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タレント1

プロテニスプレーヤー近藤。ジャパンオープンから実力をつけ始めATPランキングをどんどん上げていた。


アジアとアメリカのチャレンジャーを様々に転戦をしATPランキングをどんどんアップしていく。

「ATPチャレンジャーの勝ち方を身につけたらテニスの形になってきた」

両腕に筋肉がつき逞しさがうかがえる。近藤の成長にはサーブに磨きがかかったことだ。


「僕の実力はATPランキング100には遠く及ばない。だが焦りは禁物さ。世界は世界。僕は僕なんだ」


チャレンジャーからインターナショナル(グランプリ大会)に参戦をして勝ちあがる実力は近藤本人にまだなかった。これは本人も認めざるをえない。

「ATPランキングをガンガンアップさせるためにやらなければならない課題は山ほどある。焦ったら負けさ。ひとつひとつこなしていく」


歳月が流れ二十歳を越えた近藤。若武者らしく成長をしていく。プロテニスプレーヤーとしての自覚も芽生え心身ともに成長をした。

「ファンは僕のテニスを待ち望んでいる。僕は大舞台で近藤のテニスをプレーする義務がある」

近藤はダンロップを握り練習コートに走った。


頑張れ近藤。君の前には世界のテニスが待っている。


グランドスラムだ。ウィンブルドンだ。センターコートだ。


時を同じくして星野コーチの娘あみ。あみも大きく成長をしていた。オチャメさんだった女子高生も卒業していた。女子高のあみはそのまま学園で内部進学をし今は附属の女子大生となっていた。あみは地元で一目置かれるお嬢様になっていたというわけである。


「あみは女子大生ですわ。おさげ髪がチャーミングな女子高生のあみちゃんが評判だから気に入ったんだけど」


まあ年齢が来たらからおさげさんはバッサリ切ってしまった。


えへへ


女子大生となっただけでなく地元名古屋のタレント事務所に改めて所属した。


近藤のプレーするテニス番組(テレビ)や雑誌にちょくちょくあみのおさげが脇の方に映る。プレーヤーの後ろにチョコンと座るあみ。これをテニスファンが見た。あの後ろに座る女の子とはどんな女の子だろうかと話題になった。


「あの女の子はなんですか。近藤の座るベンチの後ろにいつもチョコンって座っている。おさげの可愛い女の子だけど。テニス主催の関係の女の子ですか」

とある近藤のテニスファンから問い合わせがあった。これが端となりテレビ局やテニス雑誌はあみちゃん探しがコーナになる。


インターネットのブログ/掲示板にはあみとはどんな女の子なのか。謎の女の子あみから段々と素性がわかり始める。


マスコミ(テニス雑誌だけ)はインターネットからさっそく調べ始める。あみはすぐに捕まえられた。

「なるほどテニスコーチの星野さんの娘さんなのか。だから近藤の後ろにチョコンなのか」


このテニスファンの人気からあみのタレント性が見い出されていく。


「あみちゃんをもっとよく知りたい。写真がみたい」

ブログは謎の女の子あみでヒートアップした。


テニス雑誌からはあみのタレント化をはかりそれなりの扱いで雑誌のグラビアを飾りたいとち父親の星野に要請がある。

「テニス振興の役にあみが立つならば」


あみは父親の許可を取り事務所に所属してタレント活動に入る。地元のテレビのアシスタントから出演を開始する。


父親の星野は、

「あみが大学の学業に影響ないなら大丈夫だろ。女子大生のアルバイト程度だから」

星野としては軽い気持ちから。まさかタレントになり人気が出るとは夢にも思わない。我が娘だし、チンチクリンな顔はごっつい星野の父親譲りだから。


あみが聞いたら泣いて怒りそう。


タレントのあみはテニス雑誌のグラビアとテレビのアシスタントからスタートした。


テレビ出演は地元のタレントの出る番組でぬいぐるみを持ち司会者に渡す、回答者に手渡す程度である。マスコットガールあみとなっていた。


番組の収録のたびに様々なコスチュームをあみはつける。お茶の間に明るいあみの笑顔を振りまいた。


「おやっあみちゃんがテレビに出てますよ。おじいさん」

星野の祖父母は孫あみの姿に喜んでいた。

「どれどれ。あのチャラチャラした服の女の子があみなのかい。老眼だからよくわからないが。うーんあみだね、あみだ。死んだ母親に似て可愛いね」

祖父は老眼メガネをしきりに触り画面を見る。なんど見てもあの孫娘がテレビに出ているとは思えなかった。2〜3人並んだマスコットガール。おじいさんはたぶん、あみの横の女の子を見て間違えていた。


そんなたわいもないあまり存在感もないようなタレントさんだった。


ところで世間は広いもの。あみの可愛らしさを認めた視聴者がいらっした。可愛い娘さんだっとお茶の間に伝わると瞬く間に人気タレントになっていく。


テレビ出演がタレントのあみだけになるとやっとおじいさんは、


「あれがあみか」

見間違いを認めた。


地元名古屋のタレント事務所に所属をするあみ。出演依頼の仕事はいくらでも舞い込んでくる。

「あらまあっ。私みたいな女の子でも人気が出てしまいましたわ。世の中わからないものでございます」

タレントになったあみが一番驚く。知らないうちに売れっ子タレントさんになります。


人気が出たら仕事は番組の司会者アシスタントが皮切りとなる。人気タレントとして階段をあがっていくその足掛かりであった。


黙ってニッコリのマスコットが板についたあみ。これでちゃんとしゃべってねっとマイクを持たされた。司会者からコメントを求められあみの意見を出すことになる。

「そうですね。かようでございますわ」

突然のマイクにも物怖じせず。あみの何気ないお嬢様言葉がマイクから伝わる。


どうしたことかお茶の間にあみお嬢様はウケてしまう。


「あのアシスタントさんはテニスの星野の娘さんだってさ。いいとこのお嬢さんだね。ねぇ可愛いじゃあないかい」

あみの素性がわかり俄然(がぜん)人気に拍車がかかる。


あみは地元だけのタレントである。まだまだ出演ギャラは安い。そこで地域限定のコマーシャルの依頼が増えた。安くて回し使いができる便利なタレントだから。


コマーシャルはあみが地元特産の名品の数々を手に持ちテレビ画面に現れた。

「私は小さい頃から食べているの。美味しいわっ」

にっこり微笑みパクッとやるコマーシャル。爽やかな笑顔のあみが美味しいと微笑んだ。


テレビを見て楽しんだ消費者。あみがそんなにも美味しいというのなら食べてみたいと思うらしい。売り上げは確実に伸びた。


コマーシャルを見ていたのは近藤も同じ。

「うん本当にうまいのか。あみが言うんだからうまいかもしれない。食べてみたくなった」

近藤はわざわざ近くのスーパーに買いに行く。食品売り場であみのポスターが飾られていた。


「えっあみがいたぞ」

近藤は声を出してわざとおどけてみせた。スーパーの買い物客には近藤だとすぐわかる。

「どれだけうまいのかな」

ひとつ買ってパクッ。

「うまいのかな。どうかな。あみに聞かないとなあ」

首をひねってしまった。


あみはタレントとしてコマーシャルに数本出演した。まったくの無名のタレントとして出演をする。このコマーシャルはいずれも好評となった。笑顔があみの武器。その証拠にあみが微笑むポスターは度々盗まれもした。


あみの所属タレント事務所。次々仕事の依頼が舞い込む。あみは売れっ子さんの仲間入りをする。

「やだなあ忙しくなってきた」

女子大生のあみ。アルバイト感覚でテレビに出ていたが本格的なタレントになって行きつつある。


所属タレント事務所の社長さん。売れっ子になったあみに直々こう伝えた。

「あみさん。東京キー局の番組に出演お願い致します。我が事務所から久しぶりの東京からの依頼となります。頑張ってもらいたいです」

売れっ子タレントあみはギャラが高くなりコマーシャル収入程度では事務所がペイしきれなくなった。


あみは事務所代表として東京キー局に乗り込むことになる。大変な名誉である。


あみが出演する東京キー局の番組はトークバラエティショー。番組の(かんむり)である司会者が売れっ子タレントだった。


あみたちのようなタレントの卵の女の子をスタジオに集める。司会者のタレントがあれこれ話題(トーク)を振るたわいもないバラエティ番組である。


出演の女の子タレントとしてみたらちょい役の場面もあれば司会者に気に入られて延々テレビでトークを繰り広げ映ることもあった。


基本的にはタレントの司会者に気に入れられたら勝ちである。


あみは出演依頼があり、

「困ったわ台本もなくて全部アドリブでやらなくちゃいけないのね」


戸惑いのあみだった。番組のアシスタントなら笑っておしまい。コマーシャルは台詞がありなんどでも撮り直しができたから楽である。


司会者の提供する気ままな話題を女の子に振るバラエティ。子細な台本脚本はなくぶっつけ本番の中継録画撮り。


台本はないが司会者自身番組のすべての進行を牛耳(ぎゅうじ)る。


司会者のタレントは関西訛りの軽妙さがお茶の間に受けている。時事の流れをつかみうまく笑いに変えてしまう。


司会者は出演する女の子の簡単なプロフィールは手にしていた。普段はオチャラケしか見せていないお笑い芸人。だが本番前には真剣な顔である。


真顔(まがお)はプロのコメディアンの片鱗を見せていく。


「出演する女の子は全員がタレント事務所だとしても素人は素人やさかいな。あれこれ気をつけてしゃべっていかんとオモロないさかい」


長年出演するレギュラークラスの娘たちはさほど気をつけることはないが新人タレントは違う。

「今回の収録は三人が新人さんやな」


司会者はひとりひとりのプロフィールを丹念に見ていく。なにか些細なことからでも軽妙なトークの端緒(たんしょ)になればと思うからだ。


ペラッペラッと捲りあみのプロフィールを見た。


あみの写真はさほどの関心は示しはしなかった。

「なんやんこの娘。テニスの星野の娘さんかいな。星野ぉ〜へぇ〜もうそんな時代になるんでっか」


司会者のタレントはサッカーやテニスなどスポーツが大好きだった。


テニスはことの他好き。世界のテニスから全日本テニス選手権からっとよく知っていた。


タレントとして名が売れてからはテニス選手とも付き合いがある。そのひとりに福井烈(つよし)がいた。

「昔の全日本では福井に星野は負けてんがな。何年前やろうかなあ。へぇ〜あの星野が父親なんか」

タレントは福井や星野を知る世代。微かではあるが星野の現役時代を覚えていた。

「星野って全日本は3回戦やったかな。見た気がするわ。やけに粘るテニスやった」


星野の娘さんならっこりゃあ番組では面白いことになりまっせ


司会者はあみの顔を覚えた。


「星野あみ?なんか似た名がありまっせ」


トーク番組の収録は始まった。司会者のタレントはいつものように流れるよう淀みなくトークを展開していく。スタジオに勢揃いされた女の子タレントたちは司会者の巧妙な話術に頷き少し意見を述べた。

「さいでっか〜そんなアホなあ〜せやさかいなぁあんさはんは恋が実らんでっせ」

収録会場は笑いの渦と化していく。当代最高のエンターテイメントを自負する男の真骨頂(しんこっちょう)である。


「ふぅ〜疲れた。さいではコマーシャル行ってやあ」


トーク番組収録がストップをする。司会者タレントは笑いの声をストップさせた。怒り顔を見せ荒々しい怒号を響かせた。

「あんなあお前っ!何年レギュラーやってんねん」

最年長になるタレントを名指しした。話の内容が下らないと司会者はクレームをつけたのだ。司会者の顔はコメディアンのそれではなかった。

「コマーシャルの後もう一度お前にトークを振るさかいしっかりやってや。それと」

怒りの司会者はあみを見た。

「最年長のタレントの話題(トーク)の最後になっ。あんさんの得意なテニスの話に持っていくさかい」

司会者は新人タレントのあみにウインクをした。


だから次はあみがトークの中心になると指名をしたのだ。


コマーシャルの間ではトークの内容に一切触れない。あくまでもぶっつけ本番が司会者の狙いである。あみのハプニングを期待している。


あみは恐怖を覚えてしまう。泣きそうな顔であった。

「次は私だって言われても」

司会者はそんなあみのオロオロした素顔を決して見逃しはしなかった。

「その戸惑いが素人っぽくていいねん。いじめキャラはあんさんのよさが光るはずや」


番組ディレクターがコマーシャル終了を告げた。プロデューサーが心配しながら時計を見た。番組収録のカウントをする。


3・2・1


司会者のタレントはにっこりとする。先程見せた陰険な素顔はそこにはなかった。


「てなわけで。ほならっな」

いつもテレビの中で見せたあのコメディアンになって番組を進行する。

「ほならなっ最年長(タレント)にちょっとやり直してもらおうか」

コマーシャルの最中に不満な点を指摘し《再収録》に及ぶ。


最年長タレントは澱みなくトークを展開し番組は進む。会場に詰めかけたスタジオの観客は大笑いを繰り返した。


最年長と名指しをされたタレント。司会者からこっそりと、

「そんなでいいやろ。オーケーやっ」

小さなサインをもらう。カメラが彼女からはずれて次のトークはあみになるとわかる。


最年長は収録が終わると知り顔を曇らせ涙を溜めた。まわりのタレントに顔を見せずスタジオから出て行ってしまった。


スタジオのタレント仲間には一瞬沈黙が訪れる。ただ司会者だけは何気ないことだっ構いませんと平気な顔である。

「何年あいつとトークしてんねん。ちょっと失敗したからって泣くなんて。後からベッドで可愛がってやらんといかんさかいな」

公私共々の付き合いのタレントだった。泣くタレントの後ろを司会者のマネージャーが勢いよく走り呼び止めた。


「さて次はっ。オッ新人さんでんがなあ。皆さん拍手で歓迎してんかあ」

司会者はあみをスタジオ会場のテレビカメラに紹介をする。

「新人さんはあみちゃんです。ようこそおいでくださいました。ハァ〜頑張ってやあ」

手短にあみのプロフィールを読み上げた。

「名古屋で活躍してはるタレントさんでんな。ひょっとして、おみゃあ〜。だがやぁ〜。そのかわいい顔で言うとちゃいますか」

会場は男客から拍手をもらう。


紹介をされたあみはハニカミを見せてスタジオの観客に挨拶をする。


エヘヘ(ペコリっ)。名古屋から来ましたあみです。どうぞよろしくお願い致します。


かつてなおさげ髪の女子高生の雰囲気でスタジオ内にあみの笑顔を振りまいた。


「さいでっかっ。ホナッ頑張って行きましょか」

司会者はあみにトークを振りテニスの話題を続けた。あみの父親がテニスに関係があるからとトークの端緒(たんしょ)をもっていく。


司会者に脚光(スポットライト)が当たる。次のタレントとのトークが開始される合図となる。あみにもスポットライトがサッと当てられていく。会場内はあみと司会者だけが浮き彫りとなった。


あみは緊張する。司会者はお笑い芸人の穏やかな笑顔を作った。

「ねぇ〜あみちゃんはお父さんが有名なテニスコーチさんなんやろ」

司会者のタレント。自らのデスクに置かれたプロフィールを見ながらキッとあみを睨みつける。あみの受け答え如何によりトークバラエティの笑いが取れるかいなかにかかるからだ。


あみはドキドキしてシドロモドロな返事をしてしまう。


それまでの話題が他のタレントさんは恋のウンヌンであった。だからテニスと来たから余計に緊張をする。

「あっえっと。ハイッそうです。お父さんはテニスコー…」

あみは緊張感から"テニスコーチ"をトチる。


「テニス"コーヒー"です」

と間違ってしまう。

「なんやって!(突っ込み)あんさんのパパさんはテニス〜コーヒーなんか。つこてる豆がちゃいまんな。そんなアホなあ」

司会者はしめしめとニヤリとした。


この娘はイジメられキャラやな。リアクションもテレビ受けしているさかい。しっかり笑いを取ってもらいまひょ。


間違ってコーヒーをあみが言うとすかさずネタに持っていく。司会者のコメディアン独壇場となり会場内は笑いの渦となる。ただあみだけは真っ赤な顔をして緊張するだけであった。

「あんさはんなあ」

一頻(ひとしき)り笑いが収まり改めてあみを紹介をする。


司会者はいたって真面目な顔になった。

「こちらのお嬢はんは名古屋から来はってんな。星野あみちゃん。皆さん改めて拍手を頼んます」

司会者から紹介されあみは真っ赤な顔のままペコリと挨拶をする。


おっ緊張する割にはしっかりした娘やないかっ。


いくらかの女性タレントを見てきた司会者。単にかわいいだけで礼儀作法を知らないタレントもいるため、ことのほか礼儀には神経質になっていた。テレビに映る僅かなショットだがお茶の間に流れる姿は気になってしかたがない。


「さすがは星野コーチの娘はんやな。真っ赤な顔して。たんまり緊張してはるのに(礼儀だけは忘れない)」

好き嫌いが激しい司会者である。あみの第一印象はよかった。


司会者はあみに盛んにテニスの父親をトークのネタとした。あれこれとテニスを質問をされたあみ。緊張することは画面モニタを見ても伝わる。

「あっハイッ。お父さんが試合に負けちゃうと家の中が暗くなって」

すかさず司会者はつっこむ。

「ちゃうやろっ。お父さんが試合に負けたやないやろ、お父さんのコーチする"選手はん"がやろ。まったくテニスコーヒーはちゃいまんな」


しまった間違いました。


あみはペロッと可愛らしく舌を出した。

「おっなんやいな。ペロッとかわいいやないか」

司会者はさらにあみの一言一言に(笑いの)突っ込みを入れていく。会場は笑いの渦となる。


司会者はトーク炸裂となった。

「はあはあっあみちゃんだけでエロウ長い時間取られてしもうた。さてコマーシャル行きましょ」


会場内に拍手が巻きあがる。あみのトークがなかなかよかったとの反応であった。


あみはコマーシャルの時間とともに退座をする。本番収録はここまでであった。

「あみちゃん面白かった。出番はこれでおしまいだ。ご苦労様」

ディレクターに指示をされ楽屋に下がる。あみは背中に滝のような汗をかいていた。

「やだなあ私。変なことばかりしゃべってしまいました。あーん後悔しておりまする」

あみは楽屋で着替え足早にスタジオを後にする。帰りの新幹線の中ではずっと沈んでしまった。

「名古屋でアシスタントやコマーシャルしていた方が私にはお似合いだわ。もう東京に呼ばれることもないなあ」

新幹線の中で大好きなお弁当も買わなかった。


この収録番組は翌週オンエアーをされた。


番組は司会者のタレントが忙しいとのことから一回の収録で2〜4週まとめ撮りとなる。そのまとめ撮りのトークの女の子はレギュラー・中堅・新人と収録編集の段階でディレクターが採用不採用を決めていく。

