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初恋は薔薇の花

名古屋郊外のテニスパークは子供から大人までテニスを楽しむ憩いのクラブである。クラブ近くの子供は父兄に誘われテニスをやり始める。


テニスコートサイドのラウンジで少年がぐっすり眠っている。


熟睡する少年の鼻先にピューと一塵の風が吹いた。


うん


爽やかな風の悪戯に目を覚ます。

「よく寝たなあ。練習の時間は来たかな」

リビングに備えつけビニール椅子。少年はヨッコラしょと腰を浮かす。すやすやとした眠りから覚めた近藤少年は大きく背伸びをした。


練習日にテニスクラブに来たはよいが時間まで間があった。ラウンジでうつらうつらとしているうちにすっかり眠ってしまったようだった。


近藤少年は目を開け首を左右に振る。盛んにあくびを繰り返し目覚めようとする。


ダンロップツアーバッグを開けるとスポーツドリンクがある。喉の渇きをゴクンっと癒す。近藤はやっと一息つける。

「なんか変な夢見たなあ」

近藤の見る夢に出るのはテニスや食べ物、マンガなどである。年頃の少年が日頃思い浮かべる普通のことがつらつらであろうか。なお見る順番はテニスが一番とは限らない。


近藤の見た不思議な夢とはなにか。少年の想像する範疇を遥かに越え摩訶不思議。幻想の世界が繰り広げられていた。

「わけわかんないぞ。神話だとか竜だとか出てきた。竜の尾から劍が出て来てヤマトタケルに持たされて。征伐に使うとか。なんだこれ。竜から劍が出て来たって、なんのこっちゃ。あの劍を手に持つと英雄になれるなんてヘンテコな夢だった」


近藤はテニス少年。歴史や文学はさっぱりわからない。まして神話だ伝承説話とはチンプンカンプンである。

「熱田神宮に収められている劍だって言ったなあ。学校の社会科で習ったやつだ」


地元名古屋の熱田神宮の劍。辛うじて習ってはいたか。


近藤のうたた寝にヤマトタケルのいわくつき劍。


「あの劍があればヤマトタケルは恐いものなしなのか。手に武器があれば武勇伝が繰り広げられるのか」


テニスクラブから熱田神宮まで車で30分である。


ヘンテコな夢から目を覚ました近藤は練習だなっと立ち上がる。


顔を洗ってこよう。


「劍が出てきた夢。僕はなんて夢を見たんだ。劍なんかどうでもいいや。さあテニスだ。星野コーチが待っている」

近藤はシャワールームで顔をジャブジャブ洗うとシャキッとする。


右手にお気に入りダンロップラケットを持つ。ヤマトタケルが劍で英雄ならば近藤はダンロップである。


さあテニスをやるぞとグイッと握りしめた。


テニスラケット"ダンロップ"は近藤のために張り切るよっとキラリッと光を放った。


テニスギア(道具)のダンロップを小脇に近藤はコートに向かう。

「最近の星野コーチは気合いが入っている。ミスしたら怖いぞ。しっかりカリキュラムをこなして練習についていかないとまた叱られちゃう」

近藤はダンロップを高く掲げた。光り輝くラケットはテニスコートで戦う近藤の心強い味方である。


近藤を小学生から指導は鬼のコーチ星野である。


近藤が正義の味方ヤマトタケルなら星野コーチは悪役。ヤマタノオロチ(悪竜)であったのかもしれない。


近藤はダンロップで星野を退治する。いやヘタをすると練習課題を増やされて退治されてしまうかもしれない。


「よしコートに行く」


近藤少年は目をゴシゴシ擦り眠気飛ばしした。


鬼だろうが悪竜だろうが星野だろうがなんでも来い。


近藤は近々(きんきん)に大きな大会が控えていた。少年Jr.テニス大会は近藤の楽しみである。

「来週のJr.トーナメントに優勝したい。優勝のトロフィは星野コーチにプレゼントをしたい」

シューズの紐を結び直した近藤。気合いを入れコートに走って出ていく。


コートには星野が待っていた。鬼のJr.コーチである。もといこのテニスクラブの優秀なコーチである。


「おっ近藤来たか。待っていたぞ。今日から特別メニューにする。しっかりやるんだぞ。おまえが嫌っていうほど鍛えあげてやるからな。覚悟をしておけ」

コートの星野コーチ。近藤の顔を見るとだんだんに鬼の形相と変わる。


星野はクラブ専属のコーチである。いろいろな会員さんのテニスを受け持つが最近はジュニア育成に力を入れていた。


近藤以外のJr.選手には笑顔しかみせない星野だった。優しく丁寧な星野コーチ。子供たちからはお父さんのような存在で慕われていた。近藤以外は。


「近藤のためにやるぞ。近藤を強くするためにやってやる。私は鬼になりスパルタで鍛えてやりたい。それが近藤のためになるんだ」

Jr.育成コーチ星野はカーゴにあるテニスボールの山を確かめコートに入る。ネットの向こうに凛々しくテニスウェアに身を包む近藤を睨む。


コーチングスタッフの星野にはネット向こうのコートにいる少年は近藤には見えない。幼い時に星野の教えを仰いだ近藤ではなく"将来のテニスプレーヤー"にしか見えない。


「近藤っやるぞ」


星野の大声がテニスクラブのセンターコートに響く。


パコーン。パコーン。


ひとたびボールが打ち出される。とことん気の済むまで近藤にボールを打ちまくる星野。


Jr.育成コーチ星野の激しい練習は間断なく続けられる。


大声と激しい打球の応酬はこのテニスクラブの名物にさえなっていた。


「コーチよろしくお願い致します。来週のトーナメントは優勝したいです。お願いします。僕は音をあげたりしません」

コートの近藤はダンロップロゴ帽子を脱いで頭を下げた。


それを見た星野。ああっわかったと愛嬌でも振り撒くかと思えばニコリっともしない。コートの鬼は笑ったりはしない。


名古屋の市街地にあるテニスクラブは地元の愛好家に親しまれる歴史のあるクラブである。


テニス愛好家のクラブは星野がコーチに就任をしてからガラリッと様相が変わる。


このクラブに入れば有名テニスプレーヤーになれる。


Jr.テニス育成に定評のある星野がいるおかげでとんでもないテニスクラブになってしまう。


その発端は星野が教えた少年である。約10年前全国小学生大会に準優勝を飾った。(現在プロテニスプレーヤーとして活躍している)。


その後もコンスタントに小学生や中学生の大会優勝者が現れていた。


星野コーチ。地元の名古屋は言うに及ばず岐阜や三重からも子供たちが星野を慕いクラブに集まる。星野につけばプロテニスプレーヤーになれる。


Jr.育成の星野コーチは現役時代に全日本テニス選手権に出場をしている。


憧れの全日本出場を大学から社会人にかけて3年連続して果たしていた。

「全日本は3回出場した。だがいずれも優勝まで勝ち進めなかった。3年目でなんとか行けそうかと頑張ったが3回戦が最高の成績だ」

3回目の出場は星野も調子がよかった。なんとか勝ちあがれるのではないかと思っていた。

「あのまますんなりと全日本を優勝していたら俺のテニス人生は大きく変わっていた。プロになりテニス選手としてやっていきたいと思っていた生意気盛りなとこだったしね」


プロを夢見て出場した全日本は3回戦で破れた。力の無さと全日本のレベルの高さを身を持って実感をしてしまう。


この敗戦を機会に星野は現役を引退。地元愛知に帰省しテニスコーチとなる。


帰省した年に幼馴染みと結婚。安定した収入が望めるコーチを職業としたのである。

「自分はプロテニスになれなかった。ならばこれからの子供を育ててプロにさせてやろう」

テニスクラブからの要請もありJr.育成の専属コーチになる。


「子供を育てるのは自分の夢を開化させるに等しい」


Jr.育成は必然的な面もあった。


その元全日本プレーヤー(3回戦)星野コーチの評判を聞きつけ子供たちがクラブに通う。


優しいコーチだからと星野を慕い地元の子供らはテニスを楽しむために通った。(小学生2年〜中学3年)


教え方が星野はうまかった。子供の長所を伸ばしてやることは天賦の才があるようだ。


たちどころに子供は一通りのショットをこなしJr.の試合に出ることが出来てしまう。星野に教わるとテニスが上達する。しかも試合に勝てる。子供はもとより父兄も大喜び。


ジュニア育成強化の星野は子供のコーチとして有名である。近藤少年は小学2年からJr.テニス教室に通っていた。


星野は小学生の近藤を見てすぐその天性の運動能力の高さを見抜いた。


近藤とテニス。


近藤には2人の姉がおりテニスを習っていた。この姉がクラブに行く際に母親は幼い近藤も連れていった。車に乗せてプィ〜とクラブへ。


近藤としてはちょくちょくテニスクラブについて行くうちにラケットを握りたくなる。


幼い弟の近藤。それが姉貴のラケットを握りしめテニスに興味を持ち出す。


「僕は男だ。野球かサッカーが好きだ。テニスなんてお姉さんたちのやる女の子のスポーツだよ。興味ない」

それまでの近藤であった。


テニスクラブに母親と来るとラウンジでアイスクリームやジュースを買ってもらうことが楽しみだった。知立の大あんまきはテニスクラブの帰りに買ってもらいうまかった。


近藤の父親もテニスなど考えもしない。

「姉の二人はテニスでいい。女の子らしいスポーツだろうからね。男なら野球かサッカーだな。力一杯グランドを駆けてもらいたい」

女女男3人の子持ちはそう考えていた。


「下の男の子はある程度体が出来たらやりたいスポーツをやらせたい。我が息子に好きにやらせたいと僕は思う。だがテニスは断りたい。ありゃあ女の子のやるもんさ」


近藤の父親はスポーツマンである。サッカーの名門高校のゴールキーパー出身である。

「男の子にはサッカーをやらせたいと正直に思う。国立競技場を目指した(サッカー出身の)身としてはね」

近藤にサッカーをやらせたい。サッカー大好きお父さんは息子の成長を見守りながら思う。


男の子にはサッカー以外に野球という選択肢がある。


近藤の出身地愛知は野球が盛んである。近藤自身は大の中日ファンでドラゴンズを応援している。


野球はどうですかと聞かれると父親は快活に答える。

「サッカーも野球もどちらでも息子が好むものをやらせよう」


大学の休日には父親と庭先でキャッチボール。公園でサッカーボールを蹴り親子で楽しんだ。


元来体を動かすことは得意な子供だった。父親からみても運動神経のよさは際立って優れていた。


父親は名古屋大学農学部の若手准教授。専門はバイオテクノロジー。花卉(かき)の成長研究とオーキシンのメカニズムをテーマに大学で研究していた。


植物の花びらを美しく咲かせる。スクッと背丈の伸びる茎の育成などの品種改良。


花びらの改良には美しい薔薇の花も含まれていた。後に知り合うブルガリアのエネブ教授との出会いの切っ掛けとなる。


食物連鎖の過程を調べ自然な形での供給を考える。三河地方は安城ケ原があり農作物が一切育たない不毛の土地だった。


大学での研究テーマは数限りなくある。自然を相手とするバイオテクノロジーの花形分野であった。

「私のバイオ(農学)研究でうまい果物(フルーツ)を作れたらいい。最初は息子や娘にどんどんと食べさせてやりたいと思った。だが大学の研究が進むにつれ世界の飢餓に苦しむ民族にささやかながら研究した食物を提供できたら良いかなと思う」

