第四章 近づく影
ドアが閉まる音がして、家の中はまた静かになった。
私はしばらくその場に立っていた。
玄関の向こうで、子供の足音が遠ざかっていく。
やがて、それも聞こえなくなる。
リビングには、時計の音だけが残った。
カチ。
カチ。
カチ。
私はゆっくりソファに座る。
テーブルの上にはスマホ。
黒い画面。
さっき見た影のことが、頭から離れない。
「……気のせい」
小さく呟く。
そう思うことにした。
そうでも思わないと、落ち着かない。
私は視線をそらす。
その時。
壁の写真立てが目に入った。
海の写真。
さっき見た写真。
私はゆっくり立ち上がる。
写真の前に立つ。
少しだけ躊躇してから、手に取る。
青い空。
砂浜。
笑っている私と子供。
そして、その隣。
やっぱり、男がいる。
ぼんやりした輪郭。
スーツのような服。
少し猫背の姿。
私は眉をひそめる。
さっき見た時と、何かが違う気がする。
私は写真を目の高さまで持ち上げた。
よく見る。
男の姿。
その位置が――
少しだけ近い。
さっきは、私の肩の後ろあたりに立っていた。
でも今は。
私のすぐ後ろに立っている。
私は息を止めた。
「……そんなはずない」
思わず声が出る。
写真をテーブルに置く。
心臓が速い。
私は自分に言い聞かせる。
見間違いだ。
さっきの動画のせいで、頭がおかしくなっているだけだ。
私はもう一度写真を見る。
男は、やっぱりそこにいる。
でも。
今度は、別のことに気づいた。
男の顔。
さっきまで、ぼやけていたはずなのに。
少しだけ輪郭がはっきりしている。
まだ顔は分からない。
でも。
こちらを向いている。
私は慌てて写真を伏せた。
それ以上見たくなかった。
胸の奥がざわざわする。
その時。
テーブルの上でスマホが震えた。
通知。
私はびくっと肩を震わせる。
画面を見る。
SNSの通知だった。
さっきの動画。
「人生の走馬灯を見てみませんか?」
同じ動画が、またおすすめに表示されている。
私は眉をひそめる。
もう見たはずなのに。
コメント欄が増えている。
「夢に出た」
「誰か後ろにいる」
「最後まで見るな」
私は無意識に再生ボタンに指を近づけた。
その時。
背後で、何かが動いた気がした。
私はゆっくり振り返る。
誰もいない。
静かなリビング。
窓から光が差し込んでいる。
私はもう一度、テーブルを見る。
伏せたままの写真。
スマホの画面。
黒い動画のサムネイル。
その中に、ぼんやりと映っている人影。
スーツ姿。
少し猫背の男。
そして私は、ようやく気づいた。
その男は――
最初に見た時より、少しこちらに近づいている。