「名古屋のあみはどうするかな」

司会者のタレントが乗り乗りになってしまったがため予定の収録時間をかなり越えらしい。

「ちょっと長い。放映の場合にはカットしたいが」

番組の権利がある司会者タレントにディレクターが聞いてみた。

「(あみは)ありゃあ面白うでんがな。また名古屋から呼んでしもうってや。今度はさらに面白う頼みまっさ」

ディレクターはカットの話を切り出せず。話は再度あみを使えになった。


カットなしで放映となる。長いトークのあみは2週に渡り放映された。


なかなかの評判を得て視聴率アップに貢献をしていた。


名古屋のタレント事務所には出演依頼が来ていた。

「エッまたあのトーク番組に出るの。やだぁ〜」

所属事務所から出演依頼の電話をもらうあみ。困ったなあっと腰が引けてしまった。


頭の中にあの関西の訛りがグルグルと回り出していた。

「また私ドジ踏んじゃうなあ。お父さんは"テニスコーヒー"って言ってしまいそうだわ」


こうしてあみは嫌々ながらも東京に進出を果たす。月に一回だがこのトーク番組に出演をする。あみのとぼけたトークは人気になる。新人扱いから中堅扱いに間もなくなってしまいファンもそれなりについてくる。


アイドルタレントあみ。無名のアシスタントが大きく羽ばたいていった。


中堅処の出演にあみがなると司会者のタレントはあみにちょっかいを出す。


女の子には手が早いことでつとに有名だと噂が絶えない男である。気をつけて付き合わないとひどい目に遭う。

「あみは名古屋の弱小タレント事務所所属ではあかん」

司会者と同じ事務所に所属させるか東京の自分の息のかかった事務所に移籍させたいとまず言い出した。タレントの我が儘というやつである。


これには名古屋のタレント事務所が困った。全国的に売れて行きそうなタレントのあみを手放すことは大変な営業収益減を意味する。また父親の星野が名古屋だけのタレントなら許可を出してもいいと約束である。

「東京のタレントさんになってしまえば星野さんが諾とはしないでしょう。なんとか断りたいですね」

事務所の社長は頭を抱えた。あの人気者があみ以外の他の女の子に興味を

持ってくれることを天に祈るところである。

「あのトーク番組はアイツのオモチャ番組だからな」

悪い噂はいつもついてまわる。


当のあみ。名古屋のタレントだからと東京である程度許してもらった面もある。

「東京所属のタレントさんなら芸能人からの風当たりがキツいわ。だってあのトーク番組だって私は好きだから出るわけじゃあないもの」

出演をする女同士の目に見えない嫌がらせ。あみはチクチクと受けていた。

「名古屋でひっそりしていたいなあ」

地元のコマーシャルを名古屋弁でやるのがあみには幸せだった。


が我が儘な司会者は納得をしていない。

「なんやて断りかいな。なにが不満で東京進出せんのやぁ。気色(ムナクソ)悪いで」


直に名古屋のタレント事務所に電話をかけてきた。


「あんなあワテや。声の調子でわかるやろっ。名古屋はローカルやって言ってもワイの番組がキー局になって流れてまんにゃろ。敢えて名乗らんでもわかりまっさなっ」

脅しをかけている。後に訴えられた場合に名前を言わないからっと逃げる腹がある。司会者は大阪府立大学卒業のインテリでもあった。

「そちらの社長はんいてまっかっ。重要な話おまんのや。代わってや」

横柄な態度である。名前名乗らず高圧的にあみの引き抜きを示唆していく。


電話に出たのは運の悪いことに社長その人だった。こんな電話で『ハイハイ私が社長ですっ』とやったら取り返しがつかない。


社長は頭から滝のような汗。次から次っと吹き出た。ハンカチで頭から拭くが効果はない。


なんとかしなくては。あみちゃんは星野さんから大切に預かっているお嬢さんなんだ。こんな女狂いのバカに手渡してはならない。


社長は話をはぐらかして対応をする。

「なあっ早いこと社長はんに代わってやっ。こちらはなぁ忙しいんや。こうして無駄話してんのもムナクソ悪いんやで。ええ加減にしてくれるか」

電話口でタバコをくわえた音がする。かなり苛々(いらいら)していることが伝わる。社長は頭から滝の汗。さらに高血圧が加えられた。ぶっ倒れるまでまもなく。


「そう申しましても。事務所の社長さんが不在でして。事務員の一存ではなんともなりません」


なら社長はんの携帯の番号を教えろやっ。機転利かないやっちゃなあ。携帯やっ。教えてくれんかっ!あんさはんはどこの3流大学出てんや。愛知なんとかかんとか経済大学やろっ。


皮肉たっぷり


「ハッ社長は秘密主義でございまして。携帯は持ち合わせておりません」


なんやって!今のご時世に携帯持ち合わせないんか。ケッタイな社長やなあ。ほならっあんたら社員はどないして連絡取るんや。明確に答えてんか。テレパシー使いかアマチュア無線かいな。そんなアホなっ


(語気を荒々しくして)なあっ見え見えの嘘はあかんで。社長の携帯教えなあかんで。このボケ〜


なんとか気を静めてもらいたいと社長はシドロモドロな返事を繰り返した。


なんやオノレの言い方は!ワイを舐めとんかぁ。どやっこのボケっ!


テレビで見るタレントのヘラヘラ笑いは表の顔である。裏に潜む本心なる暴力的な姿がそこにはあった。


このドスの利いた凄みに社長も参ってしまう。


ドテン


その場に気絶をしてしまった。そばにいた社員はすぐに社長を起こしソファに寝かせる。タレントからの電話はガチャンと社員が有無を言わず切った。


もしもし、もしもし。なんや愛想ない事務所やなっ。


この一件が司会者には根に持たれていく。たくさんいる出演タレントの中のひとりがあみ。


司会者のトーク番組で様々に嫌がらせを受ける羽目になる。

「ったくな。名古屋のローカル事務所なんてなんもいいことあらへん。アンタなに考えてんのや」

番組のトークであみに到底答えられない質問をお笑いのトークとして繰り返していく。会場のお客は単なるジョークのひとつだとこれまた大笑いをした。

「なんや答えられへんのかいな。今の収録はオミット(撮り直し)や。ホンマしっかりしてもらわんと困るでぇ。トークが軽妙やさかいアンタに振ったさかいなっ。ほんならコーマーシャル行こうかっ」

司会者は平気な顔で言い放つ。会場は拍手を強要されてそれなりに盛り上がる。人気タレントの面目躍如となる。


イジメを受けたあみは真っ赤な顔。目を真っ赤にしていたたまれず退席をした。


楽屋裏に立つ心配顔なディレクターにあみは泣きつく。

「私もう(司会者の横暴さに)我慢できません。番組は降ろさせてください。このまま名古屋に帰りたい。私もう嫌がらせは堪えられない」

その場でワンワン泣いてしまう。


泣かれても別に困った顔はしないディレクターである。

「(司会者のイジメは)いつものことだから珍しくないから」


どうしても嫌ならば(あみの希望だから)とあみをはずし代わりのタレントを据えるだけの話である。


コーマーシャルが終わる。スタジオのタレントの席。あみの席は空くことなく違うタレントが座りすました顔でいた。あみのようなタイプである。


この交代を司会者のタレントは聞かされていなかった。あみをオチョクリたい司会者は激怒した。


「おい!ちょっとテレビカメラ止めてやっ。あんなぁ」


司会者タレントはディレクターを会場に響き渡る大きな声で呼びつけた。プロデューサーもである。

「あみはどないなったん。オイっ説明してや。ワイによ〜くわかるよ〜に説明してんか。ディレクターあんさん一ツ橋大学の頭やから。説明ぐらいできるやろっ。プロデューサーはん。あんたかて何考えているねん」

司会者の学歴コンプレックスが始まると不機嫌な証拠である。ディレクターは困った顔をひとつする。

「あみちゃんは体調不良です。だからただちに代わりのタレントさんをスタンバイしました」


なんやっと。あないな元気の娘がいきなり体調が悪くなるんかっ。(でかい声で)ほならっ次回の収録には出てくるんやなっ。


ディレクターにあみの体調は嘘ではないなっと暗に念を押した。


「ならなっワテはなっ番組の中で『来週はあみは登場する』と番宣(ばんせん)張るさかいなっ。(あみが)出演せんかったらディレクターあんさんの(くび)飛ぶでぇ。覚悟しときなはれ。テレビ局の局長はんはワテお友だちやさかい。しっかり覚えておきなはれ」


司会者は散々に悪態をつく。人気のあるタレントはテレビ局にとって『(かね)の成る木』である。いかなる我が儘も聞いてやらないと大変なことになる。


つむじを曲げられて、

「あんさはんのテレビ局の裏番組に出演させてもらいまっさ。後はよろしく頼みます」

高視聴率がゴソッとライバル局に持っていかれてしまう。現実にこの手のやり方を平気でする人気タレントが後を絶たない。


あみはこのトーク番組で飼い殺しとなり毎週お茶の間に顔を出す羽目に陥る。

「ワイに(たて)突くなんて100年早いわ」

毎週トークの中であみはイジメられキャラとして登場してしまう。あみが本当に泣き声を出す姿は見た目には可愛らしく愛らしいとなった。お茶の間に同情を買うのに充分である。


泣いて困るあみのタレントとしての人気は上昇していた。世に言うイジメキャラに同情されてである。不思議なもので番組には、

「あみちゃんが可哀想です。もっと言い返してください。ドギツイあみちゃんがたまには見てみたい」

あみファンからのメッセージが山のごとく寄せられていた。あみが横暴な司会者に勝てることを祈って。近藤は世界テニスを転戦する。フューチャーズ(初歩)からチャレンジャー(中級)と格上げをはかりいよいよインターナショナル大会(グランプリ)に出場かと勢いつく。


ATPランキングをアップして夢の200以内に手が届く辺りである。


さらには


「チャレンジャーで優勝はATP-50ポイント獲得になる。僕のATPランキングに+50ポイントはそろそろ」

日焼けした近藤はインターネットでATPのサイトを開示してみる。


ウィンブルドンなど世界4大大会に出場できるランキングはどのくらいか。


出場を果たした歴代の選手たちのATPランキングの《最低のライン》が見えて来たのだ。


近藤は先週までのATP獲得ポイントに+50をたしてATPサイトをクリックしてみた。


もしかして…


胸は高まる。『捕らぬ狸の皮算用』を近藤はする。


近藤は目がパッチリと開く。


推定ATP-200位前後(予測)


ATPランキングの一覧。このランキングが世界男子ATPテニスのすべてである。1ポイントでも高く獲得すればATPランキングはアップしていく。


近藤の夢見るウィンブルドン(シングル)128ドロー。


世界でたったの128人だけしかプレーをさせてもらえない世界最高峰なる大会である。


そのウィンブルドンの予選がある。

「予選に出場できる選手はATP-300位ぐらいにランキング」

予選のカットオフは近藤としてはATP300と踏んでいた。


※ATP-300位がなんの根拠でウィンブルドンなのか。これは近藤の高校卒業アルバムに書かれたコメントにあったから記載したまで。


近藤は300以内ならばウィンブルドン予選に出場を果たし(自力で)本選に出てやるとしている。


「ATP-チャレンジャーに優勝したら」

近藤は大きく空を見上げる。小さなテニスコートから見上げる空は果てしなくどこまでも続いていた。空の向こうには英国がありウィンブルドンにまで辿りつく。

「高校生の時にウィンブルドンJr.で芝を僕は踏んでいる」

あの憧れの芝のコートが記憶の中から蘇ってくる。


その芝のコートにダンロップを持って世界テニスと戦う近藤の姿が見えてきた。後はチャレンジャーでATP-50ポイントを稼ぎ出すだけである。

「僕はJr.時代に心を決めた」

あのJr.時代。何も恐いものはない近藤少年だった。

「世界を相手にテニスを戦うと星野コーチに約束をした。世界テニスで勝負したいからプロになりたいと僕は力を振り絞り宣言をした。まったく自信はなかった。ATPで勝てないのなら日本のテニスJOPで頑張っていけばいいやと楽観的に考えていた」 


近藤がプロを意識したのは高校3年。全日本ベスト8以後である。それまでにJr.(18歳以下)の枠で世界のトッププレーヤーと対戦を数々経験していた。

「日本テニス協会からワイルドカードをもらいウィンブルドンJr.とローランギャロスJr.にも出場できた」

こんな貴重な体験をさせてもらい世界に羽ばたかないとなれば嘘になる。


「Jr.の時代にブルガリアのエネブとも知り合えたことは大きな財産になった」


近藤と同じ年齢のエネブとの出会いはその後のテニス歴に影響を及ぼすことになる。


「エネブっ。あいつは今ATPランキングはどうなった」

ATPサイトをクリックしてみる。プレーヤー名の検索に『Enev(エネブ)・ブルガリア』を入れてみた。


エネブは近藤よりATPランキング約50番アップだった。ATP-50ポイントの差(推定値)

「となるとエネブに追いつくにはチャレンジャーに優勝(=50ポイント)でどっこいどっこいとなるのか」

ここでも近藤は採らぬ狸の計算を弾き出す。


※計算上ではチャレンジャーでエネブ一回戦敗退。近藤優勝で追いつく。


同じチャレンジャーに出場をし一回戦でエネブ-近藤が対戦したら可能な採らぬ狸の計算だった。 でどっこいどっこいとなるのか」

ここでも近藤は採らぬ狸の計算を弾き出す。


※計算ではチャレンジャーでエネブ緒戦敗退。近藤優勝で追いつく。


近藤はもっとも近く開催のATP-チャレンジャーにエントリーを決意をする。近藤に取っては過密なスケジュールは体力の面を考えたら芳しくはないことである。右肩痛がいつ再発するかもしれない不安も抱える。


「今からの大会でATPポイントをそれなりに獲得すれば」

世界4大大会(全豪・全英・全仏・全米)のどれかに出場(予選出場含む)可能ではないかとする。


近藤は真剣にATPサイトでランキング予測を見る。

「チャレンジャー大会に優勝(=50ポイント)とはおこがましくて言わない。2〜3大会で50ポイント獲得はいけそうだ」

近藤はポイントの加算から最も近い全米オープンにまずは標準を定めた。

「全米オープン出場のためにATP-300以内を狙いたい」


近藤の机上論理ではチャレンジャー数大会(ベスト4〜8)を勝ちあがれば目標ランキングにいけると見た。


夏は日本で練習し涼しい中南米諸国メキシコでチャレンジャーをと目論んだ。

「メキシコは涼しいこともあるが僕にしたら思い出の国となるんだ」


近藤にしたら意味のある国メキシコである。近藤がプロデビューしてメキシコのフューチャーズで初めて勝ち進むことができた。(ベスト8)

「あのベスト8は嬉しかった。なかなか勝てないフューチャーズ。19歳の年にベスト8まで行けてプロとしてやっていけると自信になった」


近藤は夏のツアーをスケジュールした。

「中米諸国で戦う。うまくチャレンジャーでポイント獲得したらそのまま全米オープンに出場できる」


採らぬ狸の皮算用。


近藤は暑い夏を汗だくになってコートに立つ。目の色を変えて星野コーチの特訓を受けていく。星野との練習は子供時代から何も変わらないものだった。


近藤は猛暑の中の特訓に休憩を取る。疲れ果てベンチに腰掛けた。

「よっこらしょ。うん。いつもと違うぞ」

ベンチに座りクルリッと振り向いた。


後ろを見たらあみがいつも笑顔でいてくれた。

「そうかっ。あみはもういなかったんだ。女子大生になっていたんだ」

近藤は淋しい気持ちを抑える。ひとりでツアーバッグからスポーツタオルを取り出した。

「あみがいつも用意してくれたっけ」


汗だくな体がジワッと近藤を不快にしてくる。

「あみがいたらそれだけで気分転換になっていたな」

あみがニコニコしながら差し出した。タオルを自分で取り出すことはまずなかった。近藤にはあみの面影が懐かしい。


あみは女子大生だが東京でタレントになっている。嬉しい顔で頑張っているだろうなっ。


近藤は遠くコートから空を眺めあみを思った。

「あみからメールがたまに来る。忙しくしているから僕が見ることもないけど」

あみからのメールには必ずあみの写メが添付されていた。近藤にこんなに頑張っているのっと報告するつもりだったのだ。


「あみはあみの人生がある。僕の個人的な女子マネージャーではないんだ」

ツアーバッグの中をゴソゴソやり携帯を取り出した。あみが選んで買ってくれた携帯があった。ストラップにはあみのお気に入りくまのプーさんが飾られていた。


近藤はプーさんを見て、

「あみはまだまだ子供だなあっ」

思わず微笑んだ。


あみからのメールを開示してみる。数日見ていない。

「あみはどうしているのか」


東京のタレントになり人気のある司会者のトーク番組に出演をしていることは知っていた。


「あみの出演している番組を見ることがない」

放映は深夜のトーク番組である。寝不足は大敵の近藤は熟睡していた。さらにはテニスクラブの職員に頼んで録画をしておくが、

「ビデオ再生の時間がなくてなかなか見えない」

数時間もビデオ鑑賞しているならボレー練習でもやっていたかった。


あみのタレント活動などの動向はあみからのメールしかわからないことになる。

「あみはどうしてるかな」

携帯メールを読む。かなりたまっていた。

「へぇ〜あみはトーク番組で人気のあるカワイコチャン(タレント)になっているのか。知らなかったな」

あみからのメールに人気がありますのよっとコメントがあった。添付されたあみの写メはテレビ局が公式に発表していた。カワイコチャンのあみがたくさんの美女タレントたちに紛れニッコリ微笑んでいた。女子大生らしくお化粧をし大人の雰囲気が感じられていた。

