それでも、私はあなたを選んだ
焚き火の炎が、闇の中で囁くように静かに揺れていた。
村人たちはすでに立ち去り、果物やパン、毛布の入った籠を残していた。
それは感謝の証であり、尊敬の気持ちの表れだった。
だが――ハルトは笑っていなかった。
彼は岩にもたれ、一人座って空を見上げていた。
まるで、返ってこない答えを待っているかのように。
草の上を踏む、柔らかな足音。
ルナが静かに近づき、彼の隣に腰を下ろした。
「大丈夫…?」
ハルトはすぐには返事をしなかった。
「自分が“英雄”って呼ばれる日が来るなんて、思ってなかった」
ようやく口を開いた彼の声は、かすかだった。
「村人にとってはそうよ。私にとっても」
ルナの声は、穏やかだった。
再び、沈黙が二人の間を包んだ。
焚き火の光が顔に影を落とし、まるで感情を隠すように揺れていた。
「ルナ」
「なに?」
「もし…君の“人格”が、どこかでいじられてたって知ったら…どう思う?」
ルナは瞬きをし、困惑した顔になった。
「どういう意味?」
「……いや、なんでもない。
ただの…くだらない質問だ」
ルナは追及しなかった。
ただ顔を向け、しばらく彼を見つめていた。
「ねえ、ハルト」
「ん?」
「あなたは、私を変えた。
魔法でも、コマンドでもなくて…
話し方とか、目線とか――
怖くても逃げないその姿で」
ハルトは歯を食いしばった。
その言葉は、重すぎた。
(違う……本当は、最初の時――
俺が書いたんだ。あのクソみたいな一文を)
『信頼度:100%』
でも――
彼女は、それを知らない。
彼女は…信じている。
「こういうこと言うの、得意じゃないけど」
ルナは少し顔を赤らめながら続けた。
「今言わなかったら、もう言えない気がして」
彼女は深く息を吸い、かすかに震える声で言った。
「私……ハルトのことが好き」
ハルトは動けなかった。
「戦い方でも、やってきたことでもない。
こんな壊れた世界で…
私を“物”として扱わなかった、あなただから」
言葉を返そうとしたが、声が出なかった。
ただ、彼女を見つめることしかできなかった。
聴いていた。
感じていた。
そしてその胸の奥で、罪悪感が、癌のように膨らんでいた。
(彼女は、“自分”だと思ってる。
この感情、この存在が、自然に生まれたものだと。
……俺に、彼女の隣にいる資格があるのか?)
「答えは…求めてない」
ルナは弱く笑って立ち上がった。
「ただ、知っててほしかっただけ」
そう言って、彼女は焚き火へと戻っていった。
その足取りは軽やかだったが、
彼女の心は、そうではなかった。
ハルトは一人、その場に残った。
そして生まれて初めて――
自分の力が「なければよかった」と願った。
そのさらに奥。
キャンプの影の中――
何人かの少女たちが、眠ったふりをしていた。
だが、その瞳は開かれていた。
そこにあったのは、問い。
そして――
嫉妬。
それだけではない、もっと曖昧で説明しがたいもの。
まだ言葉にならない「興味」。
それが、確かに息づいていた。
嘘から始まった関係。
それでも、本物の想いは、生まれることがある。
次回、新たな旅路と、揺れる感情。
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