変わったのは彼女たちだけじゃない
ミネットは薄暗がりの中に座り、腕に抱いたぬいぐるみにそっと語りかけていた。
その声は柔らかく、まるで誰にも届かない祈りのようだった。
「嬉しい…でも、怖いの。
もし明日、全部消えてたら…?」
数メートル離れたところで、ハルトは半壊した柱にもたれていた。
彼にはその声がはっきり聞こえていた。だがすぐには声をかけなかった。
ただ、待っていた。
彼女の声が途切れ、焚き火のそばで少し身を縮めたのを見てから、
ハルトは無言でゆっくり近づいた。彼女の前で腰を下ろし、控えめに微笑んだ。
「…もう夕食の時間だ。」
ミネットは驚いたようにまばたきし、慌ててぬいぐるみをカバンにしまった。
「っ!あっ、えっと…ごめんなさい。ちょっと…独り言を…」
「気にするな」
ハルトは、まるで何も聞いていなかったかのように答えた。
「行こう。他のみんなはもう準備できてる。」
ミネットが共用スペースに戻ったとき、思わず足を止めた。
そこにいたのは、かつて学園で共に過ごした仲間たちだったが――
その姿は、どこか違って見えた。
レイナは、かつての制服ではなく、柔らかな魔法布でできた軽装をまとい、背には短いマントをつけていた。
マリは強化されたローブに、魔具を収める腕輪を身につけていた。
アイコは控えめながらも実用的なジャケットと旅用のブーツを履いていた。
ルナもリカも、以前より自信に満ちた様子だった。
リカは銀の鋲が打たれた黒いジャケットに、いつもの挑発的な表情。
ルナは剣を背負い、髪をまとめ、まるで光を纏うような雰囲気だった。
ミネットは彼女たちをじっと見つめた。
そして、自分の汚れた制服に目を落とした。
「みんな……
変わったのね?」
レイナはふっと笑って振り返った。
「選択肢なんてなかったわよ。
ここには召使いも、お城もないもの、ミネット。」
マリがうなずいた。
「順応するか、死ぬか。
この世界は、待ってくれない。」
「それに…ハルト先輩が、私たちを目覚めさせてくれたの」
アイコが小さな声で、でも確かな口調で言った。
リカは鼻で笑った。
「目覚めっていうか、地獄に引きずり込まれて、
『歩け』って言われただけだけどね。
まあ…その通りにしたら、生き残れた。」
ミネットはゆっくりハルトを見た。
彼は岩に腰掛け、黙って木の椀に熱いスープを注いでいた。
「命令なんてしないよ」
ハルトは彼女を見ずに言った。
「一緒に歩きたいなら、歩け。」
ミネットは両手でその椀を受け取った。
「…もし、どう歩けばいいのか…わからなかったら?」
今度はルナが口を開いた。
「なら、覚えればいい。
私たちも、最初は何も知らなかった。」
数秒の沈黙が流れる。
ミネットは小さく頭を下げた。
「……じゃあ、私…頑張る。」
その夜、ミネットは黙って食事をとりながら、仲間たちのひとつひとつの仕草、笑い声、顔に刻まれた見え隠れする傷跡を見つめていた。
彼女の心の中に、ひとつの言葉が強く響いていた。
「生き残ったのは…私だけじゃない。
取り残されたのが、私だけだったんだ。」