「あのあみも成長したね」

近藤も思わずニッコリと笑い嬉しかった。

「あみは段々離れていくな。今は女子大生だしタレントさんになってしまった。そろそろ僕とは縁のない女の子になるんだろうな」


あみからのメールは喜びの話題ばかりだった。


トーク番組の司会者のタレントから散々に嫌がらせを受けることはオクビにも出さなかった。


だから近藤にはあみからの悩みは伝えられてはいなかった。


近藤はメールを素早くクリックしチェックする。

「あみがこんなに頑張っているんだ。僕も頑張って世界テニスにいかないと遅れを取るぞ」

手元のダンロップを握りしめ再びコートに戻っていく。


近藤には過酷な練習が待つ。こなさなくてはならない課題が山のようにあった。


「憧れの全米オープン出場のために苦手なショットをなくさないといけない。明確な目標を達成するために最大の努力をしてやる。チャンスはモノにするのが僕のポリシーだ」


明確な目標・全米は近藤をテニス漬けに駆り立てた。かつて天才テニス少年と呼ばれたあの日々が蘇る。

「子供の僕は毎日テニスが楽しくてたまらなかった。星野さんの課題を次々こなすことが嬉しくてたまらなかった」


打てなかったショットがバカスカ決まる。星野の罵声が褒め言葉にかわる。近藤少年は日々進歩していた。


真夏の練習を日本でこなした。近藤はスケジュールの日程通りメキシコに飛ぶことになる。チャレンジャーでATP50ポイント獲得を秘かに狙うために近藤はフライトをした。


セントレアからフライトする前にあみに会いたいとメールを送っておく。


あみからは直ちに携帯電話がかかる。待ちに待った近藤からの連絡であった。


「あっお兄ちゃんお久しぶりです。メキシコに行っちゃうの」

あみの陽気な声が聞き取れた。いつもの弾む可愛い声だった。


あみは近藤のフライトスケジュールを聞いて、

「なんとかフライト前までに名古屋で会いたいね。私のマネージャーさんにスケジュールを調整してもらうからちょっと待ってね」


近藤は驚く。タレントになったあみにマネージャーがついていたとは。


数分の間隔を開けてあみから電話がある。それはあみからの電話でなく"あみの女性マネージャー"からだった。

「近藤さんでございますね。私あみのマネージャーでございます」

女性マネージャーはなんとなくアクの強いキンキンした口調で電話をしてきた。


タレントのあみは名古屋はツインタワーで地元経済界要人のインタビューがスケジュールされている。このインタビューが早く済めば名古屋駅でつかの間の再会ができると事務的に伝えてきた。

「あみとお会いすることはできますが」

女性マネージャーは近藤に釘を差す。


すでに売れっ子タレントになりますのあみは。妙な男と一緒にいるとなりますとスキャルダルに発展しかねません。ですから私もマネージャーとして同席します。嫌だとおっしゃいますとこの件はキャンセルさせていただきます。よろしくお願い致します。


電話は要件を告げ一方的に切られた。


「なっなんだい」


電話を受けた近藤はムカッとした。


フライトの日。あみと再会をしてからメキシコに飛ぶつもりの近藤である。

「あのキンキンしたマネージャーがちょっと見てみたい。あみがどんなタレントになったか知りたいよりもさ」


やぶ蛇にならぬように。


近藤が約束の名駅ツインタワーラウンジに着く。予定より30分は早いかというところである。


可愛らしいウェイトレスがオレンジジュースを運ぶ。

「あみはオレンジが好きだからな」

久しぶりにあみに逢えるなっと近藤はウキウキしてくる。オレンジジュースは冷たくて美味しかった。近藤がのんびり寛ぎの姿勢でいたら声を掛けられた。

「こんにちは。テニスプレーヤーの近藤さまでございますね。私あみのマネージャーでございます」

凛とした口調で後ろから事務的に話し掛けられた。近藤は咄嗟にあみのマネージャーだと察知。緊張する。


クルリッと振り向けばそこに清楚なスーツを着こなしたスリムな女性がいた。30台前半であろうか。


いかにも切れモノ辣腕マネージャーという雰囲気だった。

「先日はタレントのあみにメールをいただきました」

女性マネージャーは近藤と同じ席に座りアイスコーヒーをオーダーする。なんとなくハイセンスな格調高いインテリ女であった。プライドのある賢いタイプだった。近藤の一番苦手なタイプということになる。


「あみはただいま経済界の方々のインタビューの最中でございます。先程進行状況を覗きましたら予定通りになっておりました。後数分でこのラウンジに現れることと思います」

近藤を前に事務的にあみの報告をする。要件のみ伝えたら後は近藤が前にいようがお構いなく自らのノートパソコンをテーブルにデンっと置く。端末を叩き始めた。

「あいすいません。やらなくてはならない残務がありますので失礼します」

コーヒーがウェイトレスから運ばれてもにこりともせず画面を眺めていた。


近藤はこりゃあたまらんっと逃げ出したくなる。


マネージャーの言う通り数分後にあみは現れた。


近藤にしては半年振りかそれ以上の再会であった。


「お久しぶりですお兄ちゃん。エヘヘ」

現れたあみは少し照れ屋さんになる。あみを見た近藤。あまりのあみの変貌にびっくり仰天をする。


これがあみなのか


女子大生になってから初めて見るあみだった。タレントさんになって化粧をほどこし近藤の目の前に現れたあみ。


その姿は毎日テニスボールばかりを追いかけた近藤との日々はすでに過去であった。


女性マネージャーはあみが現れたら、

「インタビューご苦労様でした。今から30分です。新幹線の時間がありますから忘れないようにお願い致します」

マネージャーは気を利かせる。ノートパソコンを移動させ隣の席に。いや端末を叩くのに近藤たちが邪魔だから退いたまでだった。


近藤はあみが可愛らしい女の子から立派な女性になっていたことに戸惑いを隠せなかった。

「しばらく見ないうちにかわったなあ。タレントさんだもんな」

近藤の言葉である。言われたあみは嬉しい。少しハニカミながら、

「やだなあっお兄ちゃん。あみはあみダモン変わってなんかないよ。いつまでも子供だもん」

近藤の前に座るあみ。女子高生時代ならテーブルに可愛らしいポーチか小さなバックルをポンっと置くところだった。今は女子大生でありタレントさんである。高価なブランド品ハンドバックが誇らしげにテーブルに置かれた。


近藤にはあみがますます遠くなっていく存在と思えた。


ウェイトレスにあみはオレンジジュースを注文する。近藤と同じオレンジジュースだ。

「エヘヘお兄ちゃんもオレンジですね。あみ嬉しいなあ」


あみをしげしげと見つめた。女子高生あみの象徴おさげ髪はバッサリと切られていた。その代わり大人の顔があった。まもなく成人をする女がそこにはあった。


白い清楚なブラウスのあみ。近藤はあみの胸の膨らみを見てハッとする。こんもり膨れ小振りではあるが大人だなぁっと思えた。


あのオチャメな少女あみからは想像できない成長ではないか。


そんな近藤の驚きにはまったく気がつかないあみ。近藤の次のメキシコの試合を心配ですとけなげに言う。いつものオチャメなあみであり自称近藤の奥さんのあみだった。


近藤とあみのつかの間のデートは瞬く間に時間が過ぎた。隣席の女性マネージャーはキッチリ時計を見て、

「あみさん時間です」

無表情に近藤との別れを告げる。


早く新幹線に乗らなくてはなりません。スケジュールは過密ですから。


「お話は充分ですね。あみさんこれがチケット。この場で手渡します。あのぅ近藤さま」

スーツ姿のマネージャーは少し胸元が見えそうな屈みの姿勢で近藤に向かい、

「近藤さま。私はタレントあみのマネージャーとして申し上げます」


売れっ子タレントにスキャルダルは禁物でございます。ましてや近藤さまはプロテニス選手ではありませんか。言わば公人(こうじん)となります。今後は私としてはタレントあみとの出逢いの席は一切設けるつもりはございません。かように思われて、あしからずでございます。


近藤の視線がバスト85の胸元にあると知り女性マネージャーはスーツの衿元を直した。小振りのあみとはスケールが違って見えた。


マネージャーが事務的な発言をする横にあみはジッと黙って立っているだけだった。辣腕マネージャーにあみは歯向かうことは何一つできない。

「ではあみさん。新幹線です。東京でのスケジュールのおさらいを新幹線の中でしておきます。お昼寝もしませんといけません。さあ急ぎます」

スタコラっと近藤を見向きもせずマネージャーはあみを連れてラウンジから消えた。マネージャーのきつめの香水の香りだけが残った。


あみたちがいなくなって近藤は(こぶし)を握りしめ怒りを表した。


「何が公人だ」


新幹線の中での女性マネージャーはあみにあれこれと東京でのスケジュールを伝える。そこに近藤の話題があった。

「私は女子大時代にテニスをやりました。ですからテニス選手の名前ぐらい多少は知ってるつもりでいたの。でも近藤?って」

世界のトッププレーヤーはわかっても日本選手は皆無という感じだった。


マネージャーに近藤は無名テニスプレーヤーだと言われてあみはショック。車窓から景色を眺めながら近藤が早く有名なテニスプレーヤーになるようにと祈っていた。


あみは近藤の顔を思い浮かべ、

「あっしまった。メキシコの試合に行くんだから熱田の御守りをお兄ちゃんに渡さなくては。しまったなあっ。忙しくて熱田神宮にいけなかった」

アイドルになってもあみはあみである。時すでに遅くである。あみの新幹線は富士山の横を通過していた。


横に座るマネージャーにはあみさん早く寝てください。深夜までスケジュールは詰まってますからお昼寝っと言われた。


あみは近藤のことを思いながら座席に横になった。睡魔はただちに襲う。


あみと別れた近藤はセントレアに向かった。フライトはアメリカはロスっある。

「ロスでアメリカの臨時コーチに従事してからメキシコ入りなんだ」

近藤も長旅となるからスヤスヤと機内で眠る。


近藤はこのフライトで夢を見た。女性マネージャーの85のバストがデンっと出てきた。


わあっ!


夢に(うな)されたのかCA(キャビンアテンダント)に声をかけられた。

「お客様いかがされましたか。ご気分でも悪くなられましたか」

肩を揺すられ目覚めた近藤。目の前にはCAのスリムな体がアップされた。さらにはアテンダントの制服から覗く大きな胸が視界に飛び込んできた。


寝惚けた近藤は思わず手がオッパイに延びた。


そろそろと手がおっぱいに。


パチンっ


この手のお客の扱いにはCAはちゃんと馴れていた。

「お客様いががされましたか」


だてに名古屋生まれ南山大英文を出ているわけではないわ


延びた近藤の手を振り払い何もなかったかのごとく次の席のサービスに向かった。何もトラブルはないような澄ました顔はプロ意識である。


熱田神宮の日本武尊(やまとたけるのみこと)。あみが神殿で祈って御守りを手渡すのを心待ちにしていた。

「おいおい。あみちゃん。ワシがいないと近藤はっあかんだよ」

熱田の神殿で全身が筋肉痛湿布で痛々しいヤマトタケルノミコトがぼやく。


あみの新幹線は東京に到着をする。新幹線の中でマネージャーからこと細かにスケジュールを聞いていたあみ。

「また東京は忙しくなるならなあ」

八重洲口に降りタクシーでテレビ局に走る。

「本日はレギュラーのトーク番組に入る前に2つ仕事があります。スタジオ撮影(週刊紙)とその週刊紙での対談(15分予定)。対談はあみさんあまりバカなことをダラダラ話してはいけませんよ」

あみがいつもの調子で話て行くと女性マネージャーには面白くなかった。

「この日経の記事を暗記してください。ファッションとアメリカ経済界の現状が明確に書いてあります」

あみは黙って日経に目を通す。何が書いてあるのかはさっぱりわからない。


夕刻あたりからトーク番組のスタジオに入る。司会者のタレントの顔が意地悪に見える。

「あーあっまた嫌な番組が来たなあ」

ここ数週の収録はあみと司会者タレントとのトンデモナイやり取りが人気を博していた。視聴者は司会者にやり込められて最後半泣きになるあみを期待していた。

「なんとあみが泣きそうになるとスタジオの皆さんは喜んでいるんだモン。嫌だなあっもう。感じ悪いよ」

イジメられキャラクター(性格)のあみ。適当に司会者からやり込められて涙を見せることはトーク番組の人気の定番となっていた。あみが半ベソを可愛くかくと視聴率アップとなった。


イジメだけなら番組のウンヌンでおしまいである。トーク番組が終わってしまえばなんともなかった。


この司会者は公私共々あみに"災難"として振りかかっていた。天敵というべきか。


「あの司会者のタレントはあみが気に喰わないから」

番組のトークでは司会者からあみに一言二言しゃべると難癖をつける。世に言う言葉っ尻を捉えるというやつを繰り返した。


あみはしつこくあれこれ言われたために嫌でしかたがなかった。


トーク番組の中で可愛らしいあみが舌っ足らずでしゃべり始めると愛嬌のある娘さんである。男性ファンにはたまらない女の子に見えた。


司会者のいきなりな激しい関西弁トークに言い負けをして半泣きになる。


あみの目がウルウルとなる。ジワッリと涙が溜まり愛くるしい表情となる。


これが負け組キャラとしてウケ思わずあみを抱きしめて助けてやりたいとなる。若い男性を中心に人気がウナギ登りであった。


そんなあみの扱いは司会者のお手の物である。あみの個性を司会者はうまく引き出している。素人を扱わせたら天下一品のお笑い芸人だった。


お茶の間に伝えたのは愛くるしいアイドルのあみであり惨めな姿はあまり印象には残りはしなかった。


タレントの個性をつかむことには長けた才能が司会者には備わっておりあみは人気のタレントとして認知されていく。


トーク番組の収録が始まる。司会者のタレントは台本を丹念に読み返す。台本には大まかな粗筋程度しか記載がない。

「今日は新人が3人やなっ。うーんごっつい面白い特異なキャラクターがないさかい困ったもんや。単に可愛らしいだけのタレントさんやんか」

差し障りのないトークを振り中堅どころのあみに話題を集中したいなっと予定する。


あみはトークには欠かせないタレントとなった。司会者が欲しい笑える答えをあみならば計算して引き出してくる。

「あみにトークを振ると安心できるさかいな。落ちのネタも笑いどころもあみならワシは目をつぶっていても好きにできまんにゃ。まあなっトーク番組にはなくてはならぬタレントさんや」

中堅タレント扱いのあみになった。このトーク番組のレギュラークラスのタレントを脅かす存在まであみはなり始める。


レギュラークラスのタレント。実はこの番組に長く出演するには裏があった。司会者のタレントの『お気に入り』にならないとレギュラーには到底なれない。


トーク番組出身者は今のところその後有名タレントとして同局の出演が約束されメジャーな女優になれるステップも見えた。


司会者のタレントの『お気に入り』はたびたび写真週刊誌のかっこうの被写体となりタレントゴシップのグラビアを飾った。

「なんでやねん。ワシはあの娘さんと夕食を一緒にしただけなんやで。(ホテルで)関係があるやなんて。トンデモナイないデマやんか」

週刊誌の写真記事はホテルから出たところでパチリ。テレビのワイドショーでは司会者タレントはあくまでも知らない知らないを笑顔と笑いのセリフで切り返した。

「ホンマや。このピンぼけなおっさんは誰なんねん。ワイちゃいまんねん。世の中には似た人がおまんなあ」

盛んにシラを切りウヤムヤにする。ワイドショーをテレビで見たお茶の間はこのタレントの逃げ腰やその言い分けするコミカルな挙動がウケていく。お笑い芸人の真骨頂(しんこっちょう)である。


あのタレントはバカだなあっ。笑いの渦が重なり微笑ましい噂として記憶だけされていった。


全てはこのタレントが仕組んだもの。芸能界の話題作りなる仕掛けだった。


トーク番組では中堅どころとなるあみ。現在レギュラークラスにまで登りつめた上昇志向の女性タレントたちから疎ましく思われていた。

「あのあみだけは許せない。ポッと出の田舎もんのくせに。またたいした芸もないくだらない女のくせにのさばっている。司会者から猫可愛がられてトークの時間がやたら長い。(出演時間が最長)」


二十歳前後の女ばかりの出演者。さしずめ現代の大奥というべきか。


嫌がらせを受けるあみ。トーク番組の初日からレギュラー出演するお姉さまから冷たい視線を受けていた。目立つ新入り(嫁)の姑いびり。

「まったく女だけの世界は困ったチャンだわ」

女子校育ちのお嬢様はいたって冷静に受け止めていた。あみ本人は女の世界はこんなもんかっと諦めていた。


だが女性マネージャーは違う。

「あみさん。出演されたタレントさんたちから何かされたの。ちゃんと私に報告してくださいね。陰湿な嫌がらせは刑法抵触の可能性もあるの(名誉毀損・侮辱罪など)。充分に視野に入れていきます」

あみの辣腕マネージャーは鼻息荒くあくまでも戦うつもりであった。大学は法学部法律科出身。法律家としては行政書士資格を取得している。嫌がらせに対しては正義感が人一倍強いバリバリのキャリアウーマンである。


あみがタレント活動をする際に不利なことがあらゆる方向から見聞(けんぶん)されればマネージャーとして容赦(ようしゃ)はしなかった。


あみのタレント活動に女性マネージャーは多大な貢献をしその勝ち気な性格は威力を発揮した。あみに降りかかるであろう様々な試練からの防波堤となり番犬として最高の存在になった。


トーク番組の収録。いつもの調子で司会者のタレントは関西訛りでしゃべりまくる。スタジオに集められた女の子相手に好き勝手なトークを展開している。

「ほなっまずは新入りさんから紹介しましょ。今日は3人さんでんな」

新入りは順次司会者のタレントとたわいもない話題を繰り広げる。


…あかんなっ。ちっともおもろないやんか。たぶん視聴者さんは退屈してはるわ。新入りのプロフィールを確認しながら笑いのポイントを探さないとあきまへん。


あれこれ話の内容を笑いが取れる方向に仕向ける。


だがことごとく失敗をする。司会者のタレントは一気に不機嫌な気持ちになってしまう。


「(新入りを見て)あんなぁ〜」

露骨に嫌な顔をする。

「テレビカメラストップしてんか。新入りのお前らはタレントやろっ。決して素人やないはずや。少しはましな考えや受け答えがないんかっ。ホンマ頭来るで」

番組ディレクターを手招きした。テレビカメラの録画が止まるやいなや新入りの3人を名指し録画から消すように指示をする。


つまらん話しかでけんアホやっ。とっとと消えさらせっ。ドアホッ!


