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SPIRAL  作者: 志に異議アリ


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7/7

最終話


地球はもう黙っていなかった。



青い脈動は濃度を増し、空の端々にまで滲み、

“怒り”が世界の空気そのものを震わせるようになっていた。



そして――

誤解の連鎖は、ついに破滅の輪を閉じようとしていた。



―――


ドイツ


レオンは最後まで計算していた。

「選ばれる国家」を数式で導けると信じていた。


だが街はもう、彼の予測など追いつけない速度で壊れ始めていた。


排外デモは暴徒化し、

“外の脅威”を恐れた群衆は、

隣人すら敵と見なすようになった。


レオンは屋上で叫んだ。

「違う…計算はこんな未来を示していなかった!」


だがその叫びも、

遠くで崩れ落ちる建物の音にかき消された。



―――


中国


(メイリン)は最後まで理性の側に立とうとした。

しかし軍部は「敵国の宇宙干渉」と誤解し続け、

衛星攻撃システムは暴走を始める。


警告を止めようとした艾は拘束され、

研究所の地下で絶望の表情を浮かべた。


外から響くのは、

迎撃ミサイルの轟音と、

恐怖に駆られた市民の叫び。


「どうして…誰も“地球”を疑わないの…

みんな、他国ばかり見るの……」


彼の目に流れた涙だけが、

彼の正しさの証だった。



―――


アメリカ


防衛網は誤作動したまま“本物の意志”を持ち始めていた。

ジャリルはモニターに映る無数のアラートを見た。


《敵影検出》

《反応微弱》

《対象不明》


「違う…! それは敵じゃない!!」


叫びも遅かった。


巨大な誤解の国――アメリカは、

世界でもっとも重い引き金を持ってしまった国でもあった。


太平洋上に光が走り、

それはもう取り返しのつかない“始まり”だった。



―――


中東


カディールの言葉は、

砂の上に油を垂らすように広がった。


「神は選ばれる者と選ばれない者を分けようとしておられる!」


群衆が熱狂すると、

武装派は国境を越え、他宗派との武力衝突が連鎖する。


避難しようとする人々の前で、

別の宗派の武装集団が国境を封鎖していた。


「戻れ。神の審判を受けよ」


逃げ道はもう、地図の上から消えていた。



―――


日本


コウスケの配信は、

炎のように若者を包み込み、

津波のように広がり続けた。


暴徒化した若者たちに、

警察は“点”でしか立ち向かえない。


最悪だったのは、

日本人特有の「同調の速度」だった。


誰もが周りを見て、

“流れ”に飛び乗った。


集団ヒステリーの国、

という言葉がぴったりだった。


街は静かに、だが確実に崩れていった。





―――


そして――


地球の磁場は崩れ、

空は都市の灯を吸い取ったような深い紺色に沈む。


イツキはそれを見ながら震えていた。


「ごめん……ごめんなさい……

人間は、弱くて、臆病で、誤解してしまうんだ……」




地球は答えなかった。




ただ、痛みに似た脈動を空へ吐き出していた。

イツキの両手は土を掴み、

涙がそこに落ちた。

「人間は……まだ……あなたを愛せるはずなんだ……

どうか……どうか……見捨てないで……」

風だけが、静かに髪を揺らした……が、


その静けさを裂くように、背後で砂利が踏まれる音がした。


イツキが振り向くより早く、

冷たい刃が背中に沈んだ。


「……返してよ……あの人を……」


震える声は、選別された地域の、生き残ったひとりの妻だった。


あの配信が彼女の家族を“間引き”の象徴に変えた。


彼女にとってイツキは、地球より先に裁くべき存在だった。


イツキは何度か呼吸を試みたが、肺が言うことを聞かなかった。


膝が土に沈み、さっき落とした涙の上に、赤い滴が重なった。





―――


そして世界の終わりに


残ったのはたったひとつの場所だった。


サバンナの奥深く。


人の手がほとんど入らない緑の世界。


アカシアの木が朝日に透け、

小川が光を反射しながら流れる。


部族の少女が、ヤギを連れながら笑っている。

男たちは狩りの準備をし、

木陰では古老が太鼓を叩き、

子どもたちは走り回っていた。


情報も、

争いも、

誤解も、

“選別”という概念すら

存在しない土地。


ただ、

大地と一緒に呼吸し、

太陽とともに生きる人々。


空には、ほのかに青い脈動が揺らいでいたが、

誰も恐れなかった。


それは――

祝福のようにも見えた。



―――


死ぬ間際にこの風景を地球はイツキに送ってきたが、

大地を抱きしめながら見つめていたイツキの瞳はもう空洞でしかなかった……




地球は、微かに震えた。




そして世界は、

自然の摂理に従うように、

人間だけを静かに失った。




──────


〇万年後───


海は澄んだ。

空は青く戻った。

森は深く、静かに呼吸していた。


あの日、地球が取り戻した“平穏”は、

ただの始まりに過ぎなかった。


地球の奥底で、

ふつふつと何かが沸き上がる。

それは慈悲ではなく、

後悔でもなく、

残滓のような怒りと退屈だった。


地球はよく知っている。

生き物はやがて増え、

争い、

欲しがり、

奪い、

そして自ら滅びる。


だが──

人間ほど面白い崩れ方をする生き物は他にいなかった。


だから地球は、何も学ばない。

学ぶ気など初めからない。


海の底で、

光が弾けた。

細胞が分裂した。

かつての“最初のエラー”と同じだ。

地球はあえて、そのエラーをもう一度許した。


あの時と同じように。

滅びの運命を、また再生した。


地球は静かに震えた。

その震えは、

かつてイツキに見せた“優しさ”に似ていたが、

本質は違う。


あれは哀悼ではなかった。

あれは慈愛ではなかった。


あれは、「また遊ぼう」という合図だった。


新しい生物はやがて人間になる。

同じように立ち上がり、

同じように嘆き、

同じように壊れる。


地球はそれを待つ。

己の体内で何度でも同じ悲鳴を聞くために。


螺旋は進化ではなく──

地球の、永遠の玩具箱。


そして地球は微笑んだ。

人間では決して理解できない

【無感情の笑み】で。


──また始まる。

滅びへ向かう、完璧な螺旋が。









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