祭りに潜む影
祭りは続いていた。
宵の灯が空を舞い、笑い声と即興の音楽が下層街を満たしていた。
だがその祝祭の渦の中――ひとつの影が静かに動いていた。
〈評議会〉が放った刺客が、群衆の中に紛れ込んでいた。
毒を塗った短剣が、手元で微かに光る。
標的はただ一人。ハルト。
その男は速やかに、隙を突いて接近する。
喧騒の中、誰もが気づかぬその瞬間――
カンッ!
鋼の音が響く。
刃は届かず、別の武器によって弾かれていた。
そこに立っていたのは――セレーネ。
鍛錬用の武器を握り、息を荒げながらも一歩も引いていない。
――お姫様が、兵の真似事?
刺客は鼻で笑い、冷たく言い放つ。
――今すぐどけ。死にたくないならな。
だが、セレーネの瞳は燃えていた。
先ほどの舞踏、ハルトと交わした歌。
心に灯ったあの熱が、まだ胸を揺らしていた。
そして、彼女は初めて――逃げることを考えなかった。
――どかないッ!!
声が、夜を裂いた。
動きはまだ未熟。踏み込みも甘い。
だが、感情の一撃がそれを補っていた。
繰り出される打撃の連続。
そのたびにセレーネの全身から想いがあふれ出す。
刺客は最初こそ余裕を見せていたが、
想定外の執念と爆発する情熱に、徐々に押されはじめる。
見守っていたリカが身構える。
――止める? まだ早い――
だが、ハルトがそっと手を上げた。
――そのままにしておけ。これは…彼女自身の“決着”だ。
セレーネは突きを繰り出す。
それが刃を弾き、刺客の手から短剣が落ちる。
息は乱れ、頬は紅潮し、目には涙と炎。
それでも、彼女の足は止まらない。
――ハルト!
叫びながら、なおも相手を追い詰める。
――怖いよ! でも…
あなたを失うくらいなら、私は死ぬ方を選ぶ!!
渾身の一撃。
刺客は地面に叩きつけられ、動かなくなった。
広場に、沈黙が広がった。
全員が、目の前の光景を信じられずにいた。
セレーネは震える手で武器を落とし、
ゆっくりとハルトの方へ振り返った。
心臓はまだ激しく脈を打っていた。
だが、その鼓動に背を押されるように、彼女は言葉を紡ぐ。
――…あの、ハルト。
わたし、あなたが好き。
貴族としてじゃなくて、
誰かに売られる娘としてでもなくて――
“わたし自身”として、あなたが好きなの。
あなたが、
“ここにいてもいいんだ”って教えてくれたから。
村人たちが歓声を上げる。
その告白への反応ではない。
だが、貴族の娘が――血にまみれて、庶民のために戦った。
その事実に、彼らは心を動かされたのだ。
〈レイス〉たちは沈黙していた。
リカは驚きで口笛を吹き、ルナは目を細めて頷いた。
アイコは手を合わせて祈るように見守り、
マリのパネルには感情値の変化が記録されていた。
ミネットは口元を隠しながら、微かに笑った。
そして――
ハルトは静かにセレーネのもとへ歩み寄り、
その肩を支えて立たせた。
まっすぐに彼女を見つめ、柔らかな声で告げる。
――セレーネ。
これから何があっても覚えておけ。
今夜のお前は、“弱くなかった”。
彼女は顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに目を逸らす。
**
こうして、祭りの灯火の中で――
ひとつの告白が、生まれた。
それは恋であり、宣言であり、誓いだった。
そして、〈レイス〉の関係性を変える新たな「絆」の種でもあった。
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