スタジオは一瞬にして暗黒な雰囲気に包まれていく。ディレクターだけはまたこのタレントの我が儘が始まったかっとうんざりするだけだった。


司会者のタレントはひとしきり怒鳴ると、

「気分悪いぜっ」

勝手にスタジオからいなくなる。会場には一般の観客がいると言うのに。

「ワイはなっ気分乗らないさかいに小休憩やっ。ワイが気分直るまで収録は中止や。この録りは新入り(タレント)なしでいくさかい。台本の手直し頼むで。ええなぁ。本番は一時間後やっ」

捨て台詞をパンパン吐いて楽屋に向かう。廊下で誰とすれちがおうと黙って控えに入ってしまう。


タレントの後を頭をさげてマネージャーがつき従っていた。マネージャーはまずタレントの御機嫌をうかがい、

「ご苦労様です」


会場の観客、スタジオのタレントたちに深々と頭をさげた。


大変申し訳御座いません。


大きな声で平謝りを繰り返した。マネージャーにしてはこの手のトラブルはタレントの単なる癇癪(かんしゃく)である。短気で我が儘な性格はこのタレントの良さであり欠点となっていた。ゆえに日常のことでいたって普通だった。


司会者のタレントは控えの一室に籠る。時折マネージャーがドリンクやお菓子などを運び入れた。

「おい怒鳴ったさかい喉渇いたがな。ビール持ってこい。たこ焼き()うてこいや。たこは関西風やぞ。コンマエ見たいなヘマやんなや。どこぞのわけわからぬたこ焼きやったらシバクぞ。関西風やぞ」


マネージャーは顔を真っ赤にして関西風たこ焼きを求める。財布を持ってテレビ局を飛び出した。

「私は生まれは名古屋だけど。関西風ってなんだろう」

名古屋の大須みたいなたこ焼きじゃあまた叱られてしまうのか。


駅前の関西風のたこ焼き屋に飛び込む。看板にでっかく関西っとあった。

「すいません。関西風のたこ焼きを2人前ください。熱いところでお願いします」

マネージャーは最後にタレントの名前を大きな声で言った。名前を出すとかなりの影響(増量・値引き)がいつもあったからだ。

「へぇっあの方が食べんでんな」

さっそくに受付のアルバイトが反応をした。あわてて店主を呼んだ。

「関西風だからたこ焼きでっせ。そりゃあ間違いなくお好きな関西風のたこ焼きをじっくり焼かせていただきますわ。ダンサンはワテと同じ故郷やさかいな。たこ食べて頑張ってもらいまっ」


マネージャーは大きなタコの入った特大を焼いてもらう。

「これだけでっかければ喜んでくれるだろう。後はビールか。お好みのビールを買わないといけない」


ビールの銘柄は面倒臭い。このタレントの数々のライバルがコマーシャルしているビールは避けなくてはならない。

「かなり敵がいますからビールひとつ買うにも細心の注意が入りまして」

どのタレントがどのイメージキャラクターをしているか頭に入っていないといけなかった。うまいまずいは二の次である。


「おおっ待ったでぇ〜タコはどないや」

マネージャーが駆け足で控えに戻る。タレントはノー天気に手を出してくる。

「気が滅入った時にはやなあっ」

たこ焼き食べてビールをグイッが効果あるらしい。

「あーうまい。お前をちょっと褒めてやる。いいたこ焼き屋見つけたなあ。しっくりする焼き加減でゴッツうまいやんかパクッ。えろぅうまいでぇパクッ。ひとつ食べてみぃパクッパクッ」


怒って控えに引き籠りが小1時間経過したであろうか。


「気も収まったわ。腹がふくれていい塩梅や。ほなっ本番いくわ。ディレクターに言ってんか。準備できたでぇ」

何食わぬ顔をして司会者はスタジオに入る。軽く手を挙げ観客席に向かいいつもテレビで見せる笑顔を振り撒く。ニコニコ顔で本番収録を録り始める。


会場の観客はただ笑うだけであった。何ら(わだかま)りもなく。しかしスタジオに詰めた女性タレントたちはあみを含めてヒキツル顔を時折見せてしまった。トーク番組はギクシャクとしたものになった。

「なんやみんな。えろぅかたいでぇ」


この収録の後、大半のタレントが自ら番組を降板することを申し出た。


「なんやてぇ。ワイの番組を降りるやってぇ。このドアホが。あんな奴ら何考えておんねん。芸能界を甘く見たらあかんねや」

自分が若手の女性タレントを育て行く自負とプライドがあった。


すぐにマネージャーを呼びつけた。

「辞めた奴らの所属事務所調べぇ。片っ端から電話したるさかい」

この司会者が口を聞けばまたトーク番組に復帰すると思ったのだ。


あみもこれを機会に辞めたいと考えた。だが辣腕マネージャーが背後にいるあみは(さと)された。

「あみさん。番組を辞めてはいけません。辞めたいとは言ったら負けですわ。このトラブルは間違いなく芸能ゴシップとなります。明日以降のテレビや週刊誌で取り上げます。だってあのタレントがゴシップを好きなように流してますから。親しい芸能レポーターにね」

我が儘な司会者の味方は芸能リポーターだった。従い決して悪いような記事はゴシップにならない。どこまでも計算された話だった。

「番組に残りあの男の味方となれば」

あみのタレントとしての価値は上がると見た。


「あみさんがあのタレントを嫌だと思っているのはよくわかっています。マネージャーとしてはいただけないことですわ。でも次のステップに到達をするためにはここはひたすら我慢するべきです。私も監視しますから悪いようにはしません。あの男はきっと役に立つと踏みましてよ」


計算高いから


人気芸能人だから


長くこの世界で第一線を張っているから


あみの女性マネージャーはとことん"この男"を利用してやろうと思った。


それからである。トーク番組でのあみの取り扱いがかわった。

「なんか司会者さん。あみに優しくなってきたの」

イジメられるトークはなくなって来る。司会者はあみの可愛さや素直な面を前面に出すように仕向けてきた。

「どやろっこの点は。お嬢様育ちのあみちゃんならどないするかいな。ちょっと聞いてみまっか」

司会者があみにトークを振る。あみが少しハニカミながら思ったことを言うと、

「せやなあっ。さすがはあみちゃんや。ごもっともさんやなあ。さてコマーシャル行こうか。行ってんか」

いたって機嫌がよかった。トーク番組も安心して録画収録できた。


司会者からはあみに話を振ることは計算できるとなる。全幅の信頼だった。


「あんなあっ。番組収録した後なぁ」

司会者のタレントは双方のマネージャーを通じてあみを食事に誘う。この手際のよさは見習うべきでもあった。


連絡を受けたあみの女性マネージャー。

「いよいよ来たわ。あの女癖が悪いことで有名なんだからいつかはあみさんを毒牙にかけてくると思っていましたの」

グイッとスーツ姿のマネージャー腕組みをする。


断りなんかしたら嫌がらせしてくるわ。受けたら受けたであみのことが心配なのね。行くも地獄行かぬも…。


「いいわ申し出を受けたわ。夕食の時間をスケジュールしておくわ」

早速返事をしてみる。マネージャー同士スケジュール調整をした。

「3日後のスタジオ録画収録後ね。あみは新幹線を二本遅らせますわ」


夕食を受けたと連絡をしたらただちに司会者タレントから電話が入った。マメな性格である。

「ホンマすいませんなあっ。ごっつうご無理言いましてなあ。ほな夕食のラウンジ楽しみに待ってまっさかいに。おおきに」

丁寧によろしくお願い致しますとしめくくった。

「女の子のことになったら(目がないとは)まったく」

あみとマネージャーは呆れた顔をした。


その翌日のことであった。あみの所属をする芸能プロダクションに一本の電話が入った。対応をしたのは社長だった。

「こんにちは。私は東京キー局のプロデューサーでございます」

電話口で社長は驚きである。電話で名乗ったプロデューサーは恐らく今の日本のテレビ界で一番の腕があると言われた男だった。

「そちらさんは社長さんですか。ならば話は早いなあアッハハ」


辣腕プロデューサーは年末の特番12時間長篇大作ドラマを担当する。この年末ドラマは大変な視聴率を稼ぎお化け番組だった。

「実は社長さん。お宅さんのタレントさん。なんだっけあのトーク番組で半泣きしている女の子だっけ」

あみに出演依頼をしてきたのだ。あみにドラマの中で女優をしてもらいたいと。

「あみに女優でございますか」

社長は頭から湯気(ゆげ)がポッポっとあがった。


名古屋の小さなプロダクションから初めての出演依頼であった。

「ああっ出演してもらえない?アイツから推薦もらったもんでね。返事は早いこと頼みたいけど。今からドラマな内容ファックス流すから。インターネットがよろしいかな」


司会者のサシガネであみはメジャーな舞台に立つことになる。


「はっハイ。直ちにあみ本人に連絡を取り返事致します。大変名誉な話をありがとうございます」


社長が電話を置くと同時にファックスが動き始めた。

「12時間ドラマだぞ。毎年主役から端役からトキの旬な役者・女優しか使わないんだ。あみが出演したら。アッハハ夢だろう」

社長はカタカタ音のファックスをじろじろ見た。


僅か数行だった。社長のプロダクションから端役の俳優や女優を数人出演させて貰いたいとなっていた。


あみは主役の俳優の妹役に。女子高生役。主役が心細くなると妹のあみが頑張ってっと応援をする役目。


「ヒェ〜あみだけでないぞ」

社長は嬉しさからソフアーにコテンっと腰を落とす。


「我がプロダクション始まって以来の大事件だ」


社長は少し落ち着きを払ってからあみの女性マネージャーに連絡を入れた。

「12時間ドラマですって。あみに女優ですか」

マネージャーも言葉を失う。


年末の特番だからまだまだ時間の余裕はある。しかしあみは台詞覚えの経験はなかった。単にトーク番組で好きにしゃべっているだけの素人丸出しのタレントさん。

「ましてドラマだから演技をしなくてはいけない」

演技指導の訓練を数ヵ月は受けないとボロが出る。

「社長さんはあみを出演させるつもりですわね」

断りの理由はなかった。


マネージャーは首を横に振りながらあみにこのドラマを伝えた。


あまは卒倒するがごとく驚き泣いてしまう。嬉しくてか大役過ぎてかわからなかった。


「あみさん。この役は受けるわ。年末までしっかり女優の特訓を受けましょう」

マネージャーに言われたあみ。スカートから覗くスリムな足がブルブル震えていた。


司会者タレントとの約束のラウンジの日がやって来た。マネージャーは脱帽をするしかなかった。

「あんな大役を(ヒョッコのあみに)与えるんだから」

今夜のあみはあなたの好きにしてくださいである。

「いくら好きって言いましても新幹線の時間がありますから」

あみをホテルに連れ込む可能性はないと思う。


マネージャーはできるだけ二人っ切りにはさせないつもりだった。あくまでも予防線は張る。


ラウンジに定刻過ぎ司会者は現れた。ニコニコしてラウンジの見ず知らずなお客様たちにも気さくに笑顔を振りまいた。


「いやあどうもどうも。いつもトークで頑張ってまっせ。応援ありがとう」


あみは女性マネージャーと席についていた。司会者タレントは一人である。

「イヤ済まん済まん。ワイの我が儘を聞いていただいて。今夜はえろぅ好きなん食べてや」

オーダーを取るウェイトレスとも軽く冗談を交わし、

「ワイのサインあげまっさかい案じょサービスしてんかワッハハ」


ラウンジの食事はあみとマネージャーを笑いの渦に巻き込んだ。当代随一のお笑い芸人。あみという小娘を落とすためにはなんでも芸を披露した。


会食が進みあみは新幹線の時間が迫る。マネージャーは盛り上がる話の腰を折り、

「アハハおかしいですわ。さてあみさん、そろそろ新幹線の時間ですわ。楽しい食事はこの辺でお開きです」


名古屋に帰らなくてはとそろそろ対座をしたい。


「あっ新幹線でっか時間でんなあ」

司会者は会食をやめて携帯を取り出す。マネージャーを呼んだようだ。

「もしもしワイやっ。ワイの新幹線どないになってんねん」


新幹線?あみとマネージャーは顔を見合わす。


名古屋への新幹線はこの司会者も同乗することになった。

「イヤアッ偶然でんなあっ。ワイもな名古屋でイベントありまっせ」

あみはホヘッと浮かない顔をした。


夏の終わり頃である。あみは女優として特訓を受け12時間ドラマの収録に挑む。

「やだなあドラマはっ。緊張するの。だって周りの役者さんはみんな有名な方ばかりなんだもん」


主役は有名俳優。その妹役があみ。主役がとてつもなく大きな存在であった。

「主役さんとのカットは台詞を間違えたら申し訳ないの」

余計に緊張するあみである。


ドラマの収録が順調に秋から始まってまもなくの時であった。


あみは毎日台詞覚えと演技に忙殺されていた。演技の練習はマネージャー相手に大特訓である。


あみとマネージャーがスタジオ入りをしてカット割りのシーンを控えで待っていた。あみは台本を懸命にひたすら暗記。マネージャーは演技指導とメイクの準備に。


トントン


控えの戸をノックされた。あらっ出番の時間が早くなったかな。

「ハイッどなたさまですか」

マネージャーが返事をする。早くなった出番ならば台詞が間に合わない。


戸の向こうからは男の声である。


「星野です」


マネージャーは星野と聞きあみが星野姓だと思う。あみははてなんだろうとわからない顔をした。


控えの戸を開けた。


やあっ


30台前半の男がいた。髪の毛はボサボサ。汚いようなズボンを穿いていた。いかにも業界の裏方にありがちなタイプである。


あみはとっさに誰かわかった。


(あみの)オジチャンだ。


あみにオジチャンと言われた男は照れながら頭をかいた。

「はあっあみのオジなんですっ僕。姪っ子があみちゃんでして。12時間ドラマ収録だと知りましてやってきました」


オジはマネージャーに名刺を手渡した。名刺には脚本家(肩書き)があった。

「あのねこの方は、あみのお父さんの弟さんなの」


あみの父親星野コーチは10歳離れた弟さんがいた。兄はテニスに打ち込み現在があった。


弟は2浪して京大(文)進学。卒業してそのまま京大で学者になるかと思ったら。

「オジチャンは小説家になりますだったのね」


京大の卒業前からあれこれと書き始めて小説家にならんとする。


だが兄の星野や両親から猛反対を受ける。資格や学歴で将来が約束されるならば家族としても応援するであろうが。


いつや売れるかわからない小説を書いて行きたい。


弟は大学卒業の年にとある懸賞小説に応募をする。第3次選考通過。第2次選考も通過をした。

「俺は文才があるんだ。このまま懸賞は受賞できる。天才小説家なんだ俺は。だからなれる」


自信たっぷり受賞待つが最終選考は落選してしまう。


その文芸雑誌の評論には作品としての完成は未熟であり到底小説としてのレベルには至らないと酷評だった。


「ケッ選考委員の奴らは頭の難い奴ばかりだ。悔しいぜ」


同じ京大卒業の高橋一巳のようだっと落選を受け止めた。


次の作品で受賞をしてやる。見ていろ。


その次(作品)がまったく芳しくなかった。丁寧なプロットを精密なタッチで綴ればなんとかなったかもしれないが。懸賞小説は次々に落選を繰り返してしまう。しかも悪循環で第2次までいけない。(約30編にも残らない)


大学を出て定職もなくイッパシの物書き風情。家族からは非難を受ける日々が続く。


兄の星野からはきつい言葉だった。

「お前の人生だから小説家はとやかく言いたくはないが。いいか俺の家族(嫁と娘)がいるんだ。親類(弟)のお前が迷惑をかけることだけは勘弁してくれよ」

この迷惑の一言は定職もなく夢だけを追う弟にカチンっと来たらしい。


わかったよっ兄貴。迷惑をかけて済まんな。義理の姉さんにも申し訳ないや。


その日から弟は消息を途絶えてしまう。部屋には、


小説家になるまで帰りません。


居なくなってからも懸賞小説だけはマメに応募してはいたようだ。


あみはオジチャンの顔を写真だけしか知らない。ただし父親を細くした感じだから弟だとは見当がつく。


オジはあみとマネージャーに現在の仕事ぶりを説明した。

「あみが派役だと聞いて驚きましたね。実はね」


小説家を目指すうちにテレビ局の脚本家の仕事を請け負うことになったらしい。

「昨年辺りからちょくちょく脚本は書いているんだ。でね12時間ドラマはね」

長いドラマ番組だから一人だけの原作者が書いた本を元に脚本家が輪番(分業化)でドラマの台本を書く作業になっていた。


あみのオジはなんという偶然か。妹役のあみの台詞を全て担当する。

「エッこの台本はオジチャンが書いたの」

今あみが頭を抱えて暗記している台本だった。


台本の表紙にはオジチャンのペンネームがあった。


「僕の姪っ子あみがタレントになったのは知ってる。このテレビ局であの関西のいけすかない司会者タレントにイジメられていたのも見ていたんだ。だが芸能人、売れっ子だからなあ文句は駆け出し脚本家には言えないよ」


