分断された都市、ねじれた正義
都市へ向かう道のりは静かだった――木々を抜け、その景色を見るまでは。
灰色の城壁が時の風雨に削られながらもそびえ立ち、
その奥にある建物群は無秩序に積み重なり、屋根の形も高さもバラバラだった。
まるで街そのものが、自分の設計を拒絶したかのようだった。
門をくぐった瞬間、全員が何かに気づいた。
「……なんか、変な匂いがする」
リカが眉をひそめる。
「“変”って、どんなふうに?」
レイナがバッグを両手で抱えながら尋ねた。
「“腐ってる”って意味。文字どおりでもあるけど」
マリが魔法端末を確認した。
「経済システム:不均衡。富裕層は内部の壁で隔離。貧困層は最低限の管理だけ」
「うわ……地獄級の資本主義だな」
ハルトがつぶやく。
ルナは無言のままだったが、視線に硬さが宿っていた。
彼らが下層地区の即席マーケットを歩いていると、
商人の怒声、パンを盗む子どもたち、
そして――陰に潜む警備兵の視線が交差した。
その時、騒ぎが起きた。
「止まれ、このクズがッ!」
金の徽章をつけた兵士たちが、群衆の中を誰かを追っていた。
鮮やかなピンク髪、ぼろだが清潔な服装、
そして猫のような軽やかな動き――
追われていたのは若い少年……のように見えた。
「上層区域で盗みなんてするな! 通りが汚れる!」
少年はつまずき、地面を転がり――
ハルトたちの前に倒れ込んだ。
ちょうどそのとき、兵士の一人が電撃棒を振り上げた。
「どけ、これはお前たちには関係ない!」
ハルトが一歩前へ出る。
「目の前で人が殴られるなら、それは俺の“関係”だ」
「……は? お前、何様のつもりだ」
棒が振り下ろされる――
だが、それは少年の顔に届く前に止まった。
ミネットの短剣が、それをピタリと受け止めていた。
「止めろって、言っただろ」
「このガキ、喧嘩売ってんのか?」
「買うなら売る。遠慮はしないよ」
リカが拳に衝撃魔法を帯びさせる。
ルナはすでに刀の柄に手を置いていた。
マリは魔法インターフェースを展開中。
ハルトは――ただ、静かに笑った。
「ほう…この街の“法”は、持ってる金で決まるらしいな。実に面白い」
兵士たちは一瞬ひるんだ。
空気は稲妻の前の嵐のように、張り詰めていた。
そして――
「やれッ!」
叫びが引き金になった。
即応戦術:レイス陣形展開!
指示は不要だった。
ミネットは側面から回り込み、回転しながら敵の武器を弾き落とす。
リカは跳ねるようなキックで一人を果物屋の屋台に吹き飛ばした。
マリとルナは魔法を同期。
音波爆発が敵の聴覚と平衡感覚を奪った。
ハルトは影のように敵の間を抜け――
<<スキル:記憶改竄・知覚遅延>>
敵のひとりの時間がスローモーションになった。
「――眠れ」
ハルトは柄で首筋を打ち、静かに沈めた。
わずか1分足らずで、兵士たちは全滅状態になった。
呻く者、意識を失った者、誰一人立っていなかった。
路地の住人たちが陰から見守っていた。
誰も拍手はしない。
誰も近づかない。
ただ見て――静かに扉を閉めた。
「……いい歓迎だこと」
レイナが皮肉をつぶやく。
ハルトはピンク髪の少年――いや、“少女”を見下ろしてしゃがみ込んだ。
「大丈夫か?」
彼女は小さく頷いた。
だが、顔をよく見ると――ハルトは言葉を止めた。
「……え、“彼”じゃない?」
そばかすに、優しい目元、繊細な輪郭。
そして、かすれるような声がようやく口をついた。
「……テリア、っていいます」
「なんで男の子のふりをしてたの?」
ルナが問う。視線は鋭いが、どこかに共感が滲んでいた。
「……この下層じゃ、女の子ひとりじゃ生き残れないんです。
弱そうに見えたら……売られるから」
沈黙が落ちた。
「……腐った街どころじゃないな」
マリが呟いた。
「腐った街の中に、さらに腐った世界があるってことか」
ハルトは静かに立ち上がった。
「なら……内側から、浄化しよう」