはジュースを見つける才能がある」


渇いた喉を潤すと夕方の練習に向けて部屋のリビングでストレッチを始める。


試合の疲れを早めに抜いて新たな気分にしておきたい。


ピンポーン


ドアアラームで訪問者を知る。あみがモニターを確認し訪問者を見る。


「お兄ちゃんデンマークの選手がいらっしゃいました」


いいよっ通して


「お邪魔します。改めて挨拶をします。僕はデンマークテニスプレーヤーの」


ATP世界テニスで活躍されたケネス・カールセンの兄の子供で甥っ子だと名乗る。


「ミスターKondoと叔父カールセンの試合をジャパンオープンで見て知っています」


エジンバラチャレンジャーで偶然にジャパニーズ娘あみと知り合いました。


「叔父はジャパンが大変お気に入りでした。今はATPを引退してデンマークテニス協会の理事として忙しい毎日を過ごしています」


デンマークの英雄カールセンはJr.テニスプレーヤー甥っ子の育成を手掛けるほど暇ではないらしい。


「ケネスカールセンは覚えているよ。僕の数少ないATPトップランカーとの対戦だった」


Kondoからカールセンを聞き嬉しく思う。


「そうか甥っ子さんの君もATPに参戦なんだね。エジンバラチャレンジャーは初のATPになるのか。頼もしいなあ。デンマークのテニスを盛り上げて欲しいね」

ATP下部の大会を勝ち上がればランキングがアップしグランドスラムに辿り着ける。


グランドスラムは常連だった叔父ケネスカールセンに近寄りたい。


「(高校生の)Jr.時代から叔父さんは憧れのテニスプレーヤーでした。デンマークではテニスは盛んではないため有名な選手ではなかったので悔しいかったけど」


ATPで二回優勝したケネスカールセン。日本の試合にも来てKondoとの対戦もあった。


Kondoはカールセンとの対戦を思い出す。ベースラインから繰り出すサウスポーからの正確なストロークは制御するのにかなり苦労をしている。


「サービスはサウスポー特有ではなかった。そのぶんストロークは正確で早かったな」


サウスポーの癖球は定番で大抵の選手は翻弄されて打ち負ける。


「叔父さんのカールセンがジャパンオープンに参戦は2年続けてだったかな。初年度は僕にフルセットで破れて」


翌年に嬉しいATP優勝を飾った。


甥っ子はKondoを熱心に見つめる。カールセンは既に引退し生でプレーは見られない。


「そうですか。叔父さんのテニスはそうなんですか」

母国デンマークでは無敵のカールセンで国民的英雄である。甥っ子は尊敬をしてやまない雲の上の存在であり目標である。


Kondoの話を熱心に聞き叔父のテニスに納得する。


「いろいろ教えて頂きありがとうございます。僕は明日デンマークに帰ります」

これから練習してテニスがうまくなるように努力します。まずはデンマークNo.1を目指します。


「うん期待している。ATPで僕と対戦する日が近いことを願っている」


Kondoと固い握手をする。

Kondoとしては世界テニスでひとりライバルが出現する予感がした。


「しっかり頑張ってね。あみも応援しています」


二回戦となる。KondoもEnevも互いに練習に熱を入れ徐々に調子をあげていく。


だがATPランキングが下位のKondoは二回戦以降勝つには勝つがテニスそのものは危なっかしものである。

「イヤ~ンお兄ちゃん見ていられないわあ~」


第1セットを得意のサーブ&ボレーであっさり取る。

第2セットからはKondoの攻撃パターンを完全に読まれ撃沈してしまう。


観客席のあみは手に汗握るどころか心配のあまり気絶しそうである。


「第1があっさりだったから余計にいけないなあ」


父親の星野がKondoを見ていたら怒鳴り散らす内容である。


「あみに弱音を吐きたくないが」


対戦相手のATPランキングがあがってくるとテニスそのものが異次元のものとなってくる。


「中級レベルのチャレンジャーでこのザマだ。グランドスラムならばどんなテニスなんだ」


Kondoは疲れた右手をあみにアイシングさせる。


あみの押しつける氷がひんやりと患部を冷やしてくる。


「お兄ちゃんちょっと肘が赤い炎症を起こしているわ」


あれぐらいのショットを放ったぐらいでKondoの腕は悲鳴をあげてしまう。


世界テニスの頂点と今の自分の実力との距離感がかなりあると畏れてしまう。