オジチャンにあみは家に戻って来てと頼む。

「お父さん怒らないから。おじいちゃんおばあちゃんだってオジチャンに合いたいって思っているわ。息子だもん」


不肖なる息子は帰りたくはないと姪っ子に言う。

「あみあくまでも僕は小説家になる。なっていない今は帰ったところでまた後悔してしまうさ」


テレビ局の脚本家は完全歩合だった。

「局から依頼があって脚本を書きあげても採用されるかはわからないのさ」


才能溢れる奴だけが喰って行ける世界だった。


あみは小説は書いているのっとオジに尋ねた。あみの父親と喧嘩して以来何年が経過したのかな。


オジチャンは押し黙り返事はしなかった。小説家は夢である。他人の書いた小説(原作者)を雑文になる台本を書く程度の男になり下がった。


あみは携帯を取り出す。

「オジチャン。お父さんに電話するから。元気ですよって声を聞かせてね」

あみはすぐにダイヤルする。弟はギクッとする。あみの毅然とした態度が兄貴にあまりにも似ていたからびっくりした。


今兄貴の声を聞くとなると10数年のブランクではないか。


あみが携帯電話で話始めた。

「オジチャン!お父さんだから。ちゃんと話しなさいね」


弟は携帯を耳にあてた。鋭い声がした。子供時代によく叱られた兄貴の声があった。


オニイチャン


弟は押し黙り一方的に電話を聞く。

「ちょっと待て。今なお袋いるから。切らずに待てよ」

老婆となった母が泣き声で呼び掛けた。

「もう誰もお前を非難しないから。家に戻っておいで。お父さんは最近めっきり弱くなってしまったよ。お前の元気な姿みたら回復するよ。お願い致します帰りなさいね」

泣き声はハラハラからオイオイとなり泣き崩れた。


兄貴に代わる。

「世の中狭いな。あみの台本を弟のお前が書いているのか。オジが書いて姪が演じるのか。オジの考えた台詞をあみがしゃべるのか」

兄貴は少し涙声になった。台本書きだって立派な仕事だ。兄貴としては褒めてやりたいところである。ライターの世界は疎い星野だが弟が夢をつかむ世界にいるのだから成功しているのではないかと思う。


「あみが明日かな名古屋に帰るだろ。一緒に帰りなさい。新幹線代ぐらいあるだろ。なければ姪っ子に頼めや」

父親が弱くなったから今逢わないと後悔するから必ず帰れ。


さしてヨボヨボでない父親だがこの場合都合よくボケ老人にさせてしまった。


「うんわかった。わかったよオニイチャン」


台本書きの仕事はどこにいてもできないことはない。

「インターネットで送れば済むからね」

あみに携帯を返す。オジは帰省するよっと姪っ子に言った。

「わあっーいオジチャン本当に帰ってくれるの。おじいちゃんおばあちゃん喜びだわ」

姪のあみに横顔がどことなく似ているオジだった。


二人の会話を(かたわら)で女性マネージャーは聞いていた。

「このおじ様はなんですの京大出ているのね。文学部なのか。西洋史専攻。小説家になりたいのか。インテリなんだわ。私が逆立ちしても行けない大学だしね」

南山大学も立派な大学だ。


手持ち無沙汰だから携帯サイトで検索してみたらしい。


オジが引き上げたらドラマの本番録画が始まる。


あみはオジの考えた台詞だからっとリラックスして役をこなした。

「あれだけ暗記が難しいと思っていたのに。オジチャンが(あみの台詞の)台本書いていると思うと簡単にすらすら出るの」

演技もなかなかであった。主役の役者とのカットシーン。もしかして主役の俳優より脇の妹あみが目立つような雰囲気があった。

「こりゃあなかなか。あみちゃんはやるねぇ」

ドラマのプロデューサーは台本に手直しを加えたくなる。

「あみの出番を増やしてやる。うーん主役の妹だけど。主役の脇を固めるその他の役だけではもったいないかもしれない」


収録の間に脚本家(あみのオジ)を呼ぶ。どんな役割をつけるべきか意見を聞いてみたかった。呼ばれてオジは喜んだ。

「プロデューサーありがとうございます。あみの出番ですね。本の手直しでございますか。バンバン増やしましょう。実はですね」


プロデューサーは叔父と姪っ子の関係を知り驚く。

「君っそれって偶然なのか。あらかじめ計算されたんじゃあないだろうね。何せっ出来すぎな話だからさ」


こうしてプロデューサーの鶴の一声からあみは派役から準主役の妹になる。


脚本家(オジ)はネジリ鉢巻きで妹役あみの出番を増やした。主役の有名役者と互角な演技を姪っ子に要求させていく。全くの新人が準扱いとは異例のことだった。

「姪だから無理な演技もやらせたくなる。脚本の筆は健淡に進むよ。すらすらと仕上がる感じだ。まったく姪のあみのおかげさまだ」

新規の脚本は一晩で書き上げた。妹はあみをそのものとして想定したため書き上げやすかった。プロデューサーに上梓(じょうし)した。

「よかろう。後は君の姪っ子がかわいい妹に見えることを祈るよ」

プロデューサーは喜んだ。なかなかの脚本だと認識をした。

「次のドラマは君に頼めないだろうか」

この年末特別ドラマの次となると来春の新春スペシャルだった。3時間か4時間の長いドラマである。冗談としても脚本を使うと言われて嬉しい話である。


あみは新しい台本の通りにドラマ撮影を予定通り収録する。

「オジチャンの台本だからドラマはやりやすいなあ。さて名古屋に帰りましょう。オジチャンを連れていかねばなりませぬ。お父さんやおじいちゃんおばあちゃんに逢わないと」

オジが嫌がるならば首に縄をつけても新幹線に乗せる。

「あみちゃん頑張ってます」


あみが女優の道を駆け出した頃。テニスプレーヤーの近藤は全米出場を夢見てATPメキシコチャレンジャーに参戦をする。

「この大会で優勝したらATP-50ポイント獲得となる。チャレンジャーの優勝は夢の中の話だが」

近藤の計算ではチャレンジャー優勝ならばATPランキングアップが300位以内に突入らしかった。


獲得ポイントはチャレンジャー優勝の(50)でなくとも2〜3大会で獲得したら大丈夫だった。

「勝ちがベスト8なら3大会で50ポイント。ベスト4なら2大会で到達する」


アメリカはロス。近藤の最終調整の段階。メキシコチャレンジャーに熱が入る。


しかし思ったように調子は上がらない。あらゆるショットに近藤らしい冴えが見えなかった。


ロスの臨時コーチからはいつも(げき)が飛ぶ。

「近藤っ何を考えているんだ。テニスに集中しろ」

ロスのテニスアカデミー。近藤を含む若手選手はATPランキングアップをはかり全米に出たいやつばかりがゴロゴロいた。

「近藤はチャレンジャーに勝てるつもりか。簡単に全米キップ(出場)もらえる気ではないか。そんな甘い考えは早く絶ち切らなければならない。メキシコチャレンジャーは全米の最終エントリーの試練なる場だ。近藤ぐらいのランキングなんかひとつ勝てたら恩の字だ」

臨時コーチは近藤の怠慢プレーが不満であった。


日本からロス-メキシコの移動は時差がある。食べ物の違いも言葉もあり大変は大変だ。やたら辛いだけの肉料理は口には合わなかった。


チャレンジャー会場は高度3千あたり。日本の富士山で試合をやるような感覚だった。


近藤はワイルド(主催者推薦)カードを与えられメキシコチャレンジャーに出場をする。出場32ドローにはアジアは近藤だけだった。ATP-370位近藤は最低ランキングになりカットオフ対象になってもおかしくない。


臨時コーチは近藤クラスなら予選から出場させいかにチャレンジャーが難しいか体験させたかったくらいである。

「安易にワイルドを与えるから」

そんな気持ちであろう。


大会初日。オープニングセレモニーがメキシコシティ主催で行われた。主催者からは政治家からメキシコテニス協会役員からと有名どころが並ぶ。


セレモニーの中で出場選手が紹介される。地元メキシコは期待の若手がクローズアップされていた。ATP200位。

「我がメキシコの期待の星なんだ。チャレンジャーで有名して全米キップを獲得してもらいたい」

メキシコの観衆は惜しみない拍手を与える。全米オープン主催者からランキングによってワイルドを与えるとお墨つきであった。

「メキシコのために。地元のチャレンジャー大会だから全力でプレーして優勝したい。グランドスラム(全米)に行けるチャンスを与えられたのでモノにしたい」

若武者なるメキシカンは18歳。時折拳を交えてこのチャレンジャー大会に対する意気込みを強調した。


セレモニーには大会に華を添えるためにメキシカーナ(若い女性)がズラリとコートサイドに並ぶ。近藤の好きなラテン系巨乳たちであった。


ウヒャー(近藤)


メキシコチャレンジャーのドロー(組み合わせ)が決まる。シードは8。予選上がり8。ワイルドカード(近藤)は3。シード選手はランキング高く最初から当たりたくはないのが本音である。


近藤は予選上がり選手(300台)から1回戦を戦う。比較的楽なドローである。

「予選上がりか。気を引きしめて戦うだけだ」


試合日程が組まれコートが割り当てられる。


灼熱の太陽。メキシコシティの外れにテニスコートはあった。


メキシコのこのコートは近藤には思い出のある場所だった。

「プロに成り立ての頃だった。フューチャーズで初のベスト8をこのコートで記録したんだ」

世界とやって行けると自信になったメキシコである。(ほぼ同じ時期にライバルのエネブはFで優勝をしていた)


近藤はグイッとドリンクを飲みコートに向かう。

「このドリンクだってあみがいてくれたら違っていただろう」

甘味の強いドリンクは控えるであろうかと思う。


近藤は試合前の練習に入る。メキシコの高地は空気が希薄。気をつけてプレーをしないと体調に変調が来る。

「高地では足の痙攣(けいれん)や腕の痛みが来る。思わないところでリタイアを喰うかもしれない」


無事これ名馬でプレーしないといけない。近藤は入念なマッサージを朝から受けていた。


1回戦は始まった。近藤の強烈なサービスからそれは始まった。


バシッ


予選上がりの選手。リターンを返すのがせいぜいのレベルだった。


第1セットから近藤はゲームを作っていく。強烈なサーブがよく決まり終始優勢に試合を進める。


ゲームは6-2、6-4。近藤が勝つ。まったく危なげのない試合だった。


勝者近藤はツアーバッグを背負い控えのテニスハウスに戻って行こうとする。


ハァハァ〜ゼィゼィ


息が切れたままなかなか戻らなかった。

「高地だからか。呼吸するだけでも苦しみだ」


2回戦はメキシコ選手と当たる。地元期待の18歳メキシカンである。


近藤とメキシカンがコートに入る時に大歓声が沸き上がる。


地元メキシコ。若武者メキシカン18歳に頑張ってくれっとそれはそれは盛り上がる。

「18だというとJr.クラスなのか(高校クラス)」


日本の近藤にしてみたら高校あたりがATPチャレンジャーに参戦することが脅威に思える。

「僕が高校時代にはフューチャーズ(予選)に出場したな」

高校3年の近藤はブタペスト-フューチャーズ(予選)に日本テニス協会からのワイルドカードで出場したことがある。


このブタペストでもし本選入りを果たしてくれていたら。近藤のテニスも変わっていたのではないかと思える。


2回戦は始まった。近藤の場合は対戦相手と戦うだけでなかった。大歓声を送るメキシカンたちとも戦うことになる。

「僕がコートにいることは敵扱いされているようだ」

異様な盛り上がりをメキシカンたちはしていく。


試合は近藤のサーブから始まった。高地であることからかスピードはあまり感じはしない。

「さほどスピードがないのか」

サービスが悪いならそれなりの試合運びとなる。

「サービスが期待できないのならばネットで決めてやる」

だが相手が上手く近藤にはネットを取らせはしなかった。挙げ句近藤はミスをしてしまう。


メキシカンの声援はやかましく近藤を度々苛立たせることになる。

「ちくしょう。僕がエラーしたら観客は大喜びしている」


メンタリティが重要なテニスというスポーツ。イライラしてはゲームに集中していけなくなる。


近藤がサーバー。空高くボールをトスをする。


一瞬の静寂の中からバシッと打ち出しなのだが。


「なんだっバカやろう」

近藤がトスアップすれば罵声が背中から浴びせられた。明らかなプレー妨害である。


スペイン語が近藤にガンガン突き刺さる。

「ちくしょう。妨害するために」

気が動転してしまう。面白くないぜっとラケットを地面に叩きつける。これはルールで禁止されたラフプレーである。


メキシカンはもっとやれっと喜んだ。


ラケットを叩きつけたからもう使い物にならない。


「新しいのを」


プレーヤーズベンチに戻ってツアーバッグの中を見る。


うん


近藤は少し違和感を感じる。


誰かがバッグを触ったような気配が。


マメな性格だからバッグの中の物はどこに何が入るかちゃんとしていた。

「誰だい」

何が盗まれたかひとつひとつ確認したらよかった。だが今は試合中である。


新しいダンロップをヒョイっと取りコートに戻っていく。


このラケットが…


近藤は2〜3回試しにボールを突いてプレーに入った。


サービスをバシッと打ち出した。


スカーン


とんでもない方向にフォルトした。


なんだ!ガットのテンションがめちゃくちゃ緩いぞ。


慌てタイムを取る。他のラケットを調べた。オフィシャルストリンガーを呼んでみた。


ツアーバッグのラケットは全て"他人のダンロップラケット"だった。


近藤から死角になっていた隙にやられてしまったようだ。


「ラケットがなくなるなんて」


近藤はしばらく座り込み新しいラケットを使うかどうか悩む。


自分のラケットでさえガットの張りテンションがちゃんとしていないと安心をして試合では振り抜けない。ましてや市販のラケット。大会本部に無造作に運び込まれたラケットで試合をしろというわけである。


近藤は空を眺めた。


主審の元に行く。小さな声でリタイア(試合放棄)を申し出た。


会場のメキシカンはやんややんやの大歓声だった。近藤が試合を放棄して18歳メキシカンの勝ちが決まった瞬間だ。


ただちに大会本部に盗難届けを提出しホテルに戻る。

「僕のダンロップがない。今から日本にオーダーしたとしても」

次のATP試合には間に合うかどうかわからない。クラブハウスで市販ラケットを使って戦うか。


「ラケットというギアは僕の体の一部だ。盗まれた今は体をなさないのと同じことだ」

ホテルの個室に長い時間が流れた。


手短かに荷物をまとめ始める。テーブルボードの中を探りパスポートを確認する。ビザスタンプがかなりあるパスポート。パラと開いた。


「…帰国するしかないな」


フロントに電話を入れた。メキシコ-ロス-名古屋便の予約をオーダーした。


この瞬間に近藤のATP-50ポイント獲得はなくなった。なんのためメキシコにやって来たのか。

「夏の全米は夢になった」

電話をかけ終えたら悔しい涙がハラハラこぼれた。ベッドに力いっぱい頭を押しつけワンワン泣いた。


テニスとは何か


世界で戦うとは何か


近藤は全て虚しく感じ泣けるだけ泣きたくなった。


翌日のことだった。近藤がフロントでチェックアウトする際に、

「近藤さま。お荷物が届けられております」

ホテルクラークからどっこいしょと盗まれたダンロップラケットを差し出された。


ラケットのくるまれた袋には『よく頑張った』とスペイン語でメッセージがあった。


フロントクラークはにこりともせず(盗まれた)ラケットをお客様に手渡した。近藤は黙って受け取った。


ホテルそのものが敵であったのか。


この近藤の帰国を日本で待っていたのは。


愛知のセントレアに近藤が到着する。真っ先に星野コーチに連絡を入れた。


メキシコチャレンジャーは不本意な成績だったことを報告である。


教え子近藤から電話をもらい星野は。

「近藤ご苦労様だったな。早く帰ってこいよ」


セントレアのコンコースを足早に駆け抜けた。


翌日テニスクラブに顔を出す。クラブのフロントはご苦労様でしたわねっと労をねぎらいながら副支配人星野(コーチ)を呼ぶ。


星野は近藤の顔を見るなりまあ座れっと手を差し出した。

「近藤実はな」

星野が話始めると途中で慌ただしく携帯が鳴る。


「あっ星野です。近藤が今来ました。ええラウンジに。はいわかりました。では早速そちらに参ります。どうですかね30分ぐらいで」


近藤は星野の車で名駅ツインタワーに行く。


タワーのラウンジに行くと近藤の見たことのない中年紳士がいた。


紳士は丁寧に頭をさげ近藤に名刺を差し出した。


日本テニス連盟東海支部理事


協会理事が近藤を呼びつけたのだ。

「近藤くん。メキシコチャレンジャー残念だったな」

理事は優勝すれば全米出場も夢ではないと言っていた。いやそうではなかった。


協会は近藤のためにワイルドカード(主催者推薦)を出していた。このワイルドは日本人選手2〜3人が候補に挙がり近藤に落ち着いていた。

「名古屋からの選手だから君を一番推したんだがね」

ATPランキングだと他の選手が推薦されてしかるべきだった。それを東海支部理事は強引にも近藤に決めてしまった。元来ならば予選から出場の選手だったのだ。


「君に聞きたいが」


理事は静かに近藤に尋ねた。


なぜチャレンジャーを2回戦リタイアしたのか。


日本テニス協会にはリタイアの正式な理由は伝えられていなかった。近藤を推薦した理事には近藤が勝手に試合を放棄した事実だけが伝えられていた。


チャレンジャーを勝ち進めなかった近藤だけが伝えられ風当たりが強くなった。


勝ち進めない選手を推薦した責任。近藤以外ならばよかったのではないかを理事会から問われていた。


近藤は押し黙り理事からの事情聴集は簡単に終わった。隣席の星野は腕組みしたまま目をつぶった。


その場で近藤に伝えられたことは。


理事会からはもうワイルドカード(出場推薦)は出さない。ATPポイント獲得のためのチャレンジャーに出たいならば予選から実力でいけ。本選を実力で手に入れろ。


理事との話し合い後。近藤は星野に言った。

「アジアテニス(フューチャーズ)アメリカテニス(チャレンジャー)。それなりに僕にはいい経験が積めました。アメリカテニスはパワーをつけてサービスが変わりました」


話を聞く星野。教え子近藤はなにが言いたいのかっといぶかしげだ。


近藤は世界4大大会出場を最大の目標としている。そのために世界テニスを転戦しATPランキングアップをしていく。

「アジアもアメリカも近藤としては頑張ったじゃあないか。ダブルス優勝もあった。コーチとしては満足をしているぞ」

星野はなぜか教え子が手元から遠く離れてしまいそうな気がした。


星野コーチお願い致します。僕は欧州テニスに参戦したい。多種多様な選手が集められる欧州テニスで勝負したい。(ライバルのエネブと)戦いながら。


欧州テニス。ATPの世界テニスの7割が欧州で開催されているとも言える。全英・全仏を中心に欧州トーナメントスケジュールは組み込まれている。


また特徴的なのはクレーコートが大多数を占めることだった。


欧州26各国と中東諸国。至るところにテニスコートがありクレーである。足に負担のハードコートでプレーするよりはましであり大胆なスマッシュが打ち込める。


近藤は星野からの返答を待ち欧州テニスへのスケジュールを思い描く。


「欧州テニスの目標は全仏・全英だ」


近藤の脳裏にエネブの顔がパッと受かぶ。


エネブ待ってろ。今すぐ僕は君の元に行くぜ。


近藤に欧州テニスと言われても。星野は黙ってしまう。欧州もアメリカも同じことで日本を離れてしまう。星野の目の届かないところである。

「アメリカ留学は素晴らしいと思って賛成したが。欧州となるとな。内容はまったく異なる。日本テニスが欧州を起点にした前例が少ない。増田健太郎のスペインぐらいか」

ちゃんとした名のあるコーチが欧州にいるのか。近藤と巡り合えるのか闇である。アメリカならば星野も詳しかった。知り合いのコーチもいたし実際テニススクールの生徒たちを送りこんでもいた。