世界の民族に食料を提供する。食物品種改良に研究者としての情熱を捧げる近藤准教授の口癖である。

「その研究の成果はまもなく現れる。私はバイオテクノロジーの次世代の担い手にならなくてはならない」

大学の研究は順調そのもの。良好な結果がそこにあった。


近藤准教授は益々研究にのめり込みバイオテクノロジーの進歩に貢献をする。


その煽りを受けたのが近藤の家族である。父親の研究が忙しくなり家族サービスがなかなかできない。日曜日も家にいることは稀れ。子供たちの面倒を見ることはなかった。


そんな折りであった。近藤少年は忙しい研究者に頼んだ。たまたま休みの朝早い時に父親の姿を見た。

「お父さん僕もテニスがやりたい」

小学生の近藤は姉と同じようにテニスがしたいと申し出た。言われた父親は頭の中はバイオの研究でいっぱいである。


野球でなくサッカーでなくテニスが息子はしたい。忙しい父親はなんだろうかと思いつつもろくろく話を聞いていなかった。


近藤が小学校低学年でテニスを始めたいと望む時である。准教授にアメリカ留学の話が持ち上がる。大学でより優れた研究者をアメリカに短期派遣しようと話が持ち上がる。

「こりゃあ絶好のチャンス。すぐ留学したい。夏休みを挟んでの短期留学だから。よししっかり勉強をしてくるぞ」

気がついたらパスポートを懐に入れそのままオーバーシー(海外)であった。渡航の日程が決まってから奥さんに話をしたのでかなり怒られた有り様である。


あれっ気がついたらお父さんがいなくなった。学校から帰った近藤。ふと気がついた。父親がいないなあっは帰国する直前だった。


Jr.育成コーチ星野にはひと粒種(たね)の娘がいた。


近藤より4歳下になる女の子あみである。おさげ髪のよく似合う可愛いらしいお嬢さん。


星野は東京の大学を卒業すると幼馴染みの女性と結婚し愛娘あみをもうけている。


残念ながら最愛の奥さんは乳癌で早死をしている。娘のあみが物心のつく前に他界をし星野は男手ひとつで女の子を育てていた。


あみは幼過ぎて母の顔すらわからない。

「お父さんとあみちゃんだけの家族です。でもおじいちゃんやおばあちゃんもいるもん。お母さんいなくても淋しくなんかないもん」


母親を知らない童女あみ。淋しくないと言えば嘘になる。


「お母さんはあみが小さい時に死んでしまったの。あみはお母さん知らないもん」

母親について聞かれると気丈夫な女の子あみはしんみりと答えた。仏壇に飾る写真を思って母親とはそういうものだと。


母の遺影は25歳の春の写真。あみを産んだ翌年である。乳癌で入院する直前の女盛りの晴れ姿である。


「あみちゃんはお母さんいないの。だけど大好きなお父さんがいるの。あみは淋しくないモン」

あみのマンション近くには星野の両親(祖父母)も住む。あみは祖父母に育てられる。おばあちゃんっ子あみという由縁。


赤ちゃんあみの授乳やオムツの取り替えは祖母がしてくれ、幼稚園の送り迎えは祖父である。


お祖母ちゃんはあみを大切に育てる。

「私は男二人育てましたけど女の子はいなかったの。孫のあみちゃんは私には天使のような女の子ですわ」

おばあちゃんはよくあみの世話をしてくれた。男の子を育てるより手が掛からないと若いおばあちゃんは喜んでいた。


あみが物心のつく2〜3歳頃から父親の星野はテニスクラブに連れていく。幼いあみの唯一の遊び場がテニスクラブとなる。


クラブには幼い子供もたくさんいて、あみの遊び友達になる。テニスクラブそのものがあみの生活となっていく。


クラブにいる職員たち、フロントの女子事務員からアルバイトコーチからあみは可愛がられていた。


幼児時代のあみはJr.クラスの子供さんとテニスボールを転がしながらラウンジで遊ぶ程である。あみにはテニスクラブが幼稚園そのものだった。


ボール遊びからあみはテニスが好きになる。

「お父さんはテニスコーチ。お父さんは上手さんですよ。あみの自慢のお父さんはテニスを愛しているのよ。娘のあみもテニスが好きですよ」


ラウンジで球遊びをする幼児あみはテニスボールを握りしめては父親の姿を追い求めた。


だが小学生になると星野の後を追いテニスコートにいかない。コートに入るとあみは邪魔者扱いをされてしまう。

「お父さんが打つボールは早いから危険ですわ。あみは避難しなくちゃあいけません。危ない危ないです」

小学生あみ。コートサイドのプレーヤーズベンチに腰掛けて父親のレッスンを見学する。


Jr.のレッスンタイム。あみの周りに子供の父兄が見ていた。

「あみちゃんお利口さんだね。お父さんの言いつけをちゃんと守って。ベンチでいい子しておとなしいのね」

いい子ちゃんと言われてあみはにっこりである。


コートサイドの父兄は星野コーチのレッスンに夢中である。将来を期待する息子や娘。名白楽星野の手でどこまで伸びるか、いやいや伸びてくれるか。ジュニア選手は近藤を含めて数々のトーナメントでよい成績を収めている。星野に預ければ世界へ行ける。父兄の多大な期待であった。

「あみちゃんもテニスをやるのかしら。いいわねぇお父さんコーチだから。いつもレッスン受けられて」

星野の娘だからさぞかしテニスは上達であろうかとよく言われた。


だがおさげ髪のあみちゃん。父兄にテニスをやるのっと聞かれ照れ屋さんになる。


「エッヘヘ。お父さんがテニスコーチ。だからあみもテニスは上手さんかなって。よく言われますけどね。エヘヘ」

あみは自慢の長い髪を撫でながら恥ずかしそうに答える。


あみもテニスは好きである。身近にテニスがありコートにいると心が落ち着いた。

「困まりましたわ。答え難い質問さんです。あみは初級さんクラスを抜けたあたりですの。イャーン恥ずかしい」

あみはラケットを持ってボールが思うコースに飛ぶ程度だった。


プロのコーチ星野から見ると娘は素質があるように見えなかった。ごく普通にいるお子さんである。


父親としては男の子ならば自分の夢を繋ぎ全日本優勝を飾るようなテニスプレーヤーに育てあげたかったが如何せん女の子。しかも星野が可愛くて可愛くてたまらないひとり娘あみ。


女の子あみはかわいい娘さんである。いつも父親の傍にいて笑顔を振り撒いてくれたらそれでよかった。


あみはテニスの質問に照れながら答える。


お父さんはお父さん。あみはあみですの。


あみにテニスというともうひとつ照れ屋さんになる。

「たまにですけど。あみのテニスは近藤のおにいちゃんに褒めてもらえるの。だからお父さんの言う初級よりも上かな。やだぁ〜恥ずかしいなあ」

おさげをヒョイッとたくしあげる。

「よし頑張って中級クラスまで行くぞぉ。ファイトあみちゃん」


コートサイドの父兄にテニス頑張っているねと言われエヘッとはにかんだ。今は大したこともない女の子。ひょっとして将来は世界的なテニスプレーヤーに化けているかもしれない。


「やだあ恥ずかしいなあ。本当のとこは良くわかんないアッハハ」


亡くなった母親は娘のあみにピアノを習わせたかった。生前は女の子だからかわいいうちからピアノをと願っていたそうだ。


星野は亡き女房の希望を聞き幼稚園に入園すると同時にピアノを習わせている。テニスもやりピアノも習いの幼児あみちゃんであった。


ピアノのレッスンはあみが好きでずっと続けている。

「あみちゃんはピアノなら自信ありでございます。ピアノをうまく弾くとお母さんは天国から喜んでくれるって言われています。あみさんはピアノ上手だなあって褒めてくれてますわ」

あみちゃん指をポキポキ鳴らす。

「テニスはお父さんが上手よ。あみちゃんはピアノ。我が星野家は芸術スポーツ一家でございます」

父親の星野としては、あみがピアノを楽しく弾き微笑ましい限りである。


小学生になるとあみはピアノ教室に通う。マンションでは頻繁にピアノの前に座る。

「私のピアノコンクールが近いですからね。頑張ってコンクールで優勝をしたいなあ。だけど皆さん上手なの。優勝はちょっと無理ですね。せめて入賞(6位以内)かな。あみちゃんは入賞を狙います」

熱を入れてピアノ稽古の帰りは祖父母が迎えに来ていた。特に祖父は敬老会の催し(囲碁・将棋)がピアノ教室と同じビルだった。

「あみちゃん上手になったね。おじいちゃん聴いてびっくりしているよ」

祖父に手を引かれ帰宅するあみ。ピアノが上手だと褒められてご満悦である。

「あみちゃんはコンクールで頑張ってもらいますからね。おじいちゃんは囲碁で勝ちましょうね」


あらっ。孫娘に勝ちましょうと激励されてしまう。このたわいもない一言で祖父は年甲斐もなく敬老囲碁大会に選手として参加をしてしまう。


孫娘あみはピアノコンクール。息子星野はJr.テニスで毎日切磋琢磨。子供の試合に一喜一憂である。


祖父も敬老会囲碁大会で将棋大会で勝ち負けを。こちらは血圧の上がらない程度で。星野家の親子3代は勝負の世界にドップリであった。


「あみはピアノ頑張っていくよ。おばあちゃんはあみちゃんの好きな夕飯を作ってね」

毎日ピアノの練習に頑張るあみをおばあちゃんも可愛くてたまらない。夕飯は腕によりをかけてである」

祖母はハタッと思う。孫娘のあみは何が好きかしら。


その日の夕食はカレーライスが並んだ。


エヘッヘッ。あみはうまそうにスプーンを口に運んだ。


近藤少年は小学2年から本格的にテニスクラブに通う。星野と出会い将来のプロテニスプレーヤーがここからスタートをした。


近藤は天才テニス少年である。星野の目に止まった瞬間センセーショナルなものであったに違いない。


星野Jr.テニスコーチの娘のあみとの出合いはあみが幼稚園時代となる。


まだあみがおねしょをしていたかもしれない。もしかしてオシメをよっこらしょっとしていたような頃である。


「ぷぅー。おねしょだなんて失礼ね。オシメですって。なんでございますのぉ〜この可愛いデぃデイ(レディ)をつかまえて。失礼でございますプィプィ。あみさんは怒ってますよ」


幼稚園のあみは近藤のおにいちゃんが憧れ。小学テニスからぐんぐんと成長をしていくのを父親の星野コーチと一緒になって見てきた。

「(近藤の)お兄ちゃんは最初からめちゃくちゃテニスがうまかったの」


あみは幼稚園の絵日記にテニスクラブをよく描いた。お絵描きは父親の姿が主だった。

「お父さんがテニスをしています。あみはお絵描きさんしています」

画用紙に描かれた父親はにっこり笑っていた。


テニスクラブにはたくさんの小中の子供たちが習いに来ていた。その中で幼稚園のあみは近藤が気になってお絵描きをし始めた。


「あみはね(将来の)お兄ちゃんのお嫁さんになるんだから。お兄ちゃんお絵描きしてますのよ。うまく描いたらお兄ちゃんが褒めてくれましたの」


幼稚園児のあみが描いた絵は近藤自身の宝物になっている。


幼稚園児の絵をもらって近藤は喜んでいた。

「あみはいつも上手に僕を描いてくれる。大したもんだね」

近藤に褒めてもらい、ついでに頭を撫で撫でされた。あみは大喜びである。

「このお絵描きはコーチに珍しく褒められたショットなんだ。あみがうまく特徴をとらえて描いた絵だった。貴重だよアッハハ」

星野に褒められた近藤のショット。確かに見事なものだった。それをあみがベンチで観戦。さっさっとお絵描きをした。近藤に星野の娘は褒められた。


小学から中学生にかけての夏休み。近藤は少年テニスプレーヤーとしてJr.テニスの遠征を繰り返す。学年は低いが人並みのツアーテニスプレーヤーの一角であった。


引率をするのは近藤を手掛ける星野コーチ。試合で近藤がミスをするたびにつぶさに練習で補う。鉄は熱いうちに打てを実践していた。


ミスの撲滅は近藤テニスの完成度をどんどん高めていく。星野は妥協はしない。近藤が苦手ショットであると音を挙げても、何度トライをしてもミスしても。


気がついたら近藤の得意なショットになることもあった。

「近藤は勢いがある。いくらでも強い相手と試合をやらせてやりたい。どうだい見てくれよ。あのショットとサービス。モノが違うよ」

近藤が指導し矯正したショットは試合でこれでもかと繰り出されていた。


近藤の日本全国テニス遠征に星野コーチは必ず同行をした。またひとり娘のあみも同行させている。


父ひとり娘ひとりの星野。夏休みに娘のあみを自宅に置いておくのは父親としては淋しい。

「祖父母に無理をしてあみの子守りをさせてもな」

星野としてはテニス遠征に子供のあみぐらいいてもいなくても変わらないと感じる。

「いやっいないと大変だ」幼いあみは星野と近藤についてあっちこっちと遠征を繰り返す。


近藤には近藤の母親も同行をしている。


あみは近藤を"お兄ちゃん"と呼ぶ。本当の兄貴のように近藤を慕うようになる。


ひとりっ子のあみにお兄さんができた。

「えっ!兄のようにですか」


あみははにかむ。


「いやですわねぇ。あみにお兄さんはいませんの。あみはお兄ちゃんの『奥さん』ですけど。奥さんはここにいますよぉ〜」


お子ちゃま小学生あみが真剣な顔で奥さまと言う。


「あみはひとりっ子だけど。(近藤の)お兄ちゃんがいるもん。寂しくないのよ。エヘへ将来の旦那ちゃまっだからね。あんイヤ〜ン。恥ずかしいなあ」


あみには嬉しいお兄さんである。あくまでも近藤は兄さんである。


「ふん」


Jr.テニスプレーヤー近藤は星野ファミリーの一員となった。ハタから眺めたら娘のあみとは実の兄妹に見えるくらい。近藤も成長するに従いあみを意識をしていく。あれこれと近藤を慕うあみに好意を持ち嬉しいところである。


近藤から見たらちびっこのあみはどうなるか。

「テニスクラブで身の回りの世話をしてくれる。僕を手伝ってくれるからなあ。助かります感謝しているよ」


遠征先であみは子供ながらに父親や近藤の世話をする。小学のあみちゃん大活躍である。近藤の母親もいたが手を出しにくくであった。

「あみは試合のタオルやドリンクを用意していますの」

何かと世話がしたいあみ。世話女房あみである。


近藤の身の回りの世話はあみがやる。近藤の母親がいても"嫁"のあみがシャシャリ出る。

「あみがスポーツドリンクを用意してくれたら試合には勝てる気がする」

スポーツドリンクは粉末剤。あみはいつも甘い水加減であった。


近藤のダンロップラケットは試合の前日あみが目を通し点検をする。ストリンガーから仕上がるダンロップ。ガットからグリップテープから綺麗にしておく。

「お兄ちゃんのラケットが傷んでいないか見ています。使い方がまずくて耐用できなくなっているかもチェック。あみが確認します。妻となったらこれくらいのこと当たり前でございます」