「あみ済まないがアイシングはもういい。明日の対戦相手を検索してくれ」


少しでも敵を知っておかないと怖くてたまらない。


次にKondoの腕をマッサージするあみのからだを抱きしめてしまう。


リーンリーン


フロントから電話である。

「Mr.Kondoに外線でございます。電話先は日本大使館からでございます」


出たのはあみ。


「こんにちは。チャレンジャーでKondoくん頑張っていますね。僕はエジンバラに応援にいきますよ」


気さくな明るい声である。電話の主は大使その人であった。


「きゃあ~大使さん驚かさないでください」


大使はスコットランドと日本の友好のためのパーティーに参加予定がある。今現在出席をした儀式を執り行い明日にはエジンバラに向かえる。


「いやあKondoくんのテニスが見たくてね」


大使はスケジュールをわざわざKondoのテニスのため空けてエジンバラにやってくる。


「お兄ちゃんどうしましょう」


忙しい身の上でロンドンからスコットランドに足を運んでくれる。


Kondoは身のひきしまる思いがした。


あみが受けた電話によると試合後に大使主宰の晩餐会をもうけたい。


お兄ちゃんとふたりでいかがですかっ


抜かりのない日本大使であった。エジンバラにあるスコッチウイスキーの組合にスポンサーとなってもらいATPエジンバラチャレンジャーそのものをウェルカムパーティーで招待したいとした。


協賛には英国テニス協会も名を連ねている。


「Kondoくんを驚かさないでおきたかったけどね。チャレンジャーの選手をみたらすごいメンバーばかりじゃあないか」


若手テニスプレーヤーの誰が優勝賜杯を手にしてウィンブルドンへ行ってもおかしくはないのではないか。

「そんなチャレンジャーの中からぜひともだ。我が日本が誇るKondoくんに優勝を飾って欲しいと思うんだ」


日本にいるテニスフアンのためスカッと優勝してウィンブルドンへ羽ばたいて欲しい。


「へぇ~さすが大使さんだわねぇ。段取りが早いわ」

あみはレセプションに和装の出席を強いられてしまう。


「あっヤダァ~着付けひとりでできないもん」


Kondoは大使の前(御前試合)で勝たなくてはならないと苦しみを感じる。


あみは苦手な着付けに苦しむエジンバラであった。


ATPエジンバラチャレンジャーはシングルスは準々決勝を向かえダブルスは準決勝だった。


スケジュールを空けて観戦をする大使はご満悦であった。


「ダブルスはKondo/Enevがベスト4進出だね。そうかKondoくんはダブルスも巧かったんだね」


EnevとのコンビネーションはATPランカーの間で噂にのぼるほどである。


「楽しみのシングルスは嬉しいねKondo(JPN)が残っている」


大使はKondoが勝ち上がったドローをにこやかに眺めていく。


だが。


Kondoの対戦は第1シードになる。ATPランキングは200位前後で伸び盛り育ち盛りのドイツ選手(18)である。


「この第1シードは手強いな」


テニスフリークを自称する大使は大学テニス部出身である。ドイツのテニスがどれ程ハイレベルなものか身を持って知っている。


「ベッカーの国だよ」


ATPランキングでダブルスコアの違いのあるKondoとはまともなテニスになるであろうか。


Kondoの試合は朝一番に始まった。観客席最前列にピンクギャルあみが座りKondoのプレーを見守る。


あみの後方には大使と2~3人大使館職員がいる。職員はいずれもテニス愛好家で週末には大使とプレーを楽しむ。


グランドスラムはテレビ観戦で楽しむ同輩である。


「大使に誘われてATPチャレンジャーを観戦します。こんなトーナメントがあったんですね。まったく知らなかったですよ」


テニス愛好家でもインターナショナルカテゴリーの下部大会は知らない。


Kondoが転戦をするチャレンジャーやフューチャーズなどあることすら知らないのが普通である。


かくいう大使も日本を離れなかったらチャレンジャーなど目に触れるチャンスもなかったかもしれない。


試合前に大使から激励の言葉をいただく。


「チャレンジャーに優勝をしてくれたまえ。そのままウィンブルドンへ真一文字だね」


試合はKondoのサーブから始まった。大使が観戦をしているとどうしても力が入ってしまう。


ビシッバシッ!