しぶしぶだがアメリカならば許可だった。


近藤はインターネットを開示しATPテニスのサイトを見る。

「エネブはどうしているか」

近藤がATPメキシコチャレンジャーで全米行きを賭けていた頃エネブも同じように全米を目指しもがき苦しんでいた。


近藤はテニスマネージメントをアメリカの企画に依頼をしている。

「こちらに欧州テニスを希望するとオファー出しておけばいいだろう」

さっそくクリックしておく。


近藤は一息ついた。


「欧州に行くとなるとしばらく日本には帰れない。あみはどうなるかな」


久しぶりにあみのブログを見てみた。

「うん古い日付のままだ」

あみ自身、タレントが忙しくなってブログにはタッチできないでいた。また売れっ子タレントの部類になったがため所属事務所から無料の情報提供は差し控えて欲しいと要請もある。

「仕方ないか。メールを送るか」


名古屋にいるなら返信をしてくれ。


だが返信はあみからではなく『メイラーディモン(宛先不明)』だった。


星野の娘あみ。近藤がテニスの方向で悩む頃女優への階段をかけていく。


大抜擢の12時間ドラマ収録は順調であった。年末の放映だが秋の深まる当たりですべて録り終えるスケジュールだった。

「台本をオジチャンが手直ししてくれたから楽しみながら役を演じられたわ。ありがとう」


ドラマの打ち上げの席であみは脚本家(オジ)にお礼をした。


この叔父と姪っ子の組み合わせに目をかけたのが辣腕プロデューサーである。

「脚本と女優が親戚関係だとはね。番組が放映されたらちょっとした話題になるだろう。最初はそんなに大したこともないであろうと個人的にタカをくくっていた」

だが番組の収録が進むに従い意外とマッチングをしているのかもしれないと感じ始めた。


脚本家の書く台詞や演技が素直に女優に反映されている気がする。

「駆け出しの脚本家とズブの素人あみの組み合わせか。自然体な演技で終始した感がある。どうかなっもうひとつやらせてみるか」


プロデューサーは打ち上げの翌日部屋に脚本家を呼んだ。


呼ばれた新進気鋭の脚本家は驚きである。テレビの世界の重鎮と呼ばれるプロデューサーからお声がかかったのだ。


「何の話だろうか」


先読みをすれば次のドラマの脚本・台本を依頼である。

「まさかなっ。その他大勢の輪番で台本書いただけの俺に。まっさかなあそんな大役が来るはずないや」

ただでさえ京大出身の文章は堅くてつまらないと酷評の的だ。

「間違っても台本依頼はないだろう」


プロデューサーを訪ねる前の夜。次の仕事を求め新たな脚本家募集の求人をインターネットで一通り見たくらいだった。


辣腕プロデューサー。こちらもインターネットで星野あみやその家族を検索してみた。検索させたのは若手のテレビ局社員たち。

「あみちゃんがテニスの星野の娘さんだとはわかった。元全日本プレーヤーなんか」

プロデューサーは残念ながらテニスは疎くよくわからない。野球ならば人一倍詳しいところであるが(巨人ファン)

「どうもテニスや卓球はなっ。あの小さな球をポンポコ打つだけの試合は見て退屈なんだ」

せっかく打ち込んでもすぐリターンされてつまらないなんて思った。


女の子も同じコートでプレーをする。しかもチャラチャラしたテニスウェア・スコートには嫌悪があった。真剣な勝負からはほど遠いと。


テニス競技種目には男女混合(ミックス)などがある。さしてハードなスポーツではないとタカをくくる。

「(テニスは)お嬢さまの腹芸だぜ」


社員の中には運よくテニスフリークがいた。高校大学とテニス部に所属しラケットを振る。


30歳の今は草トーナメントにちょくちょく出場をしていた。奥さんもプレーをする。


「先生。(検索の)星野さんですけど」


昔全日本で活躍をしていた星野。すでにその頃の勇姿は電波に乗ることはなかった。

「星野コーチって凄い選手だったんですね」


印字されたデータをプロデューサーはしげしげと眺めた。


「うーん」


星野の世代には福井があった。この天才プレーヤーに当時勝てる選手はほとんどいない。


世代で言えば神和住純-福井烈-星野。


「星野と福井が後そうだな3〜5歳離れていたらテニスの世代交代はまた違っていたか」


星野の高校時代。インターハイは1度出場。福井に負け準優勝である。


大学はインカレ。星野の大学はさほどテニスが強 いこともなかった。4年間在籍して3年で一度出場。こちらは3回戦敗退。負けた相手は松岡。松岡の兄であった。


「大学在学から全日本出場か。かなり頑張ったんだろうな」


星野のテニス暦。プロデューサーはフムフムと記憶する。

「大学卒業して地元愛知に戻ってテニスコーチさんか。そのコーチ業が水に合っていたんだな」

テニスクラブに入会してくる子供・Jr.の育成に多大なる功績を残す。

「しかしこの功績ってやつは」


全小優勝

全中優勝

インターハイ優勝

全てに星野の教え子は名を連ねた。

「プロでやってる近藤だけじゃあないのか」


星野の教え子の素晴らしさには脱帽を余儀させられた。


プロデューサーのもとに脚本家がやって来る。定刻通りに新進気鋭はやってきた。

「やあっ君を待っていたよ。腰掛けたまえ。コーヒーでいいかな」

喫茶部に内線を入れた。


脚本家星野の弟。恐縮しながら勧められたコーヒーを飲む。

「今ね君のお兄さんのプロフィールを見たんだ」

テニスに明け暮れテニスに夢中にある兄。

「そうですか。兄は今はテニスコーチとして実績ありますからね」


弟としてはたまに兄の星野の名をメディアで見掛けはする。がさして兄のテニスに興味があることはなかった。


また脚本家の弟のスポーツ暦は皆無だった。小学時代にカケッコはいつもビリ。相撲を取らせたら負けてばかり。体育の時間に逆上がりが出来ずクラスの女の子たちに笑われた。


一生涯運動スポーツはやらないぞと誓ったくらいだった。


プロデューサーは手短にテレビ番組(脚本)の依頼を始める。企画書の段階まで練りあがっていないためあれこれと手振り身振りで説明をする。辣腕さを表に出しているのかかなりプロデューサーには威圧感がある。

「実績のない君に番組の本(台本)を丸々任せることはしないが」

プロデューサーは頭にあるアイデアをまとめながら話を進める。

「ある程度台本が仕上がったら手直しはさせてもらう」

台本を書かせてもらえる。まるで夢のような話だ。

「君のお兄さんの星野さんね。あのテニスコーチぶりをドラマにしてみないか。テニスを知らない視聴者にも分かりやすくドラマ仕立てにしてもらう」


辣腕プロデューサー言葉を立て続けに折り重ねる。

「単なるサクセスストーリーはいらない。君の身内として見たエピソードを織り交ぜて視聴者が憧れを抱くものにしてもらいたい。どうだうってつけだろう」


辣腕はコーヒーを飲みながら高笑いをした。この新進気鋭がもし見事な台本を書きあげたらそのまま使う腹である。


もし駄作であるならば採用はしない。輪番制の脚本家として一番面白いストーリーを繋ぎ合わせて使うだけだった。


プロデューサーはどっちに転んでも満足である。


「君は筆は早いのかい」


大まかな構想が練られプロットが浮かべばただちに台本が見たいと言われた。


「わかりました。(筆は)早い方ではありませんから少し時間をください」


脚本家としての大切なステップである。こんな滅多にないチャンスをモノにできなくてどうなる。


プロデューサーと別れた時から頭に数々のストーリーが巡りまわる。

「兄貴をドラマにか。兄のテニスを身近で見たことはあまりない。しかしパターンがお決まりのスポーツの世界。やってやれないこともないさ」

テレビドラマ化される時には姪っ子あみが堂々と出演する。

「娘あみをメインにして描けば女子高生が見てくれる。テニスをメインに激しい練習を子細に描けばテニスファンが気にしてくれる」


まずは書店に行きテニス雑誌を買い求めた。テニスファンは何を求めているのか知りたい。

「こんなに(雑誌は)発行されているのか」

少ない収入の身には経済的にこたえた。


パラパラとめくってテニスとはなにかアウトラインを把握してみる。

「スポーツはテニスだけでなくまったくわかんないから。えっとテニスラケットが必要なんか。布団叩きみたいなやつだな」


世界大会はウィンブルドンだとかグランドスラムだとか。プロテニスプレーヤーが目標とする大会の名を見てもなんとも感じはしなかった。

「ウィンブルドンは英国ロンドンにある。あそこでテニスをしたら気持ちがいいんだろうか」

ローランギャロス(全仏)パリもしかりであった。


テニスプレーヤーは世界の大都市で試合をすることが幸せなのか。そんな程度の認識であった。

「世界のスポーツとはオリンピックはどうなるんだ」


※グランドスラムはATP/WTAのポイントと賞金さらには栄誉がもらえる。がオリンピックはポイントは関係なし。ランカーには得にならない。賞金はメダルだけ。


パラパラめくる雑誌のコーナーに連載企画があった。見たことのあるタレントが毎回インタビューされていたらしい。

「雑誌の企画はなんなんだ。えっと有名人とテニスとの関わり合いか。意外な方がテニス愛好家になっているんだな」

テニスというと天皇陛下皇后陛下の軽井沢。

「あれは有名だもんな。軽井沢町のテニスコートで出逢いから恋に発展したんだ」


天皇陛下のテニス。学生時代か若い頃毎日テニス選手権に出場されたことがある。勝ち進められたらしい。しかし対戦相手もやりにくいだろうなあ。


美智子妃殿下。こちらはすごいテニス歴が残っているらしい。


なんと関東大学テニス選手権。シングルは決勝進出を果たされた。関東学生というとプロ選手になる人もいるくらいのレベルの高さ。


決勝の相手が学習院の選手。元安室の旦那サムの母親ではないかと週刊誌にあった。


テニス雑誌の企画に例の司会者のタレントが特集されていた。

「お笑い芸人さんって結構多芸なんだな。こうしてテニスで球を追いかけたりしている。テレビ番組ではひとりだけマラソンを走ったりしている」

やたら体を使うことが好きな人種だからお笑い芸人かと思った。


人気の司会者タレントはインタビューの中でテニスにいかに入れ込んでいるかを強調していた。

「ワテなあテニスに憧れていたんねん。そやなあ高校時代テニス部やさかいインターハイなんか夢見てたんや」

学校そのものがテニスは強くなかったから出場することは至難の業だったと言う。

「せやさかいな若い選手があれこれ目標を持ってテニスしてはる。うらやましい限りでんなあ」

実際のインタビューではめちゃくちゃ喋りまくった。

「ワテのトーク番組の中になぁテニスを使こってみようかっと思ってん」

スタジオ録画をやめてテニスクラブからの中継にしたい。見映えのするテニスコート録画に企画替えしてみたいと答えた。


「ぎょうさん出演する女の子のタレントさん。テニス経験のある娘っ子もいるさかい」


お笑いのトークにテニスを加味したいと考えている。

「でもなあっ真剣な試合とお笑いトークはなかなかのミスマッチやさかいな」

司会者は真剣な顔でテニスを使いたいなんとかならないかとテニス雑誌記者に哀願さえする。

「せやさかいなっお笑い番組に真剣そのものテニスの試合もと考えてんねん」


番組にテニスを組み入れたいとの企画は1年余り前から考えていた。


雑誌のインタビューにはタレントのあみも名前が出た。テニスコーチの娘さんと紹介されている。


星野(弟)は一瞬ギクッとする。

「あちゃあ知らなかった。あみ(姪っ子)がこの番組に出演していたのか。司会者タレントの(トーク番組を)見たことないからわからなかった。兄さんの娘あみは有名なタレントになっていたんだなあ。年末のドラマが放映されたら大ブレークかもしれない」


姪っ子あみがそんな存在だとは想像すらできない叔父である。叔父から見たらいつまでも姪っ子は小さなかわいい女の子のままだった。


司会者のタレント。本格的にテニスを自らのトーク番組に入れる決意をする。


「ワイの趣味で(はじ)けてんのがあのトーク番組の人気なんや。テニスも趣味やさかいバカスカ組み入れたいんや。ワイやさかいやれることなんや」


テニスを使うと決めテレビ局のディレクターとスポンサーと入念な打ち合わせを繰り返す。


だがディレクターは冷ややかである。トーク番組のマンネリ化防止には効果ある程度の認識だった。

「そんなにも(番組に)テニスを使いたいなら入れてもいいでしょ」

あくまで批判である。

「テニスの知らない視聴者、またテニスを嫌いな視聴者はいます。チンプンカンプンな番組になる。そのあたりの打開策はどうする。今この場で答えが貰いたいくらいだ」


テレビ局の調査はテニスはマイナーなスポーツに分類となっている。東大出ディレクターはデータを持ち出した。


「マイナーやさかいワテが盛り上がりの切っ掛けを作ってやりたいや」


スポンサーは困惑だけを司会者のタレントに表した。

「テニスそのものはスポンサー(薬品)のウチにはまったく関係ございません。スポーツに関係がないので。スポーツドリンクぐらい扱いならばですけどね。若い女性が憧れるテニスという面を拡大解釈しましても当社としてあまり協力をいたしたくありません」

スポンサーはスタジオ収録の現在の番組継続を好む。


司会者タレントはスポンサーからの拒否反応をジッと聞く。


しかし真剣な眼差しでディレクターに番組の再編を要請した。

「どんなスポーツでもやなあ。素人の方はわけがわからないはずや。テニスやって知らない人はわけわからしまへん。知らない方はなんぼでんいはると想定してトーク番組に組み入れていくさかい」

だからトークの内容、番組の趣旨をしっかり見極めて司会者の力量を見い出す。


「ワイかて人気あるタレントさんなんや。これだけ熱を入れて好むテニスをマイナーなスポーツだからアカンっと片付けられたんではその名が泣くさかいな」


みんながよく知らないスポーツだと言われてカチンっとなったところである。


「あんなあっテニスは知らんスポーツやてっ。なんや世界三大スポーツ(テニス/サッカー/マラソン)の一角やぞ」

司会者はメラメラと怒りが全身に走る。

「マイナーならばワイのタレント生命賭けてメジャーにしたるわい。オゥ〜スポンサーはテニスラケットにしちゃるわい」


辛気くさいスポンサー薬品なんぞこちらから願い下げや。


勇ましくケツをまくりあげた。


横でタレントの横柄さを聞くディレクター。まるみるうちに真っ青になってしまう。

「スポンサー様があってのテレビ番組だぞ。スポンサーの薬品会社は我が局開局以来の付き合いだ。(邪険にしてはいけない)」


司会者はただちに所属事務所に連絡を取る。

「えっと何からやるんやったなあ。せやっダンロップはんや」

トーク番組の改編に伴いダンロップラケットに提供を頼みたい。

「ワイもダンロップの愛好家よってに」


タレントはダンロップの試打会イベントに2〜3回余興で出演をしたことがあった。だから簡単にスポンサー契約が取りつけるとタカをくくる。

「ワイの一存もせやけど事務所通せばなんとかなるやろ。あれだけの視聴率を毎回叩き出すトーク番組やさかいな」


次に日本テニス協会に連絡を取る。


「こちらさんはな」


日本テニス協会に依頼をしてテニス選手をトーク番組に出演させていただきたいと願っていた。

「せやっ。番組のゲストコーナーにテニス選手に来て貰うんや。トークはワイが極力取り仕切るさかいな。プレーはプロの選手に頼みまっさ」


いずれも事務所名から依頼であった。


返事はまずダンロップからあった。

「しめしめ流石(さすが)はダンロップはんやなっ。協力が早いでんがな。具体的な提供金額が教えて欲しいなんてありまっか」

返信はファックス一枚であった。


司会者はワクワクしながらダンロップからのそれを読む。


番組提供のお話はお断り致します。


司会者は頭が真っ白くなった。


なっなんやて


ダンロップとしては真剣にテニスに取り組む企業である。お茶らけなトーク番組でやられる軟弱なテニスにダンロップの名を出すわけには行かない。あしからず。


この断りには力が抜けてしまった。

「ラケットがなかったらテニスできまへんがな」


次に日本テニス協会。こちらもお笑い番組には選手は出演させない。だが出さないわけでもない。例えばゲスト出演させテニス振興に関わる真摯な番組内容ならば考える。


テニス協会の理事福井からの返信であった。福井の名を見て司会者は微笑んだ。

「福井はん。これだけ見たらアカンちゃう。もうお先真っ暗やんか」


明るく笑いに包まれるこのタレントもこの時ばかりは暗く沈んでしまった。

「なんで思うようにいかんねんなあ」


司会者は携帯を取り出した。アドレスを眺め意中の番号にかける。

「あっワイやねん。今夜逢ってくれんか。アカンねん番組がなっうまく行かないんや。暗くなっとるねん。せやねん助けてやあ。甘えたい時でっせ」


相手は週刊誌で度々噂にあがった有名女優だった。

「あらっ暗くなっていらっしゃるの。珍しいわね。いいわスケジュール空けますからお逢いしますわ。マネージャーに頼むからメール返信を待ってて。お逢いするのお久しぶりだから。私燃えちゃうかしらウフフ」


