薄明かりの会話
キャンプは静寂に包まれていた。
薪がぱちぱちと弾ける音と、見張りの足音だけが夜の静けさを揺らしていた。
ハルトは、月明かりの下、キャンプの端にある岩の上に座っていた。
剣を研いでいる――必要ではない。ただの習慣だった。
その背後で、葉を踏む音がした。
「眠れないの」
落ち着いた声が言った。
振り返ると、そこにはマリ・サエグサがいた。
肩にジャケットをかけ、片手にメガネ、もう片方には薄いノートを持っていた。
「君もか?」
ハルトは剣から目を離さずに言った。
「眠るって、頭を“切る”ことでしょう。私は、それが苦手なの。考えるのをやめるのが怖い」
彼女は何の断りもなく、近くに腰を下ろした。
数秒間、剣を研ぐ音だけが続く。
「今日はよくやってたな。素早い連携だった」
ようやくハルトが口を開いた。
マリは片眉を上げた。
「あなたから褒められるなんて…もはや証明書レベルね」
ハルトはわずかに笑った。
「見たままを言っただけさ」
マリはノートを開き、数ページめくったが、何も書かずに閉じた。
「ねえ、ハルト。質問してもいい?」
「どうぞ」
「……どうしてそんな風でいられるの?」
「どんな風に?」
「この混沌の中で……戦いが苦手な子、感情に揺れる人、判断を迷う人たちに囲まれてるのに。
あなたは、いつも“軸がぶれない”。まるで、最初からこうあるべきだったみたいに」
ハルトはしばらく黙っていた。
「……もともと、そうだったわけじゃない。
前の世界では、むしろ真逆だった」
「そう?」
「プログラマーだった。夜明けまでコードを書いて、何日も誰とも話さずに過ごしてた。
得意だったのは――機械に命令することだけ。
人間には…苦手だった。時間もなかったし、勇気もなかった」
マリは彼を興味深そうに見た。
「そして今は……女子たちがリーダー小説みたいにあなたについてきてる」
ハルトは肩をすくめた。
「この世界の皮肉ってやつさ」
再び、沈黙。
マリは指先を見つめながら、小さな声で言った。
「私も……そうだった。
成績と研究、数値とグラフにしか興味がなかった。
人間は読みづらいし、予測できない。
だから、データは好きでも、人との関係は……下手だった」
ハルトは彼女をまっすぐに見た。
批判も、評価もない、まっさらな視線で。
「分かるよ。その気持ち」
マリは驚いた。声を落とし、呟いた。
「でもね……ようやく“信頼する”ってどんな感じか分かってきたとき……
同時に、怖くなるの」
「何が?」
「……この時間が、いつか終わること」
ハルトはゆっくり立ち上がり、伸びをした。
そして彼女の前に来て、手を差し出した。
それは恋愛的な意味ではない――
ただ、ひとりの人間としての仕草だった。
「永遠なんてないさ、マリ。
だけど、もしこの世界で、前の世界では得られなかった何かを掴めるなら……
それを、全力で生きるべきだ。
痛くても。
終わってしまっても」
マリはその手を見つめた。
そして――受け取った。
ハルトは彼女を引き上げた。
それ以上、言葉はなかった。
ふたりはそのまま、焚き火へと戻っていった。
マリは歩きながら、初めてこんなことを考えた。
グラフにも、数値にもできない感情。
「もしかして……私、少しだけ――
恋をしてるのかも」
その時、木陰の奥。
ミネットが静かに彼らの様子を見ていた。
彼女は何も言わず――
ただ、魔法の短剣を胸に抱きしめ、
そっと自分の場所へと戻っていった。
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