審判の朝、そして英雄の一歩
朝日が村に差し込む頃、教会の鐘が一度だけ鳴らされた。
今日、ルナへの「疑惑の審判」が行われる。
教会の中は静かだった。
人々の視線は、ルナではなく──その隣に立つ、ハルトに集まっていた。
「……どうしても来る必要があったのか?」
ハルトは小さくため息をついた。
「当たり前でしょ」
ルナは静かに笑った。
「あなたの隣じゃなきゃ、意味がないから」
その言葉だけで、胸が苦しくなった。
(……守らなきゃ)
教会の祭壇の奥には、古代の神器《真理の燈火》が置かれていた。
この火は、感情の歪みや嘘、魔族の穢れに反応するという。
触れた者の内面を“赤裸々に照らす”聖なる炎。
「さあ、前へ」
神父の声で、ハルトが一歩前に出る。
教会内に沈黙が広がった。
前列に立つカイルは、腕を組んで薄く笑った。
「震えてるじゃないか、転入者」
「今さら逃げても、遅いぞ?」
「……震えてるのは、お前の脳みそだろ」
ハルトは小さく言い返した。
目の前に聖なる炎。
(コードは──使えない。神聖結界で封じられてる)
逃げ場はない。
だが、不思議と……怖くはなかった。
(もしここでバレても、ルナを守る方法は他にある)
手を伸ばす──その瞬間。
──カンッ、カンッ、カンッ!!!
突如、教会の外で非常警鐘が鳴り響いた。
教会中がざわめく。
「まさか……敵襲!?」
扉が開かれ、村人が駆け込んできた。
「東の森から、魔物の群れが来てる! しかも数が……! ゴブリンに、トロルまで!」
場内が騒然となる。
神父が聖堂を閉じようとし、村人たちは武器を取りに走った。
「くっ、こんな時に……!」
外に出ると、空が不穏な灰色に変わっていた。
村の東側、森の向こうに、無数の影が見えた。
緑色の肌、汚れた武器を持つゴブリン。
その中に混じって、巨大な影──凶暴なトロル。
「ダメだ……こんな数、村の戦力じゃ……!」
「避難準備を急げ!」
誰かが叫び、子供を抱えて逃げようとする母親の姿。
人々は混乱していた。
その中心で、ハルトはただ、静かに前を見つめていた。
「……俺が行く」
その一言に、皆が振り返る。
「なにを……!? 冗談だろ、お前ひとりで何が──!」
カイルが叫ぶ。
だがハルトは、彼を見て、微笑んだ。
「さっきの言葉、忘れてないよな?」
「な、なにを……!」
「“俺が何者か証明する”。だったら──これが一番早いだろ」
そして、ゆっくりと前へ進み出す。
ルナが腕を掴もうとするが、ハルトは振り返って言った。
「大丈夫。……信じててくれ」
「……ハルト……!」
カイルはまだ食い下がる。
「バカかお前はっ! あの数を前にして、一人で突っ込むなんて──!」
ハルトは振り向かず、ただ一言、吐き捨てた。
「じゃあ黙って見てろ。……そして、その言葉、飲み込め」
彼は歩き出した。
村の英雄でも、救世主でもない。
ただ、大切な人とその居場所を守りたい、
一人の「元プログラマー」が、
その命令すら超えて、本当の力を証明しようとしていた。
そして、彼の手には……未だ開かれていない、
黒いコードウィンドウが、静かに揺れていた──
ここまで読んでいただきありがとうございます!
今回は“審判”が“戦場”に変わる緊迫の回でした。
ハルトはこの戦いで何を証明するのか──次回、ついに戦闘が始まります。
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