ラケットチェックはあみの父親のやることを見よう見真似で体得をする。


ラケットグリップテープはあみの好みでカラフルに取り揃えられていた。

「ラケットは選手の命でございます。あみが厳重なチェックを入れますの。ジィーっと見つめながらあっこれダメじゃんかあとダメじゃんを言います」

一本のラケットをハネた。ラケットヘッドに摩擦キズを発見した。

「あちゃあお兄ちゃん珍しいなあ。下手に向けてスイングしたなあ」

ダンロップの頭に赤いテープをピリッと貼りつけた。


選手は誰もそう。他人がラケットを触るのを嫌がる。テニスプレーヤーの大切なギアがラケットである。


あみだけは特別であった。あみがラケットを管理してくれるから安心だった。

「あみがラケットを揃えてくれるから試合に集中できる」

近藤は本心かわからないがあみに常に言っていた。


近藤がテニスの天才少年と言われるのは全中テニス選手権優勝したあたりからである。全中テニス大会は広島で開催された。近藤に付き添いの星野コーチは約1週間の広島遠征となる。


この遠征に中学生の近藤に母親は付き添う。チョコンっとあみも同行する。


(気が早いが)将来の嫁と姑が広島に付き添いとなった。


広島の宿舎は中学テニスの豆プレーヤーでごったがえす。


小学のあみは選手の数に圧倒される。

「わあっ凄いわ。こんなに日本中から中学生が集まったなんて。テニスのうまい中学生ばかりなのね。お兄ちゃん勝てるかなあ。あみは極めて心配さんになりましたでございます」

小学のあみは驚く。ところが近藤はあみの心配をよそにどこを吹く風であった。

「珍しいねあみが心配してくれる。こんなもん簡単に勝ち進んでやるさ。僕が中学で1番テニスがうまいんだ」

近藤は中2として初出場をした。


星野との前日の練習は絶好調さを見せつけた。

「すごいなあ。お兄ちゃん。バシバシ打ち込んでますよ。ヒェー対戦相手が可哀想に見えちゃう。あまり相手いじめないでね」


大会は緒戦から近藤快調に飛ばす。バッタバッタと歳上の中3を()ぎ倒していく。セットロストもなく全て2-0で勝ち上がる。


「きゃぁーおにいちゃん強い。おめでとう決勝でございます」


観客席のあみが驚く。観客も当然俄然近藤に注目をする。


近藤は冷静に、

「じゃあっあみをもっと驚かせてやるか。あみ驚けよぉ。あみが口開けて信じられないっと思うようにしてやるからさ。約束だ」


近藤はあみとの『何やらの約束』をして決勝に勝ち上がる。


コートに入るとまるで別人となりガンガン打ち込んでいく。鬼気(きき)迫る近藤だった。


圧倒的な強さで全中優勝を飾る。


中学2年での全中優勝は見事の一言に尽きた。


近藤のトーナメント戦そのものは易しいものではなかった。苦難を乗り越え全中を優勝で飾っていた。


「あみどうだいっ驚いたか」


コートサイドでハラハラしながら観戦をしたあみ。近藤の母親ととなり合わせで驚きである。

「嬉しい嬉しい」

母親とあみは手を取り合った。


「おにいちゃん強い。あみがおにいちゃんのお世話したからよ。あみ嬉しいなあっ。ああっ驚いた」

観客からは優勝した近藤への尊敬の拍手は鳴りやまなかった。


それ以後の近藤。全中を制し天才テニス少年の名を不動のものにする。なんと翌年も優勝してしまう。


星野コーチは近藤の連続優勝を目を細めて喜ぶ。

「勝ったか。あの近藤が(中学大会を)連覇をしたか。全く信じられぬ話だ。近藤に教えることはまだまだいくらでもある。近藤は成長過程なんだ。コーチとしては今後中学チャンプとしての強い近藤と成長過程の脆弱(ぜいじゃく)な近藤と両方を見ていかなくてはいけない。コーチとしての責任は重い。たぶんあみの体重よりは軽いだろうが」

大変な金鉱脈(近藤)を探り当てた瞬間であった。


近藤が高校進学するとあみは小学6年生。


あみは小学生の最後の年にピアノコンクールに出場をする。

「コンクールはね小学5年の時に予選落ちしちゃったの」

あみは予選不通過が悔しくて涙がこぼれた。

「だからね今度こそはって」

一年間のピアノ教室を熱心に通う。


春休みにあったコンクール予選はうまく課題曲ショパンを弾きこなした。

「ヒャッホーあみちゃんは予選通りましたぁ。ショパンは苦手だったけど」


予選通過は近藤にも伝わる。

「あみ凄いね。おめでとう」

クラブで近藤に褒めてもらう。あみは嬉しくてたまらない。

「あみ予選がパスしたのなら」


本選のコンクールはいつなんだ。

「うんコンクールはね」

あみからもらったコンクールパンフレットには日程が書いてあった。

「夏休みだね。7月の…」

日程は近藤にも見覚えがあった。

高校総体(インターハイ)と同じ日程だ」

近藤はがっかりする。あみのピアノコンクールに行くつもりだった。

「インターハイだから」

近藤は欠場することができない。


インターハイの日程とあみのコンクールの日程をジッと見つめた。

「インターハイは岐阜開催。あみは名古屋だ。名鉄で運よく行けて…」


近藤は考えた。


あみは連日ピアノ猛練習をする。教室の送り迎えはおばあさんがしてくれた。

「あみちゃんえらいね」

おばあちゃんは教室帰りの孫のあみを褒めた。

「おばあちゃん。今日はねっあみはピアノの先生に褒められちゃった。お上手になりましたねって。コンクールは入賞するかもしれないわって」

あみはにっこり笑う。昨年の予選落ちで泣いた顔が嘘のよう。

「私は孫が笑顔でいてくれたらそれで満足だよ。またコンクールで涙なんか見せてくれたら。孫の悔しい涙は辛い」

あみの嬉しい顔に、

「そうですの。あみちゃん努力したもんね。上手さんになります」


あみは名古屋のコンクールだから。車ですぐに行ける父親に聴きに来てもらいたかった。


小学生最後のピアノコンクール。


「でもお父さんは」


日曜日はテニスの大会が必ずある。父親がコンクールには来れないことは娘として寂しく感じる。

「おじいちゃんやおばあちゃんが来てくれるモン。お父さんはいなくても」

後は祖父母から名古屋の親類に声を掛けてくれた。


「無理だねっお父さんは」


小学生の父親参観日にも来てくれない父親。祖父母が代わりに来てくれた。


「あみはコンクールに頑張って入賞の賞状をお父さんに見せてあげたい」


夏休みが始まりコンクールの日は近くなる。あみは寝ても覚めてもピアノである。


一方父親の星野。インターハイが近いため毎日高校の生徒を指導する。近藤だけを特別でなく高校全体を見ていた。


星野の頭にはあみのピアノなんてこれっぽっちもなかった。


娘がピアノを習いもわかっていなかった。


「このインターハイに優勝しなくてはいけない。エース近藤が参加して優勝できないなんて屈辱だ。コーチ失格の烙印」


娘あみはピアノに。父親はテニスに。同じ屋根の下連日親子は打ち込む。


コンクールが近いためあみはおばあちゃんとデパートに行く。

「コンクールの衣装を買いましょ。かわいいあみちゃんの衣装をね」

あみはピアノの先生と共にキラビヤかな舞台衣装を探す。


おさげ髪にはロングドレスが似合うようだ。

「おばあちゃん。このドレスがいいなあ」

あみがドレスを選びおばあちゃんが小物を選び出す。髪飾りや靴である。

「死んだ嫁があみを見たら」

盛装したあみを見て呟く。

「お母さんが見てたら。うんっあみのピアノをお母さんも聴きに来てもらいたかったな。天国から聴いていますように」

おばあさんはハンカチを出しそっと目にあてた。


同じ頃父親はインターハイの練習に夢中である。高校のメンバーは近藤以外不出来である。鬼コーチとしては不満ばかりである。

「試合に勝つテニスをさせたいがなぜにできないんだ。時間がない。焦りだけが空回りをしていく」


あみのコンクール、インターハイ。同じ日程で開催される。


あみは名古屋会場に祖父母と行く。父親と近藤は岐阜のコートに立つ。


朝父親とあみは顔を合わせていた。ピアノの話は全くなかった。


あみはとても辛かった。

「お父さんはテニスが仕事ダモン。だから仕方ないの」


インターハイは初戦から危ない展開ばかりだった。近藤以外は勝つのか負けるのか予測がつかない試合ばかりである。

「まったく決勝まで行きたいのか」

キリキリ胃が痛い。


コートサイドには高校の応援がわんさか。まさかこの応援の前で決勝にいけないで負けたりしたら。

「俺のコーチ生命に危険信号だぞ」


連日ヒヤヒヤの試合ばかり。それでもエース近藤の活躍で勝ちまくる。3-2が大半だった。

「3-0の楽勝がないのはなあ」

星野の不満である。

「よーし最終日(決勝)だ。なんとかかんとか来れた」

星野は胸をなで降ろす。


近藤は決勝の日程を目で追い掛ける。

「決勝は1ダブルスに2シングル。早く決めてやれば名古屋に3時前に行ける」


(あみのピアノはだいたい3時だった)


