選別
【ドイツ】
レオンは、大学の研究棟の屋上で、青い波形の最新データを見つめていた。
風が冷たい。だが胸の奥は灼けるほど熱かった。
「人間を……選別している。
ならば、選ばれない国はどうなる?」
彼の呟きは恐怖ではなく、計算だった。
もし本当に“選別”が行われているなら、
――自国が選ばれるように政策を変えなければならない。
レオンは政府への緊急助言書を書き始める。
政治家たちは半信半疑だったが、
「数学者レオンの予測モデル」 として世論に火がつく。
“選ばれろ、ドイツ”
そんなスローガンが街の壁に書かれ始め、
国家は静かに、外へ敵を探し始めた。
―――――
【中国】
政府系研究所の量子物理学者の艾は、
ローワンとイツキの配信を何十回も見返していた。
「波形…青…反応…意図…
これは自然現象じゃない。
なら、誰かが操作している。」
艾の脳裏に浮かんだのはただ一つ。
「有人宇宙域外の干渉」
政府に報告すると、
軍幹部は一気に色めき立つ。
「つまり、アメリカ、もしくは他国が“地球外存在”を捏造して
情報戦を仕掛けている可能性があると?」
艾は首を横に振った。
「いいえ。……本物だと思います」
軍部は違う方向に受け取った。
“他国が接触しているに違いない”
“なら、出遅れるわけにはいかない”
中国は宇宙網の監視体制を強化し、
独自の衛星防衛兵器を可動させ始める。
艾は静かに呟いた。
「お願いだから……誤解しないで」
―――――
【アメリカ】
国防総省地下。
分析官のジャリルは机を拳で叩いた。
「誰が先に撃った?
ドイツじゃない。中国でもない。
でもミサイルは飛んだ!」
同僚が答えた。
「自動迎撃システムの誤作動……らしい。
いや、本当は“攻撃”があったのかもだが」
「……世界が嘘をついてるんじゃない。
システムが嘘をついてるんだ」
ジャリルは頭をかきむしった。
さらに、
ローワンとイツキの配信で流れた“青い波形”は
「攻撃の予兆音だ」という陰謀論が
ネット全域で爆発的に拡散してしまう。
国民は叫んだ。
“撃たれる前に撃て!”
政府は圧力に負け、
防衛線を外向きに再構築する。
“誤解”の方向へ、国全体が傾いていった。
―――――
【中東】
古い石造りの街。
宗教指導者カディールは、
青い波形のニュースを見て震えた。
「これは……神の啓示だ」
信徒たちはざわついた。
「選ばれる者と選ばれない者が現れると……?」
「そうだ。間引きが始まる。
神が人々を試されるのだ」
ローワンもイツキも、何も言っていない。
だが、
“自分たちだけは救われる”
という誤解が、教団の武装派を加速させていく。
別の国から同じ誤解を抱く宗派が刺激され、
各地で小規模な衝突が連鎖する。
世界の火種に油が注がれた。
―――――
【日本】
詩月コウスケ。
登録者800万人の超人気YouTuber。
金髪で派手な服だが、言葉は鋭い。
今、彼は震える指で“録画開始”を押した。
「みんな、青い波形、もう見たよな?
あれさ……俺は思うんだ。
“人類の半分はすでに見捨てられた” って」
その声は妙に落ち着いていた。
まるで真実を語る預言者のように。
「選ばれなかった人間は、
これから世界の邪魔になる。
だから……早めに整理しないと」
翌日、日本中が騒然とした。
暴行事件、集団リンチ、
“波形の色が暗い人を排除する”というデマまで生まれた。
コウスケの配信は止まらない。
再生数は跳ね上がり、
発言は過激になり、
若者たちはそれを“救いの指針”だと思い込んでいく。
―――――
そして世界は、
それぞれ違う理由で―――
しかし同じ方向へ傾き始める。
誤解から始まる戦争へ。
誰もローワンとイツキの本当の意図を理解していない。
ただひとつ、確実に言えることだけがあった。
“人間が地球を裏切る方を選び始めた”