携帯を切ると女優のプリンプリンした巨乳が(まぶた)にチラっと浮かんだ。


癒してもらえるやさかいなあっ。アイツはええ女やさかい。(遊びとしては最高や)


女優とは深夜久しぶりの再会を果たす。

「お久しぶりですわね。お互いにテレビ画面では見ているんだけど」


女優は近く海外映画ロケがクランクインするところだった。

「実は今夜ぐらいしか暇がなかったの」

レストランで遅い夕飯を取る。ふたりは肩を寄せ合いホテルに消えていった。


「いゃ〜ん今夜はいっそう激しいのね。私疲れているからもう勘弁よ。週刊誌ではトーク番組の女の子片っ端から入れ喰いしているなんて書いてあるのに。別に私でなくても用は済むんでしょう」

ベッドの上で女優は抱かれながらまったりしていた。司会者はその巨乳をいとおしく撫でている。

「番組のタレントを入れ喰いっか。まあ素人さんに毛ぇ生えた程度やさかいな。ワイに目ぇかけられたら将来有望なタレントやさかいな」


ベッドで女優を抱きしめ口唇を合わせた。裸の女は甘い声を洩らした。映画の中で見せる妖艶な演技そのものだった。


トーク番組のその他大勢のタレントなんかより余程この巨乳が魅力だといわんばかり。


「ねっ番組で暗くなっているって何のこと」


司会者はつい甘えが出てしまった。女優を抱きしめながら本音を言う。


「へぇ(ワンマンな)あなたでも思うように行かないことがあるのね。世界の7不思議みたい」


長い下積み生活からのしあがった男。苦労という苦労は全てしていた。今では高視聴率男の異名さえ与えられる売れっ子タレントが何事も好き放題やりたい放題だった。

「あなたの冠トーク番組は長寿なんだけどなあ。若い女の子に人気なんでしょ。だったらスポーツぐらい演出したって関係ないのよ。プロデューサーの考えよくわからないけど」


せやなあっ。司会者の頭にパッと閃くものがあった。


今抱いているのは癒してくれる女優である。芸能の世界では重宝される口は堅いが身は軽い存在だった。


ベッドの横で司会者タレントはにんまりとしてくる。彼自身のお笑いの心琴(センス)になにかしら触れるヒントを女優は与えたようだ。

「番組は頑張ってちょうだいね。私の周りにはトーク番組大好きな女の子ばかりだから。そんな若い女の子がテニスに興味ないなんて失礼だわ。断固やるべきだわ。いっそのことスポーツ全てを番組に盛り込んだらどう」


女優は愛撫の気持ちよさに抑え切れず喘ぎ声を出していく。先程までうまく演技をしていたが今は官能に変わっていた。


戦いましょう、プロデューサーと一戦交えてしまえっとベッドからけしかけた。


甘くゆったりとした時間が二人の中に流れていた。


「せやっホンマやなあ。ワテは戦うをテーマにトークしたるわ」


女優はシャワーを浴びにベッドを離れた。


「ねぇ聞いてくださる。私ねちょっと手助けしちゃおうかな」


長年女優をやり30を越えたあたりの言葉だった。

「スポーツにこだわりがあるのなら」


付き合っていた野球・サッカーのプロ選手を紹介しても構わないわ。 


翌日司会者は眠い目のままテレビ局入り。番組プロデューサーを楽屋に呼びつけた。楽屋に入ったら顔つきはシャキッ。お笑い芸人の形相は微塵もなかった。

「今からトーク番組再編の企画出すさかいな。テレビ局のオエラさん集めてんか。おい出してやれや」

司会者のマネージャーが後ろから恐る恐る一枚の企画書をプロデューサーに手渡した。

「ほならなっこの企画でトークを取り仕切るさかいな。重役はん全員の判もろってんか」


マネージャーが差し出した企画書。


バトル・トーク


表紙にはそう印字されていた。


だいたいテレビ局では春と秋に重役会議を経て番組編制が行われている。


このタレント名の冠トーク番組は会議の焦点とはならずすぐに話題から外れた。優良長寿トーク番組の成せるわざである。


番組の企画が通過したと知り喜びである。

「やったなあっ最高やんかっ。さすがは重役クラスは違っているやんけ。嬉しいやんかっ。ほならっさっそくにプロデューサー呼んだれや」

楽屋からマネージャーを走らせた。


プロデューサーは困惑しきりである。トーク番組にわけのわからないスポーツやテニスが演出されるとは。


「はいはいわかりました。もう勘弁してください。(あとは好きにしてください)番組の責任は私が取らせていただきます」


改装された司会者トーク番組が直ちに収録される。


番組の進行は台本は全て司会者の意のままとなった。


スタジオ収録に際し司会者は深々と頭を下げた。

「スタジオにお集まりの皆さんこんにちは。トーク番組のことよろしゅう頼みます。出演されるタレントの皆さんよろしく」


司会者はプロデューサーを横にして改編されるトーク番組の進行を説明をする。

「ワイとしてはちょっとした試みやねん。バトルのタイムを設けとうおまんのや」

司会者が言う『バトル』とは。


毎回トーク番組にはテーマが題目として掲げられていた。そのテーマに添う形でタレントの女の子たちが司会者のタレントと軽妙なトークを楽しく愉快に笑いを交えて展開していた。


「せやさかいなっバトルタイムゆうてなっ」


出されたテーマに対し好きか嫌いかに二分させたいとした。

「好き嫌い、賛成か反対かやなあ」

横にいたプロデューサーは苦虫を咬む。お茶らけ番組で賛成も反対もなかろうに。政治討論会な雰囲気になってしまえばたちどころに視聴者は番組を見なくなる。

「今日の収録だけでやめてもらいたい。いや収録がうまく行かず没でも構わない。バカなことはこれっきりにしてもらいたい」

スタジオの観客を眺めながら心の中で祈る。


定刻通りに収録は始まる。司会者はいつもの陽気な面白い芸人となっていた。


スタジオのタレントたちとのトークは軽妙なもので観客は笑いの渦であった。

「アハハッ可笑しいなあ。なんでそんなことわかるんかっアッハハ」

司会者のタレント性大爆発である。お笑いの芸をやらせたら日本で右に出るタレントはいないとまで言われていた。


プロの漫才師やコメディアンは身内の芸人を相手に笑いを取る。しかしこちらは素人タレントをうまくコントロールしての笑いであった。

「素人をいじらせたら日本1のお笑い」

そんな存在である。


収録は前半まで進みコマーシャルに入った。スタジオ内は大きな笑いに包まれ最高の雰囲気であった。


「皆さんほならっ新しいコーナーやるさかいな」

コマーシャルが流されていく間にスタジオに新企画『バトルトーク』の看板が運び込まれた。


司会者はこれからの収録はすべて自分の我が儘から出た企画だと自覚する。笑う目がキラリっと光り輝く。


コマーシャルは終わり本番に入る。司会者は真面目な顔をキリッと見せた。予め用意したタキシードに赤い蝶ネクタイが真剣さとお茶らけさのギクシャクをかもし出す。見事なまでにお笑い芸人さを表にしていく。


「バトル・トークやりまんにゃあ〜始まりまっせ」

お茶らけで新コーナーをスタジオに紹介した。


バトル・トークは番組にゲストを迎え正面の椅子に座らせる。


「ほならっゲスト来てもらいまひょ。皆さん拍手頼みまっさあ」


司会者の友人俳優さんがスタジオの拍手の中登場する。

「こんちは。なんか僕が一番最初のバトルトークの『犠牲』らしいですね。不安だなあ」

俳優は頭をかいて椅子に座る。


「最初の犠牲やなんてっ滅相もありまへんで。よう来てくれはったなあ。皆さん拍手してんか」

司会者は笑いを盛んに取る。ゲストの二枚目俳優にアイコンタクトをする。


この俳優はワテと長年の付き合いや。ちゃんと笑いを取ろうな。二枚目やさかいまさか羽目はずすおっちゃんやとは思わんでぇ。頼みまっす。


ゲストを招き入れてから今からの新コーナーをスタジオに紹介した。


「新コーナーはやなあっ」


テーマが会場にかかげ

られる。


二枚目俳優はあの噂の女優と年内に結婚するか。


スタジオ内はわあわあっと騒ぐ。最新の女性週刊誌に第一面にあったゴシップである。


椅子の俳優は頭に手をあてた。


困るよっこれ。


司会者はニンマリと笑う。かなりのインパクトをこの俳優のゴシップから拾うことができた。


「さてスタジオのタレントの皆さん。結婚しまっせっならば右サイドの椅子に座りいなっ。ちゃう別れまっせならば(笑)左サイドになりまんにゃあ。皆さん移動する間にコマーシャルいってんか」


俳優は頭から手が離れない。盛んに司会者に救いを求めていく。


「ちょっと勘弁してくださいよ。マネージャーから聞いたのは僕のスキーとテニス。どっちが似合うかでバトルトーク。全然話が違うじゃあないですか。僕番組キャンセルしたくなるなあ」


噂の女優との関係はこの俳優自身が一番知りたいことだったかもしれない。


コマーシャルが終わり本番になる。司会者は気合いを入れて俳優のゴシップを鋭く斬り刻む。

「結婚しまっせっと、いんにゃ別れたらええがなっ」

司会者の巧みな話術は思う存分発揮されていく。


女性タレントたちはトークの中身に人気女優と二枚目俳優という羨ましい存在が加味をされたがため俄然ハッスルをしていた。


女性タレントたちは一様に将来の有名女優やタレントになることが夢である。トークは熱気を帯びた。


司会者はこの企画ウマウマと成功したなっと舌を出した。

「メインテーマがしっかりさえしてたらええんや。せやさかいバトルの中身が燃えあがり白熱していくんや」


要はこの俳優が誰と結婚しようが別れようが関係ない。


「トークの中身が濃密になりさえすれば万々歳なんや」


迷惑なのは二枚目俳優だった。さして深い仲とも言えない有名女優との関係が暴露されていく。


別れなさい派の女性タレントにはその点がしっかりと見透かされてしまう。

「結婚まで発展していかないわ。途中で恋の道は潰されてしまうわ。だって他に好きな女性でてきそうだもの」


番組に出ただけで恋人扱いをされ、やれ結婚だ、押しの一手だから頑張ってなどと言われた。

「ああっあの女優さんが他の男と付き合っていたら僕はどうなるんだ。ピエロだぞ」

トークがあれこれと炸裂するに従い顔は青ざめていく。これだけ緊張感のあるテレビ番組は初めてだった。


白熱したバトルトーク。番組の収録時間が迫る。スタジオの雰囲気を充分に感じ司会者は結論を出そうかと身を乗り出す。

「ほなっ多数決しましょうか」


俳優は結婚できるかどうか。


スタジオは真っ暗闇となり俳優だけにピンスポットが当てられる。


「どやっ今のお気持ちは」

司会者は笑い声を噛み殺してピンスポット俳優に聞いた。


「もう早くオウチに帰りたい。二度と番組に出たくないなあ(助けてくれ〜)」

二枚目俳優には泣きが入る。


司会者はさよかっ。えらい目に遭いましたなあっと他人事のように笑い飛ばした。


収録は大成功だった。スタジオの陰で見守っていたプロデューサーも観客の笑い声にホッとしていた。


翌週番組はオンエアーをされ高い視聴率をマークした。


新聞の番組投稿欄にはハラハラドキドキしたが面白かったっと好意的な意見が並んだ。


「よっしゃあ。しめしめやぁ。まずまずでんな。バトルトークはテレビ受けするんや。これからはゲストを厳選していくさかい。さらにワイの願望のテニスにしていくさかい」


人気司会者はニンマリとした。


「せやなあっ。日本テニス協会に電話したろぅかいな」

楽屋にマネージャーを呼びつけた。

「日本テニス協会はんは誰が親方さんだ。えっとなっ福井はんがいるはずや。福井はんと電話繋がってや。後はワイが勝手になっしゃべるさかい」

司会者はトーク番組の台本とニラメッコしていた。本番まで時間がないところである。


マネージャーは汗だくになり電話番号を調べ始めた。このタレントは言い出してすぐに電話を代わらないと機嫌が悪くなる。


トーク番組はこの新企画が当たり新たに高い視聴率となっていく。


トークにバトルという言い争いを入れることに難色を示していたプロデューサーは複雑な心境であった。口喧嘩の争いは視聴者の女の子には受け入れられないと踏んでいたからだ。


「若い女の子が見るトーク番組に白黒をつけるような争いを持ってきて」


司会者のタレントとしての個性が口喧嘩であろうがバトルのやり込めさ加減の程度をうまくコントロールされていくようだった。


番組の放映回数が重なるに従い視聴率もあがる。まさに司会者面目躍如である。


「ほならっ本日のゲストはんをお呼びいたしまひょ。スタジオの皆さん拍手で迎えてぇなっ。アッと驚く方いまっせ。どないしまひょ」

司会者はおどけた仕草を繰り返した。スタジオ会場のライトが消えていく。音楽は盛り上がりゲストのいるカーテンだけピンスポットが当てられる。


司会者はマイクに向かいゲストを紹介する。


「本日のゲストはんは、日本テニスの大御所はんや。福井はんやわア〜ん」


司会者のタレント。トーク番組に出演依頼として日本テニス協会に問い合わせをした。


テニス選手の若手を出演させたいと電話を福井(理事)に入れてみたのだ。


「若手はいくらでもいるけれど。テレビに出演してお茶の間に顔と名前が知れている奴はいなくて(役者としては物足りない)」


電話で司会者はあれこれと自分の好きな選手名を挙げてみる。

「こないの選手やったら出てもろって構わない。ワテがなんとかトーク番組の形に持っていくさかい」

粘り強い出演交渉をする。

「いっそのこと全日本選手権出場した奴(男女)はこぞってスタジオに来ても構まへんでぇ。全日本の特番で番組ひとつ作ってやりまっせ」

司会者はいかにテニスが好きかを示したつもりである。


言われて福井は笑えた。

「あっはは。全日本を宣伝してもらえありがとう。だけどたいして実力あるわけでない選手ばかりだからね」


結局ゴタゴタとしてしまい話は決別となる。


最終的には司会者が折れてしまい、

「若手は出演あかんかっ。なら福井はんあんたが謝罪の意味で出演してくれまっか」


スタジオのピンスポットはゲストに当てられた。緊張する福井を照らし出していた。


司会者はニヤリっと笑いマイクを握る。

「この福井はんとはな長い付き合いやねん」

さも親しい関係にあることをトークの前振りに持ってきた。


福井は緊張の面持ちで椅子に座り押し黙る。普段テニス解説で軽妙に語る爽やかな福井はそこにはなかった。まな板の鯉。


「福井はん。ようこそいらっしゃいましたなあ」福井は緊張の面持ちで椅子に座り押し黙る。普段テニス解説で軽妙に語る爽やかな福井はそこにはなかった。

「福井はん。ようこそいらっしゃいましたなあ」


福井は少しはにかみながら司会者に答えた。

「いやあ緊張するね。日本のテニスを代表してここに座っていると思ったら冷や汗が出てくる」

ポケットから白いハンカチを取り出した。


司会者は福井にテニス関係の代表として出演依頼をしていた。

「せやあ福井はんは日本の代表やさかいな。デ杯かてぎょうさん出場してはるさかいな。皆さんデ杯やフェド杯わかりまっか。ちょっと説明しまひょ」


スタジオ内にデビスカップとフェドカップの説明がビデオで流れる。


「あのコートで頑張ってんのがデ杯の若い選手。あれが福井はんやで。ういういしい選手やったんやあ。躍動感溢れてまんなあ」


改めて福井が紹介された。

「このトーク番組にはテニス振興のために私が出演している。番組プロデューサーからは日本テニス協会の理事としていろいろ意見を話てくれたらって言われた」


テニス人口の減少からテニスクラブの経営圧迫。そしてテニスグッズ(ラケットなど)売り上げ不振。それらを打開する起爆剤としてこの人気タレントのトーク番組に出てもらいたいと言われていた。


「毎回の収録をみたら出演ゲストのゴシップをやたら取り上げているからね。本心ヒヤヒヤだよ。いや私にやましいことがあるから?いやあそんな。家ではカミサンや娘が番組を見ているはず。だから迂濶なことを言ってしまえば家に入れてもらえなくなる」