近藤はシングルもダブルスもストレート勝ちしたら3時には終わると踏む。


あみのコンクール。小学生と中学生が順番に課題曲と自由曲を日程を決めて名古屋会場で演奏していく。

「課題曲は苦手だから」

ショパンやベートゥベンは曲展開が早いためあみは苦手である。

「課題で減点されても自由曲で挽回したいなあ」

あみは課題曲を会場にいる祖父母のために演奏した。


「お父さんが居たら」


同じ小学生たちは父兄が付き添い盛んに頑張ってと声援をしていた。


「あみは…」


テニスの父親が浮かぶ。今は近藤とインターハイを戦うんだろうなあっとあみは想像する。

「お父さんはテニスが仕事なのね。だからあみは我慢しなくちゃ」


あみは課題曲のために銀盤を眺めた。


苦手な課題曲を弾き始めた。苦手意識は正直なもの。ミストーンがちらほら出た。

「アチャア嫌だなあ」

あみは焦り始めた。

「失敗しても最後まで弾きましょうってピアノの先生が言ったわ」


あみは泣きたくなる。


課題曲の終曲。観衆からの拍手はまばらだった。


あみはピアノの前にお辞儀をしたら小走りに袖に消えた。

「あーんやだあ」

涙がこぼれた。


最終日の3時。あみは自由曲が待っていた。


インターハイの決勝。近藤はコートにいる。

「3時までに勝負を決めたい」


近藤はダブルスもシングルも一発で決めてやろうと強引に打ち込む。


サービスは精度が増していた。スピードがあるから取れやしない。

「なんだ近藤。サービスエースばかりだぞ」

勝負は早い展開になる。対戦相手はなんだろうっかと近藤を見つめた。


インターハイの決勝は近藤の高校が優勝を決めた。時間は2時半前であった。

「やっと勝てた。さあ名古屋に行く」


近藤は星野コーチに、

「コーチ優勝しましたよ。さあ今から僕と」

さっと星野の手を取る。


インターハイ優勝の表彰には近藤も星野もいなかった。


あみのピアノコンクール。課題曲でミスをしたあみ。日が改まるが元気がない。

「もう入賞しないから自由曲やめて帰りたいなあ」


あみの順番が巡ってくる。3時を少し回る。


あみがピアノに登場。観衆の拍手に包まれた。


父兄がいたら子供の名前を呼んだりもする。

「あみはおじいちゃんおばあちゃんダモン。あみちゃんだなんて呼ばれることないわ」

がっかりしながらピアノの前に座り込む。


銀盤が見える。あみとしては自信ない今。深呼吸をして今か今かと演奏を待つ。


会場の後方ドアが開く。暗い会場に光が差す。


テニスの格好をした男が現れていた。


すると観衆が後ろの方からざわめいた。

「なんだろう。テニスなんかやるやつがコンクールに来たぜ。ここにはテニスコートはないぜ」


観衆のざわめいた中。テニスも趣味の父兄が気がつく。


「近藤じゃあないか。高校の近藤だぞ」


後方ドアからステージを近藤と星野は眺めた。

「コーチ見て。間に合ったよ。ほらあみちゃんが今から演奏する」

ステージのあみを指差す。


あみはざわめいた会場にキョロキョロした。


「あーみ頑張れ」


静寂なピアノ会場で近藤は大きな声を出した。


あっお兄ちゃんだ。


あみは目が輝く。

「えっお兄ちゃんが来てくれたの。どうして。テニスの試合はどうしたの」


会場はざわめいたままである。会場アナウンスが入る。


「静寂に願います」


近藤と星野はズンズン前に進みあみの視界に入る席まで行く。祖父母が星野に手を振る。


あみは嬉しくなる。もうたまらない。

「お兄ちゃんが来てくれた。アッお父さんも。お父さんがいるわ」


あみは再び深呼吸を繰り返した。

「あみの自由曲は自信があるの。だから皆さん聴いてね。上手に弾きますから」


あみは自信を持って鍵盤に指を沈めていった。


自信のある曲。あみとしては近藤に聴かせたい。父親にこんなにうまくなりましたって教えたい。

「あみは精一杯やれました」

演奏が終わると満足する顔を見せていた。


会場の観衆の中近藤は力いっぱい拍手をしていた。

「あみよかった。よかった」

あみは近藤の声がする方から頭を下げた。

「嬉しいわ。うん嬉しくなります」


観衆の評価は高くなった。拍手は一段と強めになる。

「あのお嬢さんは課題曲で失敗したんだね。だけどどうかな。ひょっとすると入賞かもしれないね」

この声は近藤にも入る。

「本当ですか。あみは入賞ですか」

近藤真っ黒に日焼けした顔を見せた。

「うーん審査員は高い点をつけるだろう」


コンクールの発表。


あみは3位に入賞した。


小学生のあみ。小さな体で喜びを表した。


「やったあー」


近藤は会場で万歳を連呼した。


あみっ万歳


あみっえらい。万歳


2000年夏休み。東山テニスパークではNTT世界スーパーJr.テニス選手権大会が開催された。


世界のJr.各国から18歳以下の子供が名古屋に集まり熱い戦いを繰り広げる。


日本代表には近藤大生(ひろき)(高3)。世界Jr.ランキング32位が出場した。


愛知県出身の近藤は地元名古屋東山だからと張り切る。日の丸を掲げ優勝を頼むと観客は期待をする。


当時の中日新聞に、

「近藤くん優勝の可能性」

と活字が踊る。近藤自身もその期待度は自覚していく。


「優勝もそうだがJr.ランキングをアップさせたい。日の丸掲揚の優勝に花を添えたい」


高校3年の近藤。

「もうこの大会でJr.は卒業だ。とにかく世界ランキングをグンとあげてやりたい。ジュニアではなくだ」

秘かに優勝を狙いさらには世界を見つめながらである。


日本国内のJr.大会はほとんどを優勝した男。


近藤は東山Jr.大会までに全仏Jr.全英Jr.にも出場を果たしていく。


17歳にして世界Jr.の修羅場をくぐり抜け、

「世界と闘う天才テニス少年近藤ここにあり」


お気に入りのダンロップラケット・リムブリードを右手に近藤は『鬼に金棒』戦いまくった。世界Jr.なら近藤に任せなさい。

「高校2年から世界Jr.に参戦。世界のレベルを肌身で感じていく。自分の実力を試してみたい」

常に積極的に攻める近藤のテニスは進化し続けた。


東山テニスパークJr.にはブルガリアからエネブが参加をしていた。エネブは東欧諸国ブルガリアの天才テニス少年である。


立場は近藤と全く同じだったようだ。


1982年2月9日ブルガリアはプロブティブ生まれのエネブ(Toder Enev)。


近藤と同じ年齢のエネブは東山に参戦前でJr.ランキングは世界2位まであげてきた。


ブルガリア男子としてはかなりの期待を担う将来性のあるテニスプレーヤー。


※1位はロディック(米)


東山Jr.テニスはこうして日の丸の近藤も赤い薔薇の王子エネブも参戦して盛り上がる。


ふたりはシングルの試合を快調に飛ばし全く危なげない。近藤もエネブもベスト8まで簡単に勝ち進む。

「東山だから日本開催だ。僕は負けてはいけない。日本代表の僕がコロコロと負けてはいけない。勝つだけが宿命なのだ」


責任感・義務感・期待感。Jr.の近藤17歳にズシリと来る。


「観客席からの近藤、近藤の声援は励みになる。僕のテニスをそれはそれは後押しをしている」


近藤は観衆からの声援を意気に感じた。気持ちのいいくらいサーブを打ち、得意のバックハンドを華麗にコートに沈めていく。


東山の観客席にはいつもあみが座っていた。近藤のプレーヤーズベンチの後ろから黄色い声援を送ったのがおさげ髪の少女だった。

「おにいちゃん強いよ。外国人とやっても負けていないよ。かっこいいよ」

あみは近藤の身の回りの世話を必ずする。

「あみがお兄ちゃんのテニス道具を揃えるんだもん。なんたって奥さんはいちょがちぃ(忙しい)ですわ」

近藤が試合に勝って本部に引き上げる際にあみがチョコチョコと後ろをついていく。近藤のツアーバックやラケットはあみが喜んで持つ。

「おにいちゃんのためですから」

ダブルスも近藤はエントリーして出場する。


近藤(日本)/エネブ(ブルガリア)組。


Jr.ランキング2位エネブから日本の近藤(32位)を指名をしてもらいペアが組まれた。

「憧れのエネブからオファーをもらい正直嬉しい。だがJr.のランキングにかなりの差があるから大変だけどね」


ダブルスは近藤/エネブ組。快調な滑り出しを見せる。あぶなげなく勝ち進む。ダブルスは1回戦や2回戦まで横綱相撲であった。エネブの主導権が100%発揮され近藤はうまくその司令に従った形になる。


その結果は、

「やりたいプレーをエネブがパートナーとしてやらせてくれた。ボレーもスマッシュも。優勝できて最高に嬉しい」

近藤はダブルス優勝のインタビューで汗を拭きながら嬉しそうに答えている。ダブルス優勝で近藤のJr.ランキングはアップし8位となる。エネブは1位。


シングルの試合。近藤のベスト8。名古屋東山の観客の拍手に迎えられコートに入る。観客席にはいつものようにあみがいる。あみは近藤のプレーヤーズベンチの後ろにデンと構えている。熊の縫いぐるみかドラエモンあみか。ちょっと区別がつきにくい。

「あらっ、失礼なあ。誰が熊さんやドラエモンだいやあプイップイッ。おにいちゃんにもしものことがあってはいけないの。だからあみはいつも心配して側から見てますの」

近藤の守護神があみである。守り神が熊かっ、おさげ髪のあみか。


「出来たらあみちゃんは勝利のキャワイイ『女神ちゃま』と呼ばれてみたいなあ」


近藤ベスト8の対戦は小柄なドイツ選手だった。

「あのドイツは日本人みたいな雰囲気だね。近藤もやりやすいんじゃあないか」

観衆は楽観していた。


試合は近藤の攻撃的なサービスから始まった。


ダンロップラケットから繰り出される近藤のサーブは的確に相手の嫌がるコースを烈しく突く。近藤快進撃の証し。

「サービスは調子悪くなかった。スピードもあり思い切りコースを狙っていけた」

トーナメントの試合では近藤のサービスは鋭くドイツ人コートに突き刺さる。


しかしこのドイツ人選手からは精確なリターンが必ず返る。


カァーン!


ズボッ


「このドイツ人は今までの対戦相手とは格が違うな。冷静にプレーしている」

近藤に思わせた。近藤は冷や汗をかく。強烈なサービスをリターンされた記憶がなかった近藤。

「さらには足が早く思い切りがいい。サービスエースが狙って狙える相手ではない」

近藤はそう思うまで徹底してエースを狙っていく。これが敗因のひとつになり自ら苦しい立場に追いやる。これが焦りのひとつになった。


名古屋の観衆はハラハラしながら近藤の試合を見る。


近藤は第1セット2-6で落とす。大会初のロストだった。


観客席のあみはハラハラである。

「おにいちゃん負けちゃうのかな。頑張って頑張って」

うかない顔はすぐにわかった。チンチクリン顔のあみ。


近藤の隣コートではエネブのベスト8の試合が平行して行われた。エネブは淡々と試合を進めた。

「僕にはベスト8はまだまだ通過点。思い切り打ち、走り回って拾いまくるだけ。こんなベスト8ぐらいで負けていてはいけない」

Jr.ランキング2位のエネブはフットワークも軽快に打ち返す。対戦相手はエネブのどこに打ち返しても精確なリターンを食らい焦る。第1セットからエネブのペースに乗る。6-2でエネブ先取。


エネブにロストセットはなかった。

「全力でプレーすることが僕のテニスであり持ち味なんだ」

試合後エネブはにこやかに語る。


近藤は第1セットを落とすと自分を見失う。もがきながら相手のペースでテニスをしてしまう。ベスト8に勝ち上がり初めてのロストセットは数字以上に近藤に痛手を与えた。


「第1セットはリターンを強烈に食らいわけわかんなくなった」


プレーヤーズベンチに座りドリンクを補給する近藤。がっくりうなだれた近藤の後ろにはあみがいた。近藤はあみに気がつく。うなだれた顔がわかった。

「あみが見ているもんなあ。お兄さんはあみの前でコロンと負けてはいけない。勝った勝ったとあみを喜ばしてやらないと」

遠くを見つめ第1セットの反省をする。サービスがどうだ、得意のバックハンドはどうだと。あみが用事してくれたドリンクを飲み、あみが選んだラケットのグリップテープを使う。

「今日はピンクグリップか」

近藤には何色でも関係はなかった。しかしあみが選んだとなると、

「ピンクのようなテニスしてやるぜ」

あみが喜ぶ姿が頭に浮かぶ。


「こいつ早い球に馴れていやがる。またストロークが精確でやたら強い。残るはネットプレーはどうかだな。走らせてネットに出してやるか」

近藤は少し余裕が出た。ロストセットの痛手も少し解消されていく。ピンクの色が頭に残っていた。


第2セットは近藤のリターンから始まった。近藤のテニスの組み立てはネットプレーに変えた。


これがよかった。相手のドイツ選手はボレーが苦手だとわかりネットには全く出ずネットはキライなタイプだった。


しめた!


弱点がわかり近藤は自分のテニスを取り戻す。第2セットは挽回し6-3。


観客席のあみは嬉しい嬉しいと飛びあがった。

「1-1に戻ったわ。いけーいけーおにいちゃん」

あみは大声で叫んだ。


ベンチで近藤は汗を拭きながらまずはひと安心。あみの声には背中で答えた。たぶんに振り向くことは恥ずかしかった。

「もう1セット頑張ってやるだけだ」

汗をスポーツタオルでグイっとぬぐいコートに入る。観衆からは拍手が巻きあがる。

「近藤くん頑張って。いけるいける」

声援が途切れるのを待ち近藤は強烈なサービスを叩きつけた。


相手はギクっとしてリターンミスをした。


観客から拍手が巻き上がる。


隣コートのブルガリアのエネブ。全く危なげない試合運びのまま2-0のセット。ベスト4を決めた。


勝った瞬間は汗がしたたり落ちる。

「明日はベスト4になるか。相手は隣の試合の勝者になる。えっと相手は日本かドイツか。あちゃあブルガリアには因縁なる国やぞ」


第二次大戦でブルガリアはナチス=ドイツと交戦。しかしたちどころに負けてしまいドイツとは連合国(=従属関係)となっている。拡大解釈すると日本もブルガリアの味方になる。日独伊とブル同盟と言い換えたい。


ベスト8の勝者エネブはベンチの身の回り品を片付け始める。大会本部に引き上げようとした。


近藤のコートをちらっと見る。

「近藤はダブルスのパートナーだ。勝てば明日僕とベスト4かな。ちょいとやりにくいことになる」

エネブは試合中の近藤のスコアボードが気になった。


近藤のスコア。第3セットは6-4がたった今入る。

「よし勝ったぞ。ベスト4入りだ」

勝利の近藤は軽く拳を握った。右手にあるダンロップは小刻みに震えた。


観客席のあみは思わず涙が溢れた。近藤の逆転はあみとしても感激してしまった。


この試合の勝ちにより近藤のJr.ランキングはアップし10位に手が届くところまでやってきた。


エネブは近藤におめでとうとまずは思う。

「明日は近藤とベスト4かアッハハ。頑張るだけだ」

エネブは足早に大会本部に向かい勝利のサインを記載する。少し遅れて近藤が続く。大会本部席では俄に拍手が起こった。

「近藤くん頑張ったね。逆転は見事だった」


最終試合は近藤/エネブのダブルスが行われた。

「ダブルスは完璧なものだ。全く負ける気がしない」

近藤もエネブも同じ考えであった。


試合はあっさりと2-0で勝利する。近藤ペアはワンセットも落とすことなくダブルス決勝に進む。


試合後近藤は、

「エネブ。ナイスプレー」

英語は苦手な近藤。片言でエネブと意思の疎通をはかる。


対してエネブは、

「ありがとうHiroki」

言われて近藤はにっこりと笑う。同じ1982年生まれの同級生同士。なんとなく親しみがわく。


「Hiroki。明日の試合は僕とベスト4だ。負けはしない。お互いベストを尽そうぜ」

エネブは頑張ろうと近藤にエールを送った。近藤はエネブの英語がちょいとわからず、アッハハと笑うだけ。


ダブルスの試合後観客席にはあみがいた。日が蔭って観客席もまばらな東山テニスパーク。


あみが最後に、

「おにいちゃん、かっこいい」

大きな声を張り上げた。近藤は軽く手をあげた。パートナーのエネブはなんだろうっかと首を傾けた。


翌日予定の試合はシングルがベスト4。ダブルスは決勝戦となる。


東山テニスガーデンには日本唯一の選手近藤を見たいとたくさんの観客が集まった。

「ベスト4にお兄ちゃんだもんね。張り切って勝ちあがりますわ。フレーフレーお兄ちゃん」


センターコートのスコアボード。


近藤とエネブの名前カードが新しく飾られた。


ブルガリアのエネブが場内にアナウンス。どんなJr.の選手なのか紹介をされた。

「ブルガリアの選手なのか。あの国でテニスって珍しいぜ。あっそうそう。女子ならマレーバ3姉妹がいたな。三女が杉山愛と同じ年齢だ」

ブルガリア男子は確かに大変に珍しい。日本では明治ブルガリアヨーグルトぐらいの知名度の国である。


「今からの試合がベスト4準決勝だ。このまま行ければ近藤は優勝するんじゃあないか」

なにも知らない観客は相手コートにいる小柄なエネブを見てそう思ったに違いない。


ブルガリア知らない。エネブも知らない観客席は近藤の勝利を楽しみとした。


近藤はあみが用事したドリンクを持ちコートに入る。テニスツアーバックは綺麗に並んだダンロップラケットがあった。プレーヤーズベンチに近藤はバックを置き試合の準備に入る。