ギュン!


矢のようなサーブは敵陣のコートに突き刺さる。


「Kondoくんやるじゃあないか」


大使は満足げにコートを見つめる。好青年のKondoがそのままウィンブルドンでプレーをしてくれたのなら人気が出るであろう。


Kondoは簡単にサービスゲームをキープする。


「やれやれだ。初っぱなから打ち返されるかとヒヤヒヤしたよ」


ドイツ選手は名だたるハードヒッターである。


あみが検索してくれた選手データによれば厚みのあるウエスタングリップから強烈なストロークを繰り出してくるタイプ。


ネットに出ることはない典型的なストローカーである。


ネットプレーがないのならやりやすいかと思うが。


Kondoはレシーブに回りサービスを待つ。


ビシッ~ィ


おっ!


速い


観客席にどよめきが起こる。


からだをややエビ反りのようにして放たれたサーブは200キロをゆうに越えていた。


「なんだいまのサービス。ラケットに当たった音はわかったが球筋がまったく見えなかった」


まったく見えないは大使が大袈裟な表現である。


「チッ!」Kondoはレシーブ失敗をしサービスエースを献上してしまう。


「こいつはどれだけ速いんだ。レシーブの体勢に入る前にスイートスポットに来てしまう」


ラケットに当てた感触はまだジィーンと残っている。

打球にスピン回転を与えバウンドした後も減速を抑える含みがあった。


観客席の大使からも速いサーブは充分に見える。


「やるじゃあないか若いの。久しぶりに歯ごたえのあるやつに御目に掛かれたよ」


速い速いと思っても大使は泰然自若である。テニスを見ている年数が違いビッグサーバーには驚きはしない。


「ウィンブルドンにいけばあの程度のスピードいくらでも。ビッグサーバーの序の口あたりだよ」


このドイツの200キロどころか230キロに迫る最速サーブを見ていた。


バシッ!


ビシッバシッ!


バシッ!


Kondoの対処はまずく辛うじてラケットに当てるだけである。


「フォアにくるのかバッキサイドか。エビ反りからクイックで繰り出してくるから予測がつかない」


ビッグサーバーとの対戦はATPの対戦に数人あるにはあった。いずれの選手も試合が進行するに従いサービスのフォームやその癖が見て取れるようになり打ち返していた。


「Kondoくん。リターンに苦労している」


どうしてもサービスをブレイクできないKondoだった。


第1セットはブレイクなしで5-5。このままではタイブレイクに突入だ。


サービスブレイクをしたいKondoは高速サーブをレシーブしなければならない。

「目が辛うじて慣れて打ち返していく程度だ」


ブレイクなんて至難の技である。


タイブレイク前の休憩に対策を打開策を持ちたい。


速いサーブ


高速な


光速な


プレイヤーズベンチに座りKondoはドリンクを口にする。


うん?


Kondoの背中にピタッとあたるものが感じられた。


「エビ反りになりながら全力でサーブを打つんだ。打球した後はコートカバー能力はかなり緩慢になっている」


Kondoは高速サーブのレシーブに神経を集中し"サービスの欠陥"に目がいかなかった。


タイム!


主審が試合再開を宣告する。


ビシッ!