福井真面目な顔で思った。


デ杯のビデオが流されている間、司会者は福井に耳打ちをする。

「どうやっ福井はんまだ緊張してまっかっ。もう少しほぐしたらなアカンかいな」

福井の顔つきをじろじろ見る。司会者はさも嵐の前の静けさと言わんばかりであった。


このお茶の間の人気タレント。長年の付き合いの福井である。ヒンヤリとした瞬間。たちどころに背筋がゾォ〜である。

「知り合ったのはテニスを通じてだけど。いつもは私の守備範囲のテニスコートの中。今回はまったくわけのわからないテレビ番組。タレントではないから不安内だ。しかも好き放題にゲストの私をいたぶる番組なんだ。煮て喰おうが焼いて喰おうがお構い無しの状態。ああっこんな仕事受けるべきでなかったなあ」

いくら知り合いのタレントさんだとしても。自分の得意テニスの解説とは違う緊張感が襲う。


また白いハンカチを額にあてる。ゲストとして登場は僅か数分の福井は滝のような汗をかく。まるでボルグと対戦したあの試合のように。


司会者はビデオが終わったと同時に福井に話を振りトークの世界に入った。

「福井はんようこそおこしやす。ワテの番組はよく見てはんねんなあ」

福井はこのトーク番組は一度も見ていない。そこで司会者はすかさず、


娘さんが。


会場爆笑の渦となる。こうなるとお笑いタレントの本領発揮だ。

「実はなっ福井さんのまな娘はんから手紙預こうってまっせ。知らんやろっ。パパ驚きの構えやなあ」


司会者から娘の手紙を読み上げられた福井。

「おいおいもう勘弁してほしい(早く帰りた〜い)」

本音で嘆き悲しんだ。


「なんでやねん。福井はんテニス雑誌で『本音でトーク』やってまんねん。あれ嘘でっか」


司会者よく下調べしていた。


福井の娘があれこれ話題となり司会者はスタジオに座るあみを指名した。


あみ。コマーシャル済んだらあんさんにトーク振るさかいな。福井の娘はんと"星野の娘はん"やさかい。


バトルトークの第一弾はこのあたりに司会者は目星(ターゲット)をつけたようだった。


あみは小さくかしこまり真っ赤な顔をしてコマーシャルの終わりを待つ。


いつものことだが台本なしのブッツケ本番トークである。全ては司会者の腹ひとつで番組は進行していく。


コマーシャルは終わり司会者は大きく息をした。キリリッとあみを見据えた。

「行くでぇっあみ。あんじょうしっかりやってくれ。お前はんはすでになっ中堅どころやねんぞ。いやあっスタジオの面子(メンツ)見たらベテランのタレントさんの域やないか。頭いいさかいたのんまっせ」


司会者に真剣な眼差し睨まれたあみ。なにが今から起こるのか不安顔で逃げたくなる。


「もうっ嫌だわあ。あのね福井さんが特別ゲストとわかった時から私がトークの中心だなあって。あれこれ難題を振られるんだなあって思っていたの」


コマーシャルの間。司会者は福井に盛んに娘さんの話題を振りまく。福井は困った顔である。嫌だとも言えない雰囲気だから困惑。


「私は(福井の)娘さんは知ってるからたぶんそこからトークはスタートさせるんだろうなあ」


司会者の思惑バトル・トークはあみの考えとドンピシャである。

「福井さんの娘さん。私、星野の娘。視聴者が見て面白いバトルトークのテーマになりますわぁ」

あみがビクビクしている間にコマーシャルは終わり司会者は元気よくトークを展開した。本番になると笑顔満載の司会者である。


「ほならっ福井さん。バトルトークのコーナー始めまひょ。スタジオの女の子は誰がいいかなあ。(指名は)あみちゃんでいこうか。なぜかなぁここに(テニスに)うってつけな女の子がいてはるわ。はい皆さん拍手してんか」 


司会者はあみにスポットライトをあてさせた。

「福井はん。あのあみちゃんとはどないなっ関係だんねん」


福井は気をしっかり持ちいつものテニス解説の口調で話始めた。


あみのお父さんとは世代が近くテニスのライバルだった。高校生時分からお互いの名が気になった選手。現役引退後には(星野は)コーチに(福井は)日本テニス協会にと互いにテニスに関わる道を歩む。


「で娘さん同士がおない歳でんな。福井はんの娘はんもあみちゃんみたいでっか」

(あみのように可愛いかっ)


娘の話を振られて福井は益々冷や汗だった。


一通り福井とあみの関係をスタジオに説明する。


「ほならっ本日のバトルトークいきまひょ」


スタジオの照明が消えかけていく。福井とあみにはピンスポットがサアッと当たる。


スタジオに荘厳なバックグラウンドミュージック。嫌がおうでもバトルトークという得体の知れないとんでもないテーマが発表されるムードが高まる。


司会者は暗闇のスタジオから顔を出す。ピンスポットが司会者のテーブルに当たる。司会者の足元から上に上に当たる。


真面目な姿がそこにあった。短時間にタキシードに着替えたらしい。黒の蝶ネクタイが紳士を想像させスリムな体はより引き立つ。


「本日のバトルトークのテーマは」

盛り上がったBGMはピタッとやむ。


おもむろにテーブルの上に置かれた黒のファイルを取り上げた。軽く頭をさげてからファイルを紐解くしぐさである。荘厳な儀式とこれから行われるバトルトーク(お笑い)のアンバランスが視聴者には滑稽に見える。司会者はちゃんとお笑いの計算をしていく。


司会者は真面目くさってファイルを読みあげた。


結婚はドッチャが早いか


スタジオにパッと照明が(とも)された。観客たちはテーマが発表されたことに拍手をする。

「結婚が早いかって何のこと。誰の結婚ですか」

お客さん同士ひそひそ話始めた。どうもテーマの意味がうまく伝えていかないようだった。


拍手が鳴りやみ司会者がテーマに補足説明をしようとする。


がどうにも観客からの反応が鈍い。司会者は汗が出た。


「しもったあ失敗したんねんなあ」


饒舌(じょうぜつ)に笑いを取るトークは司会者から発せられないまま沈黙が生まれてしまう。


幕合いの席で眺めていたプロデューサーはお笑いタレントの司会者が失態をしたことを認めざるをえない。

「観客の反応が鈍い。さらにはテーマにタレントのあみとシロウトの福井さんの娘さんを出した。知名度が全くないじゃあないか。司会者にしてみたらよく知ってることだが」


プロデューサーは手元の台本(番組進行表)を丸めメガホンにした。


大きな声でスタジオの皆さんに説明をする。


カット!カット!(収録は)一旦中止します。今のシーンは申し訳ないがカットします。舞台さん、音響さん大変に申し訳ない。が収録再開はちょっと時間を置いてやりたい。そうだなあ20〜30分もらえたらいいかな。


番組プロデューサーがスタジオ内のスタッフに声を掛けた。頭をさげながら収録の一時中止を申し出た。


その中止のタイミングを見て司会者はプイッと横を向いた。面白くないぜっと黙ってスタジオから消え楽屋に引きこもりである。


プロデューサーはゲストの福井に謝る。テニス振興の役割で番組出演されたのに娘さんなどというプライバシーを話のネタにして。

「すいません福井さん。少し台本を変えて参ります。テニスをテーマにしたそれなりに相応しい番組にします」


プロデューサーは司会者タレントのマネージャーを呼びつける。

「気分が収まれば私まで連絡をくれないか」

プロデューサーとしてはテーマの変更にある程度の提案があった。

「お笑いの専門タレントの考えとサラリーマンの私の考えが同じになることはないが。だが妥協した案は出してもらえたら幸いだな。いかにしても番組は収録させないといけない」

タレントの我が儘も聞くつもりではある。番組制作の責任はプロデューサーだがお笑いのセンスは司会者のタレントが上である。


時間は経過をする。我が儘なタレントとは楽屋からまったく出ては来ない。マネージャーが慌ただしくプロデューサーのいるスタジオと楽屋を出入りするも大した進展はなかった。


ゲストの福井も待たされた一人である。

「うーん僕もスケジュールが詰まっているから。長い休憩は困った困った」

待ち時間の隙に盛んに携帯を掛けていた。

「困ったぞ。理事会には番組の収録時間を伝えてあるから」


福井は定時に理事会に出席をするものとして日本テニス協会はスケジュールを進行していく。

「このスタジオから車を飛ばして何分ぐらいで(午後からの会議に)移動できるか問題だ」

今からでもゲスト出演はキャンセルさせたかった。


待ち時間の重苦しい雰囲気である。スタジオ全体が沈みがちなところ。


そんなスタジオの中。あみはイソイソとゲストの福井の元に行く。両手を後ろに組み気恥ずかしい素振りで近づいた。

「福井さんお久しぶりです。ようこそスタジオにいらっしゃいました」


あみはにっこりと微笑んだ。福井とは近藤の出場したジャパンオープン以来の再会である。


あみは番組収録に手間取り申し訳ないと謝った。

「やあっあみちゃんそんなことは関係ないよ。それよりも(逢うのは)ジャパンオープン以来だね。確か近藤が勝った試合だったかな」


福井の頭にテニスプレーヤー近藤の顔が浮かんだ。


しばらくするとスタジオに拍手が起こる。司会者が機嫌よく戻って来たのだ。


「やあやあ皆さんお元気でっしゃろか」

愛想を振りまき軽く手をあげた。機嫌よくスタジオ入りをする。収録中断の原因はどこの誰だったのかという風情であった。


福井は司会者の姿を見たら話掛けた。

「ちょっと話があるんだ。時間くれないか」 


司会者にこそこそっと耳打ちである。司会者ははあはあっと相槌を繰り返した。

「エッホンマでっか。ホンマかいな。初耳でんなあ」

身振り手振りで福井の耳打ちを聞く。


その話のうちに司会者はスタジオのタレント席に座るあみを手招きした。


「あみ。ちょっと話聞きたいねん。こっち来てんか」

タレントの女の子たちの冷たい視線を感じ席を離れた。

「あみ教えてや。あんなあ近藤ってなあ」


司会者のタレントは福井とあみを囲み3人でヒソヒソ話を始めた。


時おりあみが驚く顔を見せていた。話は小声でありスタジオの皆さんにはわからない。


「せやから近藤のためになるやないか。別にあみは迷惑やないやろ。単にトークという番組のお茶らけやさかい。そんなんなあテニスそのもんにイチャモン言うてんとちゃうやんか。なあええやろ。イエスって言うてぇなあ」


福井もあみに何やら説得をしている様子である。

「あみちゃん。この番組を起爆剤にして日本テニスはレベルを高くしていきたい。何て言うかな。真剣に世界テニスで戦いなさいって言うか、お茶を濁すこの番組で笑いながら頑張って欲しいというかの違いだね。番組を見て頑張ってくれる選手もいるんだから」


司会者はもう話は済んだとばかりにあみに向かい席に戻れと合図した。

「ワテは決めたさかいな。ほなっあみ席戻ってぇな。本番いくさかい」


あみは納得しない顔でトボトボとタレント席に向かう。まったく元気がない。


プロデューサーに司会者は耳打ちをする。

「やっとこさっバトルトークのテーマ決まりましてん。今回はバッチリやさかいなっワテは自信ありまっせ。ならば皆さんよろしゅうに。ほなら本番収録いきまひょ。スタジオの皆さん大変お待たせしましたなあ。いきまひょ〜いきまひょ〜」

会場内の観客にひょうきんな司会者ななったと笑いを振り撒く。エンターテイメントの顔を見せて観客からのウケを狙う。


スタジオに陣取る女性タレントたちをじろじろと見ればお笑い芸人の姿だった。


がこの司会者タレントひとたび裏方のスタッフにキリッとした顔を見せると眼光鋭くなる。お笑い芸人の顔はなくなる。目は決して笑いではなく獲物を狙うライオンか鷹という一触即発なものだった。


司会者はいつものトーク番組の真剣さ(笑い)を取り戻しつつ収録を始めた。


観客を独自の話術を使って煙に巻く。つい先程まで不機嫌で楽屋に入り浸りのあの体たらくな素顔はどこ吹く風である。プロデューサーたちスタッフを困らせていたことはいつしか忘れ去り観客はこの人気タレントの世界に埋没していく。


お笑い芸人の面目躍如となり大笑いの連続であった。


「ほなっ皆さん(お笑いで)乗りに乗ったとこやさかい。番組収録の続きいきまひょか。ホンマはとっくに収録終えて銀座で飲むとこやでぇ」

笑いが渦巻き雰囲気は最高であった。


プロデューサーが収録開始の合図を送る。テレビカメラクルーがスタンバイをする。スタジオの女性タレントは一瞬顔が強ばる。気まぐれなる司会者の腹がまったく読めないためだ。あみも同様にであった。スタッフ一同に緊張感が走った。


司会者がいつもの明るいノリでトーク番組を進行させる。

「てなわけでなっ。トークに戻りまひょ。今回のトークはやなあ」


まさしく何もなく番組は進む。収録の中断というアクシデントは記憶すらなかった。


収録の時間はかなり押し迫る。日程からも撮り直しはできなかった。司会者はこの本番一発で終えたいとだけ思った。


トーク番組は司会者の話芸が冴えわたる。スタジオの観客もタレントもいつしか司会者のお笑い芸人の世界に埋没をしていく。当代随一なお笑い芸人の(わざ)は冴えに冴えた。

「ほならっな。次のトークはあみちゃんや」


スポットはあみにサアッと当てられた。


スタジオにいる観客とタレントたちは次に何が始まり何が起こるのか心配になる。


笑顔の司会者はあみをキッと睨みトークを振る。


今からはあみが主役さんやで。


「そこで澄ました顔してはるあみちゃん。あんたはんはなあ」


司会者の口からプロテニスプレーヤー近藤の名前が突然出た。


あみは近藤の名前をこの場で言われて顔を真っ赤にした。


お兄ちゃんのことダモン。あみは何言われても平気さんだよ。だって大好きなお兄ちゃんのことダモン。


スタジオ内にテニスプレーヤー近藤を知る者は余りいなかった。


あかんなあっ日本のテニスは。これだけ知名度が情けないと厄介やわ。


司会者はチェっと舌打ちをしていく。

「すいません。裏方の皆様。全日本テニスのなぁ近藤のビデオ見せてくれまっか」


全日本テニスで近藤はどれだけの選手かを説明して聞かせないと観客はわけがわからなかった。いかにテニスがお茶の間に浸透していないかの現れでもある。


まもなく近藤のビデオがスクリーンに登場する。スタジオの観客はじっくり近藤を見る。


「わかりまっか。近藤言うのんは星野コーチが育てはった選手やねん。そこにいはるあみちゃんのお父さんやな」


スタジオの観客はビデオを見ながら、


ヘェ〜


感心をした。また全日本のビデオにはちらほらあみが映っていた。

「確かこの近藤のテニスの試合にあみちゃんが星野コーチといつもついていたさかいな」

コートサイドにいたあみはテニスファンの目に止まりタレントに転じていくと司会者は説明をする。


あみはスタジオの片隅で小さくなり下を向いてしまった。それは大変可愛く見える。


ビデオが終わり司会者は嵩に掛けてトークであみを攻めてきた。

「これだけビデオを見たさかい近藤はどんなもんかわかりまっしゃろ。全日本でダブルス優勝してまっせ。この時はあみちゃんは近藤のベンチ後ろにチョコンと座りはってんな」


司会者は笑顔を湛えてあみにトークを振る。


あみはハニカミながら全日本での近藤の様子を説明し始めた。


近藤は全日本に向けて全力で立ち向かっていた。父親の星野とは深夜にも及ぶハードな練習を繰り広げていた。

「毎晩遅くまで練習してました。でも」


全日本のシングルは昨年の怪我のためにワイルドカードがもらえず予選からの出場となった。


近藤は歯を喰いしばり予選を戦う羽目になった。

「そうかぁ予選からやったんやなあ。あれだけの実績のある近藤やさかいな。予選からの戦いは屈辱やろなあ」


あみは当時の近藤の心境を苦々し思いでみていた。しかしテレビの前では一切それは言わなかった。

「ハイッ近藤選手は頑張って予選に挑みました」


あみは予選から近藤の後ろについてあれこれ世話をしていた。


予選3回戦。これを勝利すれば全日本の本選である。


試合前に近藤はあみにこう言った。

「あみ。この試合に勝つならば僕はシングルも全日本出場となる。予選ぐらい勝つ自信はある」


近藤はあみに何が言いたいのか。

「だがなっ勝負というものは下駄をはく時までわからないものなんだ」

近藤は一言あみに言うとあみを抱きしめ口づけをする。


あみは黙ったまま近藤のなすがままに抱きしめられていた。あみは恋人のつもりである。


予選に向かう近藤は控え室にあみを残しさっさと出てしまう。あみはその後ろ姿がどことなく力弱く感じてしまった。いつものお兄ちゃんではない気がしてくる。


お兄ちゃんは負けるかもしれない。予選という試合に負けるかも。


あみは不安を抱きコートサイドに向かう。コートでラケットを振る近藤を遠目に見た。そこにはいつもとは異なる近藤を見てしまった。


「なぜなの。お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど何かが違っているの」


予選の試合はまもなく始まる。近藤は若武者らしくガンガン打ち込む。


試合は第1セットを近藤が取り楽勝ムードであった。田園コロシアムに詰め掛けた観客は近藤の貫禄勝ちだと確信さえした。


だが。


第2セットから近藤がおかしくなった。まずはサービスが決まらない。コントロールが定まらくなってしまう。


ネットに詰めたらボレーミスを重ねた。ボレーは近藤の得意中の得意である。


あみから見た近藤はイライラしっぱなしであったようだ。

「お兄ちゃんどうかしたのかな。なんとなくテニスに集中できないみたい」

あみの持つハンカチがギュッと握られた。


近藤はズルズルと失点を重ねてしまう。


気が付いたら近藤は負ける。予選敗退で全日本シングルは終わりであった。


「近藤は集中できないさかい予選で敗退か」

司会者はなぜかと首をかしげた。

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