グリップテープホルダーポケットを近藤は開ける。なにやら紙切れがあった。

「うん。なにかな。紙が入っているや。あみがゴミを入れたな。棄てないと」


あみが入れた手紙。近藤はゴミを広げた。

「おにいちゃん負けてはいけない。いけーいけー近藤。フレーフレーひろき。あみの大好きなお兄ちゃんへ」

最後にはハートマークがついていた。ポーチボックスには小さなお守り袋があった。

「このお守りはあみがくれたのか」

近藤は手紙を読み終えお守りを握りしめた。観客席のあみを探す。いつも近藤のプレーヤーサイドにデンと置物の熊のように座っているはずだが。


あみを見つけることはできなかった。


あみ恥ずかしかったから顔を出さなかった。


「あみ。僕はこの試合に負けてはいけない。負けはしない、負けてはいけない。日本代表の近藤は優勝するためにコートにいる。勝つさ勝ってやるよ」

グッと手紙を握る。小さなお守りは左のポケットにそっとしまった。

「僕はあみと一緒に戦う」


センターコートの端の遥か向こう。近藤の姿は豆ぐらいにしか見えないところ。あみはこそこそと隠れていた。

「いやだあなあ。だってあみは変なことしちゃったもん。お兄ちゃんに顔見せられないや」

近藤がコートで手紙を読んだあたりまではなんとか確認できた。

「お兄ちゃん頑張って勝ってね」

あみが念じた。


センターコートの試合はエネブのサービスから始まった。


身長170のエネブ。サーブそのものは早くない。しかし抜群のコントロールを誇る。近藤はダブルスの試合でエネブのサーブをいつも見てはいたが、

「本気のサーブは初めてレシーブする」

実際に受けてみたらかなり苦労した。やっと返すリターン。苦労を近藤はした。

「世界Jr.2位は違っているや」

試合はスタート時点は五分五分だった。サービスキープが続く。たんたんとセットは進む。


しかし近藤はどうしたことか途中からエラーを積み重ねてしまう。4-6。スコアは接戦だと言えるが近藤の自滅の感が強い。

「エネブは隙がないんだ。オールラウンドだからどこに打ち込んでも返ってくる。僕のウィニングショットが決めにならない」

近藤は焦る。第2セットは簡単に1-6とロストしてしまう。


負けはあっけなく訪れてしまった。


勝者はエネブ。2-0で勝つ。あっさりと決勝進出を決めた。


近藤はなす(すべ)もなく敗れてしまう。名古屋の観客は、

「ああっ、どうしたことか。知らない間に近藤負けたぞ」

会場全体が溜め息をつく。

「おい見ろよ、あんな小さいやつが決勝かい。近藤が勝てない相手だったのか。近藤は調子悪いのか」

負けてしまいトボトボ本部に引き上げる近藤の耳にヤジが入ってくる。


女性からは、

「近藤くんは頑張ったのよ。非難してはいけないわ。お昼からの決勝(ダブルス)はしっかりね」

近藤は何を言われてもうつ向いたままだった。


観客席の端のあみは近藤から遠く離れて一緒に本部に向かう。あみはあみで次の試合(ダブルス)の準備をしてやりたいと近藤から離れてついていく。

「お兄ちゃん負けたんだ。負けたのかあ」

あみは近藤と同じで放心状態だった。


大会本部の控え室に戻ってくる。近藤は壁にもたれダンロップのキャップを深く被る。バックは近くに投げられてクシャとなった。

「あらっいけないわ。大切なテニスバックを粗末にして」

近藤の心の現れでもあった。


目を覆いかぶせじっとして動かない。他の選手や役員は近藤がいることはわかっている。近藤が負けたこともわかっている。


誰ひとり声をかけ元気づけることもない。


近藤は泣いているのか。

自分に負け自滅した反省は悔いの残るものだった。

「負けた自分に腹が立つ。攻めていくテニスができなかった」

近藤は目の前が真っ白に変わった。貧血なのか頭がボォーとしていた。


本部にあみは来ていた。近藤の見えないところで、

「おにいちゃんさっきから壁にもたれたままだ。大丈夫かな。あみは心配さんでございます」

旦那の近藤の様子を盛んに窺う。


ダブルス開始時間が近くなる。遠くから眺めたあみは、

「ドリンクボトルだけ新しいのに換えておきたいな。おにいちゃんに気づかれないように換えてくるかな」

こっそりと泥棒猫のようにあみは、近く、近く寄っていく。


内緒、内緒、こっそり、こっそり。


ボトルをつかんだ。さあ行きましょうとしたら、

「あみ。ありがとう」


キャー!気づかれたあ。


ダブルスの決勝の時間がやってきた。試合前に近藤はコールをしなくてはならない。


パートナーのエネブが探しに来るまで近藤は控えで動かない。いや動けないまま壁にもたれたままだった。


あみはダブルスもセンターコートの端にいた。近藤の見えないところでずっと応援をすることにする。

「だって恥ずかしかったもんエヘへ」

近藤がシングルの試合に負けた瞬間は涙があふれて止まらなかった。今は気を取り戻してにこにこしている。


ダブルスの決勝が始まった。エネブは盛んに近藤に声をかけていく。

「Como-on!Hiroki」

エネブの主導でダブルスの試合は進む。近藤はパートナーの指図のままプレーをするだけだった。


シングルの悔しさは忘れていなければならない。


「Go!Hiroki」


近藤はエネブに言われてその通りに動く。

「Back!Hiroki」

あらためてエネブをエネブのプレーを見た。

「なにが違うのかな。動きそのものは僕と変わらない。違うのはボールに対する気持ちだろうか」

エネブは野獣のようにボールに喰らい付く。


ちらっとエネブをみた。


近藤にボールが飛んできた。


「アッ!」


遅いな、ミスったよ近藤くん。よそ見をしてしまった。

「エネブの親分に申し訳ないや」

軽く頭をさげた。


※ブルガリアの風習。ちょっと頭を下げる、横に振るが他の国と違っている。


近藤の申し訳ないのサインはブルガリア人エネブには、

「Yes。どんなもんだい」

だった。謝ったことにはならなかった。


エネブは勘違いをして、

「Como-on!Hiroki。ミスっても平気なんか。強気な日本人になってきたじゃあないか」

より一層攻撃的なパートナー近藤として信頼をした。


ダブルスは難なく勝って近藤/エネブ組は嬉しい優勝を遂げる。


あみは、ヒャッホーと万歳をした。


エネブは翌日シングル決勝も勝ち2冠。名古屋はいい思い出の地となって帰国をする。


「ブルガリアのエネブはJr.2位のランキング。確かに実力はある」


近藤はエネブと実力の差を嫌と言うほど見せつけられた世界Jr.東山テニスだった。


ブルガリアのエネブは近藤と同世代だがテニスのキャリアがまったく違う。近藤が日本で全中テニスを闘う13〜15歳で欧州テニスJr.に参戦。バリバリにテニスプレーヤーとして勝つか負けるかの世界だった。ブルガリア国内で実力をつけると同時に国際試合もこなすキャリアだった。


このあたりが同年の近藤とはテニス歴が違うしテニスに取り組む姿勢が異なる。

「キャリアは大きくモノを言う。僕も高校なんか在学しないでどんどん世界を転戦したかった」

近藤のいつわざる心境だった。

「来春に高校を卒業したら世界に飛び出してやる。ATPランキングをガンガン上げていくんだ。Jr.のランキングとはわけが違う」


近藤はまもなく冬が訪れる日本で固く誓う。


エネブは東山Jr.優勝してからもアジアを転戦していく。春が来る直前に欧州テニスに戻っていく。


「東山Jr.?なんだっけ。たくさん試合があるからわからないな。日本っあっジャパンね」

エネブに日本の印象、名古屋の印象を聞いたらそう答えた。観光をして日本ではないから印象は薄めだ。

「ああっジャパンの近藤の国かっ。あのダンロップを華麗に操るアイツのいた国だ。ダブルスで優勝したなあ。近藤も世界テニスに参戦してくるんだろ。あれだけやってアマチュアでおしまいだなんて言ってくれたら。ダブルスのパートナーの僕はがっかりしてしまう」


エネブはブルガリアの山を眺めながら遠く世界を見つめた。


「ブルガリアではテニスはマイナーなんだ。マレーバ三姉妹が長い間頑張って引っ張ってはくれたんだが。今度は僕らが引っ張って行かないといけない。まずは欧州テニスから制覇していこう。頑張ってブルガリアテニスを高めていくぜ」


エネブのテニスラケットには赤い薔薇の花が散りばめられていた。ブルガリアの薔薇の花である。


※薔薇はカザンラック(薔薇の谷)の象徴。


日本に目を向ける。


古事記に歴代天皇に関しての神話がある。


第12代景行天皇の王子(皇太子)日本武尊(ヤマトタケル)の伝説が伝えられている。

「東征伐のために」

ヤマトタケルは伊勢神宮に奉納されていた(つるぎ)を手にして征伐に出かける。

「勇猛なるヤマトタケルには劍が必要である」


今はテニスコートの近藤。右手にはダンロップラケットがしっかり握りしめられている。


ヤマトタケルの劍か近藤のダンロップか。


「世界を制覇するにはテニスギアが必要なんだ」


東欧諸国のバルカン半島にブルガリアはある。明治ブルガリアヨーグルトでお馴染みの国。


少しブルガリアの歴史を見てみたい。


紀元前19〜8世紀

インドヨーロッパ語族のトラキア族がブルガリアに出現する。トラキアはバルカンからアナトリア(トルコ)あたりまで文明を開花させた。マケドニアに征服。


紀元前168年

ローマ帝国のバルカン進出によりマケドニア王国は滅亡。ローマ帝国となる。


5〜6世紀頃

バルカン半島へのスラブ民族移住始まる。原ブルガリア人のブルガール人も現れる。


681年〜1018年

ブルガール人建国

第1次ブルガリア帝国の誕生。


「ブルガリア人殺し」

と呼ばれたビザンツ皇帝バシレイオス2世の猛攻撃を受け第1次ブルガリア帝国は滅亡。


1187年〜1396年

タルノボォのブルガリア人領主アッセン・ペタル兄弟がビザンツ帝国を破り第2次ブルガリア帝国誕生。それもオスマン朝に征服され第2次ブルガリア帝国滅亡。


1878年

露土戦争のロシア勝利でブルガリアはオスマン朝から解放される。


1912年

オスマン朝とバルカン同盟国の間に第1次バルカン戦争勃発。ブルガリア側勝利を収めるがマケドニアを巡り第2次バルカン戦争勃発。ブルガリアは敗北してしまい南ドブロジャ地方をルーマニアに割譲する。


1915年

第1次世界大戦。ブルガリアは中央同盟ドイツ・オーストリア・ハンガリー。ブルガリア敗北し西トラキア割譲。


1935年

国王ボリス3世が独裁制強権政治となる。


1940年

ドイツの協力からルーマニアからドブロジャを奪還する。このことがきっかけになりファシズムが台頭する。


1941年

第2次世界大戦。ブルガリアはアメリカ・イギリスに宣戦布告。日独伊3国同盟につく。ブルガリア・ルーマニアは世界史では日本の味方となっている。


1954年

トドル・ジフコフが共産党の第1書記に就任する。1971年には国家評議議長(現大統領職)に就任をする。〜1989年。


2001年

「シメオン2世国民運動」

シメオン2世(元国王)が首相に就任する。


2007年

ブルガリア・ルーマニアEU諸国加盟する。


ブルガリアとはかような国であった。


バルカンのブルガリアにはスラブ神話がある。


5〜6世紀にバルカンに現れたスラブ族が神話を持って住みついたことに由来する。


スラブ神話の中に(ドラゴン)が登場をする。


スラブ/ブルガリア神話の竜は大変に珍しく雌と雄竜の2頭が登場をする。さらに多頭竜。3頭・6頭・9頭とバリエーションがある。人間がその首をハネてもすぐに生えるなんと便利な首だった。