タイブレークになってもサービスに衰えはなかった。

Kondoはダンロップを短めに持ち替えポンッと打ち返す。


ホワホワ~


軽く打たれるとゆらゆらと大空に舞い上がりハーフロブとなる。


サーバーの真上エンドラインキリキリに飛んでいく。

「アグッ」


渾身の力をサーブに注いでいる。緩く飛んでくるボールは視認はできるが突然には対応が遅れがちになる。

ポワ~ン


コートに力なく弾むボール。まるであみのようなテニス初級者がよく打ち込むような力なきボール。


なんとぎこちなく打ってやろうかとスイングする。


その間にKondoはスルスルとネットに辿り着きリターン打球をボレーで決める。

Kondo得意のパターンになる。


「おいおいあんな易しいロブが返せないのか」


Kondoがロブ&ボレーを決めると途端に形勢が逆転をする。


「しめた!こいつロブが苦手だ」


プロ同士の試合。弱点を見つけた見つけられたとなれば勝負師は徹底的に攻めていくのである。


Kondoはロブを多用しコート狭しと走らせてみた。


ハアハア


18歳のテニスプレーヤーは徐々にスタミナを失ってしまう。


時折肩で激しく息をするシーンも見られ高速サーバーの影は無くなっていく。


脅威的なサービスがなくなれば試合巧者Kondoのものである。


応援する大使やあみの前で充分にKondoのテニスを披露できる。


「うんうん。頑張れニッポン。いいぞKondoくん」


テニスフリークの大使は満足である。大使館職員に得意げにKondoのテニスを解説してしまう。


「どうだいあのスマートなネットダッシュは。簡単に見えてもなかなか度胸の要るプレーなんだ」


手振り身振りでサーブ&ボレーを絶賛。


「フゥ~なんとかお兄ちゃん勝ちました」


終わってみれば若気の至りに助けられた試合となった。


これでベスト4に進出を果たす。またATPポイントも獲得しKondo自身自己最高ランキングを手にする。


優勝候補筆頭第1シードを破ったKondoは大会関係者の脚光を浴びることになる。


午後から行われたEnevとのダブルスも快勝で気分よくパーティーに参加した。

レセプションパーティーの主賓に大使は座る。英国テニス協会理事と話が弾みこの世の春という風情だった。


「Kondoくんは頑張った。僕は嬉しいよ。日米摩擦もテニスで解消されないか。おっとここは英国でしたなアッハハ」


イングリッシュフール(冗談)も滑りがち


「ジャパニーズがATP世界テニスで活躍するなんて夢物語だ」


パーティー会場を隈無く歩き回る大使。久し振りに日本テニスが脚光と思いはしゃぎっぱなしである。


テーブル席につくテニスプレーヤーたち。明日以降の試合はいずれもタフなものとなる。


身をひきしめてパーティー会場に出席をしている。


ベスト4のKondoに寄り添う和服姿あみがあった。


「えへへ着付けが苦手でございます。恥ずかしながらお兄ちゃんに手伝ってもらい帯締め紐結びをしてもらいました」


日本にいたら着付けすべておばあさんがやってくれた。


「おばあさんまでエジンバラに呼ぶことはできないもん」


見よう見真似で着物と悪戦苦闘をしたあみ。背後に手を回す帯紐は泣く泣くKondoに。


「お兄ちゃんそこでグッと縛って」


二時間余もかかって和装の日本娘が出来上がる。


会場に配置されたテニス専門ケーブルテレビはあみを見逃さない。


「スコットランド民族娘の衣裳も艶やかだがジャパニーズもやるなあ」


主賓ゲストの英国テニス協会も同様であみは一躍"日本文化の水先案内人"となった。


「日本の女性は着物が一番だよ。さあさあご来場のゲストの皆さん。美しい国ニッポンはここにありますよ」


あみの和服に魅了の大使は会場内をところ狭しとスイフトする。


「君っちょっと君ぃ」


見つける知り合いや会場スタッフを友達扱いする。


パッと見た先にケーブルテレビ・クルーがいるとすたすたっと歩み寄る。


「君たちはジャパニーズビューティーを知ってるか。あみちゃんを映して欲しいなあ。日本には眩いばかりの美しさがあるんだよ」


