始動する訓練、力なき者の朝
太陽がまだ昇らぬ頃、ハルトは焚き火の灰の前に胡坐をかき、静かに目を閉じていた。
朝の冷たい風が肌を水のように撫でる。だが彼の意識は澄み切っていた。
「スキル・インストール」
小さく呟くと、内なるパネルが光を放つ。
【黒鋼ハルト】
● 新規パッシブスキル:高速再生(Lv.1)
● 新規アクティブスキル:空中二段跳躍
● 新規アクティブスキル:共鳴刃
● 強化:解析システム(ランクA)
電流のような刺激が両腕を駆け抜け、魔力圧が一気に高まる。
「次はお前だ」
ハルトは視線をルナへ向ける。
彼女は表情を崩さぬまま、ただ静かに頷いた。
「覚悟はいいのか? 限定的な能力ではない」
「私は守りたい。あなたを。……そして、まだ不完全でも、あの子たちを」
ハルトは僅かに笑う。
「インストール開始――対象:ルナ」
● 新規アクティブスキル:分散プリズム(防御系)
● 新規パッシブスキル:熱源視覚
● 特殊スキル:重力場(エリア制御)
● ハルトとの同期率:+15%
光が奔流のように彼女の体を走り抜けた。
優しい魔力ではない。
荒れ狂う奔流が「ようやく存在を思い出した」とでも言うように、彼女を揺さぶる。
空はようやく明るみ始めていた。
ハルトは立ち上がり、石を棒で二度叩く。
「起きろ。全員」
毛布に包まれていた少女たちが顔を出す。
寝ぼけた顔、乱れた髪。
「……何時よ」
レイナが呻く。
「お前たちが“荷物”でいる時間は終わりだ」
ハルトは冷徹に告げる。
「わ、私たち……死ぬの?」
アイコが声を震わせる。
「訓練しなければ、そうだ」
ルナが代わりに答えた。
その声に皆の目が向く。
彼女は同じ顔のまま。だが……何かが違った。
その存在感が、確かに高まっていた。
ハルトは火打ち石を弾き、小さな火を起こす。
「朝食は軽めだ。煮た根、薄いスープ、木の実二つ。……満腹では体が動かん」
彼女たちは黙って食べる。レイナだけが小声で不満を漏らした。
やがて、ハルトは皆を正面に立たせる。
視線は刃のように冷たい。
「一つだけ理解しろ。……今の俺なら、お前たちにスキルを与えることもできる。
だが、まだやらない。お前たちはそれを無駄にするだろう。
身体は脆弱、精神は分裂、心はまだ“前の世界”に縛られている」
レイナは唇を噛み、俯いた。
マリは苦々しい顔を隠そうとする。
アイコは息を飲み込むだけ。
リカは――ただ目を見開き、黙っていた。
「今日の訓練は基本だ。
周囲を三周走る。
スクワット、腕立て、体幹。
呼吸の制御。
座禅による強制瞑想――世界の流れを感じろ」
「倒れたら……?」
レイナが掠れた声で問う。
「倒れるのは今のうちだ。戦場なら、即死だ」
ルナが無情に答える。
ハルトも頷く。
「呼吸を保てるようになったら……考えてやる。スキルを与えるかどうかをな」
そして吐き捨てる。
「今のお前たちは――ただの“喰われるだけの子供”だ」
走りが始まる。
レイナはすぐにつまずく。
アイコは吐きそうになりながら必死で走る。
マリは歯を食いしばって耐える。
リカは肩で息をしながらも――決して止まらなかった。
丘の上で、ルナが見守る。
熱源視覚が彼女の瞳に宿り、それぞれの体温、限界を冷静に見極める。
ハルトも視線を走らせた。
その顔に宿るものは――裁きではなかった。
僅かな、しかし確かな「希望」。
能力がないからこそ、走る意味がある。
真の力は、まず「呼吸」から始まる。
少しずつ、何かが始まった気がする──
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