雌竜は火を吐き街を焼け野原にする。若い娘を襲う、畑を荒らす。人間からは大変恐れられた悪竜であった。


また雄竜は雄竜でこちらはなんと正義の味方。人間のために戦う良い竜で大怪獣ガメラ。


世界にはあまたの神話や巨大生物伝説がごまんとある。


「雌雄のツガイの竜」

は珍しい。


1982年2月9日

ブルガリアのトラキア地方はプロブディティブ(ブルガリア第2の都市)にエネブ(Toda Enev)は生まれる。


プロブディフは紀元前にトラキア人の州都として有名で古都。マケドニア王国時代にはアレキサンダーが大変気に入って都市づくりに精を出した。

現在はブルガリア第2の都市となっている。


プロブディフの郊外にはカザンラクがあり山あいの丘という丘には一面薔薇の花が咲き乱れていく。カザンラクは薔薇の渓谷と呼ばれる薔薇の産地であった。


5月〜6月には薔薇祭りが開催をされて世界に中継をされている。


トーダ・エネブの父親はプロブティブの国立農業大学教授であり薔薇を含む花卉(かき)植物や果物の品種改良を専門に研究する学者であり博士であった。


その薔薇の花卉の品種は教授が研究し改良を加えたものばかり。多年性植物の薔薇を研究するのは容易なことでなく忍耐のいるものであった。そのあたりはブルガリア人の忍耐の強さがどことなく現れていたようである。

「薔薇の花卉は私の子供と同じさ。かわいいかわいいと言ったところかな」


なおブルガリアの特産品のカザンラクの薔薇花卉類は観賞用薔薇ではない。大輪の赤い薔薇や白い薔薇は植えられてはいない。

「おおっ、そうそう。私が研究する薔薇は薫りのエキスを抽出するもの。だから皆さんが想像する大輪の薔薇の花ではない。薔薇の花には(とげ)がある。あれは欧州諸国あたりの貴族がヒマに手をこまねいて作る花ですから」

ブルガリアローズは花卉(かき)全体から薫りのエキスを絞りそれを原材料としてパリやドイツに輸出。匂いつけを工場で行い優雅な薫り漂うローズパフュームとなる。

「うむ。そんなところかな。後はローズ茶の香りにも使っています。こちらは私が開発したんだがね。お味の方はいかがかな」

香りの薔薇は世界でもブルガリアだけである。


エネブ教授はスポーツも得意で水泳やサッカーの選手だった。サッカーは熱中しプロブディフ大学のゴールキーパーをやったくらいだった。

「サッカーはかなり本格的に取り組んだ。あのまま学生時代に続けていたらプロサッカーからお誘いがあったな、アッハハ。ドラフトがあれば今頃はブルガリアのキーパーになったなあアッハハ」

笑っていたがかなり残念そうな顔を教授はする。


しかし調べてみたら大学のサッカー選手に名前は残っていたが、

「えっ調べてしまったかい。悪い悪い。ごめんなさい。控えのキーパーだったんだ私は。いやあ正キーパーはプロに行くヤツだったからなあ。あいつには勝てないさなあ。日本の川口みたいさ。大学では2試合に出場したよ。かなり点入れられてなあ、悔しいかったぞ」

教授ちょいと照れ屋さん。だからこそ息子トーダにはサッカーをやってもらいキーパーをとなる。

「うーんキーパーはあえて希望しない。どこでもよいよ、サッカー選手なら。控えでベンチ以外ならさ」

教授は研究室で明るく笑う。教授の研究室の机の前にはエネブ一家の写真がある。

「トーダはエースストライカータイプだな」

父親の顔で息子トーダを見ていく。教授には子供さんが2女1男いる。


「娘たちは活発なものでね。テニスをやりたいというから近くのクラブでやっているよ」

娘たちはブルガリアの人気者マレーバ3姉妹に憧れてテニスをやっていた。かなりその影響力はあったようで、

「ブルガリアのマレーバ3姉妹がウィンブルドンで大活躍をした頃なんてブルガリアの小学や中学生なんかみんなテニスラケットを握りしめていた。わが娘たちもその仲間であったがね」


マレーバ3姉妹。ブルガリア女子テニス界の大スターだった。3女が日本の杉山愛と同級となる。同級だからか対戦もかなり3女とはある。嬉しいかな杉山がわずかながら勝ち越しています。


マレーバ姉妹の母親はブルガリアのテニス選手だった。ランキングは10位以内に入る実力の持ち主だった。母親の現役時代は美人テニスプレーヤーとしての方が有名だったらしい。


エネブ教授の3番目は歳が離れて男の子が生まれている。


名をトーダ(Toda)とつけた。


「トーダは私が年老いてからの子供になる。エネブ家の跡継ぎ息子さんさ」


トーダは生まれた時から活発なお子さんで風邪ひとつひかない健康優良児であった。小学は全勤皆勤賞をもらった。教室の窓から落ち腰を強く打ってもコルセットを巻いて学校に行った。ヨーグルトの食べ過ぎから食あたりをしても学校に出た。学校の宿題をやらなくても決して休みはしない意思の強い男だった。

「皆勤は我が息子の自慢のひとつだ。しかしヨーグルトの食あたりはまずいなあ」


トーダは幼少の頃から家族と父親に連れられてカザンラックの薔薇花卉研究所に遊びにいく。


研究所は辺り一面赤い薔薇ばかりであった。


教授の娘さんたちは大喜びをする。トーダも女の子に囲まれて薔薇の輪に入る。

「トーダは上の娘たちと一緒になって薔薇を摘み喜んでいたよ。姉ちゃんに薔薇の花飾りを作ってもらいまるで女の子みたいだった。それがまさかな」


トーダが物心つく頃に父親はサッカーボールを与えた。男にはサッカーが似合うと。

「ブルガリアはねサッカーが盛んなんだ。もしかしてトーダは将来サッカー選手になれるかもしれない。親バカだけどアッハハ期待してしまう。トーダのシュートを見てみたいもんだ」

大学補欠ゴールキーパーは笑っていた。


健康優良児トーダ。学校では子供サッカーでボールを懸命に追い掛けていた。

「おおトーダ。それでこそ私の息子だ。頑張ってサッカー少年してくれよ。中学ぐらいからプロJr.のクラブに行けたらお父さんは泣けちゃう」


しかしトーダは違っていた。上の姉貴たちがやるテニスがお気に入りとなる。

「テニスだって。なんですか、それ」

教授は頭の中でガンガン絶望の鐘が鳴り響く。まるでカザンラクの薔薇の花の摘み終わりを告げられたような。教授は我が耳を疑う。ブルガリアは男子はサッカー。女子はテニスと暗黙の了解があるくらいだった。


※東欧諸国は大抵このように子供たちがサッカーやテニスに憧れてやり始めている。ルーマニアはちょっと例外で女子は体操となる。


教授は驚いた。

「息子トーダがサッカーをやらない。このブルガリアのキーパーになろうとした私の息子が」

教授、教授さんってば。

「女の子のやるテニスが好きだと言うのか。なんで女の子になるんだ。薔薇のカザンラックに連れていったのがまずかったかのか。ソフィア国立サッカー競技場にしておけばよかったかなあ。ああ後悔している」

教授の落胆はかなりのものがあった。

「息子トーダにはサッカーをと願っていたんだよ。まさか女の子のやるテニスをやりたいとわなあ。あのやんちゃな息子が言うとは夢にも思わないことだ。ショックで私は薔薇の研究にちからが入らなかった」

エネブ教授は花卉研究室で顕微鏡を覗きながらがっかり。その年のノーベル賞ノミネートは見送られた。


教授気を取り戻し、

「ブルガリアのマレーバは女の子のヒロインだぞ。息子のトーダまでヒロインに憧れてしまったなんて。憧れていくならサッカーだぞ。ソフィア国立サッカー場に行けばよかったあ。今から連れて行くかな」

教授はまだまだ未練たっぷりである。


こうしてトーダは上の姉と一緒になってプロブディフテニスアカデミーに通う。歳の離れたトーダはJr.クラスから通うことになる。


当時のトーダは、

「テニスコートはいつもお姉と一緒の女の子ばかりでつまんないかなと思ったけど」

アカデミーテニスはひょっとして男の子はトーダだけではないかと思うほどだった。


初級クラスからスタートをしてトーダはすぐに頭角を現す。

「あのチビちゃんなかなかやるじゃあないか。女の子ばかりのレッスンじゃあ物足りないな」

すぐにテニスコーチの目に止まる。クラブ名簿をみたら、

「名前はトーダ・エネブか。うん、エネブ教授の息子さんになるのか。薔薇の息子さんだね」

エネブ教授は薔薇の花卉研究でブルガリアで有名人であった。ノーベル賞も狙えるくらい。


「トーダ。君はちょっとレベルを高くして教えてあげるよ」

アカデミーテニスコーチはその日から個人レッスンに切り替えた。

「うん僕頑張ってテニスしたい。でもひとりだけだと淋しいなあ」

トーダエネブは個人レッスンの成果がすぐに発揮された。めきめき腕をあげたのはコーチが全員認めるところであった。


10歳ぐらいからブルガリア国内のJr.大会出場を果たす。


ブルガリアテニスは女子はJr.もハイレベル。選手がかなりいてレベルは高いところではあった。しかし男子は、

「ありゃあ、ほとんど選手いないよ。大会に出ても5人とか6人とか。あちゃあー淋しいなあ」

エネブはブルガリアテニスとは別に欧州テニスに向かう。近いところでイタリア・スペイン・フランス。


エネブはブルガリアから遠路はるばると西欧にいく。子供の身としては大変な苦労となる。

「せっかく苦労をしてスペインやフランスに行くんだ。コロコロと簡単に負けていてはつまんない。やるからには優勝しないといけない」

ハングリーさが知らず知らずのうちに身につく。


Jr.テニスのエネブはこうして着実にテニスが上達していく。優勝は確かに多く、悪くてもベスト8〜4ぐらいまでは勝ちあがった。


有名人エネブとなるとブルガリアのメディアでは薔薇の王子さまエネブと言われもてはやす。

「薔薇の王子さまか。僕のお父さんが薔薇の花卉研究の大学教授だからね。薔薇は親しみがある。カザンラックにお父さんについて遊びにもよく行く。でもさ薔薇だなんて女の子みたいで嫌だけど」


Jr.のエネブは年齢別にクラス分けされたブルガリアテニスで圧倒的に強く負けなくなった。高校の高学年あたりから一般のトーナメント出場を果たす。日本ならば全日本クラスの大会に出てかなり勝ちを拾うこともあった。