主賓客の大使がわざわざ申し出てくる。クルーとしてはスコットランドを紹介するためカメラを構えている。


「弱ったなあ。テニス番組にジャパニーズギャルは関係ないのに」


タレントやカワイコチャンなら違う番組で喜んで受けつける。


大使は和装のあみを雛壇にあげてしまう。司会者からマイクをもらうと"日本大使館の暴走列車"と化していく。


「ようこそ我が美しき国ニッポンへ」


あみを娘のごとく従え朗々と日本の文化歴史を話し出す。


あらあら…


テニスのレセプションに全く関係ないぞ


隣りにいるあみは困り果てKondoにどうしたらいいのっとSOSを出した。


「この手の会食は楽しめばいいんだけど」


日本文化の押し売りはいささかいただけない。


「…とまあ日本とい島国は英国と類似することも多々あり」


日本も英国もテニスは衰退し弱くなってしまった。我々テニス愛好家が結集をして世界で通用をするテニスプレーヤーを育成しなければならない。


「幸いにもジャパンにはKondoくんがいるから少しは安心をしている」


大使の勢いある長口舌の落とし処にようやくKondoが登場をした。


名前が出たところでKondoは舞台に上がった。


「日本テニスはまだまだ発展途上です。歴史と伝統。そしてウィンブルドンのある英国テニスに1日でも早く追いつけ追い越せと頑張っていきたいと思います」

日々のたゆまぬ努力を積み重ねATPランキングをアップしたい。


様々に論点が定まらぬ大使の代わりにKondoがスピーチをしめくくる。


あみ!手を貸せ


Kondoはあみに目配せをした。大使を雛壇から降ろしにかかる。


両肩を抱き抱えられた大使。


「いやいやそんな大袈裟な」


檻を逃げ出したチンパンジーのごとしである。


ATPエジンバラチャレンジャー。ダブルスは決勝戦を迎える。


Kondo/Enevのペアは隙のないテニスを展開し勝ち上がってきた。


「お兄ちゃんしっかりね。Enevさんも頼みますよ」

ダブルスに勝てばウィンブルドンである。あの青い芝生がKondoらを待ち受けている。


英国テニス協会からもたらされる最高の招待状がウィンブルドン。


「Kondo緊張するなあ。俺はウィンブルドンなんて夢に見るだけのことと思う。この試合に勝てば"憧れの芝生"だなんてな」


試合前にEnevは足腰がガクガク震える。緊張感が手足にありどうにもラケットの振りが鈍くなりがち。


「Enevさん大丈夫かなあ。歩く後ろ姿もガタガタしているもん」


練習コートを眺めるあみに不安を与えてしまう。


「Enev!気楽にいこうぜ。なあっリラクゼーションをしよう」


あれだけ猛練習をしてきたんだ。チャレンジャーぐらい軽く優勝を飾ってしまわないと。


ガチガチのEnevは聞く耳を持てず。気を鎮めようかとベンチに座る。ストレッチを繰り返す。


「足の筋肉はなんとか治りそうだ」


マッサージを頼んで太ももあたりをもみくだしてもらう。


「実は学生時代に肉離れをしている。再発するくせがある可能性もある」


入念に筋肉をしこりを解きほどしてもらう。プロのコンディショナーは指先を頼りにもみほぐす。


「あらっEnevさん気持ち良さそうだわ」


英国はマッサージを含むボディケアが盛んな土地柄。緊張感からくるシナップスなど簡単に征服である。


Enevは目を閉じまんざらでもない顔つきになる。


「Kondoに済まない。メンタルの面で僕に幼稚なこともある。極度の緊張感は…。ご免なさいね。子供の時からなかなか押さえつけられないんだ」


忍耐強くが美徳の日本人と違いEnevは欧州人である。弱音を吐くことは問題ではない。今の緊張する気持ちをパートナーに素直に告げておきたい。


「Enevさん大丈夫なの」

あみは試合に挑むEnevのコンディションが気になってしかたがない。Kondoの顔を眺めてはそわそわしている。


「Enevは大丈夫さ。今までも試合の前にちょくちょく緊張はあった」


Kondoだって大一番を迎えるとからだが萎縮してしまう。似たり寄ったりなところもある。


