第三章 夢の人
スマホの画面を、私はじっと見つめていた。
動画はもう終わっている。
黒い画面。
そこにぼんやり映る、自分の顔。
そして、その背後。
何かが立っているような気がする。
私は目を凝らした。
画面の奥。
影のようなもの。
人の形。
スーツのような輪郭。
少し猫背の背中。
さっき写真に写っていた男と、
同じ姿に見えた。
私は息を止める。
画面から目が離せない。
時間の感覚が、少しずつ薄れていく。
部屋は静かだった。
時計の針の音だけが聞こえる。
カチ。
カチ。
カチ。
その時だった。
背後から声がした。
「ママ」
私は肩を震わせた。
慌てて振り返る。
そこに子供が立っていた。
ランドセルを背負ったまま。
玄関の方を見る。
ドアは閉まっている。
靴も脱いである。
私は呆然とした。
「……いつ帰ってきたの?」
子供は首をかしげる。
「さっきだよ」
私は玄関を見つめる。
ドアの音も、足音も。
まったく気づかなかった。
胸の奥がざわつく。
「どうしたの?」
私はなんとか声を出す。
子供はランドセルを少し持ち上げた。
「宿題忘れた」
「ああ……」
ようやく状況を理解する。
学校へ行ってから気づいて、取りに戻ってきたのだろう。
私は苦笑する。
「机の上?」
子供はうなずく。
「うん」
子供はそのままリビングを横切り、
自分の部屋へ向かった。
私はスマホをテーブルに置く。
胸の鼓動が少し速い。
さっき見た影のことが、頭から離れない。
しばらくして。
子供が部屋から出てくる。
ノートを持っている。
「ママ」
「なに?」
子供はスマホを指さした。
「さっきの動画」
私は一瞬、言葉を失う。
「……見たの?」
子供はうなずく。
「ママが見てたから」
私はスマホを見る。
画面はもう黒いままだ。
「怖くなかった?」
そう聞くと、子供は首を振った。
「ううん」
少し考えてから言う。
「でも、この人知ってる?」
私はゆっくり聞いた。
「……だれ?」
子供はスマホを指さす。
「この人」
私は画面を見る。
そこには何も映っていない。
黒い画面だけ。
「いないよ」
そう言うと、子供は少し不思議そうな顔をした。
「いるよ」
その声は、いつもと同じだった。
普通の声。
でも。
「この人、夢に出てくる」
私は凍りつく。
「夢?」
子供はうなずく。
「暗いところ」
私は静かに聞く。
「どんなところ?」
子供は少し考える。
「いっぱい人がいる」
胸が強く締めつけられる。
子供は続けた。
「みんな立ってる」
「動かないの?」
「うん」
私は言葉を失う。
子供はもう一度スマホを見る。
そして、ぽつりと言った。
「この人もいる」
私はゆっくりスマホを手に取る。
画面を見る。
黒い画面。
そこに。
ほんの一瞬だけ。
人の形の影が映った気がした。
私は慌ててスマホを伏せた。
「もう行きなさい」
声が少し強くなる。
子供は驚いた顔をした。
「うん」
ランドセルを背負い直す。
玄関へ向かう。
ドアが開く。
「いってきます」
「……いってらっしゃい」
ドアが閉まる。
再び静かな部屋。
私はゆっくりスマホを見る。
画面をつける。
そこには動画の停止画面が映っていた。
黒い背景。
ぼんやりした人影。
そして。
その影の顔が、
ほんの少しだけ――
こちらを向いていた。