舞台を欧州テニスにしてそこそこに勝ち上がることができるようになる。

「欧州テニスも楽ではなくきつい。だけど今の僕はテニスが楽しいよ。負けちゃうと涙が出てもやっぱりテニスは面白いな。もっとうまくなりたい」


高校生(15〜16歳)で欧州Jr.ランキングを1位にあげた。ブルガリア人の1位となると全く記憶にはないくらいだった。

「僕が欧州のキングなのか。ブルガリアテニスだとマレーバ3姉妹がいたけどさ。僕の憧れなんだけどね。でも、えへへ気分は悪くはないな。やったぁーという感じかな」

1位の称号は大変な名誉になりテニスプレーヤーとしても自信になっていた。


エネブが欧州でひとり気炎を吐く頃、アメリカではロディックが全米1位となる。


※ロディック・エネブ・近藤は同じ1982年生まれ。スイスのフェデラーは1学年上。かなり選手の層が厚い世代である。


欧州Jr.テニスで活躍してエネブは有名となると、

「次のステップは世界Jr.テニスが目標になる。アメリカにも行きたい。あの化け物の全米1位を倒したい」

欲が出るエネブであった。


世界Jr.テニスの一環としてエネブは名古屋の東山テニスパークにやってきた。欧州-アジア-アメリカと遠征しての途中だった。


そこで日本の近藤との出合いが訪れた。近藤とエネブ。同じ年齢の二人は同時に世界テニスATPのランキングを駆け上がることになる。


「近藤のお兄ちゃんは世界テニスに入るのね」

世話焼きなあみは毎週月曜日に近藤のランキングが発表をされていくことを知る。インターネットでランキングを検索する。

「ATPのランキングはすごいね。地球にあるテニスプレーヤーみんなが1番からランキングされているんだもん。ATPのランキングは1ポイントが大変なんだから」

あみのブログには近藤の戦歴が様々に書いて行かれた。


近藤もエネブもATPのランキング獲得のために『ITFフューチャーズ』から参戦し始めた。


「フューチャーズは優勝(17ポイント獲得)になるの」

世界男子テニスはATPのランキングが全てである。フューチャーズは早めに駆け抜けて次のステージ『チャレンジャー』に行きたい。優勝は50ポイント獲得になる。


実際のプロテニスプレーヤー近藤の戦いを見ているとフューチャーズ(初級)が勝ち上がれなくて苦労をしているようだ。


近藤とエネブ。戦歴は似たような感じである。


フューチャーズの戦歴を比較してみると。


◎シングルス

600位近藤(最高位

300位エネブ(最高位


◎ダブルス

300位近藤

600位エネブ


見事に成績は互角となる。エネブのシングルス・ランキング300位はもう少し頑張っていくとウィンブルドンの予選に手が届く。


若武者の二人は日本・ブルガリアで将来を期待された選手となっていく。


フューチャーズの近藤は日本を拠点に日本・中国と東南アジアを戦う。またアメリカに拠点を移して北米・南米諸国を戦うことも視野である。


エネブはブルガリア。欧州テニスを駆け抜けていく。


近藤はアジアとアメリカ。エネブは欧州。全く接点がない戦いだった。


エネブの場合、冬になると欧州テニスがなくなってしまいなんとアジアテニスにまで遠征することになる。


「エネブがニューデリー(インド)のフューチャーズに参戦するのか」

近藤はインターネットでエネブのアジア入りを知る。

「日程はどうかな」

近藤もニューデリーにアクセスしてみた。

「よしいける」

近藤の参戦を決めた。

「Jr.時代以来のエネブだ。久しぶりに会うか」


冬の近藤。日本を皮切りに韓国・中国・ベトナムと駆け回る。勢いをつけるとインドはニューデリーである。

「エネブと戦うことになるか」


暮れも押し迫る寒い12月。ニューデリーで近藤とエネブは久しぶりの再会を果たす。約4年ぶり。

「エネブ元気だったかい」

時にエネブはランキング400番ぐらい。

「やあジャパン近藤」


暮れも押し迫る寒い12月。ニューデリーで近藤とエネブは久しぶりの再会を果たす。約4年ぶり。

「エネブ元気だったかい」

その時のランキングはエネブ400番台。近藤は600番ぐらい。


「やあジャパン近藤」


ニューデリーでのシングルスは近藤/エネブのマッチメイク(対戦)がベスト4であった。


ダブルスは近藤/エネブとペアを組む。エネブの方からオファがあった。

「同級の近藤とダブルスは楽しみだ。頑張ってやろうぜ」

受ける近藤は、

「シングルスではエネブと差がついている。だけどダブルスは」

Jr.時代のエネブのイメージが浮かぶ。


同じ年齢の近藤/エネブ・ペア。このコンビは一回戦から快調に飛ばす。


久しぶりの組ではあったが息がぴったり合ったよう。ひとつもセットダウンなしの2-0で勝ちまくる。

「エネブとは一心同体なんだ。あいつの考えは全てわかる。気持ちよくテニスができる」

二人はサインプレーもこなし万全のテニスを繰り返した。


ダブルスの快進撃はベスト8・ベスト4。そして気がついたら決勝である。セットダウンなしで決勝までやってきた。

「エネブがうまいから決勝まで来れた。正直に感謝をしたい」

少しは英語が話せる近藤は感謝の意をエネブに伝えてみた。

「近藤。僕もテニスを楽しみたい。お前とのコンビは楽しみが多い」

エネブは握手を求めてきた。


楽しみたいテニス。ならばちゃんと優勝してやろうぜ。(近藤/エネブ)


ダブルス決勝。


それまでのプロテニスプレーヤー近藤のテニスキャリア。


ダブルスだけみたら全日本(男子ダブルス)優勝。(混合ダブルス)準優勝。


「全日本(決勝)は緊張感がなかった。パートナーが年上だったから僕は緊張しない」

近藤は言われたことをこなすだけでよかった。


「フューチャーズの決勝。正直に言うと緊張感が体を走り困った」


決勝のコート。


エネブは元気いっぱいにコートを走り回る。

「近藤。優勝するんだからぶっちぎりで勝つぜ。2-0だ。ストレートに決めたい」

エネブは暗にシングルスに負担がかからない戦いをしたかった。


「エネブが元気なら僕だって」

近藤は力いっぱいサーブを打ち込みエースを奪う。


同級の若武者なふたり。危なげのないプレーヤーであった。


第1セットを取りプレーヤーズベンチで近藤は休む。

「少しガットの張りを変えるか」

新しいダンロップを使うつもりで出した。


新しいダンロップラケットに何やら手紙がついていた。


「うんなんだろう」


小さな紙切れには見馴れた文字が。


お兄ちゃん頑張ってね。


あみからのメッセージであった。


近藤はじっくりと読み心にあみを秘めた。

「あみ。見てろ」

近藤は優勝を誓う。


ダブルス第2セット。


エネブの強烈なサービスからそれは始まる。


パートナー近藤はリターンエースなど許すつもりはなかった。ガンガン攻めていく。

「エネブのサービスが早いんだって。冗談じゃあないぜ」

近藤も負けずガンガンにサービスを打ち込みである。


「近藤っやるね。なんかさっ」


エネブは笑顔で、

「僕のサービスと張り合っていないか。ならば僕もスピード上げてやるよ」

ダブルスは瞬く間に勝負は決まる。


おめでとう近藤/エネブ。フューチャーズ・ダブルス初優勝を飾る。


二人はガッチリと握手をした。

「近藤お前のおかげでダブルスは優勝だ。僕は嬉しい。次はシングルスだ」


同級のダブルスパートナー。シングルスでは問答無用。けちらかして勝たねばならぬライバルになってしまう。


シングルスのエネブは快調な出足である。


「ニューデリーって」


アジアに足を入れたエネブ。環境が変わり気分転換をされていたようだ。

「近藤に連れて言ってもらった中華飯店。あれが意外に美味しかった」


バシッ!


エネブのサービスは中華のおかげでビシバシ決まる。

「アッハハ」


エネブはセットを落とすことなくベスト4に辿りつく。強力なサービスと迅速な足。


打ってよし


守ってよし


「僕は今テニスが楽しい。どこに打ち込みしても勝てる気がする」

エネブはベスト4入りを決めてコメントをした。


近藤はどうか。ランキング600台の男にはフューチャーズはかなり重荷である。

「参加選手のドローは250〜700番。僕は後ろからのランキングにカテゴリされる」


ランキングダウンの近藤。エネブのように勝ち進めない。


1回戦から苦戦の連続である。

「どうしても体が堅くていけない」


相手が格上だとサービスに切れがなくなり打ち込みを喰らう。


近藤はサービスを深く打ち込みボレーで決める戦法。しかしサービスが生かせられなければ、

「並のサービスになり下がってしまう。スピードを殺しながらコースを狙ってしまう」


強烈にリターンをもらう。サーブ&ボレーが成り立たない。近藤の苦手なストローク展開にされる。


フォアが弱めな近藤。打ち込みを誤るとしっかり相手に打たれてしまう。

「ストロークの弱点を見せず得意なボレーで仕留めたい。慌ててはいけない。冷静になるんだ」


近藤は試合を組み立てる。作戦を対戦相手の動きを眺めながら変えていく。

「ストロークを避けたい。ネットで勝負をしたい。サービスさえ決まってくれたら」

自分のプレーを自分の得意なテニスを思い描く。


近藤体が温まるのを待ちサービスの精度アップを願う。


「サービスさえ」


プレーヤーズベンチで近藤は願う。

「自信を持ってサーブ打ち込みなら」


サーブさえビシッと決まれば近藤の得意なサーブ&ボレーである。苦手なストロークは無縁になる。


ベンチで休む。ツアーバッグの中を見る。あみが入れてくれた『勝利の御守り』(熱田神宮)がチラッと覗く。


あみっ


近藤は御守りを握りしめる。

「熱田神宮だな」

あみがわざわざ近藤のためにお詣りをして授けてくれた。

「あみは僕が遠征するたびに(熱田で)買い求めてくれた。あみのために勝ちたい」


近藤は手にダンロップを持ち代えた。


勝負の時がやってきた。もはや失点は許されはしない状況である。


サビースコートに向かう。

「いちかばちか。サーブが入れば…」


近藤の左手にはニューボールがあった。

「一番早いサーブを」

力の限りファーストサビースを打ち込んでみた。


ダンロップから放たれたサーブは矢のごとく相手コートに突き刺さる。


相手(ドイツ人)は強烈なサーブに慌てた。無理に合わせようとしてリターン。緩いボールになる。


近藤は素早くネットに詰めボレーで決めた。


ニューデリーのまばらな観衆はギクっとした。

「なんだ。今のサーブ」


近藤が目覚めた瞬間だった。


このセットは近藤3-5ドイツ人を逆転して勝ち取る。


「サーブが戻ってきた。気持ちよくダンロップが振り抜けていく」

こうなると近藤手がつけられない。


あみの熱田御守りが効果ありか。


若武者近藤はヤマトタケルになり熱田の(つるぎ)で敵を薙ぎ倒しにかかる。


気がついたらセットは2-0で近藤はモノにしていた。

「ふぅ〜緒戦はいつも緊張する」


試合の勝ちをコートサイドでエネブは見ていた。


エネブも試合があったがこちらは6-0、6-0。


「近藤ナイスプレーだったな」

エネブから握手を求めてきた。近藤は少し照れた。

「世界Jr.2位のエネブに褒められてもな」


近藤の2回戦・3回戦。ヒヤヒヤしながらもなんとか勝ちを拾う。


「どうしてもサーブが安定しない。ニューデリーの気候に慣れていないからか」


近藤は毎回試合のスタートでサーブに自信がなくなる。


「近藤っ。練習しようぜ」

エネブがコートをレンタルして近藤を誘う。

「ありがとうエネブ。みっちりサーブをやりたい」

ダブルスやシングルスの試合後二人は日が陰るまで互いにサーブを打ち込みテニスの武器に磨きをかけた。

「近藤。お前のサーブはムラがあるな」

軸足が安定しないからとエネブに指摘された。

「足なんてって思うなよ」


エネブのアドバイスから足に意識を持つと。


バシッ


決まる。


ベスト4。近藤vsエネブ


ニューデリーの前日。二人は夕闇迫る時まで互いに練習に打ち込み"ベスト4"に勝つための努力をした。そして夕食を共にし、

「明日は手加減しないでやろうぜ」

ダブルスパートナーである近藤とエネブ。いよいよシングルスで対戦となった。


近藤は中華を頬張りながらメラメラと勝ちに対する闘争心が燃えあがってくる。

「エネブはランキング300だ。僕は倍の600。勝ち目はないかもしれない。だがこいつぐらい簡単に倒していかないと世界には出られやしない」


当時の近藤はATP-675位。ニューデリーフューチャーズに参加しただけでも恩の字である。


ホテルに戻りインターネットを開示してみる。

「あみのブログをちょっと覗くんだ」

いつもあみは更新をしていた。


近藤選手ニューデリーで大奮闘。


「あみ恥ずかしいぞアッハハ」


近藤のフューチャーズ成績をATPサイトから入手し彼女なりの感想を記載していた。


あみはエネブと近藤の二人を宿命のライバルだと位置づけている。

「お兄ちゃんがライバルのエネブさんに勝つにはどうしたらいいのでしょうか」


あみのブログには近藤の熱心なファン。また日本テニスの応援でちょくちょく書き込みがなされていた。


近藤がエネブに勝つためには。あみはコーナーを作っていた。

「皆さん教えてくださいね。お兄ちゃんが世界にいけますように」


現役の全日本選手からは、

「エネブはサーブが早く足も速い。なるべく疲れるように走らせたら近藤の勝ち目あり。右左に振り回せ」

近藤自身もつい(笑)見入る。近藤の勝ちパターンを教えてもらう。

「エネブは疲れるかな。そんな走らる程度で疲れることはないぞ。体力は僕よりかなりありだ。先にこっちがギブアップしてしまう」


あみのブログには毎日近藤のお兄ちゃんが暑いニューデリーで元気にテニスできますようにと祈る。

「お兄ちゃんは暑いとバテるからね」

近藤思わずコケた。

「なんだっ。僕は暑さに弱いペンギンさんかっ」

近藤はキーボードをカチャカチャやり始めた。

「ニューデリーの暑さに負けていないよ。明日エネブ戦には全力でぶつかる。あみ応援頼むよ」


近藤は送信ボタンを押した。あみの爽やかな笑顔が思い浮かぶ。

「さあシャワー浴びて寝るぞ。明日はエネブだ。負けたくないぜ〜」


近藤はシャワー浴びながら『燃えよ!ドラゴンズ』(替え歌)しながら勝利を誓う。


燃えよ!燃えよ!近藤


翌朝。ホテルのベルが鳴る。

「ハロー近藤。朝飯行こうぜ」

対戦相手のエネブが来た。


ホテルのモーニングバイキングを取りながら二人仲良く席につく。

「近藤。いよいよだな。Jr.以来の対戦となる。お前と世界テニスで対戦できるなんて嬉しいよ」

エネブは快活にしゃべってくる。


ブルガリアという国民性がエネブにはあるようだ。

「敵であろうが味方であろうが」

近藤は友人だ。憎み合うことはできはしない。

「そうそう俺のサイトにさっ」

テニスプレーヤーのエネブの公式サイト(ブルガリア/英語)に日本からなにやら書き込みがあったと言う。

「ニューデリーフューチャーズぐらいで書き込みなんて珍しいから」


だからエネブは覚えてくれた。

「ミス・あみから近藤とのマッチ(試合)の健闘を祈るって。ジャパンからとあったぜ。近藤も熱心なファンがいるんだな」


ミスあみ。


近藤はにっこり笑ってコーヒーを飲んだ。


ニューデリーの太陽が燦々と輝く頃。近藤とエネブはベスト4のマッチに挑んだ。


インドの観衆にはジャパン近藤は同じアジアからっと、

「アジアだぜ。西洋を相手にだ」

俄に応援の声が聞こえた。

「ジャパン!ジャパン」


近藤には心強いエールであった。

「インドで応援とは嬉しいな」

ダンロップのツアーバックをちょっと肩から直した。


コートに入るとコイントス。高くインドの空に投げあげられた。


トスの結果。エネブがサーブ権を近藤はコートを取る。


試合前の練習が始まる。両者コートに別れゆっくりしたストロークから。


近藤もエネブも見馴れた相手だっとまず思う。


「エネブ。改めて君を見ると」

近藤の頭には見えるエネブ(300台)がちらつく。

「もう少しランキングアップさせればウィンブルドン(予選)行けるとこだな」


同じ年齢のエネブ。知らない間にシングルスは差がついたなっと実感する。


エネブはどうか。

「600台だぜ近藤は。300の俺が負けたらニューデリーの笑い者になりかねないさ」


エネブ、力いっぱい練習サーブを打ち込む。サーブは威力があり小柄なエネブの武器であった。


受ける近藤は平気な顔をして気楽にリターンしていく。

「練習サーブだからな。プレッシャーは感じない」



ラスト1分!