「Enevのことは大したことではないよ。心配ないというのはだね」


ジュニア時代から知るEnevとの付き合いである。Enevがなにを考えるか。なにをしたいか。


長年付き添う夫婦のごとく阿吽の呼吸となる。


「緊張してコートに入ってくれると好成績なんだよ。不思議だけどうまく力が抜けてスイングが軽くなるんだ」


がむしゃらに打ち返すEnevが影を潜め安定感のあるテニスになる。


「ただね今みたいに筋肉が痙攣してはいただけないが」


マッサージが終わる。Enevはいたって爽やかな顔つきでKondoに向き合う。


「よしゃあ~いくぜ。勝てば俺らはウィンブルドンだ」


ウィンブルドンに出場するためテニスを始めた。EnevはKondoにテニスをやる夢を常に語る。


「善きライバルのKondoとウィンブルドンに行きたいぜ。ダブルスはグッドなパートナーKondoとだぜ」


Enevの体調が戻りそうである。あみは時計を見る。

「お兄ちゃんそろそろチェックタイムよ」


KondoはEnevをチラッと見る。


いくぜ!ウィンブルドン


オンコートに若きテニスプレーヤーが現れる。観客席は待ってましたと拍手が巻き起こる。


「頑張ってくれ~若いの。勝ち抜きは栄光の芝生でっせ」


"栄光の芝生"


この一言にテニスプレーヤーKondoの耳はピクリっと動いた。


芝生かっ


「いかん!芝生の一言でウィンブルドンがちらついてしまうぞ」


ラケットを握り軽くウォーミングアップである。邪心が入って集中できないありさまは如実。


Kondoを見るあみは正しい姿ではないと異変に気がつく。


「あれっお兄ちゃんがおかしい」


頬は硬直し青ざめている。

「緊張している。お兄ちゃんリラックスしてください」


コートの上で機械的な動きである。ギクシャクしたEnevが移ってしまったのか。


「どうしちまったんだ。チクショウ腕が萎縮して思うように振れない」


ダンロップを素振りしてみる。フォアもバックも今一つしっくりいかない。どうにも思い描く軌道と程遠かった。


「あちゃあ~お兄ちゃん困ったさんだわ」


主審がコートに現れ試合開始五分前を告げる。


「Kondoしっかりやろうぜ。勝てばウィンブルドンだ」


Enevからもプレッシャーが掛けられた。


あちゃあ~


ATPエジンバラチャレンジャー


ダブルス決勝


2-6 2-6


Kondo/Enevは惨敗をする。


昼過ぎからのシングルス準決勝も負ける。


KondoとEnevのウィンブルドン出場はお預けとなった。


「お兄ちゃんまた頑張りますしましょう。ATPランキングをどんどんあげてランキングで100位を目指しましょう」


すっかりしょげかえるKondoに"奥さまの"あみは元気づけた。


「えっと」


敗戦の事実は大使にも知らせる。


「Kondo選手は残念ながら優勝はできませんでした。また練習をしっかりおこない大使さまの期待に応えられる選手になってきます」

大使の期待するウィンブルドン。今のKondoは実力が伴わず早過ぎたのかもしれません。


大使にメールを打ち終わるとあみは身の回りを片付け始める。


「スコットランドのエジンバラはいい思い出の地になったわ」


ホテルから眺める街並みは風光明媚な歴史建造物。英国は歴史と伝統を重んじる国民性。


Kondoのようなポッと出の若造が簡単に全英テニス選手権ウィンブルドンに出場などしてはいけないのである。


あみがパソコン端末を眺めると父親星野からのメッセージがあった。


「近いうちにロンドンに戻ります。私の欧州滞在は一旦切りにして日本へ帰ることになります」


星野が帰国することをKondoに教える。


「やだなあ星野コーチに負け試合を報告したくないなあ」


あみはKondoを諫める。


「お兄ちゃん日本に一緒に帰りましょう。お父さんに1から鍛えられなくちゃ」

なんとなくあみが鉄の女に見えてきた。

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