鼓動する心──初めての「力」
夜明け。
太陽がまだ森の端を照らし始めたばかりなのに、彼らはもう歩き出していた。
霧が地面を這い、湿った布のように足元に絡みつく。
――この方角なら日暮れ前に村に着くはずだ。
ハルトが粗末な地図を確認しながら言う。
ルナがうなずき、隣を歩く。
少女たちは列を組んで後ろに続く。
軽い荷物、険しい顔。
だがその瞳には、数日前にはなかった「生気」が宿っていた。
リカは先頭を歩く。
誰に押されることもなく、自らの足で。
道中の休憩はすべて訓練だった。
腕立て、呼吸法、柔軟。
すべてハルトとルナの号令で数えられる。
――リカは文句を言わない。
それどころか、アヤコが弱音を吐けば声を張り上げ、マリが止まれば腕を振って鼓舞する。
「まだいける! 止まるな!」
「命令すんな!」とレイナが悪態をつくが、それでも走り続ける。
遠目から見ていたハルトの目が細くなる。
姿勢が変わった。
ただ生き延びるためじゃない。
彼女は「作り変えられている」。
「……変わり始めたな」ルナが低く言う。
「分かってる。しかも速い」
「授けるのか?」
「まだだ」
◆
数時間後。
獣道は狭まり、茂みが深くなった。
――そのとき。
森を裂くような咆哮。
地面がわずかに震え、空気が凍りつく。
現れたのは怪物の熊だった。
常の二倍はある巨体。
灰色の皮膚は骨の板で覆われ、黒い爪は岩を砕けそうなほど鋭い。
目は血に濡れたように赤く光っていた。
「な、なにあれ!?」アヤコが悲鳴を上げる。
「なんでモンスターが!? 予定にない、予定にないのに!」マリが震える。
レイナは声も出ない。
「下がれ!」ルナが叫び、前に躍り出る。
手早く障壁を展開し、熊の突進を鈍らせる。
「ルナ、危険すぎる!」ハルトが駆ける。
「今の私じゃこれしかできない!」彼女の顔は張り詰めていた。
熊の前脚が振り上がる。
――その瞬間。
「リカがいない!?」アヤコが振り返る。
そう、彼女はもう走り出していた。
刃こぼれしたナイフを握りしめ、ただ肉体だけで。
「バカなの!?」マリが叫ぶ。
「止めるな!」ルナの声が鋭く響く。
「彼女に任せろ!」
リカは転がって一撃をかわし、木の根を踏み台に跳ぶ。
熊の脚へ渾身の突き。
傷は浅い。
振り払われ、血を吐きながらも立ち上がる。
再び走り出す。
――ハルトが小さく呟いた。
「……もう十分だ」
脳裏にコンソールが点滅する。
【緊急スキル転送:対象 リカ・カンザキ】
・パッシブ:反射神経強化
・アクティブ:殺走の一歩
・アクティブ:臨界脈動
条件:戦う意志の承認
「……転送、許可」
淡い光がリカの身体を包む。
彼女はそれを感じた。
空気。振動。
世界が応える感覚。
「これ……魔法……!?」
次の瞬間、熊の爪を人ならざる反射でかわし、地を滑る。
姿が消え、次には背後に。
刃は狙い澄まされていた。
骨の隙間――頭蓋と背骨の接合部。
鋭い悲鳴。
熊は痙攣し、地を揺らして崩れた。
沈黙。
誰も動けなかった。
息を荒げながらも、リカは立っていた。
「……生きてる?」
障壁を消したルナが、珍しく口元をほころばせる。
「それどころか……力を得たんだ」
ハルトが歩み寄り、低く告げる。
「お前は勝ち取った」
リカの目が一瞬光る。
涙ではない。誇りの炎。
「全部寄越せ。まだ足りない」
再び歩き出す一行。
だが今の沈黙は重さでも恐怖でもなかった。
――敬意だった。
力を「貰う」んじゃない。
自分で「掴む」もの。
リカの初の覚醒──
熱かったら、評価してくれ。お気に入りも忘れずに!