主審のコールがなり響く。試合前の緊張が高まる。


練習を終え二人はプレーヤーズベンチに別れて腰掛けた。エネブはドリンクを口にしながら近藤に話掛けた。


近藤ベストマッチをしようぜ。


観衆から拍手が巻きあがる。ニューデリーの太陽は燦々と光り輝きコートを照りつけていく。


「エネブいい試合をやろうぜ。いい試合を」

近藤はダンロップをギュっと握りしめ先にコートに入った。


近藤の試合が始まる頃、日本のあみは熱田神宮にいた。

「今じぶんお兄ちゃんが試合の最中だから。インドのコートで頑張っているの」

自転車で境内まで乗り付ける。参詣道にはあみの好きな出店があるが、

「見向きもいたしませんモン」


あみは熱田神宮で参詣だけをする。パンパンと手を打ち一心に願う。

「どうぞ神さま。お兄ちゃんが試合に勝てますように。仲良しのエネブさんに勝てますように。お兄ちゃんは世界のテニスで活躍していますように」

おさげ髪の女子高生あみ。可愛いらしく両手を合わせ本殿に祈った。


熱田の杜ご神体は日本武尊(ヤマトタケルノミコト)である。


瞑想するタケルはムクッと片目を開けた。拝殿をされる可愛い女の子のささやかな願い事を耳にしたからだ。

「女の子あみの願い事か」

タケルはパチッ両目を開けた。

「願うはインドの試合であるか」


タケルは熱田神殿の神大宮司殿で女の子の願い事を密かに聞くことにした。

「インドなる地。お釈迦の地なるぞ」


ヤマトタケルはしっかりと瞑想から目覚め熱田の神殿を見渡す。

「誰かおらぬか」

大きな声で付きの者を呼ぶ。呼ばれて侍従たちが現れた。


「余の劍を用意いたせ」

熱田神宮のご神体"草薙の劍"である。


侍従の者たちは恭しく宝物殿から運びヤマトタケルの手に渡る。タケルの手で劍は鈍く光り輝いた。


「よし。これでよいだろう。しからば参るぞ」

侍従の者たちを後ろに従えヤマトタケルは熱田神宮からひとっ飛びインドに向かう。

「釈迦なる地は久しぶりじゃ。元気にしているだろうか」

タケルはにやりと笑う。


ニューデリーの試合は始まった。燦々と光り輝く太陽の下エネブの強烈なサーブからそれは始まった。


ニューデリーの観衆はテニスに目が肥えていた。旧英国統治インド領の名残りはテニスを含むスポーツ文化にも影響があった。

「ジャパンと白人のマッチか」

インドから見たらアジアと欧州の対決。他にはあまり意味のない試合ではあった。


その試合。いきなりの若武者のサーブにまずは度肝を抜かれる。


バァーン!


「なんだあのサーブ。ありゃあ強烈だぜ。ウチのブパシくらいだぜ」


身長173のエネブ(ATPデータ)。小豹のような体格だがひとたびラケットを握ると。


バシッ!


眠る獅子すら目覚めるサーブが近藤めがけて打ち込まれていく。


ゲーム!エネブ


エネブのサービスゲームは実にあっさり決まり。

「エネブ調子いいな。目がサーブに馴れるまで打ち崩せない」

近藤はプレーヤーズベンチで呟いた。


近藤はベンチでツアーバックをごそごそとやる。あみが授けてくれた『熱田神宮の御守り』がチラッ顔を覗かせた。


「あみっ」


近藤の脳裏にあみのお下げ髪が浮かぶ。

「あみに勝利を与えたい。このニューデリーフューチャーズはシングルスもダブルスも優勝をして名古屋に帰りたい」

熱田の御守りをギュっと握りしめた。

「よし行くぞ」

御守りを握りしめた右手には近藤の守り神ダンロップがある。


サーブ近藤。


ゆっくりした動作から近藤はエネブに力いっぱい打ち込む。


バシッ!


ニューデリーの観衆は唸った。

「おいこいつもビックサーブだぜ」


打ち込まれたサーブは早くエネブは打ち損じた。

「近藤やるじゃあないか」

エネブの目がギラッと光る。どうやらエネブを本気にさせたらしい。


バシッ!


近藤のサーブも面白いように決まる。エネブはラケットグリップを短めに握り直した。リターンだけに備えた。


ゲームは拮抗してキープキープで進む。

「白熱した展開になりそうだぜ」


コートの回りに自然と観衆が集まり出してくる。

「ジャパンが試合してるぜ。あのテニスの下手なジャパンがさ」


恐らくだがインドで日本男子テニスの名をひとりとして知らないであろう。それくらいの認識が日本男子テニスである。


「ほうジャパンのテニスか。女子ならインドのブパシとダブルスでいたけどな」


第1ゲームは5-5となってもキープが続く。タイブレークにもつれ込む。

「このマッチ面白いぜ。ブレークなしだ」


タイブレークの前にエネブも近藤もひと呼吸を置く。

「近藤いいファイトだぜ」

エネブはドリンクを補給しながら近藤がランキング600台の弱い選手だと言うことに気がつく。

「300台の俺が負けたら」


タイブレークはどうするかエネブは作戦を練る。

「近藤のバックは強烈だ。バックサイドにはスライスを深さを持って決める。バックでネットは一か八かになるぜ。フォアは弱い。だが近藤はネットに出て来やがる」


近藤はバックのストレートが武器である。ダンロップで狙い済まし打ち込むダウンザライン(コートの隅)。きれいにボールコントロールをする。


近藤は。

「ちくしょうエネブめ。走る走る。どこにコントロールしても拾いまくる」

いずこに打ち込んでも拾われた。ならばネットにおびき寄せてロブでもあげてやるか。消極的な近藤が顔を出した。


タイブレークは開始された。


エネブは近藤の弱点フォアを狙い打ちまくる。バックはスライス回転をかけ近藤がハードヒットできない工夫をしていく。


近藤は近藤でエネブをネットに誘いロブをあげてみた。


しかし足の早いエネブ。果敢にコートをかけて拾われた。


タイブレークは近藤のロスト。


近藤6-7エネブ 


第2セット。

近藤もエネブもさすがに疲れたか強烈なファーストサーブはなりを潜めた。そのかわり激しい打ち合いが展開していく。


フォアハンドが強烈なエネブ。


バックハンドのコントロール抜群な近藤。観衆は二人のストローク戦に酔いしれた。


いずれかのフォアかバックが決まると選手は、


カモーン!


ラケットを高々と掲げた。


観衆も大きな拍手をした。


第2セットは

近藤6-4エネブ


「バックに行くと近藤はきっちり返してくる」

ならばフォアにと打ち込むがネットに出てくる。エネブの完敗であった。


エネブはこのトーナメント初のセットロスを喰らう。

「ちくしょう」


第3セット(最終ゲーム)


約10分の休息が与えられた。エネブは控えに戻り顔をジャブジャブ水道につけた。どうにも自分のテニスができないと気分転換をはかる。


近藤はプレーヤーズベンチに腰掛けたまま。あみからもらった熱田の御守りをジッと見つめていた。

「気のせいか御守りから声が聞こえてくるんだ。勝て勝つんだっと」


近藤が御守りを見つめてたら雲の上では。


「アチャア〜声が聞こえたかっ。誰だしゃべっているやつは」

ヤマトタケルは侍従たちを睨みつけた。睨まれた侍従は恐れてビビってしまう。

「御主人さま後生でございますだ」


ヤマトタケル侍従に睨みを利かせたまま近藤のいるテニスコートを同じくギョロっと見る。


近藤のツアーバックから熱田神宮が覗いていた。

「余にはテニスなるものよくわからぬ。ルールなるものがさっぱりじゃ」

タケルは首を捻る。

「だがわかっていることはただひとつ」


対戦相手はエネブでありブルガリア人である。

「ブルガリア正教なるやつが敵である」

タケルは敵を倒すことが使命なのかと理解し始めた。


その刹那。コートを走るエネブの後光にブルガリア正教『リラ』の天使がにっこり微笑んで現れた。(天使は男性)


「ヤマトタケル殿。ヤマトタケル殿ではござらぬか。アジアの天地創造の神ではござらぬか」

天使リラはタケルに問い掛けていく。タケルは両手をあげてエネブの守り神リラを迎え入れた。


「これはこれは」


旧約聖書の大天使ガブリエルかリラか。


天使リラ。エネブの守り神としてニューデリーまで飛来しては来た。

「懐かしいですな。ヤマトタケルノミコト殿。近年ブルガリアと日本はなにかと国際交流がありましてな。日本の噂はブルガリア正教の天使たちの間にても」


神様同士意気投合をした。

「リラ殿。積もる話もありましょうや」

タケルとリラは試合の行われている雲の上から見守ることにした。

「せっかく熱田からわざわざやって来たが」


近藤の敵がエネブでありリラが守護神だとわかり平穏な神ヤマトタケルノミコトになっていく。


第3セットは近藤のサーブから始まった。


疲れた近藤のサーブはスピードはなく丹念にエネブの苦手(バック)を突く。

「近藤。苦手なコースはないつもいつも苦手だとは限りませんぜ」


エネブは矢のようなリターンを放つ。

「さすがエネブだな。世界の300台は違うわ」


近藤呟きながらエネブとのストローク戦を挑む。


果敢に攻めたサーバー近藤。しっかり受け止めたエネブ。互いに疲れたテニスプレーヤーは己の最高なるショットを放ちまくる。第3セットは長引いていく。


4-4の互角。

エネブは足に痙攣(けいれん)が走る。


タイム


インジュアリータイム(治療時間)を申し出た。


「エネブは右足に古傷があったな」

ニューデリーの灼熱の太陽と近藤との長時間に及ぶ激戦。エネブの足は悲鳴をあげた。


タイムがかかる際に近藤は敵なるエネブに声をかけた。

「エネブ。しっかり直してくれ。僕は直るまで待つぜ」

エネブはにっこりして、

「敵に同情されてはなっ」

呼んだトレーナーのマッサージを受けるエネブ。しかめっ(つら)が少し和む。


しかし…


古傷はエネブに容赦しなかった。マッサージ程度では故障した足は元に戻りはしなかった。


時間が経過した。エネブには短めな時間。主審がエネブに問い掛けた。

「ミスターエネブ。インジュアリーはもう時間切れだ。試合放棄かっ再開か教えて欲しい」


エネブはマッサージを制止て立ち上がる。右足をグッと踏みしめた。


グラッ


エネブ立てなかった。


「試合再開不可能だ。エネブ試合放棄と見なす。ベスト4勝者近藤ジャパン」


エネブは待ってくれっと大声を張り上げた。

「僕はあきらめてはいない。試合は試合は」


直にトレーナーの判断から救急車が要請された。


近藤はエネブの病院搬送に付き合う。

「エネブ。無理はするな。今無理をして足がひどくなってしまったらいけない」

右肩の故障を克服した近藤。エネブを慰めた。


このニューデリーフューチャーズ。近藤は決勝も勝ち優勝をする。


シングルもダブルスも優勝だった。

「対戦はエネブが一番タフだった」

優勝してからエネブにメールを送った近藤。


近藤の単復優勝をあみは近藤からのメールで知る。

「わあーい嬉しいなあ」

あみは万歳をして喜んだ。

「お兄ちゃんの優勝は熱田の神様のおかげですわ」

あみ自転車で熱田神宮にお礼詣りをする。

「パンパン。神様ありがとうございました。おかげでお兄ちゃんは優勝できました」

おさげ髪をちょっと前に垂らしてあみは参拝。


お礼をされたヤマトタケルノミコトは?


「あん?もう試合は終わりか」

久しぶりに会った天使リラと長い話に華が咲いてしまった。

「しゃあないなっ日本に帰りますか」


天使リラにブルガリアヨーグルトをお土産にもらう。

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